第26話 賢者、魔法銀を吹き飛ばす
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冒険者入学試験当日――。
俺たちは王都の往来のど真ん中を走っていた。
「ちょっと! 時間ギリギリじゃない!!」
「早く行かないと遅刻しちゃう!」
「セシルが悪いんだろ。あとちょっとで魔法が獲得できるからって。いつまでもゴブリン狩りをする気だったんだ!?」
「仕方ないでしょ。ホントにあと4ポイントだけだったんだから」
セシルは目を尖らせた。
遺跡でのゴブリン狩りは順調だった。
ポイントを獲得し、2人は2つの魔法を得ている。
だが、ついついのめり込み、さらにいえば、俺も指導に熱が入り、いつの間にか入学試験前日の朝を迎えていた。
俺たちはすぐに王都へ向かった。
待たせていた行商人に飛ばしてもらい、なんとか試験開始時間に辿り着こうと、必死で走っているところだ。
やがて冒険者学校を見つける。
その荘厳な建物を眺望する時間もなく、試験会場である学舎に飛び込んだ。
すでに受験生が所定の椅子に整然と座り、試験の開始を待っている。
そこに俺たちは騒々しい様子で、乱入した。
「せ、セーフ!」
「ま、まだ教官が来てませんね。良かった。間に合わないかと思った」
サラサは息を整えながら、胸を撫で下ろす。
セシルも汗を拭った。
そして俺の方に向き直る。
「とりあえず、ありがとうっていっておくわ、ラセル。でも――」
「ああ。ここからはお互いにライバルだ」
「はい。でも、3人とも合格できたらいいね」
俺たちは軽くハイタッチをかわす。
それぞれの受験番号が書かれた椅子に座った。
「やれやれ。これだから、田舎者は困るのだ」
「5分前行動というのがわからんのだろう」
「そもそも田舎に時間の概念があるのか?」
俺たちをせせら笑うものがいた。
視線を向ける。
かなり身なりがいい。
髪を髪油で整え、一部には宝石を首から下げているものもいる。
おそらく貴族……。
しかも、【
冒険者学校といっても、すべての生徒が冒険者になるわけではない。
騎士になるものもいれば、セシルやサラサのように稼業を継ぐものもいる。
だが、魔法を正当に行使するためには、冒険者学校で学業を修めなければならない。その証を取るための学校だ。
冒険者学校卒業者の証がなければ、魔法を使った職業に就くこともできない。そうではない落伍者の未来は、決まって盗賊か、賃金の安い仕事になる。
だから、学校には身分や種族に関係なく、人が集められる。
俺が見える範囲にも、人族、エルフ、獣族、ドワーフなどの受験者でひしめいていた。まさに種族のサラダボールだ。
教室に試験官が入ってくる。
軽く挨拶すると、スケジュールを話し始めた。
冒険者学校の試験内容は3つに分かれている。
最初は筆記・論文試験。
次に基礎能力判定試験。
最後に実技試験だ。
早速、試験用紙が配られる。
穴埋め形式の答案用紙が渡された。
そこで俺は、あることに気付いた。
「すみません、試験官」
「なんだ?」
「『自分の職業魔法を「○」で囲みなさい』とあるのですが、俺の職業がありません。この場合は、どうしたらいいですか?」
「ん? あんたの職業は?」
漆黒の髪をポニーテールにした20代後半の試験官は目を細める。
手に持った座席表をペラペラとめくった。
「ラセル・シン・スターク……。【村人】です」
……瞬間、静まり返っていた受験会場がどっと沸いた。
「ぎゃははははははは! おい! 聞いたか、【村人】だってよ」
「なんで【村人】がこんなところにいるんだよ」
「【村人】でも受験できるんだ。そこにびっくりー」
「そりゃ欄がないわな」
「やべー。腹が潰れそう……。ひゃははははは」
騒然となる。
当然、俺の方に視線が集中した。
すると、突然大きな音が鳴る。
誰かが盛大に椅子を倒したらしい。
見ると、サラサが立っていた。
眼鏡の奥に怒りを押し込み、キッと周囲を睨み付ける。
「試験中ですよ! 静かにして下さい!!」
再びしんと静まりかえる。
「そうだぞー、お前ら。今、試験中だ。静かにしろ」
女性試験官もやっと止めに入る。
そうして事態はようやく落ち着いた。
だが、そこかしこから含み笑いが聞こえる。
俺は試験に集中した。
つと顔を上げる。サラサと視線が合った。
向こうは慌てて目を反らし、頬を赤くする。
それでも答案用紙を盾に、そっと俺の方をのぞき込んだ。
俺は表情を緩めた。
ありがとな、サラサ。
心の中で礼をいう。
試験官に指導されながら、俺は空欄の横に大きく【村人】と書いた。
◆◇◆◇◆
筆記試験は無事終了。
会場が変わり、今度は基礎能力判定試験に移る。
筋力、瞬発力、持久力、反射神経、判断能力、そして魔力が試される。
それぞれグループに分けられ、各試験場に振り分けられる。
サラサやセシルとは別々になった。
代わりにグループに入ったのは、貴族だ。
「あー。あー。くせぇくせぇ」
「馬の肥やしの匂いがするぞ」
「くそ! 【村人】と一緒のグループなんてついてねぇ」
「試験官……。俺は別のグループにいっていいっすかぁ?」
勝手なことを囀る。
餌を運んできた親鳥を前にした雛鳥のようだ。
可愛げは微塵もないがな。
それに臭いというが、自分たちが付けている香水の匂いの方が、よっぽど俺の癇に障った。
受験会場と社交会場を間違えているらしい。
当然、貴族のボンボンたちの抗議は受け入れられなかった。
俺たちは試験場に進む。
最初にやってきのは、魔力の試験だ。
試験内容は簡単だった。
魔法銀は魔力に反応すると、光る性質を持っている。
その光量で、魔力量を量ろうというのだろう。
ボンボンたちは次々に魔法銀に触れていく。
自分の方が光った、光ってない、と騒ぎ立てていた。
やがて俺の番になる。
「おいおい。【村人】が試験を受けようとしているぞ」
「無駄だろ。だって【村人】だぜ」
「うんとも寸ともいわないんじゃないのか」
「やめとけよ、【村人】。恥を掻くだけだぜ? いや、もう生きてるだけで恥か」
ぎゃはははははははははははは!
下品な笑声を試験会場に響かせた。
会場に貼り付く試験官は注意するそぶりすら見せない。
それどころか……。
「やめるかい?」
口角を上げて、笑った。
【村人】の俺が試験を受けている経緯は、試験官には共有されているようだ。
だから、【村人】の俺が試験を受けていることを、咎める試験官はいない。
だが、まだ実力そのものは信じていないらしい。
ならば、知らしめる必要があるな。
【村人】ラセル・シン・スタークが、ここにいることを……。
俺は何も言わず、魔法銀に触れた。
試験官はふっと息を吐く。
膝に肘を突き、器用に頬杖をついて試験を見守る体勢を取った。
「試験官。1つ忠告です。少し離れていた方がいいですよ」
「はっ? ……その必要はない。もしかして、君が不正するかもしれないからね。私はここにいる」
「忠告はしましたよ」
俺は早速、魔力を込める。
途端、
――――ッ!
見ていた一同は息を飲む。
赤く光を帯びる。
熱を帯びだし、表面がうっすらと溶け始めた。
慌てて、試験官は忠告する。
「き、君! 魔法を使って……」
「使ってはいませんよ。魔法の発唱はしていないはずです」
「馬鹿な!!」
「おい! 嘘だろ」
「魔法銀が反応している」
「な、なんかの間違いじゃないか」
「俺よりも……。光ってるぞ!」
さらに光り輝く。
すでに試験会場全体が紅に染まっていた。
何事かと、他の生徒や試験官が、会場に入り込んでくる。
瞬間――――。
ごっっっおおおおおおおんんんんんんん!!!!
爆発した。
爆風が周辺のものをなぎ払う。
人、物、関係なくだ。
貴族や、目の前にいた試験官すらも、吹き飛んでいってしまった。
残ったのは、俺――。
そして大きなクレーターだった。
手からパラパラと破片が落ちる。
魔法銀だったものだ。
当然、塊もまた消し飛んでいた。
俺はゆっくりと歩いていく。
けほっ、けほっと咳をする試験官に近付いていった。
「試験官、すみません。魔法銀を壊してしまいました」
「い、いや……。その……」
「もう1度、再試させていただきたいのですが、
試験官の双眸には、悪魔のように笑った俺の姿が映っていた。
「ひぃ!! いいいいいや、その必要はない。合格だ! ラセル・シン・スターク! 君の魔力量はすでに合格レベルにある」
「ありがとうございます!」
一転して、俺は清々しい笑みを浮かべた。
くるりと振り返る。
爆心地で無様に尻餅をついた貴族を見やる。
一睨みすると、まるで子羊のようにぶるりと震え上がった。
すでに失禁しているものもいる。
折角の一点物のズボンが台無しだ。
「どうしました、貴族の方々? 少々お行儀が悪いようですが……。そうやって地面にお尻を付けて震えているのが、社交界の礼儀なのでしょうか?」
挑発したが、反論はない。
ただ口をパクパクと動かしている。
そうやっていると、雛鳥にそっくりだ。
醜態をさらした貴族を横目に、俺は次の試験会場へと歩いて行った。
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