第6話 賢者、上級魔獣を倒す
本日ニコニコ漫画でコミカライズが始まりました。
是非読んで下さいね。よろしくお願いします。
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スターク領の北には、大きな森が広がっている。
領民にとっては、重要な食糧資源だ。
秋季には実りを、冬季には貴重なタンパク源を確保できる。
村には引退した狩人がいて、森に分け入っては獲物を獲り、領地に還元してきた。
しかし、今回狩人が見つけてきたのは、獲物ではない。
魔獣が通った痕跡だった。
それもかなり大型のようだ。
スターク領周辺に現れる魔獣は、比較的弱い。
不用意に近づかなければ害はない下級クラスばかりだ。
だが、1年に1、2度ぐらいの割合で大型魔獣が現れるのだという。
(大型の魔獣か……)
ランクはわからないが、周辺の魔獣よりは明らかに骨がある相手だろう。
実戦に勝る訓練はない。
随分と減ってしまったスキルポイントを、取り返すチャンスでもある。
だが、油断は禁物だ。
ランクも容姿もわからない状況では、リスクは高い。
とにかく森に入って、その痕跡とやら確認することにした。
家に置いてあった弓と矢を背負うと、北の森へと向かった
昼間でも薄暗い森の中を進む。
すぐに異変に気づいた。
野鳥の囀りが聞こない。
虫の音すら沈黙し、森は静まり返っていた。
鼻にはかすかな獣臭。
野生の獣ではないことは、すぐにわかる。
俺はさらに深く踏み込んだ。
すると、例の痕跡とやら発見する。
まるで鋸で木を切ろうとしたような跡がついていた。
俺は目を細め、確信する。
「イッカクタイガーだな」
頭に角を生やした虎の魔獣。
鋭い角も脅威だが、何よりもその大きさだ。
虎よりもさらに大きな巨体。
今の俺の身体など、一飲みだろう。
木に残った痕跡は、イッカクタイガーが木皮を削った跡だ。
樹液をなめていたに違いない。
イッカクタイガーは雑食だ。
むろん人間も食う。
このまま放っておくのは、少々厄介だろう。
こいつの襲撃を警戒していては、睡眠に差し障る。
身体を鍛えるためには、一切妥協は許されないのだ。
俺は手を掲げる。
【
今の魔力放出量では、目に見える範囲が限界だ。
だが、森には死角が多い。
どこで魔獣が、牙を研いでいるかわからなかった。
慎重に、イッカクタイガーを探し、進む。
反応はすぐにあった。
だが、魔獣ではない。
人だ。
背後の茂みの中で、息を潜めていた。
「誰だ?」
振り返る。
現れたのは、同い年の子供。
背は俺と同じぐらいだが、横に1.5倍ほど広い。
太った子供だった。
「ボルンガ……」
前にラセルをいじめていた領地に住む男児だ。
ボルンガはムスッとした顔を俺に向ける。
「お前も、魔獣を倒しに来たのか?」
「
「【村人】のお前じゃ無理だ」
その【村人】にのされたのは、お前だろ。
「俺が魔獣を倒す。村のみんなを見返してやる! 【村人】のお前は、引っ込んでろ!!」
俺を突き飛ばし、ボルンガは走っていった。
なるほど。
先日、ボルンガの父バサックが、村のみんなの前で糾弾された。
一気に求心力を失ったバサックは、最近は家に引き籠もっているという。
同情しないわけではないが、悪いのはバサックだ。
そして、相手も悪い。
イッカクタイガーは大人どころか並の冒険者でも手こずる相手だ。
少し魔法を使えるからといって、倒せる相手じゃない。
といっても、あいつはわからないだろうなあ。
そもそも相手がイッカクタイガーだとも知らないだろう。
ボルンガは森の奥へと入っていく。
すると、前方に気配の反応があった。
いる……。
茂みの中に隠れ、窺っている。
のそりと動き、息を潜めながら子供を追いかけ始めた。
どうやら、ボルンガを狙っているらしい。
イッカクタイガーはCランクの魔獣だ。
敏捷性こそ落ちるが、力は強い。
体力もあり、生半可の攻撃は通じない。
いくら俺でも、今の状態ではイッカクタイガーを正面切って戦うのは難しい。
近接戦は悪手。
魔法戦が出来るほど、まだ魔力も十分ではない。
しかも、やたらと勘がいい。
気配を殺しても、些細な殺気に感づく能力をもっている。
これ以上は近づけない。
残された選択肢は、間合いの外からの遠距離戦しかない。
ちょうどいい。
このままボルンガを追いかけよう。
イッカクタイガーが、襲う瞬間を狙う。
ボルンガは突然、足を止める。
来た方向を振り返った。
もしかして、魔獣に気づいた?
いや、違うな。
きっと俺が付いてきているか確認したのだろう。
一方、イッカクタイガーは茂みに隠れる。
タイミングを見計らっていた。
やるなら今だろう。
俺は弓を引いた。
ルキソル用に作られたものだろう。
かなり弦の張りが強い。
それでも、畑仕事や木こりの仕事で鍛えた俺の腕は、楽々弓を引いた。
さらに魔法を起動する。
【
【
【
最後に【
矢の先に大気が渦巻く。
ゆらりと俺の髪と衣服を揺れた。
同時に4種の魔法の起動……。
さすがにきつい。
頭が熱い。
こめかみの辺りがピクピクと動く。
脳が今にも、破裂しそうだ。
だが、落ち着け。
そして思い出せ。
畑での多重魔法トレーニングを。
木を切る時のタイミングを。
これだけやっても、魔獣を倒せるか否かは五分と五分だ。
残念ながら、矢を当てるための【必中】の魔法は、習得していない。
単純だが、あれは高等魔法なのだ。
俺は矢を絞ったままひたすら待った。
狙いは、イッカクタイガーがボルンガに襲いかかった瞬間。
あいつの殺意に、俺の殺意を紛れ込ませる。
チャンスは1度だけ。
それで十分だ。
1発で仕留める。
自信はあった。
ボルンガは近くに流れていた小川に近付く。
顔をつけて、水を飲み始めた。
獲物に出来た待望の隙――
イッカクタイガーは見逃さなかった。
殺意が膨れ上がる。
俺は改めて狙いを定める。
広がる視界を絞り、1点に集中した。
イッカクタイガーは茂みから飛び出す。
突然の獣声に、ボルンガは予想通り竦み上がった。
魔法を起動することなく、その場に固まる。
俺の前で見せていた威勢は完全に吹き飛んでいた。
イッカクタイガーは角を前にして突撃してくる。
ぐおおおおお! 雄叫びを上げた。
ボルンガは震え上がり、尻餅をつく。
獲った!!
きっとイッカクタイガーは思っただろう。
だが、それは俺の台詞だ。
ビィン!!
鋭い鳴弦が響く。
瞬間、矢が放たれた。
風の属性が付与された矢尻は、大気を抉る。
孤を描くのではなく、魔獣に向かって直進した。
――――――――ッコン!!
頭蓋を貫いた。
イッカクタイガーの巨体が横に反れる。
血液が、絵筆に含ませた絵具のように散った。
そのまま魔獣は吹き飛ぶ。
巨体が森の中を転がり、1本木を切り飛ばし、ようやく止まった。
ぴくりとも動かない。
殺意が急速に沈んでいった。
俺は慎重に近づいていく。
魔獣の横でボルンガが震えていた。
負け犬に目もくれず、魔獣の生死を確認する。
「ふぅ……」
胸を撫で下ろす。
イッカクタイガーは絶命していた。
俺は思わずガッツポーズを取る。
6歳という年齢で、Cランクの魔獣を倒した。
これはおそらく人類史上最速だろう。
俺の人生の中でも、10歳が最高だった。
記録を大幅に更新したことになる。
「ふふふ……。あははははははは!!」
『
最弱などと誰が罵った。
これは、万能職。
最強の職業だ。
興奮が抑えられない。
こみ上げてきた笑気に抗えず、俺はひたすら笑い続けた。
【村人】を選択したのは、大当たりだ。
なれる! 俺はきっとなれるだろう。
人類史最強の存在に……!
「お、お前……。本当にラセルなのか?」
横を見ると、ボルンガが地面に尻をつけて震えていた。
その股の間が濡れている。
どうやら、漏らしたらしい。
父親とそっくりだ。
やれやれ……。
それは俺が聞きたいよ。
勇ましく森に入っていったボルンガの姿は、どこにいったのか、とな。
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ありがたいことに、カクヨムでもたくさんの方に読んでいただきました!
原作小説1巻も発売中ですので、続きが気になる方は是非お買い上げ下さい。
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