第39話 賢者、猛る(前編)

1日のPVが最高を更新したので、記念に本日も更新。

楽しんでいただければ……。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 鍛錬に励む一方で、俺は貴族たちが何故ポディームたちを脅したのか気になった。

 メイラに尋ねたが、彼女も同様の警告を受けたらしい。

 学校に許可を得ていると突っぱねたそうだが、貴族が何故こんな人気のない校舎裏を気に掛けるのか。

 俺には理解が出来なかった。


「それはきっと私が余所の国の人間だからでしょう。違う土地の文化を、自国で教えられるのが、貴族の方々にとって癪に障るのかもしれません」


 メイラはそう自己分析するが、俺は別の考えだった。


 もし、そうならとっくに貴族たちは乗り込んで、メイラたちを潰しているだろう。

 だが、そうしないのは、メイラに理由があるのではなく、あの場所そのものに理由があるような気がした。



 ◆◇◆◇◆



 ある時、校舎裏に行くと、そこに武闘場はなかった。


 あったのは、無残に吹き飛ばされた土塊。

 さらに傷ついたポディームの姿だった。


 俺は倒れた小男に駆け寄る。

 意識はあるようだ。

 早速、【聖職者クレリック】の魔法を起動する。


 【大回復】


 傷ついたポディームが癒やされていく。

 やや土気色だった頬に、赤みが差してきた。

 瞼が微動すると、つぶらな瞳が開く。


「ら、ラセルくん……?」


「大丈夫か、ポディーム」


「う、うん。もしかして、君が助けてくれたの」


「ああ……。それよりも、何があった」


 俺は潰れた武闘場を見つめる。

 ポディームはしばし呆然とした後、弾かれるように立ち上がった。


「た、大変なんだ! さっき貴族がやってきて!」


「貴族が?」


 放課後、2人が武闘場に行くと、すでにボロボロになっていたそうだ。

 そこにやってきたのが、貴族だった。

 メイラは貴族達がやったのではないか、と詰問したが、向こうは知らぬ存ぜぬ。

 それどころか名誉を傷つけられたと、逆にメイラとポディームを糾弾した。


 執拗にポディームは暴行を受け、羽交い締めにされたメイラは、それを見ていることしか出来なかったという。


「メイラがここにいないということは、あいつに連れ去られたということか……」


「話し合いをするって言ってたけど……。そんな雰囲気じゃなかった。お願いだ! ラセルくん! メイラさんを助けてくれ!!」


 ポディームは俺の両肩を掴み懇願する。

 小さな瞳に涙を浮かべていた。


「落ち着け、ポディーム。あいつらがどこへ行ったか心当たりはあるか?」


「わからない。見当も付かないよ」


「わかった。じゃあ、お前は生徒自治会議室に行って、これをヴァエル会長に渡してくれ。俺から渡されたといえば、すぐに会長は気づくはずだ」


「これは?」


 ポディームは涙を拭き、俺から渡されたものを見つめる。


 それは瓶の欠片だった。


「頼んだぞ」


「ちょっと待って! どうやってメイラを探すの。2人で手分けした方が……」


「その必要は無い」


 【探索者シーカー】の魔法を起動する。


 【黒猟犬】


 すると、魔法名どおり1匹の黒獣が生まれる。

 俺はその獣に、メイラから借りている訓練用の刀を見せた。

 何かを察知すると、黒獣は急に走り出す。

 俺はポディームを残し、その後を追った。


 中級の探索魔法。

 探索対象の匂い、声、あるいは魔力などを辿る魔法だ。

 術者の魔力が尽きない限り、追いかけ続け、攻撃することが出来る。


「無事でいてくれよ、メイラ」


 俺は前を走る黒獣を見ながら、呟いた。



 ◆◇◆◇◆



 メイラは国が管理する倉庫にいた。


 倉庫がずらりと建ち並ぶそこは、各領地から税金として徴収された小麦粉などが備蓄されている。王宮や兵站の食糧として使われるのはもちろんのこと、飢饉などに見舞われれば、ここの倉庫を開放する取り決めになっていた。


 昨年、河川の氾濫に見舞われた際にも、開放されている。

 そのため、いくつかの倉庫は空きのまま放置され、人気も少ない。


 その中の1つ。


 下品な男達の笑い声が響いている。

 その中心にいたのは、髪を馬の尾のように結んだ娘だった。

 狂ったように笑う男達に囲まれても、少女は毅然としている。

 油断のない瞳で、周囲を伺っていた。


「さあ……。教えてもらいましょうか? 何故、あんなことをしたのです?」


 メイラの質問に、一層音量を上げて、男達は笑った。


「ぶはははは! 馬鹿だ、この娘!」

「こんなところまでやってきて、まだ話し合いが出来ると思ってたらしいぜ」

「なんておめでたいヤツなんだ! げはははは!!」


「な! そんな――!!」


「話し合いなんてする訳ねぇだろ。学校じゃ足が付くし、うるせぇ執行官もいる。だから、人気のねぇところで、楽しもうって考えたのさ」


「楽しむ……」


 はっ……。


 メイラは慌てて伝統衣装の襟元をキュッと締めた。

 ようやく自分の愚かさを呪う。


 他国ではしばしば未通の女に暴行を加えることがあるらしい。

 聞いてはいたが、彼女が生まれ育った国では考えられないことだ。

 サイフォンでは、女は子供を産む宝として重宝される。

 ないということはないが、男が女を力尽くで制することなど希なケースだ。


「今さら気づいても遅いぜ」

「大人しくしろよ」


 2人の男が近づいてくる。


 だからといって大人しくしているほど、メイラは弱くはなかった。


 細腕が伸びる。

 拳が顔面の急所に突き刺さった。

 2人の男たちは悲鳴を上げながら、悶絶する。

 一瞬にして、2人を無力化してしまった。


「このアマぁ!」


 また1人メイラを掴みかかろうとする。

 だが、腰を切ってかわすと、手を取り、足を払って投げ飛ばした。


 まさに鮮やかという他ない。

 男たちが唖然とするのも無理からぬ、技の冴えだった。


 が――――!


 【落雷】


 魔法の発唱が聞こえる。

 メイラは横に飛び退ったが、1歩遅かった。

 青白い雷光がメイラを貫く。

 出力は抑えられていたらしい。

 その珠のような綺麗な肌を焼かず、意識だけを刈り取った。


「く――――!」


 あっさりと異国の少女は崩れ落ちる。

 綺麗な黒髪が、まるで半紙に置いた墨のように乱れた。


 その髪を男が掴む。

 名前がライヒル・シュハ・ケールマン。

 ケールマン侯爵家の末子だ。

 侯爵家でも持て余すほどの暴れん坊で、冒険者学校には、その家名とコネで合格し、ほぼ押しつけられるような形で入学している。

 いわゆる問題児だった。


 増長するのも無理はない。

 13歳とは思えないほど恵まれた体格。

 さらに職能は【魔導士ウィザード】という冒険者になるために生まれてきたような男だった。


 しかし、いくら体技の才能があっても、その歪んだ心は、冒険者としては全くの不合格だった。


 ライヒルは、メイラの髪を掴んだまま引き上げる。

 その三白眼で、足先から頭まで舐めるように見つめた。

 やがて、不揃いな歯をにぃと開く。


「小国の女だと聞いて、どんな蛮族だと思ったが、なかなかいい女じゃないか」


 ライヒルは笑う。

 それに倣うように周りも笑った。


 メイラは無理やりでも動かそうとしたが、力が入らない。

 唯一動かせたのは、その力強い瞳だけだった。


「随分と反抗的な目だな、おい……。でも、嫌いじゃないぜ。そういう女を喰うヽヽのはよ」


「でも、いいんですか、ライヒルさん。そいつ、サイフォンの大使の娘でしょ。国同士の問題に発展したら、やばい――」


 【落雷】


 瞬間、仲間の1人に青白い光が落ちる。

 雷撃はたっぷり10拍以上、続いた。

 極大の熱を浴び、皮膚が火ぶくれしていく。

 やがて黒く炭化し、そこでようやく魔力が途切れた。


 黒く炭となった男は倒れる。

 かろうじて息をしていた。

 だが、見た目は生きているだけ奇跡というほど、無惨だ。


 おお……。


 どよめきが起こる。

 男たちから笑顔が消え、一転して蒼白となった。


「オレ様に指図してんじゃねぇよ」


 当の本人は興味なさげに目を反らす。

 再び真珠のように白い少女の肢体を見つめた。

 震えている。

 恐怖していることがわかると、ライヒルは顔を近づけた。


 匂いを嗅ぎ、やがて青白くなった頬をベロリと舐める。


「きゃあああああああああ!!」


 ようやく口から発せられたものは、絹を裂くような悲鳴だった。


 ライヒルは愉快そうに笑う。

 暴れ回る女の襟元に手を掛けた。

 サイフォンの伝統衣装は、かなり特殊な織り方をしており、簡単に破けることはない。

 だが、ライヒルはそれをあっさり引き裂いた。


 現れたのは、宝石よりも美しい純白の肢体だ。


「やめろ! 誰か! だれかぁぁぁぁああ!!」


「げへへへ……。助けを呼んでも無駄だ。ここには誰もこねぇよ」


「いや! いや! いやぁぁぁぁああ!!」


「ひゃははははは! 叫べ! 叫べぇ!! オレ様は女の悲鳴が、1番の好物なんだよ」


 再び舌を出す。

 すると、メイラの唇に近づけていった。


 ズッッッッドンッ!!


 突然、爆発音のようなものが響き渡る。

 瞬間、分厚い木の扉が吹き飛んだ。

 それだけではない。

 煉瓦の壁まで弾かれ、天井の一部も半壊していた。


 薄暗い倉庫に、男たちの悪事を暴くように光明が差す。


「何が起こった!!」


 天井から落ちてきた破片。

 濛々と吹き上がる煙。

 それらを薙ぎ払い、ライヒルは叫ぶ。


 煙の向こうから現れたのは、背の低い少年だった。

 冒険者学校の生徒らしい。

 肩には初等科を示す『セリジア』が咲いている。


「ラセル……くん…………」


 メイラの瞳から、一筋の涙滴が流れていった。



 ◆◇◆◇◆



 集まった男たち。

 女の髪を引っ張り、つり下げた大柄な男。

 引き裂かれた伝統衣装を纏うメイラ。


 状況など理解せずともわかる。

 対する答えなど必要ないだろ。


 俺はただ一言だけ口にした。


「覚悟しろ……。お前ら」


 タッと地を蹴った。

 同時に魔法を起動する。

 【筋量強化】【脚力上昇】【敏捷性上昇】【加速】。

 さらに、持っていた訓練用の刀に、【鋭化】【硬度化】【軽量化】を付与する。

 七重詠唱。

 だが、もうこの程度なら、俺は息をするように魔法を起動することが出来る。


 そして体勢を取った。

 右足を前に、左足を後ろに。

 程よく動きやすい程度に、足を開く。

 くっと腰を切り、鞘に差した刀の柄を握った。


 シャンッッッッッ!!


 間髪入れず、俺は訓練用の刀を抜き放った。

 烈風が吹く。

 見えない刃が、男達を襲った。


 瞬間、複数の腕が花弁のように散るのだった。

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