第34話 賢者、圧倒的な力を見せつける
コミカライズ更新です!
新章突入。新キャラの女の子が出てきますので、是非読んでくださいね。
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単行本3巻もよろしくお願いします。
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「お前、一体何をした!?」
執行官は叫ぶ。
慌てた様子で距離を取った。
俺がただ者ではないことに気付いたというよりは、本能的に後ろに下がったと捉えるべきだろう。
だが、その推測はあっている。
この執行官と俺との間には、深い実力の谷があった。
今から、それをわからせてやろう。
「別に大したことはしていません。ただ自分の魔力を周囲に放出しただけです」
「それだけで、僕の魔法がキャンセルされるはずがない!」
「理解が難しいですか? 基本的なことですよ」
魔法の根本は魔力だ。
魔力がなければ、如何に俺とて魔法を使うことは出来ない。
そして、魔力は大気中にも我々の体内にも存在し、絶えず流動している。
「ならば、その流れを意図的に動かせばいい。誕生日ケーキの蝋燭と一緒ですよ。息を吹きかければ、火が消えるのと一緒の原理です」
「そんな出鱈目な!! 体内の魔力量を一気に吹き飛ばすような芸当だぞ。出力の…………差……が…………。ま、まさか――」
さすが三等生だけはある。
ようやく、互いの魔力出力差に気付いたらしい。
「くそ! どうなってんだ? 執行官が固まってしまったぞ!」
「好機だ。執行官に注意を向けている間に……」
最初にやられた貴族の取り巻きが、転がっていた自分の武器を取る。
背後から襲いかかってきた。
【未来視】を持つサラサがすぐに気付く。
「危ない!!」
サラサは俺の盾になった。
が――。
【凍獄】
ふわりと白い靄のようなものが浮き上がる。
一瞬にして、周囲の水蒸気が凍てついた。
刹那、氷の粒が襲撃者の身体に貼り付いていく。
「な、なんだ!」
「これは! 魔法??」
たちまち氷は男たちを浸食していく。
声を奪い、視界を奪い、そして体温を奪っていった。
気付けば、2体の氷像が出来上がる。
実に不細工な芸術品だった。
カッと靴音が響く。
すでに俺たちは登校中の生徒の目を引いていた。
だが、それをすべて奪い取られる。
それほど圧倒的な存在感だった。
現れたのは背の高い三等生と思われる女だ。
氷で出来ているのではないかと思うような長い銀髪。
エルフ特有の白い肌と、ピンと横に張った耳。
シルバーエルフか……。
7度転生している俺でも、指の数ほどしか会ったことがない珍しい種だ。
制服の上着を押しのけるほど、発達した胸。
腰から臀部までの続く蠱惑的なボディライン。
少し短めのスカートからは、真っ白な太股が顔を覗かせている。
シルバーエルフ。それに付随する美しい相貌……。
俺たちから野次馬の視線を奪ったのも、無理からぬ事だった。
だが、この女の凄さはそこではない。
魂すら震え上がらせるような冷たい青い瞳。
そして、俺とよく似た強い信念を感じた。
誰かが囁くのが聞こえる。
「会長だ」
「ヴァエル生徒自治会長だ」
「【凍犬の魔女】だ!!」
なるほど。こいつが自治会長様か。
まだ学生の癖に二つ名まであるらしい。
まあ……。確かに大したものだ。
俺は氷が張った地面を観察した。
【凍獄】
氷属性の上級魔法だ。
相手の動きを止める束縛系魔法。
その出力によっては、即死させることも可能だ。
さすがに殺してはいないだろうが、重度の凍傷を与えたはずだ。
相手が傷つくことを恐れない覚悟。
俺は嫌いじゃない。
「ルシアン書記。貴様がいながら、新入生の晴れの舞台で何をもたついている」
「す、すみません。ヴァエルお嬢様」
「何か言ったか?」
「ま、間違えました。ヴァエル
ルシアンという名前の男は直立する。
ヴァエルに向かって、鉈でも振り下ろすように頭を下げた。
「で――。状況がわからなかったので、とりあえず敵意がある者の動きを止めたが、どういうことか説明してもらおうか」
「実は――」
ルシアンは事情を説明する。
俺の名前が出ると、ヴァエルは目を細めた。
くそ……。また見下ろされた。
しかも女に……。
ああ……。早く俺の第二次性徴始まらないかなあ。
「ほう……。【村人】に後れをとったのか」
「す、すみません」
ルシアンはまた頭を下げる。
一方、ヴァエルは興味深そうに、薄く微笑んだ。
「すまないが、名前をなんといったか?」
「ラセル……。ラセル・シン・スタークです」
「ペイエラ、何か聞いているか?」
「はいはーい」
ヴァエルの横から顔を出したのは、おっとりとした綺麗な女性だった。
落ち着いた茶色のストレートに、透明感のある黄緑色の瞳。
ヴァエルと比べると控えめであるが、たおやかなバストラインを誇り、十分魅力的な体つきをしている。
【
が、自治会の人間というのもあるのだろうか。
横にスリットが入っており、見え隠れする肌は、むしろ周囲の男子学生の目を釘付けにしていた。
「あらあら……。ヴァエルちゃんも、ルシアンくんも知らないのね。この子、結構有名な子よ。【村人】ながら、学校始まって以来の満点合格者」
「ま、満点!!」
素っ頓狂な声を上げたのは、ルシアンだった。
「もちろん、トップ合格。論文の試験なんて、教官たちを唸らせるほどの出来だったそうよ。そうよね、ラセル・シン・スタークくん」
にこやかに声をかけられる。
ヴァエルとは正反対に、慈悲に満ちた笑顔だった。
俺は頷く。
「どうやら、ルシアン。お前の勘違いだったらしいな」
「す、すみません」
「謝る方を間違っていないか、ルシアン」
すると、ルシアンは奥歯を噛む。
ギリッという音が、俺の耳にまで届いた。
「も、申し訳ない」
「わかってくれれば、構いません。水に流しましょう」
「助かる……」
ルシアンは頭を上げる。
まだ納得できない……。
そんな冴えない表情をしていた。
「満点合格か。私ですら、2点逃した。なるほど。それなりの実力者のようだ」
「それほどでもありませんよ」
「そうかな。先ほど、敵意あるものと言っただろう? 私は
ああ……。
気付いていたさ。
俺の周りにも、凍った水蒸気が浮かんでいたからな。
だが、俺は先ほどのルシアンの魔法をキャンセルしたやり方で、ヴァエルの魔法も弾いていた。
俺は顔を上げる。
ペイエラほど洗練されていない笑みを向けた。
「きっと……。お優しい先輩が手加減をしてくれたのでしょう」
「ふん。まあ、いい。……事情はどうやら、後でゆっくりと自治会議室で聞けるようだしな」
ヴァエルは踵を返した。
弾かれた弦のように銀髪が揺れる。
その後ろをペイエラ、遅れてルシアンが付き従っていった。
ようやく事態が収まる。
セシル、サラサ、そしてローワンが俺のところに集まってきた。
いつの間にか、貴族とその取り巻きは消えている。
「凄い綺麗な人だったけど、なんか感じ悪い……。べーだ!」
セシルは小さく舌を出す。
すると、強烈な魔力を感知した。
同時に、サラサの【未来視】も反応する。
「セシルちゃん、逃げて!!」
「え?」
だが、間に合わない。
再び銀髪が揺れる。
自治会長ヴァエルの手の平には、すでに魔力が練られていた。
【絶対氷槍】
巨大な氷の槍が解き放たれる。
周囲の空気をすべて凍らせながら、俺に向かって直進してきた。
氷属性単体上級魔法……。
ほう。
大したものだな。
俺とそう変わらない年齢で、すでに2つの上級魔法を保有しているとは。
なるほど。
【凍犬の魔女】と恐れられるだけはあるようだ。
やれやれ……。
どうやら、これは自治会長殿の果たし状のようなものらしい。
仕方ない。
付き合ってやるか。
俺は、前にいたセシルを押しのける。
魔力を練り上げた。
迫り来る魔法に向かって、手をかざす。
ジジジジジジジジジジィ!!
けたたましい音が鳴り響く。
俺の前で【絶対氷槍】は炸裂した。
だが、その効果は俺の手の前で止まっている。
――――ッ!
クールな会長の顔が歪んだ。
「馬鹿な! 会長の……。しかも上級魔法まで弾くだと!!」
ルシアンの悲鳴じみた声が響く。
弾く……。
馬鹿め。
そんな単純なものではない。
俺は魔力をさらに練り上げた。
まるで壁にでもぶつかったかのように、【絶対氷槍】は鋭角に曲がる。
そのまま空へと打ち上がった。
すると巨大な氷の柱が立ち上る。
やがてグルグルと何かに操られるように蠢いた。
初めそれが何かわからなかったが、周りの人間は、徐々に形作られる何かを見て、次第にヒートアップしていった。
「すごい……」
「綺麗……」
セシルとサラサは息を飲んだ。
現れたのは、氷で出来た巨大なツリーだった。
すると、そこに魔法による余韻か。
冷たい風が吹く。
まるで晴れの日を祝すかのように、氷の破片が舞い散った。
一瞬で出来た氷像に、何が起こったかわからない他の生徒は無邪気に喜ぶ。
指を差し、あるいは呆然としながら、歓声を上げていた。
その中には、自治会長を称賛するものもいる。
どうやら、俺に放った魔法は、ツリーを作るためのものだったと勘違いしているようだ。
だが、当事者同士には何が起こったかわかっていた。
ヴァエルが奥歯を噛む。
まだやるか、と俺は身構えたが、会長はあっさり引き下がった。
踵を返し、他の自治会メンバーと一緒に校舎の方へと歩いていく。
「今の絶対ラセルを狙ったわよ。不意打ちなんて卑怯な人たちね。……でも、さすがはラセル。会長の魔法まで弾いてしまうなんて」
「弾くか……。向こうもそう思っているなら、【凍犬の魔女】も取るに足らない相手だな」
「え?」
セシルは小首を傾げる。
俺はそれ以上何も言わず、遠ざかっていく銀髪を見つめていた。
◆◇◆◇◆
「こらこら……。授業以外の魔法の行使は禁止よ。それを取り締まる役のわたしたちが、破ったら元も子もないじゃない」
ペイエラはヴァエルの綺麗な頭をこついた。
一方、ルシアンは目を輝かせている。
会長が自分の仇を取ってくれた。
そんな思いが強いのだろう。
「さすがは、ヴァエルお嬢様。あの【村人】を――――」
瞬間、ヴァエルの青い瞳が、ルシアンを貫く。
凍るような眼力に、たちまち自治会書記は口を閉ざした。
叱咤される。
そう身構えたが、ヴァエルは一瞬睨んだだけで、己の手の平を見ていた。
「あの子の使った魔法……。なんだったんでしょうね」
尋ねたのはペイエラだ。
どうやら彼女も、ラセルの奇妙な行動に気付いていたらしい。
ヴァエルは【村人】に代わって答えた。
「あれは魔法ではない。単なる魔力だ」
「魔力!?」
ルシアンの魔法に対しては、ラセルは魔力を弾くように使った。
一方、ヴァエルに対しては違う。
ラセルは瞬時に自分の魔力をヴァエルの魔力に同調させた。
ヴァエルの魔力を偽装することによって、魔法の操作を乗っ取ったのだ。
言うほど簡単なことではない。
個人が持つ魔力の波形は違う。
だが、魔力をコントロールすることによって、同調させることは可能だ。
その微細な波形に偽装する制御能力。
さらに、相手の魔力をねじ伏せるだけの圧倒的な出力。
2点が揃っていなければ、実現不可能な神業なのだ。
それをラセルは、【凍犬の魔女】とすでに冒険者すら一目置く生徒の上級魔法で再現してしまった。
結局、ラセル・シン・スタークは1度も魔法を使わず、2人の執行官を制してしまったことになる。
敗北だ。
完全な敗北だった。
ヴァエルは常に勝利者だった。
以前負けたのは、いつだっただろうか。
記憶を遡っても、定かではない。
それほど、ヴァエル・ディー・リヴィルドの強さは、幼少期から突出していた。
大人顔負けの力で、幼い頃から猛威を振るってきたのだ。
だが、負けた。
しかも、年下の少年に……。
何者なのだ、あいつは……。
ふと横顔を思い出す。
ドクリ……。
【凍犬の魔女】と呼ばれる少女の身体に、聞き慣れぬ擬音が鳴り響く。
ヴァエルは反射的に胸を押さえていた。
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