第25話 賢者、乙女を鍛える

本日『劣等職の最強賢者』のコミカライズ最新話が更新されました。

ニコニコ漫画で無料で読めますので、是非よろしくお願いします。


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 かくして一帯の盗賊たちは一掃された。

 俺たちは、近くを通った冒険者に、盗賊たちをギルドに連行してもらうよう頼んだ。

 まだ冒険者にもなっていないひよっ子が、盗賊団を壊滅させた。

 さすがに怪しまれたが、手柄をあげるといったら、小躍りしながら請け負ってくれた。


 盗賊団を載せた馬車を見送る。

 気が付けば、夜になっていた。


「これでただ働き決定だな」


 俺はやれやれと肩を竦める。


「いいじゃない。遺跡の場所は聞けたんでしょ?」


「まあな。とりあえず行ってみるつもりだ」


「そう……」


「お前たちともさよならだ。次に会う時は、受験会場だな」


「待って!」


 俺は踵を返そうとすると、セシルは袖を引っ張った。

 少し沈痛な顔を、地面に向けている。

 ムズムズと唇を動かした後、意を決して顔を上げた。


「あのさ。あたしたちもついていっていいかな?」


「はっ?」


「今回の件で痛感したのよ。あたしは、まだまだだって」


「…………」


「田舎町の道場で、ちょっと強いからって天狗になってた。実戦が……、悪意ある人間が、こんなに恐ろしいものなんだって。それに――」


 友達を失いそうになる怖さを、あたしは知った……。


「セシルちゃん……」


 サラサはギュッと手に持った棍棒を握りしめた。


「だから……。あたし、強くなりたい。今度こそ胸を張って友達を守れる強さがほしいの。だから……。だから、お願い! あたしたちを強くしてください!」


「わたしからもお願いします、ラセルくん。わたしも強くなりたい。次こそはセシルちゃんを……。1番の親友を助けられるぐらい強くなりたいんです! お願いします。なんでもしますから」


 セシルとサラサは全力で俺に頭を下げた。


 はっきり言うが、俺には友情とか愛情とかわからん。

 友達を助けられるぐらいの強さ。

 そんなことをいわれても、ピンと来ることはない。

 胸が熱くなることもなかった。


 けれど……。


 1つだけはっきりとわかることがある。


 強くなりたい……!


 その1点だけは理解できる。


「わかった。いいだろう……」


「え? ホント? ホントに!?」


「冗談でもこんなことはいわないさ」


「やった! やったよ、サラサ!」


「良かったね、セシルちゃん」


 2人は飛び上がって喜ぶ。

 よっぽど嬉しかったらしい。


 あーあ。妙なことを引き受けてしまったものだ。

 撤回するつもりはないが、他人の面倒を見るほど、俺も時間があるわけではないのだがな。


 まあ……。

 これも強くなるために必要になってくるかもしれない。

 人の振り見て我が振り直せというしな。


「ああ、そうだ。サラサ」


「はい?」


「あんまり男に向かって、『なんでもしますから』とかいうなよ」


 サラサは一瞬、キョトンとした後、口元を抑えながら、頬を染める。


「ふふ……。ラセルくんなら、別にいいかも……」


 お、おい! それはどういうことだ!!



 ◆◇◆◇◆



「複数の悪意を感じます。たぶん、ゴブリンです」


 遺跡の入口を指差す。

 ぽっかりと空いた闇。

 一見何もないように見える。

 だが、【未来視】を半覚醒したサラサには、ゴブリンだとわかるらしい。


「どうして、ゴブリンだと思う?」


「えっと……。小さい頃から、何度か遭遇しているので。感じから……。すいません、曖昧で」


「いや、構わない。上出来だ」


 俺の【探知】でも同様の結果が出た。

 本人は謙遜しているが、いい感覚を持っていると思う。

 【未来視】の覚醒と、やや内向きの性格をコントロールできれば、いい冒険者になるかもしれない。


 しかし、ゴブリンか……。

 俺からすれば残念な結果だ。

 ゴブリン程度では、100体集まったところで、次に獲得を考えているスキルの100分の1にも満たない。


 遺跡もかなり小規模のものだ。

 先人の住居といったところだろう。

 フロアの中に、たくさんの小さな部屋があるようだ。

 これではあまりお宝は望めない。


 が……。

 セシルとサラサにとっては、絶好の訓練場所だ。


 俺は2人に振り返った。


「今のお前たちに、必要なものは実戦経験と単純にポイントだ」


「スキルポイントってこと?」


「その通りだ、セシル。魔法の取得数は、そのまま強さに直結する。俺が良い例だろ?」


「それを自分でいうの……」


「セシルちゃん。茶々を入れないの。ラセルくんはわたしたちの先生なんだよ」


「はーい、せんせいー。すいませーん」


 セシルはようやく口をチャックした。

 俺は「ごほん」と咳払いをして、説明を続ける。


「必要なことが明確になっているなら、訓練は簡単だ。ここにいる遺跡のゴブリンを倒して倒して倒しまくる! これが俺の訓練だ」


「な! ちょっと! それってなんか雑じゃないの! もっとこう……。剣の握り方とか……」


「今さら型から入ってどうする? 俺に道場でも開けというのか」


「そ、そういうことじゃないけど」


「セシルちゃん! ラセルくんの言うとおりだよ。わたしたちに必要なのは、実戦だと思う。とにかく言うとおりにやってみよう」


「そうね。けど、ゴブリンか……。いまいち乗り気にならないのよね」


「ゴブリンといえど、この遺跡にいるのは、軽く50体を越えるぞ。一個体はお前達より遙かに弱いが、集団となれば話は別だ。地の利も向こうにあるしな」


 ゴブリンは弱い分、知恵が回る。

 そして容赦がない。

 洞窟や遺跡のような閉鎖空間では、盗賊団より厄介だ。


 とりあえず、今の2人に必要なのは実戦勘だろう。

 その点でゴブリンは、ちょうど良い相手だ。



 ◆◇◆◇◆



「足が止まってるぞ、セシル!」


 数匹のゴブリンに囲まれそうなセシルに、指示を飛ばす。

 それを聞いてドワーフ族の娘は走り出し、半包囲を突破した。


「お前の剣は軽い。足を止めたら、一気にねじ伏せられる。逃げてもいい。常に安全な空間を探しながら、確実に相手を仕留めろ!」


「そうはいってもねぇ。動き回りながら、戦うって……」


「もう泣き言か?」


「この鬼ぃ! 悪魔!!」


 襲ってきたゴブリンを剣で切り裂く。

 切れかけた気力を、怒りによって補充したらしい。

 一気に3匹のゴブリンを屠った。


 ドワーフ族という性質もあるのだろう。

 基礎能力はかなり高い。

 足を止めて、来た敵を排除する――という戦い方も、将来的には可能だ。

 だが、まだまだ体重が軽すぎる。

 ゴブリン1匹程度ならふりほどけても、複数となれば脱出は難しい。

 だから、今は動く戦い方が必要だ。


 幸い遺跡は広い。

 ゴブリンがひしめいているが、動き回る場所はいくらでもある。


 セシルは文句をいいながらも、俺の言うことを忠実に守っていた。

 珠のような汗を掻き、上着の襟はびっしょりと濡れている。

 しかし、受け持ちのゴブリンは、あと少しだ。


「ええええええええいっ!!」


 気合いが入った声が、耳朶を振るわせる。

 振り返ると、サラサが1匹のゴブリンの脳天をかち割っていた。

 ぴゅっと魔獣の血が、その白い肌にかかる。

 魔獣の血に染まりながら、少女は懸命に棍棒を振り続けていた。


 意外と化けたのは、サラサだった。

 基礎能力ではセシルより圧倒的に劣る。

 だが、飲み込みの良さはサラサの方が上だ。


 俺が出したたった1つのアドバイスによって、【学者プロフェッサー】の少女は覚醒していた。


「いいぞ、サラサ! お前の中途半端な【未来視】は、もう十分武器になっている。次に襲ってくる方向さえわかれば、引きつけて叩けばいい」


「はい!」


 その時、セシルとは違って、足を止めて戦っていたサラサの背後に、ゴブリンが忍び寄る。

 声も、足音も立てず、前方に集中する彼女に近付いていった。

 キルゾーンに到達した瞬間、サラサに襲いかかる。


 ひらりと金髪が舞う。

 丸い眼鏡の奥の瞳が、予期したかのようにゴブリンを捉えていた。


「えぇぇぇぇいいいい!!」


 棍棒が振り下ろす。

 再びゴブリンの頭蓋をかち割った。

 そのままゴブリンは、絶命する。

 床に転がった十数体に及ぶ仲間の死体に加わった。


 俺は一瞬、息を飲む。


 魔獣の死体の上に立つサラサは、もはや歴戦の冒険者みたいだった。

 盗賊に怯えるだけの女の子はいない。

 俺のアドバイス以上に、何か変わるきっかけがあったのだろう。


 とはいえ……。


「えいっ!!」


 サラサは再び棍棒を振るう。

 だが、棍棒は空を掻くだけだった。


「あ、あれ?」


 まだまだ精度が悪いらしい。

 たちまちゴブリンに囲まれる。


「せ、セシルちゃぁぁぁああんん」


「ちょっと待って、サラサ! 今助けるから」


 うん……。


 歴戦の冒険者というのは、言い過ぎだったかもしれないな。



 ◆◇◆◇◆



 ようやくゴブリンの討伐が終わる。


 2人は疲労困憊だ。

 ペタリと座り込む。

 荒く息を吐き出した。


「だ、大丈夫……? セシルちゃん」


「サラサこそ……。はあ、疲れた!」


 セシルは大の字で寝転がった。


 そこに遺跡の奥へ偵察に出ていた俺が戻ってくる。

 あられもない少女の姿を見て、ため息を吐いた。


「なんだ、もうへばったのか?」


「当たり前でしょ? 軽く50匹はいたのよ」


「たかがゴブリンだろ」


「あんたにとってはね!」


「まあまあ、2人とも。でも、これでゴブリンが、街道沿いを歩く人に迷惑をかけることはなくなったね」


 サラサの充実した顔には、気持ちの良い汗が浮かんでいた。


 逆に表情を曇らせたのは、俺だ。


「もう終わったつもりなのか、2人とも」


「え? もうゴブリンはいないでしょ? これ以上、やることなんて、遺跡の探検ぐらいじゃ……」


「さっき軽く回ったが、お宝はなかったぞ」


「じゃあ……。なに? まだ何かするの?」


 セシルは跳ね上がり、立ち上がった。

 小首を傾げ、キョトンとした目を俺に向ける。


「お前たちは強くなりたいんだろ? そのために必要なのは、スキルポイントだと俺は説明した。そのためには、多くの魔獣を倒すしかない」


「だから、そのゴブリンはもう――」


 すると、俺は手に掴んだロープを引っ張る。

 その先に結ばれていたのは、1匹のゴブリンだ。

 今は【睡眠】によって眠ってしまっている。


「まだ生き残りがいたんですね?」


「そいつをどうするのよ。倒して、スキルポイントにするの?」


「違う。こうするのだ」


 俺は眠っているゴブリンの頭を掴んだ。

 すかさず【鍛冶師ブラックスミス】の魔法を起動する。


 【複製】


 魔力が満ちる。

 洞窟内を黄金色に染めた。

 ゴブリンがたちまち魔法の名前通りに複製されていく。


「【複製】の魔法って! 【鍛冶師ブラックスミス】の伝説級の魔法じゃない!」


「しかも、魔獣を複製するなんて!!」


 2人は目を見張る。


 伝説級? たかだが、中級の魔法だと思うが。

 今のガルベールの強さ基準ってホントどうなっているのだろうか。


 まあ、いい。

 驚くのはこれからだ。


 俺はさらに魔力を込める。

 1体が2体に。

 2体が4体に。

 4体が8体に。

 雪達磨のように増えていく。


「あ、あら?」


「ちょっと! なんか増えすぎてない……?」


 気が付けば、フロア一杯にゴブリンが埋まっていた。


「「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」」


 2人の乙女は抱き合いながら、悲鳴を上げる。

 その声にゴブリンたちは反応した。

 目を覚ますと、たちまち「ぎぃ。ぎぃ」という音に占領される。


「す、すごい。一気にゴブリンを100体も複製するなんて」


「ちょ! サラサ! 突っ込むところ、そこじゃないでしょ。どうするのよ、このゴブリン!」


 セシルは抗議の声を挙げる。

 俺は口角を上げた。


「決まってるだろ? お前たちだけで倒すんだ。これを全部仕留めることができれば、魔法を覚えられるぞ」


 セシルの顔が真っ赤になる。

 大口を開けて、俺に怒鳴った。


「この! 鬼ぃ! 悪魔!!」


 はいはい……。それはもう聞いたぞ、セシル。

 次からは新作を頼む。

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