第34話 賢者、圧倒的な力を見せつける

コミカライズ更新です!

新章突入。新キャラの女の子が出てきますので、是非読んでくださいね。

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単行本3巻もよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「お前、一体何をした!?」


 執行官は叫ぶ。

 慌てた様子で距離を取った。

 俺がただ者ではないことに気付いたというよりは、本能的に後ろに下がったと捉えるべきだろう。


 だが、その推測はあっている。


 この執行官と俺との間には、深い実力の谷があった。

 今から、それをわからせてやろう。


「別に大したことはしていません。ただ自分の魔力を周囲に放出しただけです」


「それだけで、僕の魔法がキャンセルされるはずがない!」


「理解が難しいですか? 基本的なことですよ」


 魔法の根本は魔力だ。

 魔力がなければ、如何に俺とて魔法を使うことは出来ない。

 そして、魔力は大気中にも我々の体内にも存在し、絶えず流動している。


「ならば、その流れを意図的に動かせばいい。誕生日ケーキの蝋燭と一緒ですよ。息を吹きかければ、火が消えるのと一緒の原理です」


「そんな出鱈目な!! 体内の魔力量を一気に吹き飛ばすような芸当だぞ。出力の…………差……が…………。ま、まさか――」


 さといな。

 さすが三等生だけはある。


 ようやく、互いの魔力出力差に気付いたらしい。


「くそ! どうなってんだ? 執行官が固まってしまったぞ!」

「好機だ。執行官に注意を向けている間に……」


 最初にやられた貴族の取り巻きが、転がっていた自分の武器を取る。

 背後から襲いかかってきた。

 【未来視】を持つサラサがすぐに気付く。


「危ない!!」


 サラサは俺の盾になった。

 が――。



 【凍獄】



 ふわりと白い靄のようなものが浮き上がる。

 一瞬にして、周囲の水蒸気が凍てついた。

 刹那、氷の粒が襲撃者の身体に貼り付いていく。


「な、なんだ!」

「これは! 魔法??」


 たちまち氷は男たちを浸食していく。

 声を奪い、視界を奪い、そして体温を奪っていった。

 気付けば、2体の氷像が出来上がる。

 実に不細工な芸術品だった。


 カッと靴音が響く。

 すでに俺たちは登校中の生徒の目を引いていた。

 だが、それをすべて奪い取られる。

 それほど圧倒的な存在感だった。


 現れたのは背の高い三等生と思われる女だ。


 氷で出来ているのではないかと思うような長い銀髪。

 エルフ特有の白い肌と、ピンと横に張った耳。

 シルバーエルフか……。

 7度転生している俺でも、指の数ほどしか会ったことがない珍しい種だ。


 制服の上着を押しのけるほど、発達した胸。

 腰から臀部までの続く蠱惑的なボディライン。

 少し短めのスカートからは、真っ白な太股が顔を覗かせている。


 シルバーエルフ。それに付随する美しい相貌……。


 俺たちから野次馬の視線を奪ったのも、無理からぬ事だった。


 だが、この女の凄さはそこではない。


 魂すら震え上がらせるような冷たい青い瞳。

 そして、俺とよく似た強い信念を感じた。


 誰かが囁くのが聞こえる。


「会長だ」

「ヴァエル生徒自治会長だ」

「【凍犬の魔女】だ!!」


 なるほど。こいつが自治会長様か。


 まだ学生の癖に二つ名まであるらしい。

 まあ……。確かに大したものだ。


 俺は氷が張った地面を観察した。


 【凍獄】


 氷属性の上級魔法だ。

 相手の動きを止める束縛系魔法。

 その出力によっては、即死させることも可能だ。


 さすがに殺してはいないだろうが、重度の凍傷を与えたはずだ。


 相手が傷つくことを恐れない覚悟。

 俺は嫌いじゃない。


「ルシアン書記。貴様がいながら、新入生の晴れの舞台で何をもたついている」


「す、すみません。ヴァエルお嬢様」


「何か言ったか?」


「ま、間違えました。ヴァエル会長ヽヽ。お手を患わせてすみません」


 ルシアンという名前の男は直立する。

 ヴァエルに向かって、鉈でも振り下ろすように頭を下げた。


「で――。状況がわからなかったので、とりあえず敵意がある者の動きを止めたが、どういうことか説明してもらおうか」


「実は――」


 ルシアンは事情を説明する。


 俺の名前が出ると、ヴァエルは目を細めた。


 くそ……。また見下ろされた。

 しかも女に……。


 ああ……。早く俺の第二次性徴始まらないかなあ。


「ほう……。【村人】に後れをとったのか」


「す、すみません」


 ルシアンはまた頭を下げる。

 一方、ヴァエルは興味深そうに、薄く微笑んだ。


「すまないが、名前をなんといったか?」


「ラセル……。ラセル・シン・スタークです」


「ペイエラ、何か聞いているか?」


「はいはーい」


 ヴァエルの横から顔を出したのは、おっとりとした綺麗な女性だった。

 落ち着いた茶色のストレートに、透明感のある黄緑色の瞳。

 ヴァエルと比べると控えめであるが、たおやかなバストラインを誇り、十分魅力的な体つきをしている。


 【聖職者クレリック】らしく首からは、信仰する神の象徴を下げ、貞淑さを固持するかのように長いスカートを履いていた。

 が、自治会の人間というのもあるのだろうか。

 横にスリットが入っており、見え隠れする肌は、むしろ周囲の男子学生の目を釘付けにしていた。


「あらあら……。ヴァエルちゃんも、ルシアンくんも知らないのね。この子、結構有名な子よ。【村人】ながら、学校始まって以来の満点合格者」


「ま、満点!!」


 素っ頓狂な声を上げたのは、ルシアンだった。


「もちろん、トップ合格。論文の試験なんて、教官たちを唸らせるほどの出来だったそうよ。そうよね、ラセル・シン・スタークくん」


 にこやかに声をかけられる。


 ヴァエルとは正反対に、慈悲に満ちた笑顔だった。

 俺は頷く。


「どうやら、ルシアン。お前の勘違いだったらしいな」


「す、すみません」


「謝る方を間違っていないか、ルシアン」


 すると、ルシアンは奥歯を噛む。

 ギリッという音が、俺の耳にまで届いた。


「も、申し訳ない」


「わかってくれれば、構いません。水に流しましょう」


「助かる……」


 ルシアンは頭を上げる。

 まだ納得できない……。

 そんな冴えない表情をしていた。


「満点合格か。私ですら、2点逃した。なるほど。それなりの実力者のようだ」


「それほどでもありませんよ」


「そうかな。先ほど、敵意あるものと言っただろう? 私は君も凍らせるヽヽヽヽヽヽつもりだったヽヽヽヽヽヽのだがなヽヽヽヽ


 ああ……。

 気付いていたさ。

 俺の周りにも、凍った水蒸気が浮かんでいたからな。


 だが、俺は先ほどのルシアンの魔法をキャンセルしたやり方で、ヴァエルの魔法も弾いていた。


 俺は顔を上げる。

 ペイエラほど洗練されていない笑みを向けた。


「きっと……。お優しい先輩が手加減をしてくれたのでしょう」


「ふん。まあ、いい。……事情はどうやら、後でゆっくりと自治会議室で聞けるようだしな」


 ヴァエルは踵を返した。

 弾かれた弦のように銀髪が揺れる。

 その後ろをペイエラ、遅れてルシアンが付き従っていった。


 ようやく事態が収まる。

 セシル、サラサ、そしてローワンが俺のところに集まってきた。

 いつの間にか、貴族とその取り巻きは消えている。


「凄い綺麗な人だったけど、なんか感じ悪い……。べーだ!」


 セシルは小さく舌を出す。


 すると、強烈な魔力を感知した。

 同時に、サラサの【未来視】も反応する。


「セシルちゃん、逃げて!!」


「え?」


 だが、間に合わない。


 再び銀髪が揺れる。

 自治会長ヴァエルの手の平には、すでに魔力が練られていた。


 【絶対氷槍】


 巨大な氷の槍が解き放たれる。

 周囲の空気をすべて凍らせながら、俺に向かって直進してきた。

 氷属性単体上級魔法……。


 ほう。

 大したものだな。

 俺とそう変わらない年齢で、すでに2つの上級魔法を保有しているとは。

 なるほど。

 【凍犬の魔女】と恐れられるだけはあるようだ。


 やれやれ……。


 どうやら、これは自治会長殿の果たし状のようなものらしい。


 仕方ない。

 付き合ってやるか。


 俺は、前にいたセシルを押しのける。


 魔力を練り上げた。

 迫り来る魔法に向かって、手をかざす。


 ジジジジジジジジジジィ!!


 けたたましい音が鳴り響く。

 俺の前で【絶対氷槍】は炸裂した。

 だが、その効果は俺の手の前で止まっている。


 ――――ッ!


 クールな会長の顔が歪んだ。


「馬鹿な! 会長の……。しかも上級魔法まで弾くだと!!」


 ルシアンの悲鳴じみた声が響く。


 弾く……。

 馬鹿め。

 そんな単純なものではない。


 俺は魔力をさらに練り上げた。

 まるで壁にでもぶつかったかのように、【絶対氷槍】は鋭角に曲がる。

 そのまま空へと打ち上がった。


 すると巨大な氷の柱が立ち上る。

 やがてグルグルと何かに操られるように蠢いた。

 初めそれが何かわからなかったが、周りの人間は、徐々に形作られる何かを見て、次第にヒートアップしていった。


「すごい……」


「綺麗……」


 セシルとサラサは息を飲んだ。


 現れたのは、氷で出来た巨大なツリーだった。

 すると、そこに魔法による余韻か。

 冷たい風が吹く。

 まるで晴れの日を祝すかのように、氷の破片が舞い散った。


 一瞬で出来た氷像に、何が起こったかわからない他の生徒は無邪気に喜ぶ。

 指を差し、あるいは呆然としながら、歓声を上げていた。


 その中には、自治会長を称賛するものもいる。

 どうやら、俺に放った魔法は、ツリーを作るためのものだったと勘違いしているようだ。


 だが、当事者同士には何が起こったかわかっていた。


 ヴァエルが奥歯を噛む。


 まだやるか、と俺は身構えたが、会長はあっさり引き下がった。

 踵を返し、他の自治会メンバーと一緒に校舎の方へと歩いていく。


「今の絶対ラセルを狙ったわよ。不意打ちなんて卑怯な人たちね。……でも、さすがはラセル。会長の魔法まで弾いてしまうなんて」


「弾くか……。向こうもそう思っているなら、【凍犬の魔女】も取るに足らない相手だな」


「え?」


 セシルは小首を傾げる。

 俺はそれ以上何も言わず、遠ざかっていく銀髪を見つめていた。



 ◆◇◆◇◆



「こらこら……。授業以外の魔法の行使は禁止よ。それを取り締まる役のわたしたちが、破ったら元も子もないじゃない」


 ペイエラはヴァエルの綺麗な頭をこついた。


 一方、ルシアンは目を輝かせている。

 会長が自分の仇を取ってくれた。

 そんな思いが強いのだろう。


「さすがは、ヴァエルお嬢様。あの【村人】を――――」


 瞬間、ヴァエルの青い瞳が、ルシアンを貫く。

 凍るような眼力に、たちまち自治会書記は口を閉ざした。

 叱咤される。

 そう身構えたが、ヴァエルは一瞬睨んだだけで、己の手の平を見ていた。


「あの子の使った魔法……。なんだったんでしょうね」


 尋ねたのはペイエラだ。

 どうやら彼女も、ラセルの奇妙な行動に気付いていたらしい。

 ヴァエルは【村人】に代わって答えた。


「あれは魔法ではない。単なる魔力だ」


「魔力!?」


 ルシアンの魔法に対しては、ラセルは魔力を弾くように使った。

 一方、ヴァエルに対しては違う。

 ラセルは瞬時に自分の魔力をヴァエルの魔力に同調させた。

 ヴァエルの魔力を偽装することによって、魔法の操作を乗っ取ったのだ。


 言うほど簡単なことではない。

 個人が持つ魔力の波形は違う。

 だが、魔力をコントロールすることによって、同調させることは可能だ。


 その微細な波形に偽装する制御能力。

 さらに、相手の魔力をねじ伏せるだけの圧倒的な出力。


 2点が揃っていなければ、実現不可能な神業なのだ。


 それをラセルは、【凍犬の魔女】とすでに冒険者すら一目置く生徒の上級魔法で再現してしまった。


 結局、ラセル・シン・スタークは1度も魔法を使わず、2人の執行官を制してしまったことになる。


 敗北だ。

 完全な敗北だった。


 ヴァエルは常に勝利者だった。

 以前負けたのは、いつだっただろうか。

 記憶を遡っても、定かではない。


 それほど、ヴァエル・ディー・リヴィルドの強さは、幼少期から突出していた。

 大人顔負けの力で、幼い頃から猛威を振るってきたのだ。


 だが、負けた。

 しかも、年下の少年に……。


 何者なのだ、あいつは……。


 ふと横顔を思い出す。


 ドクリ……。


 【凍犬の魔女】と呼ばれる少女の身体に、聞き慣れぬ擬音が鳴り響く。

 ヴァエルは反射的に胸を押さえていた。

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