3章 冒険者学校篇
第32話 賢者、制服に袖を通す
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紆余曲折を経て、俺は晴れて冒険者学校の入学を認められた。
入寮の手続きも滞りなく進み、荷物の整理が終わったかと思えば、今日は、その入学式だ。
俺は寮の自室で、入学式の支度を始めていた。
真新しい学校の制服に袖を通す。
6回もの人生を送っている俺だが、実は学生になるのは初めてだ。
転生前のガルベールにも、魔法学校という魔法の教育機関があったが、そこはどちらかというと教育機関ではなく、単なる牢獄だった。
自由はなく、ひたすら戦闘の訓練と知識を与えられるだけの豚小屋。
予備戦力候補生といわれ、人類戦力の一部として扱われた。
学生ではなく、その門をくぐったら最後――人類の戦力の1つとして、数えられることになるのだ。
サラサたちが聞いたら、震え上がるだろう。
仕立屋の極上の技術が詰まった制服など身に纏うことはなく、支給されたのは、前候補生の血が付いたつなぎだった。
姿見で自分の制服姿を確認しながら、俺は世界の平和を噛みしめる。
黒地に、
一見ひらひらとし、防御に不安がありそうだが、耐衝撃、耐魔法にすぐれた設計になっている。
胸には、冒険者学校の校章が光っていた。
すなわち【
6大職業魔法の象徴たる形が並べられた校章には、独特の趣があった。
だが、【村人】はない。
当然ではあるし、仕方なくもあるだろう。
俺はこの世界ではイレギュラーだ。
が、ここから変えていけばいい。
そうだな、
遠い領地で、いつものように領民に混じって鍬を振るう父の事を考えた。
「なかなか似合ってるじゃないか、ラセル」
いきなり声がかかり、俺はびくりとした。
父かと一瞬思ったほどだ。
それほど、野太い声だった。
二段ベッドの下から男が這い出てくる。
大きな影が俺を覆った。
目線の先にあったのは、巨大な筋肉の塊だ。
ブラウンの瞳が俺を見下ろす。
同色の髪をガリガリと掻くと、小麦色の肌の男は大きく欠伸をした。
「おはよう、ラセル」
「
「何かって、何だ? お前が夜這いでもしてくるのか?」
「な――ッ!! そんなことするわけないだろ!」
「なんだ。それは残念……」
ローワンはニヤリと笑う。
もしかして、お前……。
おい。冗談だよな。
冗談といってくれ。なっ!
俺は1歩同居人から下がった。
一方、ローワンは何食わぬ顔で身体を動かし始めた。
「あー。身体があちこち痛ってぇ……。どっかの誰かが、張り切ってしごいてくれたおかげで、筋肉痛だ」
「そうか。まあ、生きてるだけ有り難く思え……」
「お、お前……。本気でいってるだろ」
「それより支度だ」
俺は馬鹿でかい制服をクローゼットから出してやると、同室の寮生に投げつけた。
彼の名前は、ロードワン・アシャート。
この寮では、1部屋に2人ずつ生活する決まりになっていて、ローワンがその同居人だ。
ローワンというのは、綽名だ。
たいていの人物が“ド”を忘れて覚えてしまうらしく、そのまま綽名になったのだという。今では家族もローワンで通すようになったそうだ。
確かにロー“ド”ワンよりは語呂がいい。
年は16歳。
年上がいるというのは、別に珍しくはない。
冒険者学校の入学に年齢制限はないからだ。
今年の合格者の中には、ルキソルとそう年の変わらない人間もいる。
とはいえ、ローワンの事情は、他の入学者とは少し違うのだが……。
俺は同居人が着替えるのを待って、寮を出た。
まだ数日だが、寮生活は悪くない。
基本的に自由で、精々朝食と夕食の時間帯が決まっていることぐらいだ。
門限もなく、自分の自宅のように使用することができる。
唯一不満があるとすれば、部屋が狭いということだろう。
蛸壺みたいな部屋に、押し込まれていた昔と比べれば、今の寮生活は快適そのものだ。
ただし寮内外問わず、問題を起こせば、退寮どころか即退学が待っている。
自由に使ってもいいが、すべて自己責任。
それが寮経営を含めた学校の方針らしい。
「おーい、ラセル」
学校へ行く道すがら、手を振る女子学生を見つけた。
横で何か申し訳なさそうに、ペコリと別の少女が頭を下げている。
セシルとサラサのコンビだ。
セシルも、そしてサラサも入学試験に合格していた。
それも224名中50位以内に入る成績でだ。
実技試験が終わった時はわんわん泣いていたセシルだが、合格が決まると途端に機嫌を取り戻し、次の日には制服の採寸のため仕立屋を回っていた。
女というのはなかなかどうして、こう立ち直りが早いのだろうか。
その強さだけは、見習いたいものだ。
「どう? ラセル? 似合ってる?」
セシルは制服のスカートの裾をつまみ、ヒラヒラと振った。
「うん。似合ってるぞ、セシル。馬子にも衣装ってヤツだな」
セシルの赤い髪ごと撫でたのは、ローワンだった。
髪をくしゃくしゃにされたドワーフ族の娘は、まさに怒髪天を衝く。
手を払うと、猛犬のように吠え立てた。
「ちょっと、ローワン! 気安く乙女の髪を触らないでって何回いったらわかるのよ! あとね! 月並みだけど、馬子にも衣装は褒め言葉じゃないから!!」
「いやぁ……。お前の髪ってさ。田舎に置いてきた妹の髪と似てて、すっげぇ撫で心地がいいんだわ。頭の位置もちょうどいいしさ」
「あたしと妹さんを一緒にしないで。てか、なにげにあんた! 今、あたしの背の小ささをディスったでしょ」
「ディスってなんかねぇよ」
「朝から仲がいいなあ、お前達……」
「仲良くない!!」
「仲良いぞ」
ピッタリじゃないか。
…………ん? なんか違う?
ローワンと、セシル達はすでに面通し済みだ。
前者は大らかな性格。後者は割とずけずけと物をいうタイプ。
それが上手く噛み合い、蓋を開けてみれば、すでに10年来の友を思わせるような絶妙な掛け合いが生まれていた。
さすがに、出会って数刻で今のようなやりとりがされた時には、驚いたが……。
「なあ、サラサ」
「は、はい! 何かな、ラセル君」
「今度、あいつらの相性を【未来視】で見てやれ」
「あは……。ははは……。いいかもだけど、わたしの未来視はそこまでわからないから。それに――」
「ん?」
「ううん。なんでもない。それよりも、ラセルくん、わたしの制服もどうかな?」
サラサもまたセシルと同じく、スカートの裾をつまみ上げた。
頬を染め、親友とは違って実に気恥ずかしそうに頬を染めている。
似合っているには、似合っているのだが……。
俺の瞳は摘まんだスカートではなく、身体の中央にクローズアップされていった
サラサ……。
お前、もしかしてまた大きくなったんじゃないか。
制服のブラウスが今にもはち切れそうなのだが……。
「ラセルくん?」
「あ? ああ……。すまん。似合ってるぞ、サラサ」
すると、ボボッと音を立てて、サラサの頭の上から蒸気を上がった。
顔が赤茄子のように真っ赤になり、目をグルグルと回す。
ありのままを伝えただけなのだが、どうしたんだ、サラサは?
「ところで気になってたんだけどさ。新入生答辞って、なんでラセルじゃないの? あれって、首席がやるもんでしょ?」
「だな……。確か貴族だったんじゃないか。名前からして」
セシルの言葉にローワンも同調する。
俺はまた肩を竦めた。
「別にいいだろ。1番を取ることは俺の目標ではあったが、答辞を読みたかったわけではない。めんどくさいのは、貴族様に任せるさ」
「もう! 絶対、家と金の力で奪ったんだわ!!」
憤懣やるかたないといった様子で、セシルは地団駄を踏む。
すると、そこにぬっと人影が現れた。
「聞き捨てならんな、今の言葉」
振り返ると、俺たちと同じ真新しい制服を纏った学生が立っていた。
服のデザインこそ同じだが、向こうは量産品などではない。
身体に吸い付くように寸法が合っていた。
おそらくオーダーメイドの一点物だ。
さらに魔力を高めるための儀式装具を、装飾品のように首からぶら下げている。
まるで踊る宝石だな……。
「おい。貴様、今なんといった」
おっと……。
声に出てしまっていたらしい。
「すまない。根が正直なんだ」
「ほう。なら、もう1度言ってみろよ」
貴族は俺の前に立つ。
鑑定するまでもない。
筋力、魔力、体力ともども俺の勝利。
いわゆる雑魚だ。
ポケットにしまった拳を振り上げるまでもない相手だった。
ただむかつくことに、背丈では負けていた。
はあ……。
俺の第二次性徴はいつになったらやってくるのだろうか。
「何をため息吐いているんだ!! ああんッ!!」
「やめてください。ラセルくんが困ってるじゃないですか」
勇ましく俺の前に出てきたのは、サラサだった。
眼鏡の奥から、鋭い眼光を飛ばす。
威勢はいいのだが、若干伸ばした手が震えていた。
当然、相手に舐められる。
男はふんと鼻を鳴らした。
「ラセル? そうか。お前が、ラセル・シン・スタークか。【村人】の……。冒険者学校のレベルも落ちたものだな。まさか【村人】を入学させるとは」
「だったら、貴族も落ちたものだな。その【村人】に成績で負けたんだから」
「貴様、言わせておけば!!」
激昂したのは、貴族の取り巻きだ。
1人は抜剣し、1人は携帯用の杖を振りかざす。
臨戦態勢を取り、魔法の起動発唱をしようと、声帯を震わせた。
おいおい。
冒険者学校の敷地内とはいえ、一般人が出入りできる区画だぞ。
問題を起こしたら、即退学……。
と言いかけた時、すでに俺の横を影が通り過ぎていった。
キンッ!!
取り巻きの剣が後方へと吹き飛んでいく。
1人の喉元には刃が突き付けられ、もう1人の首裏には手刀が止まっている。
一瞬のことだった。
周りにいる生徒には、一体何が起こったかさえ理解できていないだろう。
当たり前だ。
その2人は魔法を起動することなく、相手の間合いに入ったのだから。
「悪いんだけど、あたしの“
「おいおい。あんまりこういうもん振り回しちゃだめだぞ」
セシルの眼光が閃けば、ローワンは携帯用の杖を取り上げると、ポイッと道ばたの方に投げ捨ててしまった。
「き、貴様ら!! 貴族に楯突くのか?!」
目の前の男は拳を振り上げる。
サラサを狙った。
だが、まるで予期していたかのように、あっさりとよけられる。
サラサは後ろに回り込んだ。
間髪入れず、思いっきり蹴り上げる。
キィンンンンンンン!!
見事、男の股間に命中した。
貴族の両目が、ぐるりと回る。
強烈な一撃に、悲鳴すら上げることなく、
完全に意識を失い、口からは泡を吹いている。
すると、戦闘モードに入っていたサラサは、ようやく自分がしでかしたことに気付いた。
「出た! サラサの殺人キック……」
「うっひょぉぉおお! もろだぞ、今の――」
「ふぇぇぇぇえええんん。どうして? どうして? どうしてわたしって、男の人のあそこを叩いちゃうんだろぉ」
サラサは顔を隠す。
その頬は真っ赤になっていた。
それはだな、サラサ。
きっと男の方から蹴られたがっているんだよ。
なんてな……。
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本日、拙作原作「公爵家の料理番様」のコミックス2巻も発売されました。
ドラゴンを食べて最強になってしまった主人公の無双譚+料理というようなお話ですので、こちらも是非お願いします。
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