第26話 賢者、魔法銀を吹き飛ばす

本日、コミカライズ最新話が更新されました。

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また7月19日にはコミックス3巻が発売予定です。

すでに予約が始まっておりますので、そちらも何卒! 何卒よろしくお願いします。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 冒険者入学試験当日――。


 俺たちは王都の往来のど真ん中を走っていた。


「ちょっと! 時間ギリギリじゃない!!」


「早く行かないと遅刻しちゃう!」


「セシルが悪いんだろ。あとちょっとで魔法が獲得できるからって。いつまでもゴブリン狩りをする気だったんだ!?」


「仕方ないでしょ。ホントにあと4ポイントだけだったんだから」


 セシルは目を尖らせた。


 遺跡でのゴブリン狩りは順調だった。

 ポイントを獲得し、2人は2つの魔法を得ている。

 だが、ついついのめり込み、さらにいえば、俺も指導に熱が入り、いつの間にか入学試験前日の朝を迎えていた。


 俺たちはすぐに王都へ向かった。

 待たせていた行商人に飛ばしてもらい、なんとか試験開始時間に辿り着こうと、必死で走っているところだ。


 やがて冒険者学校を見つける。

 その荘厳な建物を眺望する時間もなく、試験会場である学舎に飛び込んだ。

 すでに受験生が所定の椅子に整然と座り、試験の開始を待っている。

 そこに俺たちは騒々しい様子で、乱入した。


「せ、セーフ!」


「ま、まだ教官が来てませんね。良かった。間に合わないかと思った」


 サラサは息を整えながら、胸を撫で下ろす。

 セシルも汗を拭った。

 そして俺の方に向き直る。


「とりあえず、ありがとうっていっておくわ、ラセル。でも――」


「ああ。ここからはお互いにライバルだ」


「はい。でも、3人とも合格できたらいいね」


 俺たちは軽くハイタッチをかわす。

 それぞれの受験番号が書かれた椅子に座った。


「やれやれ。これだから、田舎者は困るのだ」

「5分前行動というのがわからんのだろう」

「そもそも田舎に時間の概念があるのか?」


 俺たちをせせら笑うものがいた。

 視線を向ける。

 かなり身なりがいい。

 髪を髪油で整え、一部には宝石を首から下げているものもいる。


 おそらく貴族……。

 しかも、【魔導士ウィザード】だ。


 冒険者学校といっても、すべての生徒が冒険者になるわけではない。

 騎士になるものもいれば、セシルやサラサのように稼業を継ぐものもいる。

 だが、魔法を正当に行使するためには、冒険者学校で学業を修めなければならない。その証を取るための学校だ。

 冒険者学校卒業者の証がなければ、魔法を使った職業に就くこともできない。そうではない落伍者の未来は、決まって盗賊か、賃金の安い仕事になる。


 だから、学校には身分や種族に関係なく、人が集められる。

 俺が見える範囲にも、人族、エルフ、獣族、ドワーフなどの受験者でひしめいていた。まさに種族のサラダボールだ。


 教室に試験官が入ってくる。

 軽く挨拶すると、スケジュールを話し始めた。


 冒険者学校の試験内容は3つに分かれている。

 最初は筆記・論文試験。

 次に基礎能力判定試験。

 最後に実技試験だ。


 早速、試験用紙が配られる。

 穴埋め形式の答案用紙が渡された。

 そこで俺は、あることに気付いた。


「すみません、試験官」


「なんだ?」


「『自分の職業魔法を「○」で囲みなさい』とあるのですが、俺の職業がありません。この場合は、どうしたらいいですか?」


「ん? あんたの職業は?」


 漆黒の髪をポニーテールにした20代後半の試験官は目を細める。

 手に持った座席表をペラペラとめくった。


「ラセル・シン・スターク……。【村人】です」


 ……瞬間、静まり返っていた受験会場がどっと沸いた。


「ぎゃははははははは! おい! 聞いたか、【村人】だってよ」

「なんで【村人】がこんなところにいるんだよ」

「【村人】でも受験できるんだ。そこにびっくりー」

「そりゃ欄がないわな」

「やべー。腹が潰れそう……。ひゃははははは」


 騒然となる。

 当然、俺の方に視線が集中した。

 すると、突然大きな音が鳴る。

 誰かが盛大に椅子を倒したらしい。


 見ると、サラサが立っていた。

 眼鏡の奥に怒りを押し込み、キッと周囲を睨み付ける。


「試験中ですよ! 静かにして下さい!!」


 再びしんと静まりかえる。


「そうだぞー、お前ら。今、試験中だ。静かにしろ」


 女性試験官もやっと止めに入る。

 そうして事態はようやく落ち着いた。

 だが、そこかしこから含み笑いが聞こえる。


 俺は試験に集中した。

 つと顔を上げる。サラサと視線が合った。

 向こうは慌てて目を反らし、頬を赤くする。

 それでも答案用紙を盾に、そっと俺の方をのぞき込んだ。

 俺は表情を緩めた。


 ありがとな、サラサ。


 心の中で礼をいう。

 試験官に指導されながら、俺は空欄の横に大きく【村人】と書いた。



 ◆◇◆◇◆



 筆記試験は無事終了。

 会場が変わり、今度は基礎能力判定試験に移る。

 筋力、瞬発力、持久力、反射神経、判断能力、そして魔力が試される。


 それぞれグループに分けられ、各試験場に振り分けられる。

 サラサやセシルとは別々になった。

 代わりにグループに入ったのは、貴族だ。


「あー。あー。くせぇくせぇ」

「馬の肥やしの匂いがするぞ」

「くそ! 【村人】と一緒のグループなんてついてねぇ」

「試験官……。俺は別のグループにいっていいっすかぁ?」


 勝手なことを囀る。

 餌を運んできた親鳥を前にした雛鳥のようだ。

 可愛げは微塵もないがな。


 それに臭いというが、自分たちが付けている香水の匂いの方が、よっぽど俺の癇に障った。

 受験会場と社交会場を間違えているらしい。


 当然、貴族のボンボンたちの抗議は受け入れられなかった。

 俺たちは試験場に進む。


 最初にやってきのは、魔力の試験だ。

 試験内容は簡単だった。

 魔法銀ミスリルの塊に手を振れ、魔力を通すだけ。

 魔法銀は魔力に反応すると、光る性質を持っている。

 その光量で、魔力量を量ろうというのだろう。


 ボンボンたちは次々に魔法銀に触れていく。

 自分の方が光った、光ってない、と騒ぎ立てていた。

 やがて俺の番になる。


「おいおい。【村人】が試験を受けようとしているぞ」

「無駄だろ。だって【村人】だぜ」

「うんとも寸ともいわないんじゃないのか」

「やめとけよ、【村人】。恥を掻くだけだぜ? いや、もう生きてるだけで恥か」


 ぎゃはははははははははははは!


 下品な笑声を試験会場に響かせた。

 会場に貼り付く試験官は注意するそぶりすら見せない。

 それどころか……。


「やめるかい?」


 口角を上げて、笑った。


 【村人】の俺が試験を受けている経緯は、試験官には共有されているようだ。

 だから、【村人】の俺が試験を受けていることを、咎める試験官はいない。

 だが、まだ実力そのものは信じていないらしい。


 ならば、知らしめる必要があるな。



 【村人】ラセル・シン・スタークが、ここにいることを……。



 俺は何も言わず、魔法銀に触れた。

 試験官はふっと息を吐く。

 膝に肘を突き、器用に頬杖をついて試験を見守る体勢を取った。


「試験官。1つ忠告です。少し離れていた方がいいですよ」


「はっ? ……その必要はない。もしかして、君が不正するかもしれないからね。私はここにいる」


「忠告はしましたよ」


 俺は早速、魔力を込める。

 途端、魔法銀ミスリルが反応した。


 ――――ッ!


 見ていた一同は息を飲む。

 赤く光を帯びる。

 熱を帯びだし、表面がうっすらと溶け始めた。


 慌てて、試験官は忠告する。


「き、君! 魔法を使って……」


「使ってはいませんよ。魔法の発唱はしていないはずです」


「馬鹿な!!」


「おい! 嘘だろ」

「魔法銀が反応している」

「な、なんかの間違いじゃないか」

「俺よりも……。光ってるぞ!」


 さらに光り輝く。

 すでに試験会場全体が紅に染まっていた。

 何事かと、他の生徒や試験官が、会場に入り込んでくる。


 瞬間――――。


 ごっっっおおおおおおおんんんんんんん!!!!


 爆発した。

 爆風が周辺のものをなぎ払う。

 人、物、関係なくだ。

 貴族や、目の前にいた試験官すらも、吹き飛んでいってしまった。


 残ったのは、俺――。

 そして大きなクレーターだった。


 手からパラパラと破片が落ちる。

 魔法銀だったものだ。

 当然、塊もまた消し飛んでいた。


 俺はゆっくりと歩いていく。

 けほっ、けほっと咳をする試験官に近付いていった。


「試験官、すみません。魔法銀を壊してしまいました」


「い、いや……。その……」


「もう1度、再試させていただきたいのですが、よろしいですかヽヽヽヽヽヽヽ?」


 試験官の双眸には、悪魔のように笑った俺の姿が映っていた。


「ひぃ!! いいいいいや、その必要はない。合格だ! ラセル・シン・スターク! 君の魔力量はすでに合格レベルにある」


「ありがとうございます!」


 一転して、俺は清々しい笑みを浮かべた。


 くるりと振り返る。

 爆心地で無様に尻餅をついた貴族を見やる。

 一睨みすると、まるで子羊のようにぶるりと震え上がった。

 すでに失禁しているものもいる。

 折角の一点物のズボンが台無しだ。


「どうしました、貴族の方々? 少々お行儀が悪いようですが……。そうやって地面にお尻を付けて震えているのが、社交界の礼儀なのでしょうか?」


 挑発したが、反論はない。

 ただ口をパクパクと動かしている。

 そうやっていると、雛鳥にそっくりだ。


 醜態をさらした貴族を横目に、俺は次の試験会場へと歩いて行った。

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