第36話 賢者、勧誘される
本日ニコニコ漫画で最新話が更新されました。
是非そちらもよろしくお願いします。
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入学式を滞りなく終えた俺に待っていたのは、生徒自治会の査問だった。
今朝方に起きた生徒間のいざこざについて説明するためだ。
俺、サラサ、セシル、そしてローワンとともに、自治会議室に向かう。
待っていたのは、冷たい氷の瞳を持つヴァエル・ディー・リヴィルド。
そして自治会の主要メンバーだった。
朝に会った副会長のペイエラ、書記のルシアンという男もいる。
他にも会計や幾人かの執行官が並んでいた。
「ようこそ、自治会へ。ラセル・シン・スターク、そして新入生たちよ。歓迎しよう」
会長は俺たちを迎える。
最初に会った時とは違い、口調が幾分柔らかい。
が、分厚い一枚板のテーブルの前に腰掛けた姿は、歴戦の猛将のような雰囲気があった。
「まさか歓迎されるとはな。俺はてっきり怖い会長に絞られるのだとばかり思っていたのだが……」
「ラセル・シン・スターク! 会長に対して、その物言いはないだろう」
いきなり食ってかかったのは、ルシアンだ。
まだ今朝の出来事を根に持っているのだろう。
野犬のように俺の言葉に噛みついてきた。
まさに負け犬の遠吠えだな……。
すると、手が上がる。
自治会書記を制したのは、当の会長だった。
「良い。私が他の生徒に恐れられているのは、事実だしな」
「な、何をいうのですか、ヴァエル様。ヴァエル様にはちゃんと女の子らしいところがありますよ」
ルシアンは力説する。
だが、ヴァエルには黙殺されてしまった。
随分と2人には温度差があるらしい。
頑張れよ、ルシアン。
俺は心の中でエールを送ってやった。
しかし、会長の女の子らしいところか……。
想像もつかないな。
「それで、いつ俺たちの査問は始まるんですか?」
「査問……。ああ。今朝方の騒ぎのことか。あれはもういい」
「はっ?」
「あれだけの大立ち回りだったのだ。目撃者はいくらでもいた。一体何が起こったかは把握している。……それに、あれぐらいの騒ぎ。ここでは日常茶飯事だ。その度に、当事者達を呼び出して話を聞いていたら陽が暮れてしまう」
「では、わたしたちは潔白ということでいいんですか?」
サラサが質問すると、ヴァエルは頷いた。
「体面上、反省文を書いてもらうことになっているのだが、こちらも読むのが面倒だ。それに文章に書き起こしたうわべの反省など意味がない。それなら、私が力づくでわからせた方が、何百倍も効果がある。そう思わんか?」
「は……。ははは……。確かに」
セシルは口の端をヒクヒクさせながら、苦笑いを浮かべた。
「しかし、お前達を自治会議室に呼んだのは、ちゃんと理由がある」
すると、ヴァエルはゆっくりと身体を前傾させた。
肘をテーブルに起き、組んだ指の上に、綺麗な形の顎を載せる。
そして薄く笑いながら、こういった。
「ラセル・シン・スターク……。自治会に入らないか?」
――――ッ!
会議室が一瞬にして凍り付いた。
ヴァエルが持つ氷属性魔法【凍獄】を放たれたかのように、皆の表情が固まる。
俺の後ろに並ぶセシル達はおろか、自治会メンバーすら驚いていた。
おそらく彼らにとっても、会長の勧誘は寝耳に水だったのだろう。
俺が生徒自治会か。
はっきり言って、面倒の一言だろう。
自治会というのだから、騒ぎを起こす有象無象の輩を、捕まえたりするのだろうから、当然自分の時間が取れなくなる。
強くなることにおいて、もっとも必要なのは時間だ。
俺からすれば、時は金ではない。
金以上に、時間は価値あるものなのだ。
正義の味方がほしいなら、後ろで目をキラキラさせてるセシルにでもやらせればいい。
「何故、俺なんですか?」
「それを私に答えさせるのか?」
「是非お訊きしたいのですが……」
「しいていうなら、お前を我が手元に置いておきたいと思ったからだ」
「は?」
「なんというか……。お前は、私の胸を滾らせるというか。何故か、こう……。心臓の鳴る速度が上がって興奮するというか」
おいおい。
それって、もしかして……。
いや、そもそもたとえ
思いっきり公私混同ではないか!!
何故か微妙な空気とともに、沈黙が流れた。
誰も会長に意見を言おうとはしない。
気のせいか、サラサとセシルの顔が赤くなり、ローワンも頭を掻いて、場の空気を誤魔化そうと躍起になっていた。
ごほん……。
そこでようやく微妙な空気は咳によって打ち払われた。
皆の視線が向く。
立っていたのは、ペイエラだった。
「おそらく会長は、君の魔法技術を買っておられるのだと思います。それにラセルくん。君は【村人】です。そんな人間でも執行部に入り、活動していくことは、自治会の1つのアピールになるでしょう。我々としても、そのメリットは大きい」
見事な説明だ。
この短時間で考えられる唯一の回答といってもいい。
やるな! 副会長。
ペイエラの意見に1番同調したのは、当の会長だった。
「そう! その通りだ、ペイエラ。私はそれが言いたかったのだ」
本当かよ!!
「不服か……? ラセル・シン・スターク」
ヴァエルは小首を傾げる。
綺麗な銀髪が流れた。
「有り体にいえば……」
「まあ、そういうな。お前にとっても悪い話ではない」
「悪い話しか聞こえてこなさそうですが……」
「たとえば、お前の職能だ」
「【村人】……ですか?」
ヴァエルは頷く。
「お前の職能は、世界一地味な職能だ。同時に、この学校においては、もっとも目立つ職能でもある。何せ、教職員も含めて、この学校――いや、他の支部の人間を集めたとしても、【村人】の職能を持つのは、お前1人だけだからな」
「でしょうね……」
俺は自嘲するように笑う。
「だから、トラブルを呼び込んでしまう。ここには貴族が多い。そのほとんどが権威主義に凝り固まった豚共だ。そういった輩にとって、お前とその周りの人間は、絶好の標的になる」
「会長も貴族だったと思いますが?」
「私が豚かどうかは、お前が判断すればいい。……いずれにしろお前とその周りを守る意味でも、自治会に入る事を薦める。お前が思う通り、面倒な仕事ばかりだが、その肩書きの効果は保証しよう」
確かに……。
メリットがない訳ではないようだ。
会長がいうように、【村人】の俺は目立つ存在だろう。
今朝のような騒ぎが、これからも起こる可能性は十分にある。
むろん、問答無用でなぎ払えばいいだけだ。
が、その度にこの部屋に呼び出されるのは、堪(たま)ったものではない。
俺は強くなるために、この学校に来た。
頭の悪い人間に、
しかし、会長の提案はメリットがあるように見えて、さして状況は変わらないように思える。
自治会に入れば、その有象無象の輩を取り締まることになるわけだし、会議室に出入りするのも、頻繁になるだろう。
騒ぎを
だが、俺は良いとしても、サラサやセシルたちに危害をくわえる輩の防止策にはなることは、確かだ。
さて、どうしたものか……。
「待って下さい」
手を挙げたのは、サラサだった。
挙げた手こそ控えめだったが、眼鏡の奥の瞳は真剣そのものだ。
「あの……。それって、わたしたちが危険だからラセル君に、自治会に入れってことですか?」
「ああ……。確かに私はそういったな」
一見ひ弱な新入生の訴えに、ヴァエルは軽く流す。
だが、サラサは決して矛を収めなかった。
「そんなの! まるでわたしたちが人質に取られているみたいじゃないですか!!」
「――――ッ!」
「ラセルくんが、ラセルくんのために自治会に入るならいいです。けど、わたしたちのために仕方なく自治会に入るなら、それは違う。だいたい――」
わたしたちは、会長が思うほど弱くはない!!
サラサは声を荒げた。
その訴えに反応したのは、ルシアンだ。
「君! ヴァエル様になんて口の利き方をするんだ!!」
「待て、ルシアン。彼女の言うとおりだ。……謝罪しよう」
「ヴァエル様が謝罪することなど……」
「私は少々侮っていたらしい。ラセル・シン・スタークの周りにいるのは、金魚の糞とばかり思っていたようだが、少々趣が違うようだ」
すると、ヴァエルは氷の瞳を光らせる。
サラサがかけた眼鏡の奥に、眼光を叩きつけた。
それでも、彼女は怯まない。
【未来視】を宿した淡緑の虹彩は、燃えていた。
「それに、学校にいる人間すべてが、“敵”だといったのは私だ。その人間が、人を守ると考えるのは、ひどく矛盾しているだろう。すまなかったな。名前は?」
「サラサ・ヴァーガルドです」
「そうか。良い目をしているな。興味があるなら、自治会に協力してくれ。君なら大歓迎だ」
「いえ。私の方こそ……。出過ぎたことをいってすみません」
サラサは頭を下げる。
ようやく自分がしたことに気づいたらしい。
いつもの彼女に戻ると、ペコペコと頭を下げた。
「でもさ。あたしは、ラセルに自治会に入ってほしいかな」
話を蒸し返したのは、あろう事かサラサの親友だった。
「だって、カッコいいじゃん。なんか自治会を守る正義のヒーローみたいで」
俺は頭を抱える。
セシルの反応は、ほぼ予想通りだった。
「ねぇねぇ、会長さん。あたし、自治会に入ってもいいかな」
「歓迎したいところだが、自治会の仕事はキツいぞ。一定の能力がなければ、務まらない。そうだ。ラセル・シン・スタークを説得してくれるなら、一考しないわけではないがな」
ニヤリと笑う。
さっきサラサに怒られたにもかかわらず、あくまで外堀を埋めるつもりらしい。
まあ、交渉の常套手段ではあるのだが……。
「ああ……。それなら、簡単よ」
セシルはあっけらかんと答えた。
会長に近づいていくと、その長い耳に耳打ちをする。
やがて、ヴァエルは悪魔のように歯をむき出した。
「ラセル・シン・スターク。自治会に入ると、もう1つ君にメリットがあったぞ」
「……な、なんですか?」
「学校が保有しているダンジョンに入ることが出来る」
「なッ――!」
冒険者学校のカリキュラムの中には、実地研修が存在する。
実際に、ダンジョンへと潜り、モンスターを倒すのだ。
そのため、学校自体が保守管理しているダンジョンがある。
一般生徒の授業以外での立ち入りは禁止されているそうだが、自治会メンバーであれば、生徒の不正や安全点検といった名目で、入ることが出来るらしい。
しかも、そこで遭遇したモンスターは、安全点検という意味合いで、狩り放題なのだそうだ。
「一応、聞くが強さのランクは?」
「授業で遭遇できるのは、Cランクが最高だ。が――」
「が?」
「そのダンジョンは、かなり深くてな。いまだ最底部まで潜ったものはいない。だが、深層域には、さらに強いモンスターがいるという噂だ」
強いモンスター!
それを聞いた瞬間、俺の頭はその言葉で埋め尽くされた。
はあ……。
どんなモンスターがいるのだろうか。
Sランクなんて贅沢はいわない。
せめてAランクのモンスターがいれば……。
それを合成して、もっと強いモンスターを作り、複製して狩りまくれば……。
いよいよ最上級魔法をゲットすることができるかもしれない!
俺は顔を上げた。
「是非参加させてください」
「そ、即決か。もう少し考えたら、どうだ?」
「いえ。俺の決意は揺るぎません。学校のため! スキルポイントのため! 是非、自治会に参加させてください!!」
決意を表明する。
呆然とする会長の横で、セシルが絶壁を反ると、鼻息を荒くした。
「ね? 言ったでしょ? ラセルを釣るのはこの方法が一番なのよ」
「ははは……。実はこの学園で1番強いのは、ラセルを動かすことが出来るセシルじゃないのか」
ローワンは少し呆れながら、ブラウンの髪を撫でた。
同時に、自治会長室に笑声が響く。
その中心にいたのは、俺だった。
ふん!
なんとでもいえ。
俺にとって、強さを求めることが、何よりの優先事項なのだ!
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
いよいよ★の数が1000件に届きそう……。
ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、
是非★★★をお願いしますm(_ _)m
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