第36話 賢者、勧誘される

本日ニコニコ漫画で最新話が更新されました。

是非そちらもよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 入学式を滞りなく終えた俺に待っていたのは、生徒自治会の査問だった。

 今朝方に起きた生徒間のいざこざについて説明するためだ。

 俺、サラサ、セシル、そしてローワンとともに、自治会議室に向かう。


 待っていたのは、冷たい氷の瞳を持つヴァエル・ディー・リヴィルド。

 そして自治会の主要メンバーだった。

 朝に会った副会長のペイエラ、書記のルシアンという男もいる。

 他にも会計や幾人かの執行官が並んでいた。


「ようこそ、自治会へ。ラセル・シン・スターク、そして新入生たちよ。歓迎しよう」


 会長は俺たちを迎える。

 最初に会った時とは違い、口調が幾分柔らかい。

 が、分厚い一枚板のテーブルの前に腰掛けた姿は、歴戦の猛将のような雰囲気があった。


「まさか歓迎されるとはな。俺はてっきり怖い会長に絞られるのだとばかり思っていたのだが……」


「ラセル・シン・スターク! 会長に対して、その物言いはないだろう」


 いきなり食ってかかったのは、ルシアンだ。

 まだ今朝の出来事を根に持っているのだろう。

 野犬のように俺の言葉に噛みついてきた。


 まさに負け犬の遠吠えだな……。


 すると、手が上がる。

 自治会書記を制したのは、当の会長だった。


「良い。私が他の生徒に恐れられているのは、事実だしな」


「な、何をいうのですか、ヴァエル様。ヴァエル様にはちゃんと女の子らしいところがありますよ」


 ルシアンは力説する。

 だが、ヴァエルには黙殺されてしまった。

 随分と2人には温度差があるらしい。

 頑張れよ、ルシアン。

 俺は心の中でエールを送ってやった。


 しかし、会長の女の子らしいところか……。

 想像もつかないな。


「それで、いつ俺たちの査問は始まるんですか?」


「査問……。ああ。今朝方の騒ぎのことか。あれはもういい」


「はっ?」


「あれだけの大立ち回りだったのだ。目撃者はいくらでもいた。一体何が起こったかは把握している。……それに、あれぐらいの騒ぎ。ここでは日常茶飯事だ。その度に、当事者達を呼び出して話を聞いていたら陽が暮れてしまう」


「では、わたしたちは潔白ということでいいんですか?」


 サラサが質問すると、ヴァエルは頷いた。


「体面上、反省文を書いてもらうことになっているのだが、こちらも読むのが面倒だ。それに文章に書き起こしたうわべの反省など意味がない。それなら、私が力づくでわからせた方が、何百倍も効果がある。そう思わんか?」


「は……。ははは……。確かに」


 セシルは口の端をヒクヒクさせながら、苦笑いを浮かべた。


「しかし、お前達を自治会議室に呼んだのは、ちゃんと理由がある」


 すると、ヴァエルはゆっくりと身体を前傾させた。

 肘をテーブルに起き、組んだ指の上に、綺麗な形の顎を載せる。

 そして薄く笑いながら、こういった。


「ラセル・シン・スターク……。自治会に入らないか?」


 ――――ッ!


 会議室が一瞬にして凍り付いた。

 ヴァエルが持つ氷属性魔法【凍獄】を放たれたかのように、皆の表情が固まる。

 俺の後ろに並ぶセシル達はおろか、自治会メンバーすら驚いていた。

 おそらく彼らにとっても、会長の勧誘は寝耳に水だったのだろう。


 俺が生徒自治会か。

 はっきり言って、面倒の一言だろう。

 自治会というのだから、騒ぎを起こす有象無象の輩を、捕まえたりするのだろうから、当然自分の時間が取れなくなる。


 強くなることにおいて、もっとも必要なのは時間だ。

 俺からすれば、時は金ではない。

 金以上に、時間は価値あるものなのだ。


 正義の味方がほしいなら、後ろで目をキラキラさせてるセシルにでもやらせればいい。


「何故、俺なんですか?」


「それを私に答えさせるのか?」


「是非お訊きしたいのですが……」


「しいていうなら、お前を我が手元に置いておきたいと思ったからだ」


「は?」


「なんというか……。お前は、私の胸を滾らせるというか。何故か、こう……。心臓の鳴る速度が上がって興奮するというか」


 おいおい。

 それって、もしかして……。

 いや、そもそもたとえそうヽヽだったとしても――。


 思いっきり公私混同ではないか!!


 何故か微妙な空気とともに、沈黙が流れた。

 誰も会長に意見を言おうとはしない。

 気のせいか、サラサとセシルの顔が赤くなり、ローワンも頭を掻いて、場の空気を誤魔化そうと躍起になっていた。


 ごほん……。


 そこでようやく微妙な空気は咳によって打ち払われた。

 皆の視線が向く。

 立っていたのは、ペイエラだった。


「おそらく会長は、君の魔法技術を買っておられるのだと思います。それにラセルくん。君は【村人】です。そんな人間でも執行部に入り、活動していくことは、自治会の1つのアピールになるでしょう。我々としても、そのメリットは大きい」


 見事な説明だ。

 この短時間で考えられる唯一の回答といってもいい。

 やるな! 副会長。


 ペイエラの意見に1番同調したのは、当の会長だった。


「そう! その通りだ、ペイエラ。私はそれが言いたかったのだ」


 本当かよ!!


「不服か……? ラセル・シン・スターク」


 ヴァエルは小首を傾げる。

 綺麗な銀髪が流れた。


「有り体にいえば……」


「まあ、そういうな。お前にとっても悪い話ではない」


「悪い話しか聞こえてこなさそうですが……」


「たとえば、お前の職能だ」


「【村人】……ですか?」


 ヴァエルは頷く。


「お前の職能は、世界一地味な職能だ。同時に、この学校においては、もっとも目立つ職能でもある。何せ、教職員も含めて、この学校――いや、他の支部の人間を集めたとしても、【村人】の職能を持つのは、お前1人だけだからな」


「でしょうね……」


 俺は自嘲するように笑う。


「だから、トラブルを呼び込んでしまう。ここには貴族が多い。そのほとんどが権威主義に凝り固まった豚共だ。そういった輩にとって、お前とその周りの人間は、絶好の標的になる」


「会長も貴族だったと思いますが?」


「私が豚かどうかは、お前が判断すればいい。……いずれにしろお前とその周りを守る意味でも、自治会に入る事を薦める。お前が思う通り、面倒な仕事ばかりだが、その肩書きの効果は保証しよう」


 確かに……。

 メリットがない訳ではないようだ。

 会長がいうように、【村人】の俺は目立つ存在だろう。

 今朝のような騒ぎが、これからも起こる可能性は十分にある。

 むろん、問答無用でなぎ払えばいいだけだ。

 が、その度にこの部屋に呼び出されるのは、堪(たま)ったものではない。


 俺は強くなるために、この学校に来た。

 頭の悪い人間に、わからせるヽヽヽヽヽために入学した訳ではない。


 しかし、会長の提案はメリットがあるように見えて、さして状況は変わらないように思える。


 自治会に入れば、その有象無象の輩を取り締まることになるわけだし、会議室に出入りするのも、頻繁になるだろう。


 騒ぎをいさめるか、それとも騒ぎの渦中にいるかの違いぐらいだ。


 だが、俺は良いとしても、サラサやセシルたちに危害をくわえる輩の防止策にはなることは、確かだ。


 さて、どうしたものか……。


「待って下さい」


 手を挙げたのは、サラサだった。

 挙げた手こそ控えめだったが、眼鏡の奥の瞳は真剣そのものだ。


「あの……。それって、わたしたちが危険だからラセル君に、自治会に入れってことですか?」


「ああ……。確かに私はそういったな」


 一見ひ弱な新入生の訴えに、ヴァエルは軽く流す。

 だが、サラサは決して矛を収めなかった。


「そんなの! まるでわたしたちが人質に取られているみたいじゃないですか!!」


「――――ッ!」


「ラセルくんが、ラセルくんのために自治会に入るならいいです。けど、わたしたちのために仕方なく自治会に入るなら、それは違う。だいたい――」



 わたしたちは、会長が思うほど弱くはない!!



 サラサは声を荒げた。


 その訴えに反応したのは、ルシアンだ。


「君! ヴァエル様になんて口の利き方をするんだ!!」


「待て、ルシアン。彼女の言うとおりだ。……謝罪しよう」


「ヴァエル様が謝罪することなど……」


「私は少々侮っていたらしい。ラセル・シン・スタークの周りにいるのは、金魚の糞とばかり思っていたようだが、少々趣が違うようだ」


 すると、ヴァエルは氷の瞳を光らせる。

 サラサがかけた眼鏡の奥に、眼光を叩きつけた。

 それでも、彼女は怯まない。

 【未来視】を宿した淡緑の虹彩は、燃えていた。


「それに、学校にいる人間すべてが、“敵”だといったのは私だ。その人間が、人を守ると考えるのは、ひどく矛盾しているだろう。すまなかったな。名前は?」


「サラサ・ヴァーガルドです」


「そうか。良い目をしているな。興味があるなら、自治会に協力してくれ。君なら大歓迎だ」


「いえ。私の方こそ……。出過ぎたことをいってすみません」


 サラサは頭を下げる。

 ようやく自分がしたことに気づいたらしい。

 いつもの彼女に戻ると、ペコペコと頭を下げた。


「でもさ。あたしは、ラセルに自治会に入ってほしいかな」


 話を蒸し返したのは、あろう事かサラサの親友だった。


「だって、カッコいいじゃん。なんか自治会を守る正義のヒーローみたいで」


 俺は頭を抱える。


 セシルの反応は、ほぼ予想通りだった。


「ねぇねぇ、会長さん。あたし、自治会に入ってもいいかな」


「歓迎したいところだが、自治会の仕事はキツいぞ。一定の能力がなければ、務まらない。そうだ。ラセル・シン・スタークを説得してくれるなら、一考しないわけではないがな」


 ニヤリと笑う。


 さっきサラサに怒られたにもかかわらず、あくまで外堀を埋めるつもりらしい。

 まあ、交渉の常套手段ではあるのだが……。


「ああ……。それなら、簡単よ」


 セシルはあっけらかんと答えた。

 会長に近づいていくと、その長い耳に耳打ちをする。

 やがて、ヴァエルは悪魔のように歯をむき出した。


「ラセル・シン・スターク。自治会に入ると、もう1つ君にメリットがあったぞ」


「……な、なんですか?」


「学校が保有しているダンジョンに入ることが出来る」


「なッ――!」


 冒険者学校のカリキュラムの中には、実地研修が存在する。

 実際に、ダンジョンへと潜り、モンスターを倒すのだ。

 そのため、学校自体が保守管理しているダンジョンがある。

 一般生徒の授業以外での立ち入りは禁止されているそうだが、自治会メンバーであれば、生徒の不正や安全点検といった名目で、入ることが出来るらしい。


 しかも、そこで遭遇したモンスターは、安全点検という意味合いで、狩り放題なのだそうだ。


「一応、聞くが強さのランクは?」


「授業で遭遇できるのは、Cランクが最高だ。が――」


「が?」


「そのダンジョンは、かなり深くてな。いまだ最底部まで潜ったものはいない。だが、深層域には、さらに強いモンスターがいるという噂だ」


 強いモンスター!


 それを聞いた瞬間、俺の頭はその言葉で埋め尽くされた。


 はあ……。


 どんなモンスターがいるのだろうか。

 Sランクなんて贅沢はいわない。

 せめてAランクのモンスターがいれば……。

 それを合成して、もっと強いモンスターを作り、複製して狩りまくれば……。


 いよいよ最上級魔法をゲットすることができるかもしれない!


 俺は顔を上げた。


「是非参加させてください」


「そ、即決か。もう少し考えたら、どうだ?」


「いえ。俺の決意は揺るぎません。学校のため! スキルポイントのため! 是非、自治会に参加させてください!!」


 決意を表明する。


 呆然とする会長の横で、セシルが絶壁を反ると、鼻息を荒くした。


「ね? 言ったでしょ? ラセルを釣るのはこの方法が一番なのよ」


「ははは……。実はこの学園で1番強いのは、ラセルを動かすことが出来るセシルじゃないのか」


 ローワンは少し呆れながら、ブラウンの髪を撫でた。

 同時に、自治会長室に笑声が響く。

 その中心にいたのは、俺だった。


 ふん!

 なんとでもいえ。

 俺にとって、強さを求めることが、何よりの優先事項なのだ!



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


いよいよ★の数が1000件に届きそう……。

ここまで読んで面白いと思っていただけましたら、

是非★★★をお願いしますm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る