第5話 賢者、犯人を暴く
本日ニコニコ漫画でコミカライズが始まりました。
是非読んで下さいね。よろしくお願いします。
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朝に畑の仕事を手伝い、昼からは木こりの仕事を手伝った。
掛け持ちは今の身体では辛い。
が、おかげで筋量がアップしたように思える。
木を切るのも、目に見えて速くなった。
前は1本切るのもやっとだった。
今は魔法なしでも2本は余裕で切れる。
特に木こりトレーニングは、目を見張るものがある。
上半身に目がいきがちだが、この訓練は下半身のバランスを鍛えるのに役立つ。
いくら腰で振っても、
木こりに足を見せてもらったが、脹ら脛が異常に発達していた。
インパクトの際、強く踏ん張っているからだろう。
もしかして、この木こり。
剣を持たせたら、いい剣士になるかもしれない。
今日、最後の1本を切り終える。
ふぅ、と息を吐き、額の汗を拭った。
「貴様! 何をやっとるか!!」
また背後で怒声が響いた。
どこかで聞いた声だ。
振り返ると、案の定バサックが立っていた。
顔を溶けた鉄みたいに赤くなっている。
「何をしておる、小僧!」
何って……。木を切っているのだが……。
「ここはわしの土地だ。勝手に木を切ることは許さん!!」
うん? それはおかしくないか。
この領地を治めているのは、俺の父ルキソルだ。
基本的に領民は、ルキソルから土地を借りていて、森や川といった場所は領民共有の財産になっている。
バサックが自分のものだと主張するのは、どう見てもおかしかった。
「ラセルくん。ごめん、そっちの木は切ったらダメなんだ」
慌てて木こりがやってくる。
バサックは木こりを見るなり、頭を叩いた。
「子供に仕事を任せるのは勝手だが、わしのところの木を切らせるとは何事だ」
「す、すいません」
「罰として、切った木の代金分はお前の稼ぎから引いておくからな」
「そ、そんな――」
「これだから【村人】は使えんのだ」
弁解の余地なく、バサックはどこかへ行ってしまった。
相変わらず偉そうな爺さんだ。
先日、お漏らしした状態で、領民の男達に担がれていったのに。
あの醜態をもう忘れてしまったらしい。
しかし、また【村人】か……。
魔法が使えないだけで、そんなに差別するものか。
現にこの木こりは、魔法も使えないのに真っ当に仕事をしている。
職業【村人】だからといって、責められることはないと思うが……。
その木こりはがっくりと肩を落としていた。
「木こりのおじちゃん、ごめんね」
「ああ。いいんだよ。おじさんが説明していなかったのも悪かったんだ。川を挟んだこの土地は、バサックさんのものなんだよ」
山には小川が流れていて、両岸で土地の所有者が違うらしい。
一方は、バサックのものだという。
いや……。
そもそも領地の山を自分の物と言い張ることがおかしいだろう。
「ラセルくんはまだ知らないんだね。元々バサックさんは、この辺の地主だったんだよ」
とはいえ、土地の証文があるわけでもないらしい。
バサックが勝手に言い張っているだけだ。
そんな土地に貴族になって日が浅いルキソルが、領主としてやってきた……。
なるほど。面倒は目に見えている。
お人好しのルキソルのことだ。
自称地主に遠慮して、強くは言えないのだろう。
逆にバサックは増長するばかりだ。
木の買い取り値段も自分で決め始めた。
木材商に金を握らせて、売上の数パーセントを懐に収めているという噂話もある。
まさに山の王様気取りだ。
「明日はいいけど、来月からどうやって生きていけばいいんだろうか?」
木こりは頭を抱える。
すると、俺は1本の白い花を差し出した。
「ありがとう、ラセルくん。おじさんを慰めてくれているんだね」
子供の手から花を摘み上げる。
真っ白な野花を見ながら、木こりは突然泣き出した。
すると、俺はそっと手を取る。
「おじさん。騙されたと思って、この花を薬屋に売ってきてよ」
「え?」
「きっと木を切るよりも高く売れると思うから」
俺はなるべく子供らしい笑顔を向けた。
◆◇◆◇◆
夜――。
スターク領の家の明かりが消える。
領地全体が寝静まり、虫の音と微かな寝息が聞こえてきた。
そんな中、1軒だけ明かりがついている家があった。
バサックの家だ。
元地主だけあって、スターク家の屋敷の次ぐらいには大きい。
その玄関には馬車が止まっていた。
1灯のランプを挟み、バサックとフード目深に被った男が向かい合っている。
「これが前金だ」
男は袋を差し出す。
バサックが確認すると、大量の金貨が入っていた。
ニヤリと笑うと、こう呟く。
「確かに……」
「本当に売って大丈夫なんだろうな?」
「ここの領主は、脳まで筋肉で出来ておってな。こういうことには疎いんだよ」
「元騎士団長と聞いたが……」
「元々あの山はわしのもんなんだ。そのわしが自分の土地を売って何が悪い!」
語気を荒げる。
2人が話をしているのは――バサックが自分のものと言い張る――土地の売買の話だ。
バサックは人が見ていないところで、こっそりと土地を売ろうとしていた。
勿論、違法である。
「ところで、お前さんら……。あの土地で一体何をしようっていうんだ? 前にカクメイノシシとか難しいことをいっていたが……」
「お前は知らなくていいことだ」
男は吐き捨てると、そのまま家を出ていった。
馬車が急ぎ足で動き出す。
巻き起こった砂埃が、側で咲いていた
◆◇◆◇◆
数日後。
俺はいつも通り木を切っていた
そこに例の木こりが興奮した様子でやってくる。
「ラセルくん! ありがとう! あの花……。何故か滅茶苦茶高値で売れたよ」
「良かったね、おじさん」
「あれは魔草だったんだね。よくそんなことを知ってたね。君は【村人】だよね。【
「たまたま図鑑で見たのを覚えていたんだよ」
「ところで、あの魔草ってどういう効果があるんだい?」
「それはすぐにわかると思うよ」
木こりは首を傾げる。
すると、ドンという号砲が領地にこだました。
「そういえば、今日は領部会だったね」
領部会とは、月に1度領民が集まって会議を行う場だ。
生活面で困っていること。領地外で起きた事件などが話される。
領部会で決められた決まり事などは、必ず守らなければならず、法的にも保証がされている。
議会のような役割がある一方で、罪を犯したものの処遇なども決める裁判所としての役目もあった。
俺と木こりは領地の広場へ向かう。
すでに領民が集まっていた。
進行役は、領主であるルキソルだ。
その手には、白い花が握られている。
「あれって、魔草じゃないのか。どうして、領主様が……」
木こりが首を傾げる。
程なくして領部会が始まった。
ルキソルの声が朗々と領地に響き渡る。
「早速だが、皆の衆。残念なことに、我らの仲間の中で重大な背信行為を行っている者が現れた」
物騒な切り出しに、多くの領民がざわつく。
すると、ルキソルはその人間の前に立った。
バサックだ。
犯人はお前だといわれているような状況だ。
なのに頑固親父は微動だにしない。
まるで虎のように元騎士であるルキソルを睨み返した。
大したおっさんだ……。
「バサックさん。あんたはこの辺りの一帯の
「何をいっておるんだ、ルキソルさん」
すっとぼける。
挑発でもするかのように、耳クソをほじり始めた。
ルキソルは息を吐く。
ため込んだ怒りを、1度冷却するかのようにだ。
すると、例の花を掲げる。
その魔草に、魔力を通した。
『ここの領主は、脳まで筋肉で出来ていてね。こういうことには疎いんだよ』
バサックの顔が、一瞬にして凍り付いた。
当然だ。
花から聞こえたのは、紛れもなく自分の声だったからだ。
聞いていた領民も驚いていた。
領主を侮辱した言葉に憤り、立ち上がるものもいる。
さらに言葉は続く。
『元々あの山はわしのもんなんだ。そのわしが自分の土地を売って何が悪い!』
決定的な言葉が響く。
領部会は憤りを通り越し、しんと静まり返った。
その中で、ルキソルの声だけが朗々と響く。
「これはヒソヒソ草といって魔力を与えると、聞いた人間の声を再声する能力を持っている。王都では調書を取る際に使われるものだ。私も騎士団時代に使ったことがある。といっても、ラセルに教えてもらうまでは、その魔草が領地の至る所に生えているとは知らなかったがね」
わっと俺の方に視線が集まる。
どう反応したらいいかわからず、とりあえず苦手な笑顔を披露した。
だが、その1歩前。
バサックの怒鳴り声が小さな領地に響き渡る。
「そんなの出鱈目だ! ルキソルさん……。あんた、わしが目障りだからそんなことをいってるんだろ? あんたは領民を巻き込んで、わしを私刑にしたいだけだ」
「私刑なんてそんな……」
バサックは明らかに強気だ。
なら、これはどうだろうな。
俺は体内で魔力を練る。
すべての魔力量を一気に放出した。
すると、領地にあるすべてのヒソヒソ草を反応する。
続いて聞こえてきたのは、領民たちの声だった。
『今日も天気がいいね』
『ラセルくん、筋がいいよ』
『この土地を買いたいだって?』
『はあ……。今日暑いなあ。酒でも飲みてぇ』
『……で、いくら出す?』
『我らカクメイノシシのため……』
あちこちから人の声が聞こえてきた。
むろん、バサックの声もだ。
他の領民よりも声が大きいから、すぐわかる。
その内容は、土地を売るというものばかりだった。
さすがのバサックも言葉にならない様子だ。
口をだらしなく開けたまま、座っていた椅子からずり落ちる。
その前に現れたのは、ルキソルだった。
怒りを漲らせている。
こんな怖い顔をした父を見るのは初めてだった。
「バサックさん、この領地は俺の土地じゃない。俺が王から借り受けている土地だ。その所有権は、国であり、王にある。あんたは王に背いた。明確な反逆罪だ」
腰に下げていた鞘から、ぬらりと剣を抜き放つ。
凄い気迫だ。
ラセルの父親ではない。
そこにいたのは、騎士団長ルキソルだ。
「ひぃ……。ひぃいいいいい!!」
バサックはとうとう悲鳴を上げた。
あの剣気を当てられては、しがない領民など一溜まりもない。
たまらずバサックは頭を下げた。
額を擦りつけて許しを請う。
「た、頼む、ルキソル。い、いや……。領主様! 土地は売らない。もらった前金も返すつもりだ。だ、だから……命だけは……。か、勘弁してくれ」
「条件がある。あんたと取引した相手を、王都の憲兵に証言すること。あんたの土地を木こりに開放すること。木材商も変えさせてもらうからな」
「わ、わかった」
歯ぎしりをしながら、バサックはすべての条件を飲んだ。
領民から歓声が上がる。
隣で見ていた木こりが俺の手を取った。
「すごいよ、ラセルくん。あの山の木を自由に切れるんだ」
「天引きされることもないですね」
「ああ……。それにしても、さっき突然ヒソヒソ草が喋り出したのは何故だろう。ラセルくん、何かしたのかい?」
「まさか……。俺は【村人】ですよ」
肩を竦めた。
領地全体に魔力を充満させるには骨が折れたが、うまくいった。
筋量トレーニングと平行して、魔力放出量も順調に伸びているようだ。
そろそろ頃合いかもしれない。
次は実戦訓練だ。
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