第29話 賢者、容赦せず
昨日コミカライズ更新されました。未チェックな方は是非。
7月19日『劣等職の最強賢者』コミックス3巻発売、
7月20日『公爵家の料理番様』コミックス2巻発売。
発売日が続いておりますが、どっちも買って下さい(欲張り)。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
実技試験が行われる会場で、一際目立つ偉丈夫がいた。
武闘場で戦う受験生を、熱心に見つめている。
穏やかに笑みを讃えた甘いマスク。
顎はキリッと引き締まり、グレーの瞳は優しげに湾曲している。
流れるような金髪は美しく、一見女のような美貌を持っていた。
だが、鎧の中に押し込んだ筋肉は本物だ。
がっしりとした肩幅。
胸は厚く、腿当てから見える太股は、大樹の幹を想起させる。
そして、腰には宝剣と思われる祭具が施された剣を下げていた。
その勇ましい雰囲気は否応でも目が引く。
特に思春期の女子には目の毒だ。
気付いた女子受験生は、試験を受けていることも忘れ、男の姿に魅了されていた。
本人は柱の影に隠れているつもりなのだろうが、周囲の目を引いていることは明白だ。
その男に近付いていく1人の女性騎士がいた。
アメジストのように輝く蒼穹色の髪。
肌は白く、その美しく小さな顔には、傷一つついていない。
ショルダーアーマーと鉄のブーツというライトメイルで、腰には細身の剣を下げていた。
騎士の男の前に立つと、深い飴色の瞳から眼光を放った。
「ここにいたんですか、団長」
「やや。見つかってしまったか、副長」
団長といわれた男は、また金髪を掻き上げる。
甘ったるい笑みを浮かべた。
普通の女性なら、それだけでメロメロになるだろう。
だが、女性騎士に通じない。
返ってきたのは刃のような鋭い眼光だった。
彼らはヴィラ・アムスト王国が誇る騎士団の団長と副長だ。
団長レベリエ・シュハ・サルダージ。【鉄城】のレベリエ。
副長アメージ・ゲルハニス。【疾雷】のアメージ。
2人は王国の2大戦力として、ルキソルが引退した後の騎士団を率いていた。
「随分と楽しそうですね」
「そう見えるかい、副長」
「ええ……。訓練をしている時よりも、ずっと」
「ははは……。ごめんって。訓練をサボったのは謝るよ。ただ……。ちょっと見たくなってね。未来のひよっこたちを」
アメージは1度、ため息を吐く。
彼女もまた武闘場の方に視線を落とした。
「それで面白い人材でもいたのですか?」
「ああ……。もうすぐ出てくるはずだよ」
ラセル・シン・スタークがね
◆◇◆◇◆
俺と貴族ルヴィルグ・ギレル・セムシュールの決闘の噂は、すぐに他の受験生の耳に入った。
セムシュール伯爵家は、100年続く名家らしい。
対するは、入学試験で圧倒的な実力を見せる田舎貴族。
職業だけで見れば【
否応にも注目が集まり、観覧席は受験生や学校関係者で埋まっていた。
しかし、これほどの注目度でありながら、ルヴィルグは俺と向かい合うなり、こう言い放った。
「試験官、私は棄権します」
耳を疑うような宣言に、会場はざわついた。
俺は目の前の男に眼光を叩きつける。
「逃げるのか?」
「逃げる? 馬鹿か、お前は。戦う必要がないだけだ」
「戦う必要がないだと?」
「言葉通りの意味さ。俺様は2戦し、すでに2勝している。内容も試験官が満足いくもののはずだ。それで十分なんだよ。それに――」
ルヴィルグは俺の方に顔を寄せる。
耳元に汚い息を吹きかけた。
しかし、その吐き出した言葉は、さらに汚いものだ。
「俺様はな。お前みたいな田舎貴族とは違う。名家の出身だ。多少見栄えのいい成績を取っておけば、後は家の力でどうにでも出来るんだよ」
そして、ルヴィルグはさらに汚らしい口で俺に囁く。
「あの女が足を怪我してることは、すぐにわかったぜ。馬鹿な女だよなぁ。一言お前に、『助けて』っていってくれりゃあ、足を回復させてくれたかもしれないのに。なあ、【村人】」
俺は反射的にルヴィルグを手で払っていた。
だが、バックステップでかわされる。
全く悪びれることもなく、より醜悪に貴族は微笑んだ。。
「くはははは……。俺はあの女とは違う。頭の出来が違うんだよ。お前と戦って、下手に怪我をしても嫌だからな。……光栄に思え、田舎貴族。俺様はお前の力を買ってるんだぜ」
そういって、ルヴィルグは踵を返した。
武闘場から出て行こうとする。
「待て……」
「あ?」
「なら、俺は魔法を使わない。自分の身体能力だけでお前を倒す」
「なんだと?!」
「ハンデだ。それでも、お前は尻尾を撒いて逃げるのか?」
「ふざけているのか!? 魔法を使わずに、俺様に勝てると本気で思ってるのか?」
「思ってるさ。そもそも初めからそうしようと思っていた。お前と俺じゃ、実力差がありすぎるからな」
俺は大げさに肩を竦める。
ようやくルヴィルグは、こちらを向く。
額に青筋を浮かべた。
割と安い挑発だと思っていたのだが、効果
挑発することには慣れていても、されることには慣れていないのかもしれない。
「魔法を使わない保証はあるのか?」
「仮に、もしも俺が魔法を使ったら、その時点で俺の負けで良い。それでも納得できないなら、不合格にしてくれても構わん。お前の家の力なら、出来ないことはないのだろう?」
「ダメだよ、ラセルくん!」
サラサの声が背後の観覧席から聞こえた。
「不合格なんてダメだよ! 折角、ラセルくんは合格できるところまで来てるのに。それを棒に振るなんて! セシルも、そんなことを望んでないよ!」
サラサの叫び声が、武闘場に響き渡る。
俺は振り返らなかった。
優しい声をかけることもない。
ただ、心の中で感謝した。
ありがとな、サラサ。
俺のことを気を遣ってくれて。
でもな。心配するな。
俺は負けない。
こんなところで負けるわけにはいかない。
俺は最強になると決めた。
たとえ手足を縛られたとしても、これからの人生で1敗だって許されないのだ。
俺は今一度、ルヴィルグを睨む。
「あの女の言うとおりだ。ダメだな。不十分だ」
「これ以上、何を望むというのだ?」
「お前が負ければ、一生の俺様の奴隷としてこき使われる。その条件を呑むなら、俺様はお前と戦ってもいい」
「構わん」
「な! ……よ、よかろう。そこまで言うのであれば、その条件で戦ってやろう」
とうとうルヴィルグは頷いた。
話がまとまると、試験会場は一斉に沸き立つ。
凪の海のように静まり返っていた観覧席のボルテージが、一気に上がった。
試験会場で始まった前代未聞の決闘。
慌てふためいたのは、差配する試験官だ。
「双方とも落ち着け。これは試験であって……」
「待ちたまえ」
突如、軽やかな声が試験会場に降り注いだ。
何者かが観覧席から降りてくる。
鎧を纏った騎士だった。
やたらと体格がいい。
フルメイルということもあるだろうが、ルキソルやヴァーラルよりも一回り大きく見える。
それに見合わぬ甘いマスク。
女性受けしそうな微笑みを浮かべ、俺たちの方に近づいてきた。
「サルダージ団長……」
団長!?
騎士団団長か。
この男が?
「その決闘、私が仕切ろう」
軽く手を挙げ、試験官に挨拶すると、何食わぬ顔でいった。
「し、しかし……」
「場外で冒険者学校受験生が乱闘騒ぎをして、明日の朝刊の見出しに貢献するよりは、こちらの制御下で進める方が、まだマシだと思うが……。どうかね?」
試験官は押し黙った。
黙考したが、おそらくこの試験官だけでは、判断がつかないことだろう。
それにしても、この男。
騎士団の団長と言うから、どれほどの武骨者と思ったが、随分口が達者らしい。
あっという間に、試験官を言いくるめてしまった。
その素質もまた、団長という地位にいる理由の1つなのかもしれない。
協議の結果、俺たちの決闘は認められた。
しかし、学校の中で怪我させるわけにはいかない。
条件として、魔宝石を装備することになった。
「両者前へ」
団長サルダージのよく通る声が響く。
俺たちはそれぞれのポジションで対峙した。
俺が中央寄りに位置すると、ルヴィルグはなるべく距離を取る。
歩数にして、10歩……。
「はじめ!」
同時に俺は走った。
予期していたかのようにルヴィルグは、魔法を唱えるのに備える。
魔力を練り始めた。
「ふっ……」
俺は口角を上げる。
【
攻撃方法が魔法に限定されること。
魔法を使うには、魔力を練らなければならない。
さらに【
つまり、他の職業魔法と比べて、魔力を練り上げてから詠唱するまでの時間が長いのだ。
前回、俺はセシルとルヴィルグの戦いを見ていた。
ヤツの詠唱から魔法起動までの長さは、1・5秒。
それだけの時間があれば、10歩分の距離など十分に詰めることが出来る。
つまり……。
俺とお前の勝敗はすでに、セシルとの一戦で決着していたということだ!
「速い!!」
唸ったのは、審判役のサルダージだった。
その横を俺は光のように駆けていく。
6歳の頃から野山を駆けずり鍛えた脚力を存分に見せつける。
ルヴィルグ……。これがお前が罵った田舎貴族の力だ!
「なにぃ!!」
ルヴィルグは悲鳴を上げる。
俺の速さにおののいてしまった。
集中が切れる。折角、練り上げた魔力が霧散した。
愚かな……。
俺は遠慮なくルヴィルグの顎を撃ち抜いた。
貴族の顔が、球のように跳ね上がる。
「げぇ……!」
衝撃が脳天を貫く。
口から血を吐き出した。
叩く前に喋ったため、舌を噛んだのだろう。
俺は容赦しない。
してやらない!
間髪入れず、喉を打ち、声を奪う。
続いて、心臓打ち。身体の動きを止める。
流れるように4撃目はみぞおちを打ち込む。体内機能を叩きのめした。
「げはぁ!!」
前のめりになる。
悶絶し、身体が前傾した。
いい位置に薄汚い貴族の頭が出てくる。
俺は訓練用の砂袋でも殴るように顎を横から撃ち抜いた。
頭が揺れる。
ルヴィルグの視界は、おそらくドロドロに溶けているだろう。
その証拠に、酩酊状態になったかのように千鳥足になる。
すると、ルヴィルグは手を差し出した。
「や、やめ……。やめてくれ、降参だ!」
すでにルヴィルグの顔は歪んでいた。
魔宝石のおかげで直撃はないものの、衝撃で赤く腫れ上がっている。
潰れた果実のようになっていた。
俺は腕を下ろす。
「勝負ありだ。勝者はラセル・シン・スターク」
サルダージは勝ち名乗りを上げた。
勝敗は、呆気ないぐらい俺の一方的な勝利で終わる。
ルヴィルグは、どすんと尻餅をつく。
大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。
魔法が使えない【村人】に手も足も出なかった。
その結果は、少なからずルヴィルグに精神的ダメージを与えただろう。
だが、俺の気は収まらない。
決闘を少し離れたところから眺めていた試験官に向き直った。
「お待たせしました、試験官。試験を始めて下さい」
「は? お前、何を言っているんだ? 今のが試験じゃ……」
「お前の方こそ何を言っているんだ? 今のは決闘だろ? 誰も試験とはいっていない」
俺は反論する。
それに同調したのは
形の良い顎を撫でながら、頷く。
「彼の言うとおりだよ。私は決闘において審判をしたに過ぎない。そもそも試験において、審判をするのは、試験官の役目だからね」
「じゃ、じゃあ……!! おおおおお、俺様は棄権する!!」
ルヴィルグはピョンと立ち上がる。
だが、首を傾げたのは、またしてもサルダージだった。
「棄権? ルヴィルグ君? 何を勘違いしているのだね?」
「貴様! 騎士団長かなんだか知らないが! その物言いはなんだ! 俺様はセムシュール伯爵家の――」
「これは試験だよ、伯爵家のご子息殿。勝敗など関係ない。君の実力を見るための試合だ。怪我や何か他に特別な理由がなければ、試験を受けなければならない」
「な、何をいって……」
「ふむ……。見たところ、まだまだ元気そうだね。多少打ち身があるようだが、問題なく動けるようだ。何せ君は試験の前に、私闘を行えるほどコンディションが良いのだから、当たり前だろう。試験に問題なく、参加できると思うが、試験官殿はどう思うかね?」
尋ねる。
すると試験官は黙って頷いた。
「よし。では、私は観覧席に戻ろう。健闘を祈るよ、2人とも……」
最後にサルダージは、ルヴィルグの肩に手を置く。
そっと耳打ちした。
「あまり無礼な口は聞かない方がいい。君は伯爵。私は侯爵家だ。何をいいたいか? 賢明なご子息殿なら、ご理解いただけると思うが」
「ひぃ――――ッ!!」
ルヴィルグの身体は幽霊でも見たかのように弾かれる。
何食わぬ顔で、サルダージは観覧席へと戻っていった。
予定にはなかったが、どうやら騎士団長に1つ借りを作ったらしい。
正直、彼がいなくても、俺は言いくるめる自信はあった。
だが、少々時間がかかっていたかもしれない。
さて……。
俺とルヴィルグは再び向き直る。
間に試験官が立った。
俺たちを見やる。
やがて、手を振り上げた。
「はじめ!」
ルヴィルグは動かない。
ただ身体を震わせるだけだった。
俺もまたじっと薄汚い野良犬を眺めている。
「な、なあ……。もう許してくれよ。……そ、そもそもあいつが悪いんだろ!? 怪我してるクセに、何度も何度もしつこいぐらい立ち上がってきやがって……」
「確かに……。俺もそう思う」
「はは……。ははははは……。だ、だよな。だから――」
「セシルは馬鹿だ。あの時、俺に一言いってくれれば良かった。でも、あいつはそうしなかった。怪我を押して、立ち上がり、戦い続けた。……お前にはわかるまい。だが、俺にはなんとなくだがわかる」
試験が始まる前、俺は言った。
ここからはライバルだ、と――。
あいつは俺をライバルだと思ってる。
だから、俺に助けを求めなかった。
自分1人の力でやりきる。
そう決めたのだ。
本当に馬鹿だ。
馬鹿な上に、阿呆だ。
実に古くさい精神論にも似た野蛮な考えだ。
でも――。
嫌いではない……。
すると、俺は魔法を練る。
手の先から炎が噴き出した。
柱のように立ち上り、火塊が武闘場を紅蓮に染める。
それはやがて1匹の獣の形に変化した。
大きくむき出した瞳。
鋭い牙。
炎を纏った鱗と、長い尾……。
現れたのは、炎の竜だった。
太陽のように光り輝き、眼下の人間たちを見下ろす。
「や、やめろ! なんだよ、その魔法!! お、俺を殺す気か!!」
「これは試験だ、ルヴィルグ。俺の全力を試験官に見せねばなるまい……」
「や、やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺は【
【竜皇大火】!!
炎の竜が大口を開けてルヴィルグに襲いかかった。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
ルヴィルグの悲鳴が響き渡る。
貴族は炎の魔法に包まれた。
紅蓮の光の中に、ルヴィルグは消えていく。
怒りをすべて炎に込めた俺は、やがて構えを解いた。
目の前には、観覧席を除けて大きな穴が空いていた。
外まで続き、その縁の周りは熱で焼けただれている。
同時に、熱気混じりの外の空気が、俺の髪を梳かした。
ぽっかりと空いた穴の下――。
人が座っていた。
否――。
意識を失っていた。
目はぐるりと白目を剥き、股は水気を帯びて、失禁している
顔は潰れ、髪は炎熱により消し飛んでいた。
人間が想像する限りの無様な姿で、ルヴィルグは倒れていた。
上級魔法の中でも、対殲滅用に特化した魔法は、存分にその威力と恐怖を見せつけていた。
「セシルに感謝しろ。ああ見えてあいつは優しい。お前の死まで望まないだろう。だが、次はない。覚えておけ、貴族」
俺はくるりと踵を返した。
武闘場を後にする。
試験官は何もいわない。
ただ俺の試合が終わったことだけを告げた。
観覧席で最初に俺を出迎えたのは、サルダージだ。
「良いのかな? 彼の家は名家だ。全貴族を敵に回すかもしれないよ」
「構いません。俺の前に立ちはだかるなら、打ち倒すのみです」
俺とサルダージは、しばし睨み合う。
やがて「強いな、君は……」と呟いた。
そして俺の手を取る。
天井に向かって掲げた。
「勝者ラセル・シン・スターク!!」
その瞬間、怒濤のような歓声が、俺を包むのだった。
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