第38話 賢者、風を斬る

ニコニコ漫画でコミカライズ更新です。

本日もラセルが無双しておりますので、是非よろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 執行官となった俺は、学校の見回りをしていた。


 すると、校舎の裏側で奇妙なものを見つける。


 丸い円形の土台。

 周りを縄で絞められ、硬く踏み固められていた。


 一種の儀式的な祭壇かと思えば違う。

 かすかだが、人のすり足の跡がある。

 立っているだけで、人の汗の匂いが漂ってくる。

 おそらく、この上で人が戦ったのだろう。


 汗の匂いは少々不快だが、悪くない。


 昔の戦争時のことを思い出した。

 すると、自然と心が昂揚する。

 その有り様を表現するかのように、俺はいつしか身体を動かし始めていた。


「どなたですか?」


 鋭い声が響く。

 俺は手を止め、振り返った。


 少女が立っていた。

 といっても、俺より年上だろう。

 右肩に二等生であることを示す『竜胆ガント』の紋章が咲いていた。


 黒髪を後ろで束ね、細い黒瞳は鋭く俺を射抜いている。

 女性的な起伏には乏しいものの、手足はスラリと長く、筋肉はよく絞り込まれていた。


 特に目に付くのは、着ているものだ。

 何かの伝統衣装なのか。

 袖口がゆったりとした長着に、ズボンとスカートの中間にあるような着衣を、腰の辺りで結んで履いている。


 若いがそれなりの武芸者なのだろう。

 少々夢中になっていたとはいえ、声をかけるまで存在に気付かなかった。


 彼女は名前をメイラ・ミーブルと名乗った。

 東方の国サイフォンの外交特使の娘で、この格好も国の伝統衣装なのだそうだ。

 そして、俺が今立っている土台。

 これもサイフォンの剣術である『刀術』の武闘場なのだという。


 ちなみに伝統衣装も武闘場も、学校に許可を得ているらしい。


「すまない。そうとは知らず、勝手に使ってしまった」


「いえ。……実は、少し前からあなたの演武を拝見させてもらいました。見たことのない動きでしたが、非常に綺麗で洗練されていました。思わず見惚れたほどです」


「恐縮だな……」


 無難に答えると、俺はメイラが持っている武器が気になった。


 俺の視線に気付いたらしい。

 メイラは『刀』というサイフォン由来の剣を抜いた。

 その刀身を見た瞬間、俺は息を飲む。


 一目見て、美しいと思った。

 波のような荒い波紋もそうだが、機能美としても優れている。

 折り固められた硬度。

 粘り気のある靱性。

 細く美しい貴婦人の腰を思わせるような反り。


 まさに武器としての美しさと単純な武力。

 その2つの問いをとことん突き詰めた武具だった。


「随分と興味があるようですね。振ってみますか」


「いいのか?」


 つい俺は玩具を与えられた子供のように目を輝かせる。


 すると、メイラは口元を抑え、プッと笑った。

 その姿もなかなかに雅だ。


 有り難く受け取ると、早速振ってみる。


 ――――ッ!


 悪くない。

 いや、むしろ良い。

 7回転生した俺は、様々な武具を手にしてきた。

 その中には、神器も含まれている。


 この『刀』はその中の1本に入れても遜色ないほど、使いやすい。


 刃先が全く空気にかからない。

 空気で空気を斬っているみたいだ。


 俺は素直に感動した。

 この『刀』に出会えただけでも、学校に来て良かったとすら思った。


「ところで、メイラはこんな校舎裏で何をしているんだ?」


 武闘場まで作って、1人鍛錬というわけでもないだろう。


 メイラは少し頬を染めながら、俺の質問に答えてくれた。


「実は、サイフォンの『刀術』を伝えようと、仲間を探しているのです。ここで共に切磋琢磨できれば良いと考えていたのですが……」


「それで? 仲間は出来たのか?」


「それが……」


 当初、メイラの『刀術』は生徒たちの興味を引いた。

 特に平民出身者に受けが良かったそうだ。

 貴族と違って金のない彼らは、家庭教師を雇って、戦いの術理を学ぶ機会がほとんどなく、学校に入学したものが大半だった。


 メイラの指導は無料とあって、平民を中心に受講者が殺到したらしい。


 だが、つい先日。

 めっきり人が来なくなった。

 辞めた理由を聞いても、平民出身者たちは何も答えてくれない。


 途方に暮れたメイラは、1人ここで素振りする毎日なのだと話す。


「武闘場から音が聞こえた時、もしや……と思ったのですが」


「すまんな。勘違いさせてしまった」


「いえ……。もし良ければ、『刀術』を習ってみませんか?」


 興味はある。

 だが、俺には執行官という役目がある。

 自分の鍛錬もしなければならない。


「時間が空いた時でもいいです。放課後はいつもここにいますから……。待ってます」


 期待されてもなあ……。


 正直俺は、あまり乗り気ではなかった。

 だが、蓋を開けてみれば、俺は毎日通い、メイラから『刀術』を習った。

 あれほど綺麗な武具を作る国だ。

 そこで培われた剣術にも、単純に興味があった。


 それに強くなるヒントがあるかもしれない。


 俺はいつしか夢中になっていた。


「今のが抜刀術です」


「なるほど。“静”の中にある“動”の動きか。止まっている状態で、実は加速をしているという考え方は、なかなか興味深い。動きの型1つとっても、実に効率的だ。まだまだ俺は、身体を使いこなしていなかったのだな」


「私としては、1つ教えただけで、100……いや、1000を理解するラセルくんの方が驚きですよ。自信をなくしました。君は一体何者ですか?」


 メイラには、俺が執行官だとは告げていない。

 執行官は冒険者学校の中での1つの権威だ。

 俺が執行官だとわかると、彼女は余計なことを考えてしまうかもしれない。


 出来れば、メイラとは自然な形で付き合いたかった。


 カサッ!


「誰だ!?」「誰!?」


 物音を聞いて、メイラと俺は同時に振り返る。

 校舎裏に広がる森。

 その茂みの中から現れたのは、1人の小男だった。


 若干ぽっちゃりとし、背丈は俺と同じぐらい。

 顎を倒し、自信なさげな瞳をこちらに向けていた。


「ポディーム……」


「知り合いか?」


「ここで私に刀術を習っていた生徒です」


 俺に紹介する。


 見ず知らずの生徒に紹介されても、ポディームは何もいわなかった。

 横に大きな体をモジモジさせた後、ようやく口を開く。


「ごめんよ、メイラ」


 いきなり謝罪から入る。

 やがて武闘場に現れなかった理由をポツリポツリと話し始めた。


 数日前のことだ。

 ポディームはある貴族とその取り巻き連中に囲まれた。

 ひとしきり暴行を受けた後、メイラとその武闘場に近付かないことを約束させられた、という。


 ポディームがいうには、他の平民出身者も同様のことをされたそうだ。


「でも……。僕……。気になって。だから、武闘場にはいかなかったけど、ずっとここから見ていたんだ」


「そうだったんですね」


「ごめん、メイラ。僕に、僕に勇気があれば……」


「いえ。ポディームくんは勇気がありますよ。正直に話してくれましたから」


「あの……。こんなことを言うのもおこがましいけど。また、僕に刀術を教えてくれないかな」


「え? でも――……」


「僕は強くなりたい。貴族の脅しに屈しないぐらい強く」


 ポディームは訴えた。


 顔を上げる。

 つぶらな瞳に強い意志が宿っていた。


 強くなりたい……。


 どうやらその言葉に、嘘偽りはないらしい。


「良かったな、メイラ。戻ってくる生徒がいて」


「はい……。あ、あれ――?」


 すると、メイラの瞳からポロポロと涙がこぼれる。

 涙滴は踏み固められた砂地の武闘場に広がった。


「ごめんなさい。でも、私……。嫌われたんじゃって思ったから」


 メイラはヴィラ・アムスト王国の人間ではない。

 遠いサイフォン出身の人間だ。

 父の仕事の都合で、ヴィラ・アムスト王国に来た当初は、文化的な違い、考え方の違いで誤解を生み、友達と呼べる人間がいなかったのだという。


 だから、彼女はずっと責めていた。


 また自分は知らない間に人を傷つけてしまったのではないか、と……。


 でも、それは違った。

 しかも、自分の下で強くなりたいといってくれた。


 それが溜まらなく嬉しく、そしてメイラの救いとなった。


 ようやくメイラは涙を拭う。

 顔を上げた時には、いつもの剣術小町に戻っていた。


「ありがとう、ポディーム。じゃあ、早速鍛錬を始めましょうか」


「はい。よろしくお願いします」


 頭を下げ、鍛錬が再開された。



 ◆◇◆◇◆



「では、ポディーム。弟弟子のラセルくんに、抜刀術を教えてあげてください」


「え? いいのかな、僕なんかで……」


「こう見えて、彼は教え方が上手いんですよ」


「ほう……。それはよろしく頼む」


 俺はサイフォンの礼儀に乗っ取って、頭を下げた。

 ポディームは頭を掻きながら、照れ隠しする。

 久しぶりに握る訓練用の刀の感覚を確かめた後、解説を始めた。


「よく間違えるんだけど、抜刀術は手で刀を引き抜くんじゃないんだ。身体の開きを意識しながら、腰で抜く。こう――」


 ポディームは実演して見せる。

 ほう……。なかなか様になっている。

 若干、タプタプしてるお腹が気になったが、剣筋も鋭い。


 ポディームは明らかに俺より身体能力が低い。

 それでも、あれほどの剣筋を見せることができるのは、単に術理によるところだろう。


「早速、試していいか?」


「いいよ。見ててあげるから」


 俺は言われた通り、右足を前に、左足を後ろにする。

 身体が開きやすいように間を空けた。

 腰の伸びを意識し、やや頭を前傾させる。

 やがてそっと柄に手を置いた。


 鞘の中に収まった刀の“静”の動きをイメージする。


 十分気が充実すると、俺は“機”を捉えた。



 シャンッッッッッッッ!!



 刃が閃く。


 次の瞬間――――。


 ズバッと校舎裏の森の木が宙に舞い上がっていた。


「「な゛!」」


 メイラとポディームが目を剥く。

 その瞳には、何十本という樹木が舞う姿が映っていた。

 一瞬、木は中空で静止すると、引力に引かれ落下する。

 たった今切り裂かれた切り株の上に、轟音を上げて落ちてきた。


「あ、あれ……?」


 俺は首を傾げる。

 抜刀術ってこんなものなのか?


「す、す、す、す……」


「すごぉぉぉぉおおいい! すごいよ、ラセルくん」


 ポディームは歓声を上げた。


「た、確かに凄いです。まさか、剣の風圧だけで、木を切り倒してしまうとは……。それも何本も……」


 メイラも愕然とした様子だった。


 いや、ちょっと待て、お前たち。

 無邪気に喜ぶな。

 風圧が出ているということは、まだ俺が空気を押し出しているということだ。

 ということは、今の抜刀術は完全でないかもしれない。


 刀術の神髄は、恐らく刀と同じくくうくうを斬ることだ。

 今のは誤った使い方だ。


「た、確かに……。ラセルくんの言うことは間違いないですが」


「いや、風圧だけで木を倒すのもすごいことだよ」


「ダメだ。俺は納得できん」


 道を究めるために、妥協なんて以ての外だ。

 会得してみせる。

 サイフォン流の刀術を!!


 俺は誓うのだった。


「ところでさ。この木を切ったの……。さすがに怒られないかな」


 ポディームは少し青い顔をしながら、禿げた森の一部を指差すのだった。

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