第28話 賢者、決闘を申し込む

本日コミカライズ更新日になります。

ニコニコ漫画で無料で読めますので、是非よろしくお願いします。


7月19日に『劣等職の最強賢者』が発売されます。

そちらも何卒……m(_ _)m



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 俺の勝利の興奮が冷めやらぬ武闘場で、サラサが戦っていた。

 相手は【戦士ウォーリア】。男だ。

 体つきでは、圧倒的不利な相手だろう。

 さらに魔法で身体能力を強化し、容赦なく打ち込んでくる。

 【学者プロフェッサー】のサラサに対して、接近戦を挑んできた。


「サラサ、落ち着いて!!」


 セシルが観覧席から立ち上がって、声援をかける。


 だが、心配されるまでもなく、サラサは落ち着いていた。

 構えを解かず、相手の接近を待ちかまえる。

 棍棒を握る手に力を込めた。


 剣が振り下ろされる。

 速い。

 【筋量強化】された【戦士ウォーリア】の一撃。

 しかも、そこそこ剣が出来るようだ。

 型にはまった良い動きをしている。


 しかし、サラサの動きはより洗練されていた。


 剣の筋を見極めると、横へと飛び去る。

 続いて繰り出された横薙ぎをかいくぐった。


「なにぃい!!」


 【戦士】は驚く。

 無理もない。

 サラサの動きは決して速くない。

 まるで相手の動きがわかっているかのように、動きを先読みしていた。


 そうこうするうちに、懐に潜り込む。


「えいっ!!」


 棍棒を振るった。

 見事、金的に命中する。


 観覧席で見ていた男子は一斉に自分の股をキュッと隠した。


 痛そう……!


「ぐはああああ!!」


 男は目を剥く。

 股を抑え、悶絶した。

 目線が下がる。

 顔面に容赦なく、サラサは棍棒を打ち込んだ。


 棍棒が【戦士】の鼻面にめり込む。

 傷自体はないが、脳を揺さぶるような衝撃を与えたはずだ。


「そこまで」


 試験官の手が挙がる。

 勝ち負けはないが、間違いなくサラサの勝利だ。

 動きも悪くなかった。

 高評価は間違いないだろう。


「やったね、サラサ!」


 セシルは戻ってきた親友とハイタッチをかわす。


「ラセルくんのおかげだよ。ありがとう、ラセルくん」


「俺は何もしていない。サラサが強くなっただけだ」


 お世辞ではない。

 サラサは強くなった。

 未完成の【未来視】を使いこなし始めている。

 俺の薦めがあって、いくつか魔法を覚えたが、やはり彼女には【未来視】を使った戦術があっていた。

 他の魔法は、補助的な役割を担うことになるだろう。


 しかし、最初会った時とは別人だ。

 セシルの影響だろうか。

 何故ここまでサラサが変わったのか、俺にはわからなかった。


「次のあたしの番だね」


「頑張ってね、セシルちゃん」


 セシルは己を鼓舞するように胸を叩く。


 すると、横から現れた受験者に当たった。

 やたらとがたいのいい男だ。

 軽いセシルが吹き飛ぶ。

 そのまま通路に倒れた。


「す、すいません。大丈夫ですか?」


 男は手を差し出す。


「ああ。いいの。いいの。ごめんね。あたしの不注意だった。気にしないで」


「セシルちゃん、大丈夫? なんか変な倒れ方したよ」


「大丈夫だって!」


 そう言いながら、セシルはなかなか立ち上がろうとしない。


「セシル、お前……」


「ラセルまで。大丈夫だって。よっ――!」


 ようやくセシルは立ち上がる。

 だが、一瞬顔を歪めたような気がした。


「セシル……」


「大丈夫大丈夫。じゃあ、行ってきまーす!」


 セシルは軽く手を振って、意気揚々と武闘場へと降りていった。



 ◆◇◆◇◆



 セシルの相手は、前の試験で俺と一緒のグループにいた貴族だ。

 俺が吹き飛ばした人間とは、また別。

 ちなみに、あいつはそのまま治療院送りになった。


 職業は【魔導士ウィザード】。

 強敵だが、セシルも強くなっている。

 対策は授けてあるから、負けることはないだろう。

 後は如何に試験官に対して心象良く勝つかだ。


「大丈夫かな、セシルちゃん」


 横でサラサが心配している。

 その不安は的中した。


 いきなり貴族の初撃をもろに食らったのだ。


 セシルは派手に吹っ飛ぶ。

 なんとか立ち上がるも、足取りがおぼつかない。

 いや、その前に、やはりいつものセシルの動きじゃない。


「おいおい! どうした田舎者! 張り合いがないだろ!!」


 【炎散弾】


 いくつもの炎の弾がセシルに襲いかかる。

 広域型炎属性魔法。

 1発の威力は小さいものの、広域に放つことができ、被弾率が高い。

 それでも今のセシルなら、見極めることが出来る。


「動き回れ、セシル!」


 俺は声を上げる。

 だが、セシルは足を止めた。

 剣を前に構え、襲いかかる炎弾を払おうとする。

 だが、全部さばくことは出来ない。


 セシルの良さは、その敏捷性だ。

 むしろ受けを苦手としている。

 無数に襲いかかってくる炎弾を、足を止めて撃ち落とすなんて技量は、まだあいつにはないんだ。


 とうとう肩に被弾する。

 バランスが崩れた。

 1発当たれば、容赦はない。

 炎の弾が雨のように降り注いだ。


「くはっ!!」


 たまらずセシルは崩れ落ちた。


 ――いや、崩れない。


「であああああああああ!!」


 気勢を上げ、反撃に出る。

 だが、弱い。それに遅い。

 【魔導士ウィザード】の貴族に、あっさりかわされてしまった。

 それどころか蹴手繰りを食らって、セシルは頭から硬い砂地に突っ込む。


 乾いた音を立て、自慢の剣を取り落とした。

 セシルの父親に譲り受け、自分の整備し抜いた剣だ。

 手を伸ばすも、薄汚れた手で拾い上げたのは、対戦相手の貴族だった。


「なんだ、今の剣は……? それで全力か? 剣ってのはこうやって振るんだよ」


 貴族は上段から振り下ろす。

 明らかな大振りだ。

 セシルも目で捉えていた。

 だが、身体が動かない。

 右足を引きずるようにして、なんとか横に逃げた。


 空振りに終わったものの、貴族はニヤリと笑う。


「お前、足を怪我してるだろ?」


「――――ッ!!」


「ケケケ……。やっぱりな。こいつは楽しめそうだ。ほらよ」


 貴族は怪我している足を魔法で射貫いた。

 初級の魔法にもかかわらず、セシルの顔が歪む。

 悶絶し、そのまま蹲った。


「そこ――」


「待てよ、試験官」


 手を挙げ、試験を止めようとした試験官を制する。


「こいつはまだ立ち上がるぜ」


 貴族は口角を上げる。


 その通りだった。

 セシルは何度も膝を折りながら立ち上がる。

 額には脂汗を掻きながらも、目の前の男を見据えた。


「ありがたいわね。あんたの方から試験官を止めてくれるなんて」


「俺様は色男だからな。それにもっと楽しまないと」


 貴族はベロリと舌で唇を舐める。


 間髪入れず、魔法を放った。

 まるで檻に入れた小動物を追い込むように退路を断つ。

 そして残酷に、執拗に、セシルの右足をいじめ抜いた。


「――――ッ!!」


 セシルは崩れ落ちる。

 見た目こそ傷跡はない。

 魔宝石の力によって、すべて衝撃に変換されているからだ。


 しかし、少女の顔は目一杯苦悶に歪んでいた。


「セシルちゃん、もうやめて……」


 サラサは顔を手で覆う。

 それでも、貴族はショーをやめなかった。

 サディスティックに、己の舞台を楽しむ。

 そして、とうとうセシルは意識を失った。


 最後まで彼女の元に剣が戻ることはなかった。



 ◆◇◆◇◆



「ひゃははははは! あー。すっとしたぜ」


 武闘場を後にした貴族は笑った。

 側には、同じ貴族たちが取り巻きのように一緒に歩いていた。


「でも、大丈夫か? あの女。あの【村人】の仲間だぞ」


「だからいいじゃねぇか。あいつをいじめているようで良かったぜ」


 興奮冷めやらぬ様子で、口についた唾液を拭う。


「しかし、強情な女だったぜ。結局1度も悲鳴を上げなかった。一言でも『助けてくれ。なんでもしますから』っていえば、やめてやったのによ」


「ふはははは!」

「ははは……。お前って実はサドじゃないの?」



「おい……」



 貴族たちの前に立ちはだかったのは、俺だった。

 先ほどまで笑顔だったボンボンたちの顔が引きつる。

 顔面蒼白になっていた。


 だが、先ほどセシルと戦った男は違う。

 ニヤリと口角を上げた。


「なんだよ。文句あるのか、【村人】」


「武器をなくした女をいたぶって楽しいか?」


「楽しいね。あと、【村人おまえ】のそんな顔を見るのはもっと楽しい」


 貴族の瞳に、眉間に皺を寄せた俺の顔が映っていた。


 すると、懐に手を伸ばす。

 武器でも取り出すのかと思ったのだろう。

 貴族たちの顔が一瞬引きつる。

 だが、俺が出したのは、1枚の手袋だった。


 それを貴族の胸に投げつける。


「なんの真似だ?」


「それが貴族の決闘の流儀なのだろう」


「ぷは……。あははははははは! 古くさ! お前、いつの時代の流儀をいってるんだ? 田舎では、まだ流行ってんのかよ?」


「どうでもいい。覚えておけ。次の試合は、俺とお前だ。足腰立たなく、いや……。足と腰の感触を今から噛みしめておけ」


 俺は獣のように貴族たちを睨む。


 やがて、目を背けると、会場の奥へと歩いていった。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


7月20日には拙作原作『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人』のコミックス2巻も発売です。こちらもよろしくお願いします。

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