第23話 4層、突入

 4層にたどり着くと鼻をつく匂いが変わった。


 今までは、まさに洞窟。なんていうか、土とか石とかに混ざって水の匂い?

 4層では、それに少し緑の匂いが混ざった感じ。ちょっぴり密林にも似ているけど、もうちょっと乾いた感じだ。

 僕は索敵の感度を上げるために目を瞑ったままゴーダンに運ばれてたけど、思わず目を開けちゃったよ。


 「階層によって、地形が変わるのもダンジョンの特徴だ。周りの地形を取り込むが、層が進むにつれて、周りからズレた地形が出る場合がある。エッセルのじじいはそれがダンジョンのロマンだとか言ってたがな。」

 そんな僕を見て、ゴーダン先生のダンジョン解説だ。

 「ちなみにナッタジダンジョンの通常コースでは、中層から森がでてくる。上の方はオアシスだがな。森以外に城をはじめとした町もある。アンデッドたちの住んでいた町を再現したんだそうだ。」


 ナッタジダンジョンってのは、ひいじいさんがコアの所有権を得た砂漠の真ん中のダンジョンだ。実は、そのダンジョン、滅びた文明の跡地で、風化しちゃってるけど遺跡があったんだ。

 当然そこに生き、死んでいった人達もいた。町自体は戦争で滅びたらしい。

 その最後の人達が死後もアンデッドとなって生きて(?)いて、その影響か、魔力が集まってダンジョンが出来たのだろうって、本人たちが言ってる。うん。本人たち。

 彼らはダンジョンの奥底で、楽しい死後ライフを送っていたんだけどね。ただ、仕えていた人達がいなくなっちゃった城の従者やメイド、騎士とかだったらしくて、ご主人様を欲していたんだそう。

 最奥にして、通常階層のダンジョンから離された場所にある彼らの拠点には立派なお城があり、ダンジョンコアを使って、もともとは彼らアンデッドがダンジョン運営をしていたんだ。


 あのね、魔法ってのは、魔力を使ってイメージを具現化するものじゃないかって思うんだ。でね、ダンジョンでは、特異な場の力が加わって、コアを使ったらある程度イメージどおりのものがつくれるらしい。魔力の濃さがものをいうみたい。

 でね、コアに近い深層ほど彼らのイメージどおりの地形を再現できたようです。

 ものすごい長い時間を使ったみたいだけどね。

 で、通常コースのダンジョンには、上ほど現代の地形に近い地形ができて、下へ行くほど彼らの望郷を具現化する形になってるんだ。


 うん、通常コース。


 彼らは新しい主人の願いを聞きどけたいと、一生懸命、うちのひいじいさんのわがままを受け入れて、ロマンコースなる、もう一つのダンジョンを作ったようです。理屈は知らないけどね、どうも、重なる異次元、みたいなんだ、ダンジョンって。でね、その異次元を2つにしちゃったそうです。

 主人が出来て嬉しかったようで、アンデッドの皆さん張り切っちゃったんだね。彼ら、とっても愉快で優しい人たちなんだ。今は、僕のためにいろいろ張り切ってくれてます。

 ロマンコースは、地球産RPGのベタなダンジョンを模したみたいで、本来のダンジョン存在しない、魔物や宝箱なんかもいっぱいでした。うん、赤ちゃんの時に攻略済み。ちょうど2歳の誕生日の頃だったなぁ・・・



 ゴーダンの話を聞いて、そんなことを思い出したりもしたんだけどね、ただそれだけじゃない。

 僕の頭に、ダンジョンは異次元ってくっきり意識しちゃいました。

 ていうか、索敵の方に感知したってのが正解かな?

 と、同時に、別の次元にいつも潜んでいるエアが、念話で、注意とか警戒とか、そういった感情を送ってきたんだ。


 「気をつけろ!」

 僕のキャッチしたエアの注意を感じたのだろう、ゴーダンがみんなに大声で叫んだ。


 ヌワ


 そんな表現。


 気がつくと、このダンジョンをオブラートが包んでいて、さらにその中にもっとねっとりしたがわき出る感じ。

 僕の感覚が、そんなものをキャッチしたんだ。

 そのねっとりとした何かは、かなり後方、騎士の人達よりもまだ後ろに感じた。


 間に養成校の人達がいて、騎士団がいて・・・

 だから視認することは出来ない。

 でも、僕が感じたその辺りを、異変を感じたゴーダンもジッと見る。


 「転移の魔法陣?」

 僕はつぶやいた。

 そのねっとり、の辺りからわき出た魔力の雰囲気が、転移の魔法陣と似ている。

 転移、なんてのは、ほぼ外では見ないけど、ダンジョンでは時折り現れる現象だという。

 「ありえんな。4層だぞ。」

 ゴーダンも転移の魔法陣だ、と頭では理解しつつ、そうつぶやいた。

 「どういうこと?」

 「あれは魔力が相当量必要だ。それはお前も知ってるだろう?ダンジョンでは必要量が少ないとはいえ、こんな小さなダンジョンで出てくるほど必要な魔力量は少なくない。せいぜい20層、本来なら50層ぐらいでやっと出る代物だ。」



 昔、僕らが敵対した魔導師が転移の魔法陣を作ったんだ。

 そのときは、人間が持つ生きるためのストッパーを外して強引に魔力を吸い出して転移を可能にした。それでも本当に転移できる人なんてほとんどいなくて、転移後死亡、なんてのもザラだったんだ。

 なんでそこまでして転移するかっていうと、あのときは証拠の隠滅か、何かを運ぶため。

 犯罪した実行犯がそこで捕まれば証拠が残るから、転移で移動した上で命を落とす。そうすれば死人に口なし。遺体がなければさらに証拠も挙げようがない。ひどい話だ。

 もう1つ、命をかけて、何かを別のところに運ぶ。

 文字通り運んだ後に命はない。

 この、には、物だけじゃなくて人も含んでた。

 一人を運ぶために3~5人の尊い犠牲を要していた。


 その事件も3年ほど前になんとか収束し、うちの天才魔導師であるドクがいろいろ解析して、こんなことが分かったんだけどね。


 転移という魔法には、莫大な魔力量と、繊細にして高度な術式が必要らしい。

 それだけの術式を作り出せる才能をもっと有効に使えれば良かったのに、と、いつもドクは悔しがっているんだ。



 ただ、魔力量も術式も、ダンジョン内でなら、外よりは敷居が低いのは間違いない。なぜこんな小さなダンジョンの中で、転移、なんてものが起きるのかは謎だけれども・・・


 僕やゴーダン、そしてゴーダンから注意を受けて、魔力を研ぎ澄ませた、うちの魔導師陣は、そこに魔法陣の発動を探知したのだけれど、しかし、他の人達は何に注意をするのか、とか、今発生しつつある異常を探知できてないみたい。

 騎士の中にも魔導師はいるし、王家のみんなはそもそも魔力量が多い。

 だけど、この魔法陣の発現まで頭が回っていないみたいだ。

 ダンジョンは特殊な魔力が満ち満ちていて、仕方ないかもしれないけれど・・・・



 ピカッ


 単なる転移の魔法陣じゃない?

 明らかに作動したのだから、何かが転移されるはず。

 だけど、まずは強烈な光が魔法陣から発せられた。


 魔法陣が発動する場合、光って見えることもある。

 けどどっちかっていうと、魔力が溢れる様子がそれを見ることの出来る人間に光を連想させるだけって場合が多いんだ。だから物理的に光る、なんてのは、ほぼない。

 だけど、これは違った。閃光がきらめいたんだ。


 3層までより少し明るくなっているこの4層。

 けど、それでも十分に薄暗くて、言うなれば黄昏時の暗さ。

 そこに、車のハイビームもかくや、な強烈な光がもたらされ、用心していた僕らでさえも、思わず目を背ける。


 そばにいた騎士団になんかは、どう考えても目つぶしの効果。

 うわぁーー!!

 という叫びが沸き上がり、それでも、さすがは精鋭なのだろう、次の瞬間には、武器を構えて転移陣に向きなおったよ。


 ん?


 誰もいない?


 ザワザワとする騎士団たち。

 眩しい光が収まった転移陣には、そもそも転移陣があった証すら消え失せて、そこには何もなく、誰もいなかった。


 気を引き締めつつ、キョロキョロと周りを確認するみんな。

 騎士団だけじゃなく、当然僕ら宵の明星も、さらには、養成校の面々も。



 僕ももちろん、遠くがよく見えるようにと、ゴーダンの肩に立ちあがって、そっちを見る。

 なんだろう?おかしいけどおかしくない。

 違和感?


 「えー?に、兄様?パ、パクサ、パクサ兄様?!」

 そのとき、驚愕したポリア姉様の声が響いたよ。

 パクサ兄様?


 それを受けて、みんなパクサ兄様を見る。

 見る?

 視線が2つに分かれてる。

 え?

 なんで?


 パクサ兄様が、・・・・二人いた。

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