第38話 賢者、風を斬る
ニコニコ漫画でコミカライズ更新です。
本日もラセルが無双しておりますので、是非よろしくお願いします。
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執行官となった俺は、学校の見回りをしていた。
すると、校舎の裏側で奇妙なものを見つける。
丸い円形の土台。
周りを縄で絞められ、硬く踏み固められていた。
一種の儀式的な祭壇かと思えば違う。
かすかだが、人のすり足の跡がある。
立っているだけで、人の汗の匂いが漂ってくる。
おそらく、この上で人が戦ったのだろう。
汗の匂いは少々不快だが、悪くない。
昔の戦争時のことを思い出した。
すると、自然と心が昂揚する。
その有り様を表現するかのように、俺はいつしか身体を動かし始めていた。
「どなたですか?」
鋭い声が響く。
俺は手を止め、振り返った。
少女が立っていた。
といっても、俺より年上だろう。
右肩に二等生であることを示す『
黒髪を後ろで束ね、細い黒瞳は鋭く俺を射抜いている。
女性的な起伏には乏しいものの、手足はスラリと長く、筋肉はよく絞り込まれていた。
特に目に付くのは、着ているものだ。
何かの伝統衣装なのか。
袖口がゆったりとした長着に、ズボンとスカートの中間にあるような着衣を、腰の辺りで結んで履いている。
若いがそれなりの武芸者なのだろう。
少々夢中になっていたとはいえ、声をかけるまで存在に気付かなかった。
彼女は名前をメイラ・ミーブルと名乗った。
東方の国サイフォンの外交特使の娘で、この格好も国の伝統衣装なのだそうだ。
そして、俺が今立っている土台。
これもサイフォンの剣術である『刀術』の武闘場なのだという。
ちなみに伝統衣装も武闘場も、学校に許可を得ているらしい。
「すまない。そうとは知らず、勝手に使ってしまった」
「いえ。……実は、少し前からあなたの演武を拝見させてもらいました。見たことのない動きでしたが、非常に綺麗で洗練されていました。思わず見惚れたほどです」
「恐縮だな……」
無難に答えると、俺はメイラが持っている武器が気になった。
俺の視線に気付いたらしい。
メイラは『刀』というサイフォン由来の剣を抜いた。
その刀身を見た瞬間、俺は息を飲む。
一目見て、美しいと思った。
波のような荒い波紋もそうだが、機能美としても優れている。
折り固められた硬度。
粘り気のある靱性。
細く美しい貴婦人の腰を思わせるような反り。
まさに武器としての美しさと単純な武力。
その2つの問いをとことん突き詰めた武具だった。
「随分と興味があるようですね。振ってみますか」
「いいのか?」
つい俺は玩具を与えられた子供のように目を輝かせる。
すると、メイラは口元を抑え、プッと笑った。
その姿もなかなかに雅だ。
有り難く受け取ると、早速振ってみる。
――――ッ!
悪くない。
いや、むしろ良い。
7回転生した俺は、様々な武具を手にしてきた。
その中には、神器も含まれている。
この『刀』はその中の1本に入れても遜色ないほど、使いやすい。
刃先が全く空気にかからない。
空気で空気を斬っているみたいだ。
俺は素直に感動した。
この『刀』に出会えただけでも、学校に来て良かったとすら思った。
「ところで、メイラはこんな校舎裏で何をしているんだ?」
武闘場まで作って、1人鍛錬というわけでもないだろう。
メイラは少し頬を染めながら、俺の質問に答えてくれた。
「実は、サイフォンの『刀術』を伝えようと、仲間を探しているのです。ここで共に切磋琢磨できれば良いと考えていたのですが……」
「それで? 仲間は出来たのか?」
「それが……」
当初、メイラの『刀術』は生徒たちの興味を引いた。
特に平民出身者に受けが良かったそうだ。
貴族と違って金のない彼らは、家庭教師を雇って、戦いの術理を学ぶ機会がほとんどなく、学校に入学したものが大半だった。
メイラの指導は無料とあって、平民を中心に受講者が殺到したらしい。
だが、つい先日。
めっきり人が来なくなった。
辞めた理由を聞いても、平民出身者たちは何も答えてくれない。
途方に暮れたメイラは、1人ここで素振りする毎日なのだと話す。
「武闘場から音が聞こえた時、もしや……と思ったのですが」
「すまんな。勘違いさせてしまった」
「いえ……。もし良ければ、『刀術』を習ってみませんか?」
興味はある。
だが、俺には執行官という役目がある。
自分の鍛錬もしなければならない。
「時間が空いた時でもいいです。放課後はいつもここにいますから……。待ってます」
期待されてもなあ……。
正直俺は、あまり乗り気ではなかった。
だが、蓋を開けてみれば、俺は毎日通い、メイラから『刀術』を習った。
あれほど綺麗な武具を作る国だ。
そこで培われた剣術にも、単純に興味があった。
それに強くなるヒントがあるかもしれない。
俺はいつしか夢中になっていた。
「今のが抜刀術です」
「なるほど。“静”の中にある“動”の動きか。止まっている状態で、実は加速をしているという考え方は、なかなか興味深い。動きの型1つとっても、実に効率的だ。まだまだ俺は、身体を使いこなしていなかったのだな」
「私としては、1つ教えただけで、100……いや、1000を理解するラセルくんの方が驚きですよ。自信をなくしました。君は一体何者ですか?」
メイラには、俺が執行官だとは告げていない。
執行官は冒険者学校の中での1つの権威だ。
俺が執行官だとわかると、彼女は余計なことを考えてしまうかもしれない。
出来れば、メイラとは自然な形で付き合いたかった。
カサッ!
「誰だ!?」「誰!?」
物音を聞いて、メイラと俺は同時に振り返る。
校舎裏に広がる森。
その茂みの中から現れたのは、1人の小男だった。
若干ぽっちゃりとし、背丈は俺と同じぐらい。
顎を倒し、自信なさげな瞳をこちらに向けていた。
「ポディーム……」
「知り合いか?」
「ここで私に刀術を習っていた生徒です」
俺に紹介する。
見ず知らずの生徒に紹介されても、ポディームは何もいわなかった。
横に大きな体をモジモジさせた後、ようやく口を開く。
「ごめんよ、メイラ」
いきなり謝罪から入る。
やがて武闘場に現れなかった理由をポツリポツリと話し始めた。
数日前のことだ。
ポディームはある貴族とその取り巻き連中に囲まれた。
ひとしきり暴行を受けた後、メイラとその武闘場に近付かないことを約束させられた、という。
ポディームがいうには、他の平民出身者も同様のことをされたそうだ。
「でも……。僕……。気になって。だから、武闘場にはいかなかったけど、ずっとここから見ていたんだ」
「そうだったんですね」
「ごめん、メイラ。僕に、僕に勇気があれば……」
「いえ。ポディームくんは勇気がありますよ。正直に話してくれましたから」
「あの……。こんなことを言うのもおこがましいけど。また、僕に刀術を教えてくれないかな」
「え? でも――……」
「僕は強くなりたい。貴族の脅しに屈しないぐらい強く」
ポディームは訴えた。
顔を上げる。
つぶらな瞳に強い意志が宿っていた。
強くなりたい……。
どうやらその言葉に、嘘偽りはないらしい。
「良かったな、メイラ。戻ってくる生徒がいて」
「はい……。あ、あれ――?」
すると、メイラの瞳からポロポロと涙がこぼれる。
涙滴は踏み固められた砂地の武闘場に広がった。
「ごめんなさい。でも、私……。嫌われたんじゃって思ったから」
メイラはヴィラ・アムスト王国の人間ではない。
遠いサイフォン出身の人間だ。
父の仕事の都合で、ヴィラ・アムスト王国に来た当初は、文化的な違い、考え方の違いで誤解を生み、友達と呼べる人間がいなかったのだという。
だから、彼女はずっと責めていた。
また自分は知らない間に人を傷つけてしまったのではないか、と……。
でも、それは違った。
しかも、自分の下で強くなりたいといってくれた。
それが溜まらなく嬉しく、そしてメイラの救いとなった。
ようやくメイラは涙を拭う。
顔を上げた時には、いつもの剣術小町に戻っていた。
「ありがとう、ポディーム。じゃあ、早速鍛錬を始めましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げ、鍛錬が再開された。
◆◇◆◇◆
「では、ポディーム。弟弟子のラセルくんに、抜刀術を教えてあげてください」
「え? いいのかな、僕なんかで……」
「こう見えて、彼は教え方が上手いんですよ」
「ほう……。それはよろしく頼む」
俺はサイフォンの礼儀に乗っ取って、頭を下げた。
ポディームは頭を掻きながら、照れ隠しする。
久しぶりに握る訓練用の刀の感覚を確かめた後、解説を始めた。
「よく間違えるんだけど、抜刀術は手で刀を引き抜くんじゃないんだ。身体の開きを意識しながら、腰で抜く。こう――」
ポディームは実演して見せる。
ほう……。なかなか様になっている。
若干、タプタプしてるお腹が気になったが、剣筋も鋭い。
ポディームは明らかに俺より身体能力が低い。
それでも、あれほどの剣筋を見せることができるのは、単に術理によるところだろう。
「早速、試していいか?」
「いいよ。見ててあげるから」
俺は言われた通り、右足を前に、左足を後ろにする。
身体が開きやすいように間を空けた。
腰の伸びを意識し、やや頭を前傾させる。
やがてそっと柄に手を置いた。
鞘の中に収まった刀の“静”の動きをイメージする。
十分気が充実すると、俺は“機”を捉えた。
シャンッッッッッッッ!!
刃が閃く。
次の瞬間――――。
ズバッと校舎裏の森の木が宙に舞い上がっていた。
「「な゛!」」
メイラとポディームが目を剥く。
その瞳には、何十本という樹木が舞う姿が映っていた。
一瞬、木は中空で静止すると、引力に引かれ落下する。
たった今切り裂かれた切り株の上に、轟音を上げて落ちてきた。
「あ、あれ……?」
俺は首を傾げる。
抜刀術ってこんなものなのか?
「す、す、す、す……」
「すごぉぉぉぉおおいい! すごいよ、ラセルくん」
ポディームは歓声を上げた。
「た、確かに凄いです。まさか、剣の風圧だけで、木を切り倒してしまうとは……。それも何本も……」
メイラも愕然とした様子だった。
いや、ちょっと待て、お前たち。
無邪気に喜ぶな。
風圧が出ているということは、まだ俺が空気を押し出しているということだ。
ということは、今の抜刀術は完全でないかもしれない。
刀術の神髄は、恐らく刀と同じく
今のは誤った使い方だ。
「た、確かに……。ラセルくんの言うことは間違いないですが」
「いや、風圧だけで木を倒すのもすごいことだよ」
「ダメだ。俺は納得できん」
道を究めるために、妥協なんて以ての外だ。
会得してみせる。
サイフォン流の刀術を!!
俺は誓うのだった。
「ところでさ。この木を切ったの……。さすがに怒られないかな」
ポディームは少し青い顔をしながら、禿げた森の一部を指差すのだった。
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