第33話 賢者、魔力だけで魔法を消去する

ニコニコ漫画でコミカライズ最新話更新されました!

先日発売された単行本3巻ともどもよろしくお願いします!!


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 暴走する貴族たちを、セシル、ローワン、サラサはあっという間に制圧してしまった。


 セシルは得意げに鼻の頭を掻くと、絶壁むねを反る。


「どう? ラセル。腕を上げたでしょ、あたしたち」


「当たり前だ。誰が鍛えてやったと思ってる」


 俺は静かに反論する。

 するとセシルは「ちょっとは褒めてくれてもいいじゃない」と口を尖らせた。

 横のサラサに慰められる。


 合格発表から今日まで2週間。

 俺はセシル、サラサ、そしてローワンを、少しいじめてやったヽヽヽヽヽヽヽ


 向こうの要望に応じる形で、渋々鍛錬に付き合ってやることにしたのだ。


 だが、俺もまた学校が始まるまで、寮のベッドで寝ているわけにはいかなかった。

 身体を動かす相手がほしかったというのも、本音だ。

 3人が言い出さなかったら、また王都の校外に出かけて、ダンジョンを制作し、籠もっていたかもしれない。


 セシルは引き続き、スピードを意識した集団戦の訓練。

 サラサは魔力出力を上げ、ひたすら【未来視】の精度を磨かせた。

 ローワンは特殊な事情もあり、実戦闘ではすでにプロ級。本人の意向もあり、魔力量のアップに努めさせた。


 それぞれがそれぞれの課題に向き合う。

 結果、短期間ながら劇的なレベルアップを果たしていた。

 おそらく、俺たちと同じ初等生レベルなら、太刀打ち出来ないだろう。


「お前たち、そこで何をやっている」


 往来の真ん中ではしゃいでいると、声がかかった。

 振り返ると、暗い鸚鵡おうむ色の髪をした男が近寄ってくる。


 ほう……。


 思わず俺は唸る。

 年は少し俺よりも上だろう。

 まだ子供っぽさが残る顔。

 琥珀色の瞳は、じっと俺たちに向けられている。

 背丈は平均的だが、特徴的なのは制服に隠れたよく絞り込まれた筋肉だ。

 こちらもかなりいじめ抜いているらしい。


 ローワンも相当だが、そのしなやかさはまた別種のバランスを感じる。


「あれって三等生だよ」


 サラサは耳打ちしながら、男の肩の紋章を指差した。

 そこには1輪の『青薔薇ブーラム』が描かれている。

 三等生を示す紋章だ。


「その制服の肩の『セリジア』……。初等生しんにゅうせいだな。なんの騒ぎだ」


 俺は上級生を前に、一応居ずまい正す。

 事情を説明しようと口を開けた瞬間、横で大声を張り上げるものがいた


「た、助けてくれ!!」


 俺たちにいきなり掴みかかってきた貴族だ。

 男を見るなり、縋り付くように助けを求めた。


「こ、こいつらがいきなり襲ってきて……。あんた、執行官だろ。なあ、助けてくれよ!!」


「執行官?」


「生徒が作る自治組織――生徒自治会。その兵隊のことだ」


 説明したのは、ローワンだった。


 ほう……。

 生徒が学校の自治を受け持っているのか。

 学校側は基本的に生徒任せの運営をしているからな。

 その規律を正すのもまた、生徒というわけだ。


 助けて、という声に、男は過剰に正義を振りかざすことはなかった。

 こういういざこざは慣れているのだろう。

 特に表情を歪めることもなく、貴族だからといって、媚びる風でもなかった。

 ただ毅然とし、俺たちを睨んだ。


「彼の言っていることは、本当か?」


「嘘に決まってるでしょ。向こうが最初に抜いてきたのよ」


 セシルは転がった貴族の武器を指差す。

 執行官は状況を把握すると、沙汰を下した。


「とりあえず、全員から事情を聞きたい。入学式終了後、自治会議室に一両日中に出頭しろ。従わない場合、強制連行する。その場合、自治会の活動を、君たち初等生に知ってもらうため、大々的に連行するからそのつもりでな」


 市中引き回しならぬ、校内引き回しの刑というわけか。


 なるほど。

 良いデモンストレーションになるだろう。

 大人しく従っていた方が良さそうだ。


「ところで、聞いておきたいのだが、君」


 執行官は、俺の方に向き直った。


「右肩に『桜』の紋章は付けているようだが、左肩に職能を示す紋章が付けられていないな。この晴れの門出に、まさか忘れてきたというわけではないだろうね」


 緊張感が走る。


 近くにいたサラサが、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。


 右肩には、等科を示す花の紋章。

 左肩には、自分の職能を示す紋章を付けることが定められている。

 【戦士ウォーリア】であれば、『剣』という具合にだ。


 しかし、俺は【村人】だ。

 当然、そんな象徴となる意匠はない。

 学校側に、この件について問い合わせたが、紋章なしでの通学を許可されていた。

 学校を自治する組織には、通達がいっていないのか。

 それとも、組織に通達がいっていても、この執行官は知らないだけなのか。

 定かではないのだが、まだ俺のことを認知されていないらしい。


 俺は素直に答えることにした。


「必要ありません」


「必要ないだと……。どういうことだ?」


「俺は【村人】なんです。学校側に許可をもらっています」


「【村人】? 【村人】だって? くふ……。あはははははは……」


 執行官は身体をくの字に曲げ、急に笑い始めた。


「そんな馬鹿な。【村人】が冒険者学校に入れるわけがない。ここは、六大職業魔法を学ぶ学舎だ。【村人】が入っていい場所じゃない」


「待ってください、執行官さん。本当です。ラセル君は【村人】なんです。でも、魔法が使えて――」


 サラサが弁護する。

 執行官は鋭く眼光を放つ。

 それだけで、か弱いエルフの少女を黙らせてしまった。


「【村人】が魔法? 君たちは、執行官である僕をたばかっているのか? それとも、何かこの男に弱みでも握られているのか」


「そんなわけないでしょ! 確かにラセルって、強情だし、素直じゃないし、頭の中は自分が強くなることしか考えてないヤツだけど……」


 おい……、セシル。それ全然褒めてないからな。


「貴族みたいに、お金で人を釣るなんてことはしないわ」


「そもそもラセル君は、試験に合格して、ここにいるんです。そのこと以上の証明はないはずです」


「ちょっと強情すぎるんじゃないのか、執行官殿」


 俺と執行官の前に、サラサ、セシル、そしてローワンが立ちはだかった。


「確かに。入学試験を合格して、ここにいるなら問題ない。だが、冒険者学校に入学したい人間など、ごまんといる。さらにここには、冒険者として巣立っていった先輩方の名前や成績、あるいは研鑽過程で生まれた技術的論文などが、数多く収納されている。研究機関や冒険者たちが喉から手が出るほど欲しい情報がつまっているんだ。はい。そうですか、といって通すわけにはいかない」


 執行官は俺の頭の天辺から足先まで見下ろした。


 なるほど。

 随分と警戒されていると思ったら、向こうも俺がただ者ではないことに気付いているらしい。

 俺の強さを認めた上で、疑っているのだろう。


 光栄と思うべきか。

 いや、さすがに状況的にまずい。

 このままでは入学式の前に、その自治会議室に連行される羽目になる。


 入学式になんの未練もないが、折角の晴れ舞台だ。

 仲間と一緒に過ごしてやりたい。


「では、どうしたら俺のことを信じてもらえますか、執行官殿?」


「まずはじっくりと話を聞こう。自治会議室で」


「ダメよ! ラセルはあたしたちと入学式に出るんだから!!」


 激昂したのはセシルだった。


 再び剣を取る。

 同時に【鍛冶師ブラックスミス】の魔法を起動した。

 足先に【物体加速】を付与する


 だが、相手が悪い。


 セシルが起動する前に、すでに執行官は魔法を起動、構築していた。


 【脚力上昇】


 タンと地を蹴る。

 セシルの懐に潜り込もうとした。

 このままでは、彼女は魔法を使うことなく、制圧されるだろう。


 今のセシルと執行官に、それほどの実力の差があった。


 やれやれ……。

 校内では、授業以外の魔法の行使が禁止されているんじゃなかったのか。

 俺は手をかざす。

 魔法は起動しない。

 ただ魔力を手の平に集中させた。


 魔法の発唱は行わず、ただ魔力だけを全方位に弾く。


 バチィン!!


 鋭い音が、周囲に広がる。

 瞬間、辺りの魔力が消し飛ばされた。

 体内に流れる魔力すら吹き飛ばされ、セシルはおろか執行官の魔法ですら、消えてしまう。


「ぼ、僕の魔法が消えた? いや、消されたのか!? いや、彼は何も魔法を……。そもそも【村人】では……」


「執行官殿……」


 俺は極力優しく話しかける。


 だが――。


「うわあああああああ!!」


 悲鳴を上げた。

 執行官は後ろに下がる。

 俺から距離を取った。


 信じられないといった風に、顔を歪める。

 俺を見る目は、まるで幽霊を見た子供のようだ。


「魔法は使っていないですよ。執行官殿」


 俺はにやりと笑った

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