第40話 賢者の仲間

本日、ニコニコ漫画でコミカライズ更新です。

授業開始。果たしてラセルは〝普通に〟授業を受けることはできるでしょうか?



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 入学式が終わり、冒険者学校では通常の授業が開始されていた。


 平穏な学舎。

 真新しい制服に袖を通した生徒たちは、静かに着席し、教鞭を振るう教官の知識に耳を傾ける。


 しかし、それは表面的なものだ。

 新初等生たちは、別のことでそわそわしていた。


 つまりは、パーティーの人員を集めることだ。


 1ヶ月後には、パーティーを組んでの実地テストが始まる。

 それまでに、4人から6人のパーティーを組まなければならない。


 パーティー活動は、成績の中で大きな比重を占めている。

 手っ取り早く良い成績を上げるためには、実力者を集めるのが1番だ。

 そのため自ずと成績上位者をかけての争奪戦が、始まるのだ。


「きゃ!!」


 放課後の学校に悲鳴が上がる。

 声の主はサラサ・ヴァーガルドだった。

 尻餅をつき、その衝撃でかけていた眼鏡がズレる。

 慌ててかけ直し、顔を上げた。


 見上げた先にいたのは、女子学生たちだ。

 黄昏の空をバックに、サラサを見下ろしている。

 その目はどこか薄暗く、静かに怒っているように見えた。


 先頭に立った癖毛の女子学生が、顔面を歪めながら言い放つ。


「ラセルくんはどこ!?」


 耳にキィンと響く。

 思わずサラサは目をつぶった。

 再び瞼を開けたが、現実は戻らない。

 3人の女子学生は、不動のままサラサを見下ろしている。


「し、知らない……」


「嘘だ!!」


 女子学生はまた叫ぶ。

 鼻息を荒くして興奮していた。

 瞳孔が開いた瞳は、焦点があっていない。


「あんた、ラセルくんにいつも引っ付いてる女でしょ?」

「なんで知らないのよ」

「言いなさいよ!」


「ホントはあんた……。ラセルくんを独り占めしたいだけなんでしょ?」


 癖毛の女子学生が、顔を近づけてくる。

 眼光は鋭く、まるで脳の裏までのぞき見られているかのようだ。


 彼女たちの目的は明白だ。

 ラセルをパーティーに入れて、成績上位者になる。

 ついでに、あの天使のようにあどけない顔の男子を、自分のものにしたい。

 そんな単純な欲望を丸出しにしていた。


 始末が悪いことに、彼女たちは貴族ではない。

 サラサと同じ平民出身だ。

 それ故に、貴族であっても【村人】のラセルは親しみやすいらしい。


 平民出身者の中には、【村人】ラセルを信奉するものもいた。


 しかし、彼女たちはラセル・シン・スタークを発見できていなかった。

 授業終わりに教室で張っていても、いつの間にかいなくなっているのだ。


 業を煮やした彼女たちは、ラセルと親しくしているサラサに矛先を向ける。

 それが、ここまでの顛末だった。


「私たちだって悪魔じゃないわ。ラセルくんが私たちのパーティーに加わってくれれば、あんたも一緒にパーティーに入れてあげる。悪くない条件でしょ。ただし、居場所を教えてくれればの話だけどね」


 彼女たちの入試成績は、17位、38位、72位と悪くない。

 そこにラセルが加われば、首席卒業者も夢ではないだろう。

 貴族と違ってコネのない平民出身者にとっては、喉から手が出る程欲しい称号だ。


 それだけで、大商人の商隊や騎士団、あるいは高ランクのパーティーからスカウトが来るのだから……。


 しかし、サラサは……。


「お断りします!」


「なんですって!!」


「わたしは、友達を売るようなことはできません!」


 サラサの淡緑の瞳が光る。

 今度は、女子学生が怯む方だった。

 敵意を剥き出すサラサを見て、1歩後ろに下がる。


 一時、怯んだ女子学生だったが、やがて深く息を吐いた。

 口角を上げて、醜悪に笑う。


「あんたさ。なんか勘違いしてない?」


「え?」


「あんたはさ。『ラセルくんは絶対にわたしを選んでくれる』なんて思ってるんでしょ?」


「そ、それは――」


「そんな訳ないだろ、ブスッ!!」


 女子学生は唾を飛ばした。


「あんたはお荷物なのよ。きっとラセルくんもそう思ってるわ。うざいって!」 

「あんたとラセルくんは釣り合わない」

「どこぞの貴族に媚びでも売って、その無駄にデカい胸でも触らせておけば良いのよ!!」


「わたしが、ラセルくんと釣り合わない……」


 ケラケラ、と女子学生は笑った。

 ある者は指を差し、ある者は腹を抱えて、馬鹿にした。

 頭がおかしくなるような狂笑と嫉妬が、サラサの周りで渦巻く。


 1人たたずんだサラサは、ようやく口を開いた。


「そんなのわかってるよ」


「は?」


 女子学生たちの動きが止まる。

 サラサはゆっくりと立ち上がった。


「わたしとラセルくんが釣り合わないことぐらい……」


「そうよ。なんだ……。わかってるじゃない。だったら――」


「だから、わたしは強くなりたい……」


「はっ? 何言って――」


「ラセルくんと同じくらい強くなりたい! 彼が無視できなくなるぐらい強くありたい! わたしがラセルくんを選ぶんじゃなくて、ラセルくんがわたしを選ぶくらい強くなりたい!!」


「訳わかんないこといってんじゃないわよ」


 平手が飛んできた。

 なかなかに鋭い。

 それなりに鍛錬されているらしい。

 相手は【戦士ウォーリア】のようだ。


 だが、サラサも黙っていない。


 女子学生の攻撃をあっさりと回避する。

 【未来視】は使っていない。

 授業外の魔法の使用は、学校の規則に反するからだ。

 そもそも使う必要がない。


 ――ラセルくんの特訓に比べたら、こんな攻撃……。


 サラサは女子学生の手を取る。

 そのまま背中に回り込んで、腕をねじり上げた。


「痛い! イタタタタタタタタタタ!!」


 女子学生は悲鳴を上げる。

 鮮やかな手際に、他の2人は呆然と見つめるだけだった。

 一方、サラサの眼光は、さらに鋭さを増す。


「訳がわからないでしょうね、あなたたちには!」


「な、なんですって!!」


「自分たちの実力は棚にあげて、ラセルくんの強さにすがりつこうとする。……あなたたちの方がよっぽどラセルくんと釣り合わない!!」


「うっせぇ!!」


 女子学生はとうとう魔法を起動した。

 【戦士ウォーリア】の【筋量強化】を展開する。

 一瞬にして、手をふりほどいた。


 サラサに向き直る。

 すると【戦士】は細身の剣を抜いた。


「私がラセルくんと釣り合わないですって」


「聞こえていないなら何度だって言います。あなたのように向上心もない。心の弱い女の子を、ラセルくんは――――!」



 大ッッッ嫌い、だと思います!!



「うるせぇぇぇぇえええええええ!!」


 女子学生は剣を突き出す。

 速い。

 訓練された【戦士】の刺突。

 たとえ、【未来視】を起動していたとしても、回避できたかわからない。


 サラサに出来たのは、剣の軌道を見ることだけ。

 ゆっくりと細い剣先は、少女の脇腹に吸い込まれていった。


 ――ああ……。かわせない。ダメだな、わたし。まだ弱いままだ。


 サラサの瞼が閉じる。

 瞬間だった。



 バリィン!!



 金属音が響く。

 ヒュッと何かが側で空気を切り裂いた。

 刹那、ビィンと音を立てて、細剣の先が近くの木に刺さる。


 閉じかけた瞼を持ち上げた。

 暮れなずむ夕日。

 大きく伸びた影。

 黄昏の光を一杯に浴びた横顔を見た時、サラサの胸はキュッと締め付けられた。


「ラセルくん……」


 思わず泣きそうになる。


 そして3人の女子学生も別の意味で泣きそうな顔をしていた。


「ら、ラセルくん……」


 世を魅了する劇団の俳優でも見るようにうっとりとする。

 だが、その顔は一瞬にして恐怖へと変わった。


 ガッ!!


 次の瞬間、細剣を持っていた女子生徒の顔に掌打がめり込んだ。

 凄まじい衝撃は、軽い少女を難なく吹き飛ばす。

 錐揉み状に回転すると、そのまま魔法銀の壁に激突した。


「あんた! なにすんだよ!」

「よくもやったな!!」


 他の2人は武器を取り出す。

 どうやら、どちらも【鍛冶師ブラックスミス】らしい。

 魔法を起動し、握った刃に【鋭化】を付与する。


 地を蹴り、恋い焦がれたラセルに立ち向かった。


 が――。


 【落雷】


 容赦なく雷属性魔法が降り注ぐ。

 あっという間に、周囲を青白く染めた。

 鋭い音が、サラサの内耳を切り刻む。


 次に確認した時には、2人は地面に倒れていた。

 ぴくりとも動かないが、意識はあるらしい。


 ――すごい……。


 一瞬で無力化してしまった。

 決して弱くなかったにもかかわらずだ。


「やっぱり……。強いなあ、ラセルくんは」


 気が抜けたサラサは、そのままふっと意識を失うのだった。

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