第24話 二人のパクサ

 前線の、しかもゴーダンの肩の上に立った僕からは、一番後ろのパクサ兄様まで一番離れてるって言っても良い距離だったから、所々地形に邪魔されつつも、間にいるみんなの様子が見て取れたんだ。

 で、姉様が驚いて「パクサ兄様!」って言ったときに、みんなが振り向くのも見えた。


 兄様は騎士団の中でも末尾の方にいて、全体の指揮をとっていたのだけれど、そのちょうど線対称の位置にいたんだ。


 もちろん兄様が分身の術なんてものを使ったんじゃない。

 当然片方が偽物だろう。

 けど、どっち?


 チッと舌打ちしたゴーダンが後方へと走っていく。

 僕も肩へ立った状態から肩車に変えて、ゴーダンの頭をガシッと掴んで連れられて行った。


 護衛も兼ねてるから、騎士団の人達は、見事な連携で数名を除いて、養成校の生徒を囲むように移動する。センターを走るゴーダンに道を開けるようにした後、生徒やプジョー兄様も、少し間を開けてついて来ちゃった。


 二人のパクサ兄様は、お互い睨み合う。

 同じタイミングで、剣を構えた。

 服も剣も構えるその仕草やタイミング、おまけにその纏う魔力まで同じに見える。

 「どっちが本物か、私でも分からないわ。」

 後方に回った感じの生徒たち。その間から姉様のつぶやく声が聞こえた。


 睨み合う二人のパクサ兄様のちょうど中間地点、横広がりの二等辺三角形みたいな立ち位置でゴーダンが立ち止まる。

 僕はゴーダンの肩から飛び降りて、剣を鞘から抜くと、二人の様子をしっかりと探った。

 索敵の魔法でも、この距離でも分からない。

 魔力なんて、みんな違うし、それで見えなくてもある程度個別認識が出来る僕だけど、この間近で見てもどっちが本物か分からない。


 「プジョー兄様。」

 僕は構えたまま、背後にいるプジョー兄様に分かるか?という意味を込め声をかけた。

 「すまぬ。弟が産まれて16年。常に側にいたというのに、情けないことだ。」

 プジョー兄様が答える。

 「「私が本物だ!」」

 二人がまったく同じタイミングで同じ調子で言った。

 チッとその後、舌打ちするタイミングまで同じ。

 いったいどうなってんだ。


 「ゲンヘだ。」

 再び睨み合いが始まり、静かな緊張した時間が流れ始めたその時、初めて聞く声がそんなことを言ったよ。

 誰?

 「ゲンヘだと。」

 ゴーダンが言った。知ってるの?

 「だが、なんでそんなもんがこんな場所にいる?」


 ゴーダンの言葉に違う緊張が走った。

 その発言者の周りにちょっとした空白が開く。

 そして発言者と、その影のように立つ人だけが、その空間に留まっていた。

 剣使養成校の二人?


 なんだかんだで、自己紹介もしていない、知らない2人。

 どうも、ガイガムのお付きみたいな感じで来てたみたいだし、ガイガムも偉そうに二人に言ってたから、従者かなんかだと思ってたけど。

 あ、ラッセイが二人も生徒だって言ってたから剣使養成校の新入生なのは分かってたけどね。一人はともかく、片方はどう見ても魔導師なのにな、って疑問に感じてたんだ。


 で、さっきのゲンヘ発言をしたのは盾の方だ。


 「さすがは弾丸爆滅、ゲンヘを知っていましたか。」

 なんとなくみんなから引かれてるのには気付いてると思うけど、そしらぬ風に、彼は答えた。

 「ああ。一度対峙したことがある。辺境に行ったときにな。だがあんときはテレだったがな。」

 「そうですか。やつは2足歩行に好んで化けますから。」


 みんな話題から放っておかれてるんだけど・・・

 僕がちょっとジト目でゴーダンを見てると、クスッと笑って、プジョー兄様が教えてくれた。


 「ゲンヘもテレも南、辺境地区に生息する魔物です。ゲンヘは血や魔力を取り入れて、その相手に擬態する、でしたか。テレは有名で、2足歩行、どころかしっぽも使って飛び跳ねながら襲ってくる、人間の3倍はあろうかという魔物だと聞いています。」

 さすが物知り。

 でもこの状況で良く落ち着いていられるなぁ、とちょっと感心。実の弟が二人、だよ?

 「ですが、そのいずれもが辺境地区の固有種。こんな王都近くに出没するなど聞いたことはありません。ダンジョンといえど、こんな小さなものに、余所の魔物が生息するなど、あり得ないですね。」

 続けるプジョー兄様の声が、ものすごく冷たくて、僕の背筋も凍っちゃったよ。平気そうに見えるけど、無茶苦茶怒ってたりするの?


 「当然、誰かが持ち込んだんでしょうね。」

 その時、もう一人の知らない声が、そんな風に言った。

 ちょっぴり人をくったような話し口調。思ったより高い声で、なんか外見とイメージが違う。もっと、ジメジメした感じかと思っていたよ。ずっとフードなんか被ってるしね。


 「持ち込む?」

 プジョー兄様が聞く。

 「ええ。テイムした魔物なんかの教育に、効率が良いからとダンジョンで鍛えるのは、ままあることでして。殿下はご存じないかも知れませんが。」

 「おい。」

 「おっと、これは失礼。何分辺境の地で育った野蛮人故、礼儀知らずでね、フフフ。」

 盾から注意されても、のほほんとしているね。

 でも、この魔導師って南の辺境の人なのかな?あと、盾の人も。


 「君たちは一体?」

 「これは申し遅れました。私はディル・フィノーラ。バルボイ領に籍を置く者でございます。こちらにおりますのは、我がフィノーラ家に仕える家令の息子にして私の親友リークと申す。お見知りおきを。」

 盾の人がそう言うと、きれいな騎士の敬礼をしたよ。続いて魔導師の人も想像以上にちゃんとした敬礼をした。

 「フィノーラ?パティーヌ様の?」

 「パティーヌは私の母でございます。」

 「なるほど。彼女にはいろいろ面白い話しを聞いたよ。先ほどの知識もほとんどが彼女からのものだ。」


 なんか和やかに話してるけど、そういう状況じゃないよね?

 実際、パクサ兄様は、ちょっと苛ついた感じ。違うな、何か考えてて、思いついた、いや、決断した?


 「「フフフ。私の真似をする魔物、か。そもそもどこぞで私の血と魔力を手に入れたから、こんなものができあがった、ということだな。明らかに私の失態か。」」

 同時に言った兄様と偽物。ニヤッとお互いを睨みながら笑った。

 そしておもむろに剣を・・・・


 って、


 ダメ!!!!



 僕は、一方の、なんだか無意識に選んだその兄様に向かって駆け出した。

 兄様は自身に刃を向け、頸動脈を切ろうと首に刃を立ててるんだ。

 僕は、それに気付いて、首と刃の間に強引に滑り込む。

 なんとか、その刃に僕の剣の刃を差し込んだ。

 思いっきり刃を弾き、強引に剣を引きつけると、柄の端っこで、兄様の小指をたたき込む。このまえラッセイに教わったやつだ。


 たまらず兄様は剣を手から放して呆然と僕を見てるのが見えた。

 ホッ。


 と思ったのだけれど・・・・


 兄様をはじき飛ばして、さらに別の兄様の顔。

 ううん違う。兄様はこんなニチャアっと笑わない。

 気持ち悪いどろっとした魔力を纏ったりしない。

 兄様に似た何かは僕を見て、ニチャアと笑うと、その剣を僕に対して振りかぶった。

 全部まねっこするんじゃないの?!


 兄様をはね飛ばし、小指を殴ったことで僕も体勢が崩れてる。

 あの剣を躱すのは、ちょっと無理?


 と、


 バサッ


 何かが僕に覆い被さった。

 ズン、と振動が走る。

 僕を庇った人が、背中を切られた?


 カン、ズサッ!


 すぐさま、たぶんゴーダンだろう、偽兄様の剣を弾いて真っ二つに切ったと思われる音がした。


 「おい。」

 ラッセイが僕に覆い被さる人を後ろから抱きしめるようにして僕から剥がす。


 ゴーダンでもなく、ラッセイやヨシュアでもない。

 いったい誰が助けてくれたの?


 僕は、おそるおそるラッセイに抱き寄せられたその人を見た。

 「イタタタタ、先生、優しく、優しくお願いします。」

 そんな風に言ってるその人は、まともに話したことのない人だった。

 なんか、優しげに僕を見ているのは気付いてたけど・・・


 当惑して見ていたら、その人が僕を見てウィンクした。

 「怪我はないですか?良かった、ダーちゃまが私の前で怪我なんてしたなんて知られたら領に帰れないところでした。」

 ダーちゃま?

 養成校では、アレク王子、アレクサンダー王子としてそんな呼ばれかたをしてるのに?たまにラッセイがダーって呼んだりするけど、ハテナ飛んでる感じでスルーしてる人ばかり。

 そもそもダーちゃまって・・・


 「ハハハ、お気づきではないかもしれませんが、私はクレイ。クレイ・アッカネロ。アッカネロ領はシルバーフォックスの甥、と言った方が殿下にはわかりやすいですかね。」

 シルバーフォックス?シーアネマ伯爵令嬢?うちのアンナの親戚の化粧お化けだ・・・


 「殿下とははじめまして、ではないんですけどね。一度我が家でパーティーをやった折、ご挨拶しましたが、まだ殿下は赤ちゃんでしたからねぇ。あのときも可愛かったですが、今はさらにかわいさとりりしさが同居してます。私は殿下のお役に立つためにこの治世者養成校の門を叩いたんです。叔母上から英才教育のたまものでね。」

 再びウィンクするクレイさん。

 そしてごそごそと、懐から何かを出した。って、人形・・・僕?

 

 ちょっぴり引いて僕はクレイさんを見たよ。


 「これは、私と叔母上だけが持つ最上のダーちゃま人形です。殿下があのパーティーでお召しになった服を丁寧に用いて、作られた衣装です。あのときのお召し物とまったく同じにデザインできたのは2体のみ。あとはどうしても布の問題で、同じデザインは出来なかったんです。私は、叔母上に継ぐダーちゃま親衛隊のメンバーとして、あなたに危険な者は一切近づけません。痛っ。」


 切られた背中を押さえて、呻くクレイさん。


 ちょっぴり引いちゃったんだけどね。

 それでも僕のことを守ってくれて怪我しちゃったんだもんね。

 彼を抱いているラッセイとなんとなく気まずい感じで目を合わせると、ラッセイが彼の背中を僕に向けてきたよ。


 ヒール


 思ったより浅い傷だった。

 

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