第27話 4層、祠の先

 謎の失踪事件。その中でもパクサ兄様が遭遇した事件のあった、このダンジョン4層。

 この辺りではいないはずの魔物に遭遇し、駆除して・・・

 で、焼いたためなのか、魔力をいっぱい使ったからなのか、それとももともと簡単に隠れていたためなのか、怪しい祠から、怪しい魔力を感じて入ってみると・・・


 独特のフワッと持ち上がるような、ズシッと重しがかけられたような、そんなちょっぴり酔った感覚がしたと思ったら。


 僕たちは、4層とは明らかに異なる、薄暗い空間にいた。



 「転移?」

 僕の口から思わず漏れる。


 何度か行ったナッタジダンジョン。そこの移動は僕らは転移を使うんだ。

 転移の魔法を閉じ込めた特別なペンダントがあって、それに軽く力を込めると転移陣が作動する。基本的には最後に転移を使った場所に移動するもので、ナッタジダンジョン内でないと使えない。

 ナッタジダンジョンには、こういった簡易のもの以外にも固定の出入り口があって、ダンジョン内の移動が簡単にできるようになっているんだ。


 ゴーダン達によると、ダンジョン内だけの話しだけれど、転移の出入り口が設置されているものがある。大きなダンジョンではむしろそういうものが少なくないんだって。


 で、その転移を使うと起こるのが、さっき言ってた、フワッとするような、ズシッとするような独特の酩酊感、てわけ。前世のエレベーター、あれが動いたり止まったりする瞬間を激しくした感じ、といえば分かるかな?



 まぁ、そんなだから、僕らはこれが転移だっていうのは、この場を目にする前に思ったんだけど、みんな難しい顔をしているのは、今いるダンジョンが、全7層って知られているからなんだ。

 こんな浅瀬のダンジョンで転移の魔法陣を動かす魔力が集まるはずはないんだそうです。


 でもまあ、ないはず、と言ったところで、現にあったんだけどね。


 ここ、僕らがいるこの場所は3層までみたいに、ぼんやりと明かりはある。一応、普通の人で視界がギリギリとれるかな、といった感じのものだけど。

 でも、周りを見回すと、ずっしりと質量があるんじゃないかって錯覚するほどの闇だ。どのくらいの広さか想像もつかないよ。


 で、ぼんやり明るい原因が、そこにはあった。


 ナッタジダンジョンのものよりも随分小さい、ピンポン球ぐらいの球体だ。

 それが、まるで供物を捧げられているような感じで、ちょっと高くなった岩の上に鎮座していた。


 ダンジョンコア。


 コアを中心に、魔力が吸引と放出を繰り返しているのが、魔力の流れを通して感じられた。


 コアのある岩場だけど、すぐに触れそうなのに触ることは出来ないようだった。

 『ここだけどここじゃない場所。エアと一緒だね。』

 と、エアが言った。

 位相がズレている、というか、まぁ、重なった異界にあるってことかな?

 実際、エアがいる場所に入れば、ふつうのこの次元のものを触ることはできないし、逆も然り。これは実体験済み。

 エアの空間に、僕だけなら入れてもらえるんだ。エアが産まれるのに僕の魔力が使われたってことと関係があるようで、エアの世界と僕の親和性が高いから可能なことのようです。理屈はよくわかんないけど、僕だけは入れる異空間なんだ。

 ちなみに、エアみたいな妖精よりもっと上位の存在である精霊が作った空間だったら、普通の人間でも入ることが出来る。正確には精霊が招いた人なら入れてもらえる。これも経験済みのことです。



 「ねぇ、僕らがあそこに行くことはできるの?」

 僕は聞いてみた。

 エアならわかるかな?なんたって自分で、同じ、って言ってるし。

 『うーん、ダーちゃまはあれと同じののお友達でしょ?お友達に頼めば連れてってもらえるかも。』

 どういうこと?

 「聞いたことがある。ダンジョンは世界の奥底で繋がっているって。」

 僕らの会話をきいていたらしいアーチャから、まさかの解説がきたよ。

 アーチャってば、北の大陸の出身で、ずっと魔物の近くにいたから、ダンジョンなんて知らないって思ってたけど?


 「ナスカッテ、特にセスの村は魔素が多いからね。ダンジョンも形成されやすい。出来ては消え、消えては出来ってね。ダンジョンコアを壊せば消えるって言われているけど、突然コアが消えてダンジョンがなくなることも珍しくない。ある日突然別の場所にできたダンジョンのコアが、消えたダンジョンの物だ、なんてのはままあることだ。」

 「え?同じコアだって分かるの?」

 「大きさや魔力の質が全部違うからね。まぁ、そんなこともあって、ダンジョンコアは、ダンジョンコアと繋がってるんじゃないかって長老たちなんかは言ってたよ。小さいのが産まれたらそれをくっちまうんじゃないかってさ。」

 「へぇ、そんなに頻繁に出来たり消えたりするんだ。」

 「2,30年もすれば、あっちの大陸じゃダンジョンの在処は別もんだよ。」


 2,30年か。アハハ。時間のスパン、違いました。

 アーチャってば、本人も周りの人も長寿なんだよね。エルフっていう種族の血が多く流れてるから、普通の人間よりも長生きだ。

 見た目、20歳前後にしか見えないけど、僕より60歳以上年上らしいし・・・ちなみに、まだまだひよっこだから、人間換算なら見た目年齢でOKみたいです。

 そうそう、セスっていうのは彼の種族。っていうか、そのあたりで魔物の侵攻を押さえる人達の集団を言うんだ。人種的な種族は関係なくね。

 魔物と人間の領域の狭間で生きる勇者の一族。それがセスなんです。



 「そんなことよりも・・・。」

 僕らがそんな話しをしていたら、ミランダが難しい顔でコアを見ていて、何かに気付いたみたい。急に暗闇の中に走っていったよ。

 「あっ!」

 そんなミランダの視線を同じようにたどったバンミ。小さく叫び声をあげた。

 「あれは、吸引の魔法陣じゃないか?」


 うっすらと浮かぶ球体の周りに時折模様じみた絵が浮かび上がるように見えたけど、その魔法陣をよく知るバンミが、気付いたみたい。


 確かに・・・


 吸引の魔法陣。

 3年ほど前、ある外国の天才魔導師が中心となって、作り出したもので、強引に限界を超えた魔力を吸い上げる術式だ。

 それは、この国、タクテリア聖王国でも使用され、僕らも巻き込まれたある事件に使用されたんだ。

 それとセットになって使われたものとして有名なのは、転移の魔法陣。

 この吸引の魔法陣や転移の魔法陣は、そのもの自体は禁忌扱いだけれど、魔導師からしたら、やっぱりすごい物で研究したいって人もいっぱいいるみたい。

 国が管理してはいるけど、なんだかんだで外部流出はされるだろう、って、その研究に国から依頼を受けて関係しているドクが以前言っていた。

 実際、研究の成果として、この吸引の魔法陣はストッパー付でリメイクされ、一種のドーピング剤として国が保持しているらしい。

 また、複数の魔導師で安全に起動できる転移の魔法陣、っていうのも、これらをベースに研究中なんだって。


 って、ここにきて、かなり胡散臭い話しになってきたよね。

 

 「こっちです。こっちに来てください!」


 そんな中、暗闇に走っていったミランダの声が、闇の中から聞こえた。

 残されていた僕らは、顔を見合わせつつ、声のした方へ走ったんだ。



 ミランダによれば、彼女は、吸引の魔法陣に吸い寄せられていた魔力の流れの方に気付いたらしい。不自然にどこからか連れてこられている魔力が、ダンジョンに充満しているものと違ってて、違和感を感じたんだって。

 で、その魔力がくる方に走っていくと、みつけた、らしい。


 そこには、6人の人、らしき者たちが横たわっていた。


 うち、2人は虫の息。1人は、衰弱死したのが分かる。

 そして、残りは・・・

 性別すら分からないぐらいに干からびた、ミイラのような姿だった。


 6名。

 行方不明になった学園関係者の人数と合う人数だ。

 

 バンミがそっと僕の肩に手を置いた。

 激しい怒りの感情がその手を通じて感じられた。

 そして、彼は何も言わず、僕の魔力を練っていく。

 僕も、それに身をゆだねた。

 バンミが、虫の息の二人に繋がっている、吸引の魔法陣への魔力の流れに、僕の魔力を強引に割り込ませた。

 そして、流れをたどるように、僕の魔力をたたき込む。


 まるで導線を火が渡っていくかのように、スパークしながら、コアに向かう、僕の魔力。


 パフッ


 聴覚ではないところに響く、軽い炸裂音。

 と、ともに、魔力の流れは断ち切られる。

 残り香、ならぬ、残り魔力の跡は、コアへとたどり着いていた。

 位相が違ってようが、魔力だけならたどりつくのは、わりとままあること。


 過剰魔力だったのだろう。

 コアにまとわりつくように明滅していた吸引の魔法陣が、はじけたようだった。


 一瞬、明るく輝いたその光の中、どうやらヨシュアとバフマが何かを見つけたようだ。

 コアから人2人分ぐらい離れた所、僕らが現れたすぐそばに、ある意味当然だろう、転移の魔法陣が仕込まれているのを、二人は発見したようだった。


 6人を僕以外のメンバーが一人ずつ抱き上げる。

 ゴーダン、ラッセイが生きている二人を、アーチャがまだ原型を留めているご遺体を。そして、バンミ、バフマ、ミランダは、それぞれミイラみたいになってしまった方々を。


 僕は、ヨシュアたちが見つけた魔法陣の中心にしゃがんで待つ。

 一人ずつ抱いた6人は僕の周りに、円形になって陣取った。

 静かにゆっくりと、僕は転移の魔法陣に、魔力を込めていったんだ。

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