第31話 賢者、教官に教える

☆★☆★ 本日発売日 ☆★☆★


無事発売日を迎えることができました。

改めて読者の皆様に感謝申し上げます。

引き続き息の長いシリーズにしたいと思っております。

是非よろしくお願いします。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 (追試)という謎の表記について説明を受けるため俺は、そのまま冒険者学校の校舎の中へと案内された。


 長い木製の廊下が続いている。

 窓から朝日が射しこみ、白い壁は聖域であることの意思表示に思えた。


 一見、普通の校舎だ。

 だが、そこかしこに魔法的な細工が施されている。

 木製の廊下には、常時【探知】魔法が走り、白い壁の向こうには魔法銀が埋め込まれた鉄板が入っていた。

 なんでもない窓にも、【自動修復】の魔法がかかっている。


 まるで魔法の要塞だ。


 ここで俺は学ぶ。

 高ぶる気持ちを抑えられず、案内する教官の後ろで、俺は口端を歪めていた。


 ある一室に通される。

 大きな円卓が中央に置かれ、高価な調度品、学校の歴代創設者と思われる人物の肖像画が並んでいた。

 木の床からコバルトブルーの絨毯に代わり、全体的に落ち着いた印象を与えている。


 だが、人の影はない。

 ただし人の気配はある。


「それで隠れているつもりですか? それともこれが追試なのでしょうか?」


 俺は深いため息を吐く。

 【探索者シーカー】の魔法を起動した。


 【逆探知】


 魔力の光が部屋全体に走る。

 【探知】の上位互換に相当する中級魔法。

 【探知】は人間の気配を辿るが、【逆探知】は人間の魔力を辿って、その所在を明らかにする。

 【気配遮断】などの魔法に関係なく、見つけ出すことが出来るのだ。


 そうでなくても、俺は魔力に敏感だ。

 正確な数字がわからなくとも、魔法を使って誰かが隠れているぐらいは、すぐに見抜けることができる。


 かなり多い。

 10、いや13人か。

 空に見える椅子に、どうらや全員着席しているらしい。


「まさか……。こうも簡単に見破られるとはな。首席合格……しかも、学校始まって以来の満点合格者の実力か。いやはや、恐れ入った」


 現れたのは、長い白髭を垂らしたリザード族だった。

 頭に羽根飾りを付け、伝統的な衣装を身に纏っている。

 かなり長く生きているのだろう。

 髭もそうだが、リザード族は首の後ろについたエラが、年を取るごとに多くなる。

 100年以上は、生きているかもしれない。


 さらに、黒い魔法衣を着た男女が現れる。

 ルキソルと同じ年ぐらいの男から、20代ぐらいと思われる獣人女性まで、年齢、種族問わず、円卓を囲んでいた。


 おそらく学校の教官だろう。

 そして、あの男も含まれていた。


「やあ、ラセルくん。元気だったかい」


 気さくに話しかけたのは、スターク領で出会ったヴァーラルだった。

 皆が顎に力を入れ、厳格な顔を維持しているのに、この男だけは相変わらずだ。


「ね? 言ったでしょ、皆さん。無駄だって。ラセル君は、ルキソルさんの息子で、無茶苦茶強いんですよ。こんなチンケな魔法じゃ。すぐに見つかりますって」


 カチンと来るほどの脳天気さも、たまには役に立つらしい。

 ピンと張った空気が、緩んでいくのを感じた。


「チンケな魔法とはなんだ、ヴァーラル。あたいの【気配遮断】にケチ付ける気かい? そもそもてめぇも、ガキに手も足も出なかったそうじゃねぇか?」


 口汚い言葉で凄んだのは、ヴァーラルの対面に座った女教官だった。

 厚めの唇に、馬の尾のようにまとめた漆黒の髪。

 元は魔法衣と推測される服は、袖と裾を大胆にカットされ、二の腕と太股を見せていた。

 露出癖があるのかと思うが、おそらく動きやすさを考慮してのことだろう。


 【気配遮断】を使ったのは、この女教官らしい。

 索敵と暗殺を得意とする【探索者シーカー】だけあって、しなやかな筋肉を有していた。


「あ? なんだ、受験生……。何か文句あんのか」


 合格者の俺にまで凄んでくる。

 瞳の形は丸く、小さめだが、目に宿った眼光はなかなかに鋭い。

 随分なじゃじゃ馬のようだ。


「ペイカーさん、相手は受験生っぺよ。やめるっぺ」


 やたらと変な訛の声が響いた。

 ペイカーという【探索者シーカー】の教官に注意したのは、隣に座ったおかっぱの娘だ。


 こちらもちょっと変わっている。

 頭の上に、丸いドーナツのようなふわふわの耳がついていたからだ。

 さらに鼻の頭が赤く、魔法衣の上から白衣を羽織っていた。


 獣人――小熊族の娘だろう。

 小顔で背が低く、俺よりも若く見える。

 が、雰囲気から察するに20代前半だろう。


 すると、小熊族の教官は俺に近付いてきた。


「ねぇ、ねぇ。ラセル君。このきみががいたかいとうっぺ。わすに教えてくれっぺ?」


 取りだしたのは、俺が試験の時に作成した論文だった。


 は? 今、なんていった?

 全然わからなかったんだが……。


「チロル……。事を急ぎすぎるな。解答について聞くのは、彼に事情を説明してからでも遅くはあるまい」


 落ち着いた様子でいさめたのは、あのリザード族だった。

 咳払いをし、今一度場の威厳を取り戻そうとする。

 それは成功し、席を立ったチロルという教官は、再び席に着いた。


「まずは合格おめでとう、ラセル・シン・スタークくん。ヴァーラルから、君の噂は聞いていた。【村人】でありながら、相当な実力者だとね。信じがたいことだが、君の成績を見れば、一目瞭然だ。素直に歓迎しよう。ようこそ冒険者学校ヴィラ・アムスト支部へ。挨拶が遅れたが、私はヘイムダール・ドク・イトーシアという。この学校の学校長を務めるものだ」


「ラセル・シン・スタークです。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。


 試験場での出来事と、その結果においての俺の印象。

 それがどうなっているかは知らないが、少しでもイメージは良くしておいた方がいいだろう。

 すでに貴族に喧嘩は売っている。

 これ以上、敵を作るのは、俺も望むところではない。


 ま――。相手の出方次第だがな。


 殊勝な態度に、部屋の緊張感が幾分薄れるのを感じる。

 どうやら、目論見は成功したらしい。


「学校の施設を全壊させるほどの実力者がどんな傑物かと思っていたら、随分と礼儀正しい受験生ではないか」


「そ、それは……。すみません」


「別に責めているわけではない。たまにこういうことがあるのだ。決まって君のような優秀な人材が現れる時にな。まあ『破壊神ヽヽヽ』などと不名誉な言い方をされないように気を付けたまえよ」


 え? なんかその言い方……。


 もしかして、俺。

 すでにそう呼ばれているのか?


 再びヘイムダール校長は、咳を払った。


「さて、本題と行こうか。(追試)と書かれていた件だが、まあ気にしないでくれ。少し君に興味を持ってもらうための処置だ。点数に『?』というマークを付けた理由についても、今からお話ししよう」


 すると、ヘイムダールは軽く顎をしゃくった。

 ヴァーラルは部屋の角から椅子を持ってくる。

 俺にかけるように勧めた。


「論文試験の題目について、君は覚えているかな?」


「はい。『先エルトリア紀における概念装具を、第一魔法に置き換え、構築することが可能か。それを検討し、証明せよ』――だったと思いますが」


 簡単にいえば、超古代の魔導具を、その当時の魔法技術によって、証明するには、どうするか、という問題だ。


 第一魔法とは、文字の魔法と言われ、先史時代に発明されたもっとも古い魔法のことだ。

 さらに古代に流行した呪式魔法の第二魔法。

 そして今現在使われているのが、第三魔法――人間の組成を神によって作り替えられた神授式魔法が、俗に言う六大職業魔法だ。


 第一魔法はすべての魔法の根元といわれている。

 初歩中の初歩で、魔法を勉強する上で、まず最初に習う基礎的な知識……なはずだ。

 少なくとも、300年前は……。


「その問題について、君はどう思ったかね」


「随分と易しい問題だな、と思いましたが……」


 …………。


 …………。


 沈黙が落ちる。


 ん? なんだ? 俺、なんか悪いことでも言ったか?


 何故か、ヘイムダールは頭を抱えている。


「何か……。失礼な発言があったでしょうか? 教官殿」


「君は悪くない。悪くないのだ……。うむ。そうか。簡単か……」


「ヘイムダール校長さま、はっきり言ったらどうでげすか?」


 提案したのは、チロルだった。


 相変わらず、訛がひどい。

 前後の文脈がなければ、下手な古代文字よりも解読が難しい。


「うむ。そうだな。では、はっきり言おう。……ラセルくん。実は――」



 君の解答は、我々にはさっぱりわからないのだ!!



 はっ?


「驚くのも無理はない。だが、驚いているのは、こちらも同じだ。そもそも、その問題はガルベールでは未解明命題の1つなのだ。明確な答えはなく、回答者のイマジネーションと、説得力、論法を計るものに過ぎない」


 いや、ちょっと待て!


 未解明命題?


 あの初歩中の初歩である第一魔法の原理が?


 おかしくないか???


「もしかして、みんなして俺をたばかってます?」


「いやいやいやいやいやいや。そんなことはない! 断じてない!!」


 ヘイムダールは蜥蜴頭を思いっきり横に振った。

 その彼に助け船を出す形で、答えたのはペイカーという【探索者シーカー】の教官だった。


「そもそもあんたの解答を見た時、何を書いているのか、さっぱりわからなかった。あたいは速攻で、『0点』を付けるつもりだったんだ。けど、このガキがよ」


 横のチロルを指差す。


「ガキじゃないっぺ。チロルは、これでもピチピチの22歳っぺ」


「うっせぇなあ! とっとと話を進めろよ、このロリ熊族め!」


 次に説明したのは、チロルだった。

 あまりに訛っていたため、ここから標準語に戻して、説明する。


「私たちは最初、論文試験においては、ラセル・シン・スタークを落第させるつもりでした。でも、何かが引っかかり、私はあなたの論文の解析を行いました。すると、あなたの解答が、実は命題に対する正答ではないかと考えるようになったのです(※ ラセル訳)」


 そこにへイムダールが、説明を引き継いだ。


「そこで我々は世界魔法技術研究所――通称『魔技研』に論文の解析を依頼した。そして、次のような解答を得たのだ。論文に書かれた解答は、100%正答であると……」


「えっと……」


「つまり、あんたは世界の学者が血まなこになって研究していた命題を、学校の試験の中で解いてしまったというわけさ」


 すると、突然教官たちは椅子を引く。

 何事かと身構えると、次に聞こえてきたのは、拍手だった。


「おめでとう。ラセル・シン・スターク」

「おめでとう!」

「さすが、ルキソルさんの息子だ!」

「…………」

「おめでとうございます」

「おめでとうっぺ!!」


 口々に祝意を述べる。


 俺はというと……。



 こいつら……。一体何をいっているんだ??????



 いや、ホント……。

 訳がわからんのだが……。


 あの問題が世界的な命題?

 学者を悩ませてきた?


 ふざけるな!


 あれぐらい300年前の子供でも理解してたぞ。


 一体……。この300年の間に何が起こったのだ。

 魔族がいなくなり、魔力の量が減って、魔獣や魔法がランクダウンしているのは、まあわかる。

 けど、基礎原理知識まで衰退しているのは、説明がつかない。

 むしろ、そっちの方が俺にはわからないんだが……。


 確かにすでに文字魔法は俺の時代でも知識として知っていても、技術としてはとっくに廃れていた。

 戦争の最中で、その技術的な資料が失われてたか、教育基本綱領を見直す中で、淘汰されていったのかもしれない。

 基本原理ではあるが、第三魔法が使用される今のガルベールでは、全く使い物にならない技術だし、そもそも実戦に向かない。


「ところで、ラセル。お前よぉ。せめてもうちょっと答案用紙を綺麗に扱ったらどうなんだ? 今日の紙だって馬鹿にならないんだぞ」


 注意したのはペイカー教官だ。


 俺の生の答案用紙をヒラヒラさせる。

 無数の折り目がついていて、くしゃくしゃになっていた。

 指摘通り、汚くみえる。


「ああ。それですか。……それこそが、真の解答なんですけど」


 ――――ッ!


 お祝いムードだった学校の一室が、再び緊張感に包まれた。


 俺は答案用紙を受け取る。

 すると、ペタペタと解答用紙を折り始めた。

 出来上がったのは、鋭角の二等辺三角形に、底の方に角を付けたような歪なオブジェだった。

 鳥が翼を広げているようにも見える。


 いわゆる『魔法箒』と呼ばれる折り紙だ。

 掃く部分を広げた箒のように見えることから、そう命名された。

 先エルトリア紀の古語などによれば、『カミヒコーキ』と発音する概念装具にも似ている。


 俺は底の角の部分を掴む。

 軽く魔力を込め、そっと飛ばした。

 すると、魔法箒はスーと宙を浮き、部屋の中を漂い始めた。

 壁の側まで来る。

 俺が魔力を操作すると、カミヒコーキは器用にターンを行った。


 さらに自在に俺は動かし始める


 それを見た教官たちは……。



「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 絶叫した。


「ま、まさか……。それって……」

「先エルトリア紀にあった概念装具の1つ!」


「カミヒコーキっぺ!!」


「うぉぉぉおおおおお!! すげぇ!!」


「まさか解答どころか、概念装具まで作ってしまうとは……!」


 教官たちは驚愕に顔を歪める。


 別に驚く事じゃないけどなあ。


 第一魔法は「文字」の魔法だ。

 紙に書いた――古代様式に則った――文字の情報と空を飛ぶ原理を転写し、魔力を込めて飛ばす。

 やって見せているほど、難しいことは何もしていない。


 なのに、大人達は大はしゃぎだ。

 一体何があった、300年の間に……。


「おい。ラセル。いっちょあたしにやらせてくれよ」


 とペイカーは、俺の肩を叩いた。

 瞬間、俺の集中が途切れる。

 そのままカミヒコーキは、壁に突っ込んでいった。

 カチッ……。

 乾いた音が鳴る。



 じゅどぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんん!!



 爆発した。

 濛々と煙が上がる。

 壁――どころか、円卓の間の半分が吹き飛んでいた。


 ……あ。やばい。


 カミヒコーキの文字情報に、機体の重量を軽くするため、圧縮化された魔力を燃料としていると書いたんだった。

 機体が潰れた瞬間、その魔力が漏出して爆散したのだろう。


 試験会場で2回。

 そしてこれで3回目。


 やれやれ……。しかし、随分と学校の耐久度も下がったものだ。


 俺は恐る恐る振り返った。

 やばい……。さすがに今度こそ怒られるかも……。



「「「「「す、すげぇぇぇぇぇぇえええええええ!!」」」」」



 絶叫が聞こえた。


「そんな第一魔法で、こんな威力の概念装具を作れるなんて」

「これは画期的なことだぞ」

「し、至急、魔技研に報告するっぺ!!」

「さすがはルキソルさんの息子だ」


「ラセルくん!」


 と俺の両肩を叩いたのは、へイムダールだった。

 両目から涙を流し、拳を振り上げて、感動している。


「是非、今の技術を論文で発表しないか?」


 え? ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっっっっっ???


「いや、あの……。俺、またやっちゃったんですけど……」


「学校の壁など、どうでもいい! 今は、魔法技術の発展の方が重要なのだ」


 へイムダールが力説する。


 …………。


 …………。


 ま――。いっか……。






 …………。


 …………。


 いやいやいやいやいや……。

 やっぱダメだろ!


 てか、へイムダール!


 お前、ここの学校長だろう!!

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