第30話 賢者、合格する

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~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「ラセルくん!!」


 武闘場から戻ってきた俺を出迎えたのは、サラサだった。

 金髪を振り乱し駆け寄ってくる。

 そろそろ止まるだろうと思っていた矢先、あろうことかサラサは手を広げて、俺に飛びついてきた。


 むごぉ……!


 柔らかな双丘が俺の頭を挟んだ。

 そのままサラサは「ラセルくん!」と名前を連呼する。

 じたばたと暴れると、さらに俺の頭はサラサの胸に食い込んでいく。

 未開発土地に踏み込むように潜行していった。


 むごごご……。ぐ、ぐるじぃ……。

 でも、柔らかい。

 なんだ、これは。

 牛の乳よりも柔らか……。

 匂いも、何か甘酸っぱい。


 ――って、死ぬわ!!


 俺はサラサを突き飛ばす。

 ようやく息が吸えた。

 危なく最強になる前に死ぬところだった。


「さ、サラサ……。喜ぶのはいいが、加減というものを知ってくれ」


 注意する。

 すると、みるみるサラサの顔は赤くなっていった。

 ようやく自分の破廉恥さに気付いたらしい。

 眼鏡の奥の瞳をぐるぐると動かす。

 茹で蛸のように蒸気を上げた。


「そうよ、サラサ。あんた、喜びすぎぃ」


 声が後ろから聞こえた。

 俺とサラサは同時に振り向く。


 セシルだ。

 足に包帯を巻き、脇に松葉杖を挟んで立っていた。


「セシルちゃん!」


 サラサは1番の親友に駆け寄る。

 まだ松葉杖に不慣れなセシルを支えた。

 やがて、俺の方へ近寄ってくる。


「見てたわよ、ラセル……。あんた、カッコ良すぎ。あたしが手も足も出なかった相手に、完勝なんだもん。――痛ッ!!」


 俺はセシルの頭の上に、手刀を食らわせた。

 若干涙目になりながら、セシルは顔を上げる。

 臙脂色の瞳には、口を一文字に曲げた男の顔が映っていた。


 その顔を見て、俺が今どういう心境にあったかわかったらしい。

 やがて項垂れた。


「ごめん……」


「お前の心意気は買う。けれど、これが本物の実戦ならどうだ? お前の後ろにいるサラサを守り切れたか?」


「う――。そうか。……あたし、また間違ったんだね」


 セシルは1度間違いを犯している。

 初めて出会った時だ。

 逃げに徹せず、複数の盗賊団に挑みかかった。

 結果、無二の親友まで危険な目に遭わせてしまった。


「セシル、お前の目的はあんなクソ貴族を打ち倒すことじゃない。試験に合格し、冒険者学校を卒業して家業を継ぐことだろう? 俺に負い目があって回復を断るなら、お前は棄権すべきだったんだ」


「そうだね。あたし、ホント馬鹿だった……。ごめんなさい、ラセル」


「それと……。俺とお前はライバルであることは確かだが、決して敵じゃない。頼る時は頼れ」


「うん。ありがと。サラサもごめん。余計な心配をさせちゃって」


「いいの。いいの。わたしも今度こそ止めるべきだったのに……。またセシルちゃんに危険なことをさせてしまった。だから、セシルちゃん――」


 サラサはセシルの手を取る。

 柔らかく慈愛に満ちた瞳で、親友を見つめた。


「一緒に強くなろう。わたしたち、まだまだなんだから」


「……うん!」


 セシルは大きく頷く。

 少し目に涙が滲んでいた。


 俺は心から願った。


 強くなってほしい。


 身体や技術だけじゃない。

 心の強さも。


 それは強くなることにおいて、1番必要なものだからだ


「それよりもセシルちゃん。足の方は大丈夫?」


「大丈夫。ほとんど完治してるみたい。腫れが引くまでは、この格好だけどね」


 セシルは軽く足を動かし、無事をアピールする。

 回復魔法で怪我を治しても、腫れや痛みというのはなかなか引くものではない。

 だが、2、3日安静すれば、元通りになるだろう。


「ねぇ。仮にラセルが怪我をしたら、あたしたちに頼っていた?」


「仮の話に興味は無い。だが、もしお前と同じく怪我をしたら、黙っていただろうな。だが……」



 それでも、俺は負けるつもりはない。



 こうして俺の冒険者学校入学試験は、終わりを告げた。



 ◆◇◆◇◆



 3日後……。

 合格発表の日だ。

 俺とセシル、サラサは朝一番に宿を出て、冒険者学校に向かった。


 朝早く出て行ったのは、もし不合格ならば、セシルもサラサもすぐに帰らなければならないからだ。

 昼出発の定期馬車に乗れば、故郷には夕暮れ前に辿り着くという。


 同じような理由で、すでに受験生たちは集まり始めていた。

 合格発表が張り出される掲示板には、たくさんの受験生や家族が押し掛けている。

 今か今かと発表を待っていた。


 1人の教官がやってくる。

 受験生を横目に、何やらメモを読み解いた。

 すると、魔法を起動する。


 【自動筆記】


 【学者プロフェッサー】の魔法だ。

 頭や見たものの情報を、別の情報媒体に転写する魔法。

 初級の魔法だが、容量が多ければ多いほど、扱いは難しくなる。

 高度な魔力制御が必要になる魔法だ。


 教官は鼻歌混じりに、掲示板に速記していく。


 浮かんだのは、合格番号と思われる数字。

 そして、各試験に置ける点数だった。


 すると、わっと受験生たちが歓声を上げた。

 自分たちの番号を探す前に、掲示板の1番上に掲げられた名前と点数を見て、ざわめいている。


「おい……。あの名前って」

「ああ。そうだ。あいつだ」

「嘘だろ。なんだよ、あの点数……」

「俺……。【村人】に負けたのかよ」


 皆が俺の方を向いた。

 視線を浴びながら、思わず口角を上げる。


 存外悪くない気分だ……。


 そうだ。

 掲示板の1番上。

 それは、この受験において1番点数が高かったトップ合格者の名前が刻まれていた。


 横でサラサが口を抑える。

 セシルも唖然としていた。


「すごい……。すごいよ、ラセルくん」


「あたしはなんとなく予想はしてたけどね」


 そう――。

 掲示板の1番上に掲げられた名前。

 そこに書かれていたのは……。



 首席合格者 ラセル・シン・スターク



 ――だった。


 まあ、当然と言えば当然か。

 結果は見えていたが、素直に嬉しい。

 俺は最強になるのだ。

 たとえ学校の成績であろうと、負けるつもりはない。


 ついでに俺は試験の点数も確認した。


 実技試験        100点 / 100点

 基礎能力判定試験 100点 / 100点

 筆記・論文試験     100点? / 100点(追試)


 全種試験満点。

 清々しいほど、「100点」が並んでいる。


 …………。


 …………。


 は? 追試??


 てか、100点の横になんで「?」が付いているんだ???

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