第37話 賢者、従者を助ける
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本日、ニコニコ漫画でコミカライズ最新話が更新されました。
そちらも是非よろしくお願いします。
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「僕は反対です!!」
俺の生徒自治会入会。
その方向で決定される中、会議室の空気を切り裂くものがいた。
ハッと皆が視線を向ける。
その先にいたのは、生徒自治会書記ルシアンだった。
強い決意に満ちた目で、複数から放たれる視線を受け止める。
とりわけ反応したのは、ヴァエルだった。
「理由を聞こうか、ルシアン書記。むろん、生半可な理由ではないだろうな」
「はっきり申し上げます、会長。僕はまだこの男を信用していません」
「それはどういう類いの信用だ? 身分か? 社会的立場か? それとも実力か?」
「すべてです。この男を形作るものすべて。……ですが、とりわけ信用出来ないのは、彼が【村人】であるということ。彼は『カクメイノシシ』のメンバーの可能性があります」
カクメイノシシ?
つまりは『革命の志士』か
うん? 以前、どこかで聞いたような気がするな。
そうだ。確かボルンガの父親が山の土地を売ろうとした時、その取引先の相手が、そんな名前だったはずだ。
「なんですか、その『革命の志士』というのは?」
「とぼけるな! 彼らを知らないわけがないだろう」
「ルシアン、熱くなりすぎよ。ラセルくんは本当に知らないかもしれないわ」
書記をたしなめたのは、副会長のペイエラだった。
だが、ルシアンは引き下がらない。
まるで親の仇のように俺を睨んでいる。
自治会メンバーに代わって、説明したのは、意外にもローワンだった。
「『革命の志士』ってのは、主に【村人】で構成されているテロリストグループだ」
そのスローガンは、「【村人】の解放」。
【村人】の権利と、地位の向上を要求し、各国でテロ活動を行っているテロリスト集団なのだという。
「そのやり口は、えげつないものだ。たとえば――」
「爆弾を抱えた特攻か」
考えればすぐにわかる。
魔法を持たない【村人】と、六大職業魔法を操る勢力。
まともにやれば、十中八九後者が勝利するだろう。
だが、やりようによっては、【村人】にも勝機はある。
つまりは片道切符の自爆特攻。
300年前と比べれば、【村人】も随分と減った。
だが、今でも人口比率だけなら、他の職業を上回っている。
数の上では、圧倒的に【村人】が有利だ。
数の暴力というのは、思いの外厄介なものだ。
抑圧された【村人】の一斉蜂起。
この俺ですら、少し背筋に汗を掻く。
今思えば、俺に【村人】の将来を託した父ルキソルの言葉は、このことを見越してのことなのかもしれない。
「わかった。では、ルシアン。どうすれば、彼を認める」
「決闘させて下さい」
「ほう……」
ヴァエルは氷の瞳を細める。
ルシアンは言葉を続けた。
「もし、僕に勝つことが出来れば、彼の自治会入会を認めましょう。ですが、僕が勝てば――ラセル・シン・スターク、君には退学してもらう。君の存在は危険すぎる」
「その条件は少々不公平に感じるが?」
「ならば、僕が負ければ、僕も学校を退学します。そしてヴァエル様。あなたの剣であることも辞めます」
「我が家を出て行くということか?」
一瞬、話が見えなかったが、ペイエラが解説してくれた。
ルシアンは元々リヴィルド家の執事の息子らしい。
学校に入学したのも、ヴァエルの身の回りの世話をするためだ。
つまり、ルシアンは長年仕えてきたリヴィルド家を出て行くというのだ。
リヴィルド家は、公爵位。
その執事となれば、高い給料が支払われ、生活に困ることもない。
だが、その地位や家柄を捨ててでも、ルシアンは俺と戦おうとしていた。
それは決して学校のためなどではない。
すべては仕える主のため。
大小問わず危険な因子を遠ざけるためだった。
そこまで覚悟して、俺に挑もうというのだ。
「いいだろう」
ヴァエルは静かに瞼を閉じた。
会議室内が、一瞬ざわつく。
横でやりとりを見ていたペイエラは反対を表明したが、会長が言葉を撤回することはなかった。
「ただし、本人が受けるかだが……」
氷の瞳が俺の方に向けられる。
はっきり言うが、俺には主従愛など少しも理解できない。
他人のために、命を投げ出す。
サラサとセシルの時もそうだったが、俺には理解不能な感情だ。
しかし、俺には目的がある。
強くなる。
そのために、学校が保有しているダンジョンに潜る。
それを阻む者がいるなら、たとえ他人が人生を棒に振ることになったとしても、俺は容赦なく打ち倒すだろう。
「それが自治会入会に必要なことなら……。異存はありません。その決闘を受けましょう」
こうして、俺とルシアンの再戦が決まった。
◆◇◆◇◆
負けるわけにはいかない……。
ルシアン・クレフィールドは愛剣の感触を確かめる。
握っていたのは、鎌のように湾曲した短剣だ。
それを片手で1振りずつ握る。
つまりは二刀流。
これこそが、主を守るために発展させたクレフィールド剣武術の大きな特徴だった。
室内でも小回りが利く短剣。
それぞれを順手と逆手で握り、身体に密着させるように握る。
剣を身体の1器官と捕らえるとともに、防御の型を基本とし、必要とあらば悪漢の首を刈る。
その姿が『舞い』のようであったことから、主からは『剣舞』と呼ばれていた。
最大の特徴は速さであろう。
執事とは誰よりも速く主の側に仕えなければならない。
そうした理念から、クレフィールド家はスピードを重視してきた。
余計な脂肪を落とし、極限にまで絞り込まれた身体。
双剣もまた厳選され、硬度基準ギリギリまで、厚みを削ぎ落とし、軽量化させている。
たとえ相手が【
10歩程度の距離なら、詠唱前にその首を刈る自信がある。
だが、今回の相手は【村人】だ。
しかも、仕える主と同程度の詠唱速度を持つ。
いや、それ以上かもしれない。
それでも勝つ。
懐に飛び込み、男の首を刈る。
ただそれだけだ。
ルシアンとラセルの間に立ったのは、審判役のヴァエルだった。
場所は移動している。
四方を魔法銀の分厚い壁に囲まれたトレーニング室だ。
魔法銀にはさらに【硬度上昇】と【魔法破壊】の魔法が、パッシブ起動されていた。
少々派手に魔法を使っても、壊れないぐらいの耐久能力はある。
ゆっくりとルシアンとラセルは位置に付く。
距離にして10歩。
自分なら2歩で近づける。
すでにこの距離は、ルシアンにとってのキルゾーンだった。
だが、それはラセルにとっても同じだろう。
条件は五分五分。
あとは、どちらが速いか。
ただそれだけだ!
「はじめぇ!!」
ルシアンは地を蹴る。
魔法は起動しない。
どうせ魔力出力の差で弾かれるだけだ。
頼れるのは、己の身体だけ。
子供の頃からいじめ抜き、鍛え上げた速力。
そして
いける!
ルシアンは確信する。
タイミングは最高だった。
若干の緊張はあるが、体調は悪くない。
筋肉も程良くほぐれている。
呼吸も合った。
後は加速するだけ。
この剣を、相手の喉に突き立てるだけだ。
勝つ! ヴァエルのために!!
◆◇◆◇◆
ジュドォォォォオオオオオオオオオオオンンン!!
轟音がトレーニング室に響いた。
激しく室内を揺らす。
同時に、目映い光が視界を覆い尽くした。
それは巨大な雷属性魔法だ。
先ほどまで、ルシアンがいた場所に叩きつけられ、鉄を引っ掻いたような音を立てている。
その魔力の圧力は凄まじい。
学校が技術の粋を尽くした
さらに爆発。
爆心地から、濛々と煙が上がる。
目撃していた者は、すべて驚愕の表情を浮かべた。
【凍犬の魔女】と謳われるヴァエルですら、凍り付いている。
俺は魔法を起動した体勢のまま爆心地を見つめた。
しばらくして、ようやくその全貌が露わになる。
魔法銀で覆われた部屋には、無数のヒビが入り、爆心地は巨大な鉄球でも落とされたかのように沈んでいた。
そして、その中心――。
黒こげになったルシアンの姿があった。
「ルシアン!」
最初に駆け寄ったのは、ペイエラだった。
すぐに脈を確認する。
ほっと胸を撫で下ろした。
「生きてる……。良かった。今、回復を――」
雷属性の熱で火傷を負ったルシアンの身体を癒し始める。
使用しているのは【大回復】だ。
あの年齢で、上級の魔法を使えるとは……。
彼女もまた自治会の猛者の1人なのだろう。
「礼を言うぞ、ラセル・シン・スターク」
「別に……。お礼をいわれるようなことは何もしてませんよ」
「いや、お前は
ヴァエルはペイエラによって癒されていく同級生であり、従者でもある青年を見つめた。
その細めた目には、幾ばくか慈愛の心が見て取れる。
本当であれば、飛んでいって抱きつきたいほど心配しているのだろう。
そうしなかったのは、彼女の矜持が許さなかったのかもしれない。
この勝負を認めたのは、ルシアンの主なのだ。
「そうですか。でも、俺は本気ではなかったんですが……」
ヴァエルは笑った。
少し楽しそうにだ。
「ふふ……。嘘だな。確かに出力上では、最大ではなかっただろう。だが、雷属性魔法はコントロールが難しい。常人が考えるよりずっとな……。お前は致命傷ギリギリを狙って、かろうじてルシアンを助けた。あと一押しで命が奪えたのに、わざわざ魔力を制御し、もっとも困難な方法であいつを
俺は肩を竦めた。
「さすが、会長ですね。ご慧眼、見事です」
「ふふ……。照れるではないか」
「彼はどうなりますか?」
「その気になれば、あっさりと寝首をかかれる相手に、命を助けられたのだ。それが何を意味するか。わからないほど、あいつの頭は硬くないよ。首にもせん。この者は私の従者だ。従者を首に出来るのは、主しかおらん」
それに、と会長は話を続けた。
「ヤツの心配もわかる。ルシアンの母親は、【村人】の自爆テロに巻き込まれて死んだ。私にもそうなってほしくないのだろう」
「よく理解しておられるのですね、彼を」
「当たり前だ……。あいつは――」
私の一番の親友だからな。
◆◇◆◇◆
俺たちはひとまずお暇することになった。
ルシアンは無事だ。
ペイエラの魔法で、傷跡1つ残さず回復された。
後は意識が回復するのを待つだけ。
学校に常駐している【
俺たちは外に出て、久方ぶりの外の空気を吸う。
飯でも食べに行こうという話になって、セシルとサラサ、ローワンは、学校の食堂に行ってしまった。
俺も誘われたのだが、今日は色々とありすぎた。
さすがの俺の身体も悲鳴をあげていて、早めに寮に帰って休みたいというと、3人はあっさり解放してくれた。
現在、とぼとぼと1人家路に着いている。
陽が遠く王城の影に入るように没し、空は茜色に染まっていた。
俺はそれを見ながら、ふと立ち止まる。
大きく息を吐き出した。
ふー……。別に手加減などしていなかったのだがな。
誰もいない学校の敷地内で、俺はそう述懐するのだった。
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