第24話 賢者、半魔族を斬る

本日、ニコニコ漫画でコミカライズが更新されました。

カクヨム版ともどもよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 男はゆっくりと拳を退いた。

 俺を睨め付け、仁王立ちする。

 改めて見ると、大きい。

 俺の頭の1つ――いや、2つ分は大きい。

 完全に俺を見下していた。


 身長の高さは、そのまま肉体的強さにも直結する。

 今の自分の戦闘力に不満があるとすれば、背丈だろう。

 ラセル・シン・スタークにはまだ第二次性徴が来ていない。

 背丈だけなら、セシルにも負けてしまう。


 正直、羨ましかった。


 男の首から提げていた布が、軽い音を立てて地面に落ちた。

 でっぷりと突き出た肥満体が露わになる。

 無駄な皮下脂肪を付けているが、男は生身でセシルの刃を受けた。

 ただ者ではないことは確かだ。


 いや、俺はもう気付いていた。


「お前、ハーフデビルだな」


 俺が名前を口にした途端、男の目の色が変わる。

 ぐるりと白目と黒目が反転し、強く充血した。

 大きく振りかぶる。


「ふん!!」


 再び拳打を放つ。

 俺はかいくぐりながら、側にいたセシルを担ぎ上げた。

 そのまま広間の入口付近に立っていたサラサと合流する。


「ふぅ……」


「ラセルくん、ハーフデビルって?」


「知らないのか、サラサ?」


 逆に尋ねると、サラサは首を振った。

 もしかして、今では聞かなくなったのかもしれないな。


「簡単にいえば、半魔族だ」


「ま、魔族……!」


 魔族と他種族が交配して出来た種族――それが半魔族だ。

 総じて身体的に強く、魔力量、その放出量も高い。

 基礎能力は人族の3倍以上といわれている。

 そのため、300年前の戦乱の最中では、捕らえた魔族と人間を人工的に交配させたハーフデビルもいた。

 だが、どんな取り合わせも、悪辣で凶暴化する傾向にあり、コントロールが難しいことから、実験はすぐに頓挫したという。


 その後、管理が出来なくなり、ハーフデビルは密かに野に放たれたという。


 おそらくこいつは、その末裔。

 寿命も3倍だから、もしかしたら300年前の生き残りという可能性すらある。


 いずれにしろ厄介な相手だ。


「ちょ、ちょっと……」


 声はすぐ側から聞こえた。

 目を落とすと、セシルが俺の胸の前で収まっている。

 何か抗議めいた目つきで睨んでいる。

 なのに、何故かまた顔は真っ赤になっていた。


「どうしたセシル? また顔が赤くなってるぞ」


「あ、あのね! あたしだって女の子なの! わかる? お、おおお男の子に、そそそその! おひ、お姫様だっこなんてされたら、驚くっていうか、恥ずかしいに決まってるじゃない!!」


「お姫様だっこ?」


 この横抱きのことか。

 最近では、そういうのか。


 横でサラサが「羨ましい……」とぼやくと、慌てて口を押さえた。


「とりあえず下ろして!」


「わかった」


 俺は望み通り、手を離してやった。

 すとんとセシルが落下する。

 そのまま尻餅をついた。


「ちょ! もうちょっと優しくしなさいよ!」


「まあまあ、セシルちゃん。役得じゃない」


「何が役得なのよ! 訳がわからないわ!」


 サラサがいさめるも、セシルはさらにわめき立てる。


 まったく……。

 一応ここは戦場だぞ。

 もう少し緊張感を持ったらどうなんだ、こいつら。


 まあ、いい……。


 今からの戦闘を見れば、否応にも口数が減るだろう。


 俺は前に出る。


「ちょっと! 1人で戦う気?」


「むろんだ」


「相手はその――」


「ハーフデビルだよ、セシルちゃん」


「そう! それ! 半魔族なんでしょ! いくらあんたでも……」


「問題ない。それに言ったろ? 選手交代だとな」


 革靴の音が響かせ、真っ直ぐに敵と向かい合う。

 同時にハーフデビルも近付いてきた。

 強者同士の邂逅。

 空気が張りつめ、予言通り2人は押し黙る。


 互いのキルゾーン1歩手前で止まった。

 ハーフデビルは乱杭歯を見せ、下品に笑う。


「おで、つよい……。Aランクぼうけんしゃ、ころした」


 指差す。

 そこには剣が刺さり、白骨化した遺体が放置されていた。

 他にも冒険者や旅人から奪ったと思われる武具や荷物の一部が転がっている。


「お前が盗賊団の頭か?」


「そう。おで、かしら。つよいから、かしら」


 そりゃあ普通の冒険者じゃ太刀打ちできないだろう。

 Aランク冒険者を殺したというのも、存外嘘ではないはずだ。


「よっぽど自分の強さをひけらかしたいらしいな」


「ぐふ。ぐっへっへっへっへ!」


「だが、俺の方が強い」


「おで、こどもにまける、はずない」


「やってみなければわからないだろう」


「わかる。おで、つよい!」


 ハーフデビルは思いっきり振りかぶる。

 随分と緩慢な動きだ。

 欠伸が出る。

 だが、射出された拳は、疾風のように速かった。


 ジャンッ!!


 俺の頭の上を拳が抜けていく。

 強烈な風圧が、地面を抉り飛ばした。

 なるほど。膂力は大したものだ。


「俺はここだぞ」


 懐に潜り込む。

 ハーフデビルは、すぐに2打目を放った。

 まるで竜巻だ。

 それもかいくぐると、一旦俺は退く。

 すると、ハーフデビルは大きく息を吸い込む。


 まさか――。


「サラサ! セシル!! 身を屈めろ!!」


 2人は素直に指示に従う。

 瞬間、紅蓮の吐息が発射された。

 炎の光が広間を包む。


「ぐへっへっへっへ! どうだ!? おで、つよい!」


 こいつ……。

 魔族の中でもトップクラスの凶暴さを持つ魔竜種と交わったのか。

 膂力も炎もドラゴン並だ。


「なるほどな。その硬い表皮も、魔竜種と交配した恩恵ということか」


「おまえ、おで、きずつけられない。おで、とても、かたい」


「さあ、それはどうかな……」


 すかさず呪文を唱える。


 【戦士ウォーリア】――【筋量強化】。

 【戦士ウォーリア】――【脚力上昇】。

 【戦士ウォーリア】――【敏捷性上昇】。

 【鍛冶師ブラックスミス】――右手【鋭化】。

 【鍛冶師ブラックスミス】――右手【硬質化】。

 【鍛冶師ブラックスミス】――右手【鉄化付与】


 六重詠唱。

 わずか0.8秒で立ち上げる。

 魔力も安定していた。

 暴走はない。


 いける――!


 俺の右手は、今鋼よりも遙かに硬い!!


 再び懐に潜り込んだ。

 思い出せ!

 スターク領での日々を……。


 目の前にいるのは、1本の大木。

 下半身どだいを作れ、筋肉をしならせろ。

 インパクトの瞬間、己が刃になることを全力でイメージしろ。


 いけ――!!



 シャンンンンン!!!!



「あ……。で……?」


 ハーフデビルが宙に浮く。

 しかし、浮き上がったのは上半身だけだった。


 セシルの刃を通さなかったハーフデビルの身体。

 俺の刃と化した右手が、真っ二つに切り裂いていた。


 宙を浮くハーフデビルの目がぐるりと白目を向く。

 絶命したタイミングで、魔族と人間の間で生まれた生物は長い眠りについた。


「すごい……。6種類の魔法を同時起動なんて」


「あの身体を、一振りで倒しちゃった」


 背中でサラサとセシルの称賛を受ける。


 ミシリ……。


 瞬間、洞窟全体がズレる。

 錯覚かと思ったが、そうではない。

 どうやら、俺はハーフデビルどころかアジトそのものを切ってしまったらしい。


「「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」」


 称賛は一転して悲鳴に変わった。

 大きく口開け、目玉を飛び出さんばかりに、2人の少女は驚く。

 俺はというと……。


「あ……。まずい……」


 ポツリと呟いた。


 しまったな。

 少し調子に乗って、魔力を解放しすぎてしまったようだ。

 ふむ……。まだまだ俺も青いな。


「そんなこといってる場合じゃないでしょ!!」


「に、逃げましょう! ラセルくん」


 洞穴ごと斬ったおかげで、岩盤が緩み、天井が崩れ始めていた。

 大きな瓦礫が、落ちてくる。

 セシルとサラサは右往左往しながら、襲いかかってくる岩や石を避けていた。


「待て!」


 俺は魔法を起動する。

 【収納】を使い、まだ息のある盗賊達を空間に収めた。


「盗賊を助けるの?」


「ラセルくん、優しいですね」


 何をいっているのだ、こいつらは。

 盗賊団から遺跡の情報を引き出さなければならないじゃないか。


 すると、再び大きな瓦礫が落ちてくる。

 あろうことか、フロアの入口を塞いだ。


「ちょ!! ヤバくない!」


「どうしよう! 道が……」


「案ずるな」


 俺は魔法を起動する。

 魔力の光が俺たちを包んだ。


 その瞬間、俺たちの姿は洞窟から消えた。



 ◆◇◆◇◆



 気がつけば、野山が広がっていた。

 遠くの方で地盤が沈み、例のアジトが崩壊しようとしている。

 その光景を、サラサとセシルは呆然と見つめていた。


「【空間転移】の魔法……。上級魔法ですよ、今の」


 そのサラサは息を呑む。

 九死に一生を得たことよりも、俺の魔法に驚いている様子だった。


 ん? おかしいな。

 確か【空間転移】って中級魔法じゃなかったか。

 まあ、いいか。


 すると、横でセシルがペタリとお尻を付ける。


「もう……。何も驚かないわ」


 少し呆れた様子で、今度は大の字で寝転がった。

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