第39.5話 賢者、猛る(後編)
「痛てぇぇぇぇぇぇええええ!!」
あちこちから悲鳴が上がる。
だが、俺は容赦しない。
悪漢たちの腹を、足を、肩を切り裂いていった。
気が付けば、倉庫の床に血溜まりが出来る。
助けて、という声に一切耳を貸さず、俺のブーツは赤く濡れていった。
「ふふふんんんんんんんんんッッッッッッ!!」
大きな気勢が聞こえる。
落ちてきたのは、太い腕と拳だった。
鋭く、そして力強い。
渾身の一撃が、俺に襲いかかった。
俺は諸に被弾する。
強烈な一撃だった。
底の床が沈んだほどだ。
攻撃主は満足そうに不揃いな歯を見せて笑う。
随分と体格もいい。
おそらく、このグループの頭。
そして貴族なのだろう。
しかし――。
「なんだ、このスライムも殺せないような一撃は……」
拳の下から顔を覗かせる。
頭に被弾してもなお、俺は立っていた。
この程度、防御するまでもない。
「拳打というのは、こう打つのだ」
俺は拳を握る。
【硬質化】【鉄化付与】【加速】【属性付与】の魔法を起動した。
打ち出された俺の拳は、1発の大砲よりも強力だった。
男の腹を貫く。
骨が折れる嫌な音がした。
「~~~~~~~~っっっっっっ!!」
血と反吐が混じった体液を吐き出す。
目を剥きだし、男は悶絶した。
俺の攻撃は終わらない。
止まらない……!
男の鼻面に拳を打ち込む。
【加速】がかかった一撃は、巨体をあっさりと吹き飛ばした。
倉庫の煉瓦壁を突き破る。
俺はゆっくりと近付いていった。
男はなおも立ち上がる。
手を掲げ、魔法を起動した。
【落雷】
瞬間、頭上が光る。
だが、その対象は敵である俺ではなかった。
「ぐああああああああああああ!!」
獣の吠声のような悲鳴が響き渡る。
【落雷】を浴びたのは、男の方だ。
魔力を練るところから、魔法の発唱までが遅すぎる。
俺は一瞬で大気中の魔力をコントロールし、ヴァエル会長の時のように男の魔法を支配した。
自分の攻撃魔法を浴びた男から異様な匂いがする。
肉が焦げ、皮膚の一部は炭化していた。
それでも立っている。
大した体力だ。
それだけ
「くそっっっ!!!」
だが、おつむは悪い。
性懲りもなく、俺に殴りかかってきた。
やれやれ……。
俺は再び刀を持つ。
一呼吸で斬り飛ばした。
男の両腕は夕闇に染まりかけた空へと昇っていく。
そのまま近くを流れていたどぶ川へと落ちていった。
「ぎぃぃぃぃっっっっやあああああああああ!! 血ぃ!! 血がぁ!!」
男はジタバタともがく。
ぐるぐると腕を振り回した。
すると、幼児のお絵かきのようにぐるぐると一面が赤色に染まっていく。
このまま放置すれば、この男は死ぬ。
それでも、俺の怒りは収まらない。
振り上げた刀も鞘に収めようともしなかった。
なお男に近付く。
「やめろ! やめてくれ! もう決着は付いただろう!」
「決着なんて付いていない。そもそもこの戦いに決着などない」
俺は眼光を叩きつける。
男は震え上がった。
恐怖が支配し、傷のことも忘れて、ぺたりと尻餅を付く。
何度も自分の吐き出した血に足を取られながら、俺から逃げようとした。
「ひぃ! ひぃいいいいいいい!! わ、わわわわかっているのか? オレ様は侯爵家の息子だぞ! オレ様を殺したら、
「その必要はない!!」
鋭い声が男と俺の戦場に響き渡った。
ヴァエル会長だ。
あの大きな胸を揺らし、こちらに近付いてくる。
傍らにはルシアン。
遠くの方ではペイエラが、メイラを保護していた。
ヴァエル会長は大きく張り出した胸の谷間に手を突っ込む。
取りだしたのは、小さな瓶だった。
冒険者の間ではお馴染みの瓶で、よくポーションや解毒薬が入っている。
だが、そこに入っていたものは、違った。
「ライヒル・シュハ・ケールマン……。これがお前の寮の部屋から見つかった」
「――――ッ!!」
「これが何か……。私が解説するまでもないな」
「どうして、それを!! 【隠蔽】の魔法は確実に――――あっ」
「語るに落ちたとは、このことだな下郎。我ら自治会を甘く見過ぎだ。お前達の魔法など、すぐに見抜いたわ」
ライヒルという貴族の顔が真っ青になっていく。
出血の影響だけではないだろう。
【凍犬の魔女】の詰問に、全身が凍っていくように見えた。
「これはポーションで希釈した魔薬だな?」
魔薬とは俗称で、本来は悪魔薬と呼ばれるものだ。
神経を麻痺させ、陶酔感を与える一方、強い依存性を持ち、薬の効果が切れれば、強い虚脱感に襲われ、乱用すれば魂が抜けたように廃人になる。
説明するまでもなく、恐ろしい薬だった。
300年前に魔族が考案して人類側に流布し、兵士を中心に流行した。
一国の騎士団を戦う前に全滅させたという逸話は、決して嘘ではない。
それほど危険な薬なのだ。
全く……。
俺はため息を吐いた。
やたらと昔の文化や知識は消滅している割に、魔薬は今もなおこの平和な世界にあってなお受け継がれているらしい。
忌々しい限りだ。
「すでに高位の【学者】によって、お前のものであることは立証済みだ。魔薬の携帯は、無期懲役。そしてその使用と売買は、即刻死罰を意味する。これが何を意味するかわからぬ侯爵のご子息殿ではあるまい」
「観念するんだな、貴族」
「くそ……。くぞぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」
ライヒルは襲いかかってくる。
ぼろぼろの身体を引きずるように襲いかかってきた。
骨が折れた状態で、よく動けるものだ。
すでに魔薬をキメていたのだろう。
その顔面を、俺は片手で捕らえる。
肉に食い込むほど、強く掴んだ。
開いた瞳を光らせる。
それを見たライヒルは、再び鼠のような悲鳴を上げた。
「俺が何に怒っているかわかるか、下郎……」
「は、はへ……?」
「別にお前らが薬を打とうが、女を犯そうが知ったことではない。だが、お前たちは、俺の逆鱗に触れた。それが何かわかるか……?」
「あ……。あ……。ああ……」
「お前たちは、俺が強くなる場所を汚した……」
俺は俺が強くなることを阻む存在を許さない……。
「死ね……」
俺は手を掲げ、魔法を起動した。
【竜皇大火】!!
手の平から極大の炎が飛び出す。
大気を焼き払いながら、たちまち貴族を飲み込んだ。
視界一杯に鮮やかな紅蓮が光る。
低い竜の唸りのような音を立てて、炎は燃えさかった。
「――――――ッッッッッッッッ!!!!」
断末魔の悲鳴すら消し飛ばす。
ライヒルの姿はこの世から消えた。
影すら残さず、貴族の子息は消滅した。
◆◇◆◇◆
「ご苦労だったな。執行官の任務からは少々逸脱した行動だが、死罪が決定したものを罰したのだ。咎めるものはいないだろう」
ヴァエルは腰に手を当て、満足そうに頷く。
「しかし、魔薬が付着した瓶の破片を彼が持ってきた時は、びっくりしたがな」
ヴァエルは目線を動かした。
その先にいたのは、ポディームだ。
少し離れたところで様子を伺っている。
どうやら、俺が渡した瓶の破片を会長に渡してくれたらしい。
「ラセルくん、ありがとう」
感謝したのは、メイラだった。
毛布にくるまれ、今では随分と落ち着いている。
「まさかあなたが、執行官なんて知らなかったわ」
そういえば、まだメイラには言っていなかったな。
「すまん。俺が執行官だというと、メイラが遠慮するかもしれないと思ったのでな。だが、騙すつもりはなかったのだ」
「十分騙されたわよ。前から強いってのはわかっていたけど。あそこまで強いなんて……。今度は私が弟子入りしなくちゃ」
「メイラは十分強い。それに、君にはポディームや、味方してくれる平民たちもいる。胸を張れ」
「そう……。そうね」
メイラは俯く。
少し憂いを帯びた微笑を浮かべた。
何か少し残念がっているようにも見える。
すると、俺は紐を外し、鞘ごと借りていた刀を差しだした。
「すまん。少し汚れてしまったが、返すよ」
「いいわ。持ってて。玩具みたいなものだけど。免許皆伝の証ってことで」
「いいのか?」
「気になるなら、いつかサイフォンを訪れてみて。そこで本物の刀を鎚ってもらえばいいと思うわ。きっと気に入ると思う。刀も、そして人も……」
「メイラの故郷か……。考えておくよ」
「ところで、あの貴族たちはどうして武闘場を?」
俺は再び鞘を腰に巻くと、説明した。
「あいつらがたむろしていた場所が、校舎裏の森にあったんだ」
俺は会長が持っている瓶の破片を指差した。
その破片も、森の中を見回りしている時に見つけたものだ。
「だが、そこにメイラが武闘場を作ってしまった。安心して、魔薬を打つために、メイラたちが目障りだったんだろう」
おそらく、俺が森を斬ったのも、きっかけの1つだったのかもしれない。
ま――。
おかげで悪事が暴かれたわけだが……。
「そう……」
メイラは肩を落とす。
一体何に怒っていいのかわからない。
そんな表情に変わった。
そこに遅れて捜査権限を持った衛兵たちが到着する。
「悪いが、事情説明に付き合ってもらうぞ、ラセル」
「わかりました、会長」
「ラセルくん」
背を向けた俺に、メイラは今一度声をかける。
「また武闘場に来てくれる?」
「……ああ。また刀術を教えてくれ」
俺は軽く手を振り、メイラと別れた。
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本日「劣等職の最強賢者」コミカライズの更新はありませんが、
LINEマンガにて「ごはんですよ、フェンリルさん」が更新されております。
ハイクコミックでも更新されていますので、是非こちらも読んでくださいね。
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