第26話 新たな魔物

 ピチャッ!


 首筋に来た衝撃。

 構えてなかったからふらっとはしちゃったけど、倒れるほどじゃない。

 周りのみんながすぐに攻撃態勢。

 ラッセイが剣、ヨシュアがナイフを構え、ミランダが僕を抱きしめ、アーチャは後方から弓を構えた。

 が・・・


 「待て!」

 ゴーダンが間髪を入れず、みんなを制止する。


 ゴーダンは怖い目で二人を見たけど、何かを訝しむように僕に近づいてきて、僕の頭を動かし、首筋を見た。うん、何かが当てられたところ。


 「泥?」

 ゴーダンがつぶやく。

 そういえば、なんかひんやりとしたものが張り付いている。


 「はい。」


 警戒態勢のラッセイとヨシュアの間を抜けて、敵意はないとばかりに武器を仕舞って空いた手のひらを見せながら、ゆっくりと側にやってきたリークさん。

 その間、振り返った他の人々を4層に戻らせないよう、なにやらディルさんが話しているようで・・・


 「ニョンチョ、はご存じですか?」

 「ニョンチョだと?なるほど、そういうことか。」

 リークさんが言い、ゴーダンが訳知り顔で頷いた。


 「ダー、全部服を脱げ。」

 はぁ?何言ってんの、おっさん。

 思わず眉をしかめた僕を気にもかけず、ゴーダンは僕の上着をはぎ取った。

 何すんのさ!


 と、僕の背中からゴーダンが何かをつまみ取る。

 え?

 何コレ。

 3センチぐらい、直径1ミリとかの透明の細い紐?

 片方が菱形で、逆はちょっと細くなってて。

 なんていうか、そうだ、コブラ!前世で言う毒蛇のコブラ、あれを体長3センチにしたって感じ。

 って、これも魔物?


 「ニョンチョだ。その場で一番良質の魔力に食らいつく。魔力をくって、げんかいを超えるとパン!とはじけて散る。そのときに麻痺の魔法をまき散らす。人間でも複数喰らったら昏倒する。はじけた欠片が、また魔力を吸う。そうやって数を増やす魔物だ。」

 ゲッ。気持ち悪いやつ!てか、僕喰われてるの?全然気付かなかったけど。


 「そうだ。やっかいなのは食らいつかれて魔力を吸われててもまったくと言って良いほど気付かない。はじける際の魔力は強烈で、昏倒するがこいつ自体ではそれだけだ。だが、昏倒したところを別の魔物にやられるってんで、見つけたら駆除する対象となってる。といっても、これも南部の話しだがな。」

 そう言うとチラッとリークさんを見た。

 リークさんは頷いて、話してくれた。

 「ある地域ではそこそこメジャーな魔物です。こいつの習性でそこにいる者の中で一番良質な魔力の保持者に食らいつく。ここでは殿下だったわけですが、私のいた南部では、誰の魔力が優れているか、という競争に使われたりしてましたね。すぐに増えるので、見つけたら駆除するのが当たり前。だもんで、これで遊んでこっぴどく叱られた思い出、ってのは、南部で育った者なら誰にでもあります。」

 「そうだったな。駆除するには火で周囲を払うか・・・」

 そう言いつつチラッと僕を見るゴーダン。なんか嫌な予感しかしないんですけど?


 「はい。密閉空間とか、ある程度火が制御できる場所なら燃やしちゃいます。もしくは、窒息させる。一番馴染みがあるのは、おとり作戦ですね。特に子供のお仕置きになるということで。」

 リークさんまで、僕をチラッて。

 なんですか?僕何も悪いことしてないですよ・・・・


 「安心しろ。子供のお仕置きにも使われるってだけで、別にそっちが目的じゃないさ。効率良く退治する手法の一つ。魔力の強い者を裸に剥いて、周囲のニョンチョを集める。こいつらの習性で、一度食らいつくと自分では離れんからな。そのまま水の中にドボンと入れば、あっという間に死んじまうんだ。」

 「僕、やらないよ?」

 「ああ、そうだな、だがなぁ・・・」

 僕の身体をじっくりと見るゴーダン。

 「あー、どっちにしても、ってことですか。」

 ヨシュアがゴーダンの後ろから覗いて、言った。

 「おい、ダー。おまえ随分ととりつかれてるぞ。」

 ラッセイも、重ねて言う。

 そうしている間にも、ミランダが僕の身体から何かを掴んでギュッと握りつぶしていた。

 え?


 ウワッ!!


 思わず鳥肌が立ったよ。何これ?

 見える範囲でも、ブラーンていっぱい下がってる。見える範囲でも数え切れないぐらい。それがはじめは全部細くて、多分魔力を吸ったら頭が膨れてくるんだろう。コブラみたいな体型にどんどんなっていってる。

 で、ミランダが、その大きくなったものから、剥がしていってくれてるみたいなんだけど・・・

 気持ち悪!!

 しかも、感覚、全然ないんだけど?これも何らかの麻痺の魔法なの?


 「殿下の魔力の質が良すぎるのか、大きくなるのが早いですね。それにはじけず溶けてます?」

 言われてみれば・・・

 リークさんが観察するように見てるけど、確かにはじけずにある程度大きくなると溶けるみたいに消えてるよ。

 「殿下の魔力に、耐性が追いついていないんじゃないでしょうか。私もこんな現象は初めて見ますが。」

 そういいながら、僕の身体から数匹引きはがすと、なにやら持っていたらしい瓶に入れてるよ。研究でもするのかな?

 それを見て、ヨシュアも真似して採取してるし・・・


 「どうすんだよ、これ。」

 僕は泣きそうになって、言ったよ。

 「だから水にでもつかれって。自分を水の中に閉じ込めることぐらい出来るだろうが。」

 「ああ、なるほど。」

 乾かすのは面倒だし、服を脱いだ方がいいのか。ダンジョン内で水浴びなんて、危険っぽいけど、ゴーダン達がいれば大丈夫だよね。

 でも・・・・


 階段のところには、こっちの様子をうかがっている人影が。

 さすがにみんなの前で一人裸ん坊で水浴びはごめんだな。女の人だっているし・・・


 「あー、外野が面倒か。・・・パクサ殿下!悪いが宵の明星以外、先に上がってくれ!魔物を駆除する。このフロアーをちょっと焼くから、みんなには待避して欲しい!」

 ゴーダンは、大声で前方にいるだろうパクサ兄様に声をかけた。

 「坊主も説明がてら上がってくれ。あとはこっちでやる。」

 続いててリークさんにも、そう声をかける。

 リークさんは素直に頷いて、階段へとかけていったよ。



 階段の方で一悶着あったようだけど、どうやら無事、みんな上がっていったようだね。

 メンバーだけになったってこともあるし、僕は裸ん坊になって、直径150センチくらいの水球を作り出すと、その中に全身を包み込んだんだ。

 自分の作った水だし、僕は呼吸が出来る。

 ゴーダンは100数えるくらいで大丈夫、って言ってたけど、念のため、僕は5分程度水に浸かってたんだ。


 で、水魔法を消すと、アーチャが僕の全身を風で包んでくれた。魔法のドライヤー全身版ってとこかな?

 アーチャはちょっぴり口うるさくて、僕がお風呂の後、髪を濡らしたままにしてると、文句言いながら乾かしてくれる。会ったときからそれはずっと変わらないかな?なんとなく、僕を乾かすのは自分の仕事だ、ぐらいに思ってるみたいで、まさかこんな場所でも乾かしてくれるんだもんなぁ。

 しかも、乾いたと思ったら、いそいそと服を着せてくるし、僕は赤ちゃんじゃないっていうのに、世話焼きなんだから。


 そんな僕らを、一応は警護しつつ、周りの索敵も行っていたみたいな他の人達。


 「念のため、燃やしとくか?」


 ゴーダンが僕を見て言った。

 えっと、ラッセイがってわけじゃないよね?

 僕、だよね?

 て、どのくらいの威力で?

 思ったよりダンジョンって柔いんですけど?

 僕は、さっきのルルルの時の天井を削っちゃったことを思い出して、首を傾げた。


 「いや、ダーは火を前方に送るだけでいい。コントロールはバンミ、お前がやれ。火は舐めるような感じで、床を這わせれば良い。腰ぐらいの高さが目安だ。ミランダとアーチャでこっちから奥へと風を送る。煙がこっちへ来ないようにな。ある程度火が回ったら、ここに土壁をつくる。他は周辺の注意だ。」

 「「「「「「「了解!!」」」」」」」


 ゴーダンの指示で、僕の炎をバンミが操り奥へと送る。さらにそれを風で煽るミランダとアーチャ。


 薄暗いダンジョンが、赤く燃える。

 昼間、とは言わないけど、周りを赤く照らし、壁や柱が怪しく揺らめいた。

 ちょっぴり幻想的な光景だ。

 ていっても物騒ではあるけれど。


 赤い炎と、黒い煙が奥は充満済みなのか、むこうからこちらに流れてくる。

 ゴーダンがおもむろに、地に手をついてゴゴゴゴと音を立てて、狭くなった層の入り口付近を完全に塞いだ。

 って、どさくさ紛れに、僕の魔力取らないで欲しいな。

 魔法を終えて見ていた僕の頭に手を置くと、ゴーダンは魔力をちょっと、ううん、かなり持っていっちゃった。

 もう!!さすがに、力が抜けちゃうよ。

 大仕事も終わった僕は、へにゃっと、その場に座り込んだ。


 しばらくして。


 ゴーダンが作った土壁を壊し、くすぶり終わった4層を見る。

 どういう仕組みか、酸素とか別に大丈夫みたいで、燃えたはずの灌木もちょっぴりは生え始めていてびっくりしたよ。


 『ダーちゃま、なんかへん。』

 そのとき、妖精のエアが僕に話しかけてきた。

 僕が『何が?』って聞いてもよくわかんないみたい。


 エアは、昔、仲良くなった精霊様から分かれて僕についてきた妖精で、僕の妖精のイメージからその姿を作り出したんだ。だから、多分この世界でたった1人、薄い羽を持つ、地球的イメージの小人型妖精さん。普段は僕と同じだけど同じじゃない場所にいるんだ。なんていうか重なる異次元?異空間?

 そんな異空間を形成するには「思い」が重要なんだけど、それは、また今度。

 とにかく、普段は僕の近くの異空間で、僕を通してこの世界を楽しんでいる、って思ってれば良いかな?


 で、そんなエアが、なんかへんって、いったい何が?

 僕が首を傾げていると、こっちの空間、つまり僕らがいるこの次元っていうのかな、そこに現れてきた。


 エアだって、登録はしてないけど、立派な宵の明星の仲間だ。当然、今残っているみんなはそのことを知っている。けどね、他の人には内緒。この世界、特にこの大陸では、精霊も妖精も伝説でしかないんだ。知られるといろいろ面倒だからね。それにエアの姿を見ることが出来る人は少ない。エア自身が魔力を使って見せるか、よっぽど魔力量が多くないと見えないんだ。その点でも説明が大変です。


 でも、ここにいるのはエアを知ってる仲間だけ。

 エアが突然姿を見せても驚きもせず、どうしたの?とばかりに寄ってきたよ。

 エアは、みんなにもなんかへんなの、とか言いながら、フワフワと階段から離れて奥へと向かっていったんだ。

 僕らは顔を見合わせながら、エアの後に続いた。


 さっき進んだところよりも、ちょっぴり先。

 そこに小さな祠のような穴があった。

 エアはその祠に入っていく。


 ん?


 確かにヘンだ。


 祠に入ると、僕にも分かった。

 この感覚。

 精霊に作られた異空間に入る感覚?


 おや?と思った次の瞬間、僕らは、一瞬くらっとすると、目の前には大きな空間が広がっていたんだ。 

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