3章 冒険者学校篇

第32話 賢者、制服に袖を通す

昨日、「劣等職の最強賢者」3巻が発売されました!

書店お立ち寄りの際には、是非お買い上げください。

よろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 紆余曲折を経て、俺は晴れて冒険者学校の入学を認められた。

 入寮の手続きも滞りなく進み、荷物の整理が終わったかと思えば、今日は、その入学式だ。


 俺は寮の自室で、入学式の支度を始めていた。


 真新しい学校の制服に袖を通す。

 6回もの人生を送っている俺だが、実は学生になるのは初めてだ。

 転生前のガルベールにも、魔法学校という魔法の教育機関があったが、そこはどちらかというと教育機関ではなく、単なる牢獄だった。


 自由はなく、ひたすら戦闘の訓練と知識を与えられるだけの豚小屋。

 予備戦力候補生といわれ、人類戦力の一部として扱われた。

 学生ではなく、その門をくぐったら最後――人類の戦力の1つとして、数えられることになるのだ。


 サラサたちが聞いたら、震え上がるだろう。


 仕立屋の極上の技術が詰まった制服など身に纏うことはなく、支給されたのは、前候補生の血が付いたつなぎだった。


 姿見で自分の制服姿を確認しながら、俺は世界の平和を噛みしめる。


 黒地に、魔法銀ミスリル糸が縁に沿って結われた学生服。

 一見ひらひらとし、防御に不安がありそうだが、耐衝撃、耐魔法にすぐれた設計になっている。


 胸には、冒険者学校の校章が光っていた。

 すなわち【戦士つるぎ】【聖職者やり】【魔導士つえ】【鍛冶師つち】【探索者かぎ】【学者ペン】。

 6大職業魔法の象徴たる形が並べられた校章には、独特の趣があった。


 だが、【村人】はない。

 当然ではあるし、仕方なくもあるだろう。

 俺はこの世界ではイレギュラーだ。

 が、ここから変えていけばいい。


 そうだな、父上ルキソル……。


 遠い領地で、いつものように領民に混じって鍬を振るう父の事を考えた。


「なかなか似合ってるじゃないか、ラセル」


 いきなり声がかかり、俺はびくりとした。

 父かと一瞬思ったほどだ。

 それほど、野太い声だった。


 二段ベッドの下から男が這い出てくる。

 大きな影が俺を覆った。


 目線の先にあったのは、巨大な筋肉の塊だ。


 ブラウンの瞳が俺を見下ろす。

 同色の髪をガリガリと掻くと、小麦色の肌の男は大きく欠伸をした。


「おはよう、ラセル」


おそようヽヽヽヽだ、ローワン。今日は入学式だぞ。遅刻したらどうするんだ? あと、せめて肌着ぐらいは着ろ。何かあった時、即応できないぞ」


「何かって、何だ? お前が夜這いでもしてくるのか?」


「な――ッ!! そんなことするわけないだろ!」


「なんだ。それは残念……」


 ローワンはニヤリと笑う。


 もしかして、お前……。

 おい。冗談だよな。

 冗談といってくれ。なっ!


 俺は1歩同居人から下がった。


 一方、ローワンは何食わぬ顔で身体を動かし始めた。


「あー。身体があちこち痛ってぇ……。どっかの誰かが、張り切ってしごいてくれたおかげで、筋肉痛だ」


「そうか。まあ、生きてるだけ有り難く思え……」


「お、お前……。本気でいってるだろ」


「それより支度だ」


 俺は馬鹿でかい制服をクローゼットから出してやると、同室の寮生に投げつけた。


 彼の名前は、ロードワン・アシャート。

 この寮では、1部屋に2人ずつ生活する決まりになっていて、ローワンがその同居人だ。


 ローワンというのは、綽名だ。

 たいていの人物が“ド”を忘れて覚えてしまうらしく、そのまま綽名になったのだという。今では家族もローワンで通すようになったそうだ。

 確かにロー“ド”ワンよりは語呂がいい。


 年は16歳。

 年上がいるというのは、別に珍しくはない。

 冒険者学校の入学に年齢制限はないからだ。

 今年の合格者の中には、ルキソルとそう年の変わらない人間もいる。


 とはいえ、ローワンの事情は、他の入学者とは少し違うのだが……。


 俺は同居人が着替えるのを待って、寮を出た。


 まだ数日だが、寮生活は悪くない。

 基本的に自由で、精々朝食と夕食の時間帯が決まっていることぐらいだ。

 門限もなく、自分の自宅のように使用することができる。

 唯一不満があるとすれば、部屋が狭いということだろう。


 蛸壺みたいな部屋に、押し込まれていた昔と比べれば、今の寮生活は快適そのものだ。


 ただし寮内外問わず、問題を起こせば、退寮どころか即退学が待っている。

 自由に使ってもいいが、すべて自己責任。

 それが寮経営を含めた学校の方針らしい。


「おーい、ラセル」


 学校へ行く道すがら、手を振る女子学生を見つけた。

 横で何か申し訳なさそうに、ペコリと別の少女が頭を下げている。

 セシルとサラサのコンビだ。


 セシルも、そしてサラサも入学試験に合格していた。

 それも224名中50位以内に入る成績でだ。


 実技試験が終わった時はわんわん泣いていたセシルだが、合格が決まると途端に機嫌を取り戻し、次の日には制服の採寸のため仕立屋を回っていた。

 女というのはなかなかどうして、こう立ち直りが早いのだろうか。

 その強さだけは、見習いたいものだ。


「どう? ラセル? 似合ってる?」


 セシルは制服のスカートの裾をつまみ、ヒラヒラと振った。


「うん。似合ってるぞ、セシル。馬子にも衣装ってヤツだな」


 セシルの赤い髪ごと撫でたのは、ローワンだった。

 髪をくしゃくしゃにされたドワーフ族の娘は、まさに怒髪天を衝く。

 手を払うと、猛犬のように吠え立てた。


「ちょっと、ローワン! 気安く乙女の髪を触らないでって何回いったらわかるのよ! あとね! 月並みだけど、馬子にも衣装は褒め言葉じゃないから!!」


「いやぁ……。お前の髪ってさ。田舎に置いてきた妹の髪と似てて、すっげぇ撫で心地がいいんだわ。頭の位置もちょうどいいしさ」


「あたしと妹さんを一緒にしないで。てか、なにげにあんた! 今、あたしの背の小ささをディスったでしょ」


「ディスってなんかねぇよ」


「朝から仲がいいなあ、お前達……」



「仲良くない!!」

「仲良いぞ」



 ピッタリじゃないか。


 …………ん? なんか違う?


 ローワンと、セシル達はすでに面通し済みだ。

 前者は大らかな性格。後者は割とずけずけと物をいうタイプ。

 それが上手く噛み合い、蓋を開けてみれば、すでに10年来の友を思わせるような絶妙な掛け合いが生まれていた。


 さすがに、出会って数刻で今のようなやりとりがされた時には、驚いたが……。


「なあ、サラサ」


「は、はい! 何かな、ラセル君」


「今度、あいつらの相性を【未来視】で見てやれ」


「あは……。ははは……。いいかもだけど、わたしの未来視はそこまでわからないから。それに――」


「ん?」


「ううん。なんでもない。それよりも、ラセルくん、わたしの制服もどうかな?」


 サラサもまたセシルと同じく、スカートの裾をつまみ上げた。

 頬を染め、親友とは違って実に気恥ずかしそうに頬を染めている。


 似合っているには、似合っているのだが……。


 俺の瞳は摘まんだスカートではなく、身体の中央にクローズアップされていった


 サラサ……。

 お前、もしかしてまた大きくなったんじゃないか。

 制服のブラウスが今にもはち切れそうなのだが……。


「ラセルくん?」


「あ? ああ……。すまん。似合ってるぞ、サラサ」


 すると、ボボッと音を立てて、サラサの頭の上から蒸気を上がった。

 顔が赤茄子のように真っ赤になり、目をグルグルと回す。


 ありのままを伝えただけなのだが、どうしたんだ、サラサは?


「ところで気になってたんだけどさ。新入生答辞って、なんでラセルじゃないの? あれって、首席がやるもんでしょ?」


「だな……。確か貴族だったんじゃないか。名前からして」


 セシルの言葉にローワンも同調する。


 俺はまた肩を竦めた。


「別にいいだろ。1番を取ることは俺の目標ではあったが、答辞を読みたかったわけではない。めんどくさいのは、貴族様に任せるさ」


「もう! 絶対、家と金の力で奪ったんだわ!!」


 憤懣やるかたないといった様子で、セシルは地団駄を踏む。


 すると、そこにぬっと人影が現れた。


「聞き捨てならんな、今の言葉」


 振り返ると、俺たちと同じ真新しい制服を纏った学生が立っていた。

 服のデザインこそ同じだが、向こうは量産品などではない。

 身体に吸い付くように寸法が合っていた。

 おそらくオーダーメイドの一点物だ。

 さらに魔力を高めるための儀式装具を、装飾品のように首からぶら下げている。


 まるで踊る宝石だな……。


「おい。貴様、今なんといった」


 おっと……。

 声に出てしまっていたらしい。


「すまない。根が正直なんだ」


「ほう。なら、もう1度言ってみろよ」


 貴族は俺の前に立つ。

 鑑定するまでもない。

 筋力、魔力、体力ともども俺の勝利。

 いわゆる雑魚だ。

 ポケットにしまった拳を振り上げるまでもない相手だった。


 ただむかつくことに、背丈では負けていた。


 はあ……。

 俺の第二次性徴はいつになったらやってくるのだろうか。


「何をため息吐いているんだ!! ああんッ!!」


「やめてください。ラセルくんが困ってるじゃないですか」


 勇ましく俺の前に出てきたのは、サラサだった。

 眼鏡の奥から、鋭い眼光を飛ばす。

 威勢はいいのだが、若干伸ばした手が震えていた。


 当然、相手に舐められる。

 男はふんと鼻を鳴らした。


「ラセル? そうか。お前が、ラセル・シン・スタークか。【村人】の……。冒険者学校のレベルも落ちたものだな。まさか【村人】を入学させるとは」


「だったら、貴族も落ちたものだな。その【村人】に成績で負けたんだから」


「貴様、言わせておけば!!」


 激昂したのは、貴族の取り巻きだ。

 1人は抜剣し、1人は携帯用の杖を振りかざす。

 臨戦態勢を取り、魔法の起動発唱をしようと、声帯を震わせた。


 おいおい。


 冒険者学校の敷地内とはいえ、一般人が出入りできる区画だぞ。

 問題を起こしたら、即退学……。


 と言いかけた時、すでに俺の横を影が通り過ぎていった。


 キンッ!!


 取り巻きの剣が後方へと吹き飛んでいく。

 1人の喉元には刃が突き付けられ、もう1人の首裏には手刀が止まっている。

 一瞬のことだった。

 周りにいる生徒には、一体何が起こったかさえ理解できていないだろう。


 当たり前だ。


 その2人は魔法を起動することなく、相手の間合いに入ったのだから。


「悪いんだけど、あたしの“はやさ”を見くびらないでね」


「おいおい。あんまりこういうもん振り回しちゃだめだぞ」


 セシルの眼光が閃けば、ローワンは携帯用の杖を取り上げると、ポイッと道ばたの方に投げ捨ててしまった。


「き、貴様ら!! 貴族に楯突くのか?!」


 目の前の男は拳を振り上げる。

 サラサを狙った。

 だが、まるで予期していたかのように、あっさりとよけられる。


 サラサは後ろに回り込んだ。

 間髪入れず、思いっきり蹴り上げる。



 キィンンンンンンン!!



 見事、男の股間に命中した。


 貴族の両目が、ぐるりと回る。

 強烈な一撃に、悲鳴すら上げることなく、昇天ノックダウンした。

 完全に意識を失い、口からは泡を吹いている。


 すると、戦闘モードに入っていたサラサは、ようやく自分がしでかしたことに気付いた。


「出た! サラサの殺人キック……」


「うっひょぉぉおお! もろだぞ、今の――」


「ふぇぇぇぇえええんん。どうして? どうして? どうしてわたしって、男の人のあそこを叩いちゃうんだろぉ」


 サラサは顔を隠す。

 その頬は真っ赤になっていた。


 それはだな、サラサ。

 きっと男の方から蹴られたがっているんだよ。


 なんてな……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日、拙作原作「公爵家の料理番様」のコミックス2巻も発売されました。

ドラゴンを食べて最強になってしまった主人公の無双譚+料理というようなお話ですので、こちらも是非お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る