第30話 賢者、合格する
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「ラセルくん!!」
武闘場から戻ってきた俺を出迎えたのは、サラサだった。
金髪を振り乱し駆け寄ってくる。
そろそろ止まるだろうと思っていた矢先、あろうことかサラサは手を広げて、俺に飛びついてきた。
むごぉ……!
柔らかな双丘が俺の頭を挟んだ。
そのままサラサは「ラセルくん!」と名前を連呼する。
じたばたと暴れると、さらに俺の頭はサラサの胸に食い込んでいく。
未開発土地に踏み込むように潜行していった。
むごごご……。ぐ、ぐるじぃ……。
でも、柔らかい。
なんだ、これは。
牛の乳よりも柔らか……。
匂いも、何か甘酸っぱい。
――って、死ぬわ!!
俺はサラサを突き飛ばす。
ようやく息が吸えた。
危なく最強になる前に死ぬところだった。
「さ、サラサ……。喜ぶのはいいが、加減というものを知ってくれ」
注意する。
すると、みるみるサラサの顔は赤くなっていった。
ようやく自分の破廉恥さに気付いたらしい。
眼鏡の奥の瞳をぐるぐると動かす。
茹で蛸のように蒸気を上げた。
「そうよ、サラサ。あんた、喜びすぎぃ」
声が後ろから聞こえた。
俺とサラサは同時に振り向く。
セシルだ。
足に包帯を巻き、脇に松葉杖を挟んで立っていた。
「セシルちゃん!」
サラサは1番の親友に駆け寄る。
まだ松葉杖に不慣れなセシルを支えた。
やがて、俺の方へ近寄ってくる。
「見てたわよ、ラセル……。あんた、カッコ良すぎ。あたしが手も足も出なかった相手に、完勝なんだもん。――痛ッ!!」
俺はセシルの頭の上に、手刀を食らわせた。
若干涙目になりながら、セシルは顔を上げる。
臙脂色の瞳には、口を一文字に曲げた男の顔が映っていた。
その顔を見て、俺が今どういう心境にあったかわかったらしい。
やがて項垂れた。
「ごめん……」
「お前の心意気は買う。けれど、これが本物の実戦ならどうだ? お前の後ろにいるサラサを守り切れたか?」
「う――。そうか。……あたし、また間違ったんだね」
セシルは1度間違いを犯している。
初めて出会った時だ。
逃げに徹せず、複数の盗賊団に挑みかかった。
結果、無二の親友まで危険な目に遭わせてしまった。
「セシル、お前の目的はあんなクソ貴族を打ち倒すことじゃない。試験に合格し、冒険者学校を卒業して家業を継ぐことだろう? 俺に負い目があって回復を断るなら、お前は棄権すべきだったんだ」
「そうだね。あたし、ホント馬鹿だった……。ごめんなさい、ラセル」
「それと……。俺とお前はライバルであることは確かだが、決して敵じゃない。頼る時は頼れ」
「うん。ありがと。サラサもごめん。余計な心配をさせちゃって」
「いいの。いいの。わたしも今度こそ止めるべきだったのに……。またセシルちゃんに危険なことをさせてしまった。だから、セシルちゃん――」
サラサはセシルの手を取る。
柔らかく慈愛に満ちた瞳で、親友を見つめた。
「一緒に強くなろう。わたしたち、まだまだなんだから」
「……うん!」
セシルは大きく頷く。
少し目に涙が滲んでいた。
俺は心から願った。
強くなってほしい。
身体や技術だけじゃない。
心の強さも。
それは強くなることにおいて、1番必要なものだからだ
「それよりもセシルちゃん。足の方は大丈夫?」
「大丈夫。ほとんど完治してるみたい。腫れが引くまでは、この格好だけどね」
セシルは軽く足を動かし、無事をアピールする。
回復魔法で怪我を治しても、腫れや痛みというのはなかなか引くものではない。
だが、2、3日安静すれば、元通りになるだろう。
「ねぇ。仮にラセルが怪我をしたら、あたしたちに頼っていた?」
「仮の話に興味は無い。だが、もしお前と同じく怪我をしたら、黙っていただろうな。だが……」
それでも、俺は負けるつもりはない。
こうして俺の冒険者学校入学試験は、終わりを告げた。
◆◇◆◇◆
3日後……。
合格発表の日だ。
俺とセシル、サラサは朝一番に宿を出て、冒険者学校に向かった。
朝早く出て行ったのは、もし不合格ならば、セシルもサラサもすぐに帰らなければならないからだ。
昼出発の定期馬車に乗れば、故郷には夕暮れ前に辿り着くという。
同じような理由で、すでに受験生たちは集まり始めていた。
合格発表が張り出される掲示板には、たくさんの受験生や家族が押し掛けている。
今か今かと発表を待っていた。
1人の教官がやってくる。
受験生を横目に、何やらメモを読み解いた。
すると、魔法を起動する。
【自動筆記】
【
頭や見たものの情報を、別の情報媒体に転写する魔法。
初級の魔法だが、容量が多ければ多いほど、扱いは難しくなる。
高度な魔力制御が必要になる魔法だ。
教官は鼻歌混じりに、掲示板に速記していく。
浮かんだのは、合格番号と思われる数字。
そして、各試験に置ける点数だった。
すると、わっと受験生たちが歓声を上げた。
自分たちの番号を探す前に、掲示板の1番上に掲げられた名前と点数を見て、ざわめいている。
「おい……。あの名前って」
「ああ。そうだ。あいつだ」
「嘘だろ。なんだよ、あの点数……」
「俺……。【村人】に負けたのかよ」
皆が俺の方を向いた。
視線を浴びながら、思わず口角を上げる。
存外悪くない気分だ……。
そうだ。
掲示板の1番上。
それは、この受験において1番点数が高かったトップ合格者の名前が刻まれていた。
横でサラサが口を抑える。
セシルも唖然としていた。
「すごい……。すごいよ、ラセルくん」
「あたしはなんとなく予想はしてたけどね」
そう――。
掲示板の1番上に掲げられた名前。
そこに書かれていたのは……。
首席合格者 ラセル・シン・スターク
――だった。
まあ、当然と言えば当然か。
結果は見えていたが、素直に嬉しい。
俺は最強になるのだ。
たとえ学校の成績であろうと、負けるつもりはない。
ついでに俺は試験の点数も確認した。
実技試験 100点 / 100点
基礎能力判定試験 100点 / 100点
筆記・論文試験 100点? / 100点(追試)
全種試験満点。
清々しいほど、「100点」が並んでいる。
…………。
…………。
は? 追試??
てか、100点の横になんで「?」が付いているんだ???
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