第35話 賢者、答辞を読む

告知遅れましたが、コミカライズ最新話がニコニコ漫画で更新されてます。

サラサとセシルが可愛いので、是非読んで下さい。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「は? 俺が答辞を?」


 ラセル・シン・スタークが答辞を読む。

 そんなことを聞いたのは、入学式が始まる直前だった。

 学校長へイムダールが、俺の側にやってくると、そう告げたのだ。


「確か、答辞は貴――……。他の生徒がやるはずだったのでは?」


「そのつもりだったのだがな。直前になって雲隠れしてしまったらしい」


 雲隠れ……。

 つまりは、式直前になってビビったってことか。

 情けない。

 貴族というヤツらは、エラそうなことをいう割りには、意志の弱い人間ばかりだからな。

 まあ……。かくいう俺も田舎貴族なわけだが。


「答辞を取りやめようとも考えたのだが、ここは首席である君に任せることに決定した。晴れの日だ。来賓の手前、あまり混乱のないようにしたい」


「で、ですが……。スピーチも何も考えていません」


「畏まらなくてもいい。君が思った通りに挨拶すればいいんだ」


 へイムダールは肩を叩く。


 すると、横で聞いていたセシルとサラサが同調した。


「いいじゃない! そもそもラセルがスピーチすべきなんだし」


「わたしも、ラセルくんが答辞を読む方がいいと思います」


「お前ら……。他人事だと思って」


「にひひひ……」


 セシルは歯を見せ、悪ガキ小僧のように笑った。


 全く……。

 人の気も知らないで。


「どうなっても知りませんよ」


 俺は肩を竦めるしかなかった。



 ◆◇◆◇◆



 長いへイムダールの挨拶が終わり、次に登壇したのは、生徒自治会会長ヴァエル・ディー・リヴィルドだった。


 長い銀髪を揺らし、妖精の容姿を存分に新入生へ見せつける。

 彼女を知らない者はたちまち虜になり、男女問わず、その頬を上気させた。

 しかし、挨拶が始まると、春の陽気は一瞬にして凍り付く。


「新入生の諸君、入学おめでとう。生徒自治会会長ヴァエル・ディー・リヴィルドだ」


 と――。

 無難な挨拶から始まるまでは良かった。


「だが、祝いの挨拶はこれで終わりだ。諸君らに1つ忠告しておくことがある。この冒険者学校に先輩も後輩も、友人も仲間意識もない。教官ですら、先人たり得ない。諸君らの横にいるものは何か……。それは敵だ! 己の人生に、土足で割り込み、阻む憎き敵である。これは比喩ではない。今は仲良く手を繋ぐこともいいだろう。だが、長い人生において、その手を繋いだ人間が、目の前で剣を振りかざすことなど珍しいことではない。それは『ワカバルの苦杯』『重砲西軍の開戦』といった歴史的事例を見ても、証左であろう」



 戦え……!



「容赦なく、野蛮に、不格好でもいい。人に後ろ指を差されようと、勝利をもぎ取れ。幸いこの学舎は、『強くなる』という一点に関しては、最高の環境である。故に徹底して利用しろ。先輩を、後輩を、友人を、仲間を、教官を――そして敵をもだ」


 静まり返るどころか、生徒全員がどん引きしていた。


 仕方ないだろう。

 今までの人生仲良しこよしでやってきた連中がほとんどだ。

 金銭的なつながりもなく、ただ友情という実態のない関係の中で生きてきた人間にとって、ヴァエルの言葉は、ひどく現実的過ぎて、理解が追いつかないはずだ。


 気がついた時には、ヴァエルは頭を下げ、壇上から降りるところだった。

 遅れて拍手が始まる。

 一体何が起こったかわからず、ほとんどの新入生が、呆然と拍手を送っていた。


 一方、壇上の下で俺とヴァエルは入れ替わる。

 氷の瞳を一瞬俺の方に向けた後、一言呟いた。


「期待しているぞ、新入生代表」


 サッと寒風が吹き抜けていくようだった。

 そのまま通り過ぎると、ヴァエルは教職員たちが座る席に、着席した。


 俺は気を取り直す。

 壇上を上り、演台の前に立った。


 そして――。



 魔法を起動したヽヽヽヽヽヽヽ



 俺のスピーチが終わる。

 最後にペコリと頭を下げると、壇上から降りた。

 俺の足音だけが式場にこだまする。

 水を打ったような静けさが一転、もはや爆発といって差し支えない歓声が上がった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 示しを合わせたかのように、新入生、来賓、教職員が総立ちになる。

 いつしかスタンディングオベーションが始まり、ヴァエルの挑発的なスピーチを受けた後の微妙な空気が、一気に俺の色に染まっていった。

 入学式会場が拍手の渦に飲み込まれたのだ。


「すごい!」

「素晴らしい答辞だったわ」

「私、泣けてきちゃった……」

「こんな新入生いるとは……。ガルベールの未来も明るいな」


 賛辞が送られる。

 中に大泣きし、顔を真っ赤にしている新入生やご婦人方もいた。

 すべての人間が、【村人】である俺を讃えている。


 教職員席の横を通る。

 へイムダールとヴァエルもまた立ち上がり、拍手を送っていた。

 他の教職員も同様だ。


 誰も俺が壇上ヽヽヽヽヽヽで魔法を使っヽヽヽヽヽヽたことを咎めヽヽヽヽヽヽようとはしないヽヽヽヽヽヽヽ


「素晴らしい答辞だったぞ、ラセルくん。まさか即興であのようなスピーチが聞けるとは……。頼んで良かったよ」


 へイムダールは大絶賛する。

 横のヴァエルの青眼にも、一筋の涙が垂れていた。

 まさに鬼の目にも涙だ。


「素直に感動した。まさかあんな感動的な答辞をするとは……。認めよう。スピーチにおいては、私の負けだ」


 敗北宣言が飛び出す。

 俺は「ありがとうございます」と殊勝に応じ、その場を後にした。

 その後、何度か声をかけられる。

 少し時間をかけながら、ようやく元の席に着席した。


「ら、らぜるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 ちょうど斜め後ろに座っていたセシルの声が聞こえる。

 振り返ると、セシルが顔を真っ赤にして、大泣きしていた。

 若干、気持ち悪い……。


「ぐす……。ほんっっっっっっとに良かったわよ。ぐすぐす……。あたし、感動しちゃった。ぐす……。さすがね。強いだけじゃなくて、スピーチまで上手いなんて。ホントなんでもこなせるのね」


 鼻を何度も啜りながら、感想を告げる。

 しまいには、ハンカチを取り出し、チーンと鼻をかむ始末だ。

 それでもセシルの涙は止まらなかった。


「あ、ありがとう」


「ふふ……。珍しく素直ね。ぐす……。いつもなら『そんなことはない』とか、可愛くない返答が返ってくるのに。ぐずず……。もしかして、まだ緊張してるとか?」


「別に……。それよりも、セシル。聞きたいことがある」


「なに?」


俺のスピーチでヽヽヽヽヽヽヽ印象に残ったヽヽヽヽヽヽ言葉はあったかヽヽヽヽヽヽヽ?」


「印象に残った言葉? うーん。そうねぇ。なんだっけなあ。なんかあんまり覚えてないのよね。ごめんね、ラセル。あとで、サラサに聞いてみる」


「いや、いい。何もなければ、それでいいんだ」


「?? ……変なラセルね」


 セシルはようやく落ち着きを取り戻すと、椅子に座り直した。

 壇上で始まった来賓の挨拶に耳を傾ける。


 俺もまた彼女に倣った。

 初めは真剣に聞いていた。

 が、どうしても抑えられなくなる。


 思わず笑みがこぼれてしまったのだ。


 くくく……。


 印象に残った言葉、か……。

 我ながら、いじわるな質問だ。


 セシルが答えられないのも無理はない。


 何せ俺は、スピーチをしヽヽヽヽヽヽていないのだからヽヽヽヽヽヽ……。


 【学者プロフェッサー】の魔法……。


 【強制認識】。


 【学者プロフェッサー】の中でも上位に位置する魔法は、人間の認識を強制的に変換させる。


 つまり、俺は入学式に集まった新入生はもちろん、その家族、来賓、教官にいたるまで、「ラセル・シン・スタークが感動的なスピーチをした」という認識を与えたのだ。

 だから、皆の脳裏には、俺がスピーチしたことを知っていても、その内容までは覚えていない。当然だろう。俺は何もスピーチしてないからな。


 どうやら、全員に魔法をかけることに成功したらしい。


 冒険者学校のレベルも落ちたものだ。

 あの程度の魔力出力なら、300年前であれば新入生ひよっこの中にすら、精神耐久できるものがいたはずなのに。

 もしかしたら、基礎能力的にも人族、他族にかかわらず、レベルが落ちているのかもしれない。


 少しは骨がある人間がいればと思ったが、少々興が削がれてしまった。


 ヴァエルは周りを敵だと思えといったが、俺にとってもはや敵ですらない。


 彼らは敗北者だ。


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