第4話 賢者、木こりになる

ついに明日からニコニコ漫画でコミカライズが始まります。

是非読んで下さいね。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「ほっ……。ほっ……」


 俺は息を吐きながら、山を登っていた。

 時間は朝。

 朝靄がかかり、視界が悪い。

 それでも、俺はテンポよく岩場に足を置き、崖に飛びついてひたすら頂上を目指した。


 朝のロードワークというヤツだ。


 転生してからというもの、毎日領地内の山を往復している。

 最初の頃は、昼間までかかったのだが、今では早朝に出て朝餉には間に合うぐらい時間を短縮することに成功した。


 体力作りは喫緊の課題だ。

 いくら魔法が優れていても、肝心の身体が伴ってなければ、強くはなれない。

 俺が転生する前のラセルは、見るからに貧相な身体をしていた。

 筋肉は薄く、走ればすぐに息が切れた。

 所謂、もやしっ子というヤツだ。


 だが、今は違う。

 おそらく辺りの子供では1番体力も筋力もあるだろう。

 今なら、魔法なしでボルンガに勝つことだって可能だ。


 頂上の木にタッチする。

 踵を返して、山を駆け下り始めた。

 最初の頃はよく転んだものだが、今は体幹が鍛えられ、生傷も減った。


 屋敷に帰る前に沢に寄る。

 そこで顔を洗い、水を飲むのがルーティーンだ。


「こら! わしの土地で何をやっておる!!」


 いきなり怒鳴り声が聞こえ、思わず背筋を立てる。

 振り向くと、神経質そうに目を尖らせた男が立っていた。

 歯の収まりが悪いのか。

 終始、唇の辺りをモゴモゴさせている。


 誰だ、この親父は?


 ラセルの記憶を探る。

 名前はバサック。

 あのボルンガの父親らしい。


 似てないな。

 あいつよりも、全然スマートだし。


「お前、ルキソルのところのせがれだな? 息子が世話になってるそうじゃな」


 目をギラリと光らせた。


 なるほど。

 威圧的なところが確かにそっくりだ。


「おはようございます、バサックさん」


「挨拶なんぞいいわい。こんなところで、何をやっておる。ここはわしの土地だぞ?」


 わしの土地?


 ここはルキソルの領地じゃないのか?


「体力作りで山の中を走ってました」


「体力作り? は……はは。はっ――――はははははははは!」


 突然、ゲラゲラと笑い出す。


 何がおかしいんだ?


「体力作りとは笑わせる。走り回ったところで、一体どうなるというのだ。魔法があれば、そんなことしなくても良かろう」


 勘違いしているな。

 魔法を使うにも、体力は必要だ。

 極限の集中力の維持には、強い身体がなければならない。

 それがわかっていっているのだろうか、この爺さんは。


「それにお前、【村人】だろ? うちのせがれに勝ったそうだが、体力を付けてどうするのだ? 冒険者にでもなるつもりか? ははは……。無駄だ、無駄。【村人】のお前が、なれるわけがない」


 あの子供あって、この親ありか。


 考え方もそっくりだ。


「せがれも、大きくなれば魔法を覚える。その時には、【村人】のお前さんなど、足元にも及ばんよ」


 大きくなったところで魔法は覚えないぞ、爺さん。

 あと一生かかっても、ボルンガが俺を抜くことはないと思うがな。


「わかったら、とっとといねヽヽ! いねヽヽ!!」


 取り付く島もない。

 関わるのも面倒だな。

 俺はその場を後にした。



 ◆◇◆◇◆



 屋敷に戻る道すがら、俺は「コンッ」という気持ちのいい音が、山野に響いていることに気付いた。


 音の元へと近付いてみる。

 木こりが木を切っていた。


 小さい領地ながら、スターク領には森や山が存在する。

 そこで獲れる木材や野草は、領地の重要な収入源となっていた。


 木を切っていたのは、【村人】だ。

 それにしては、随分と良い体をしている。

 上半身――特に肩の辺りが盛り上がり、重そうな筋肉を受け止めるための下半身も鍛え上げられていた。


 なるほど。

 木を切る作業において、自然に培った筋肉か。

 農作業同様にトレーニングになりそうだな。


「おはようございます」


 俺が挨拶すると、木こりはビクリと震える。

 危なく斧を取り落とすところだった。


「ああ。ルキソルさんのところの……。どうしたんだい?」


「少し手伝わせてくれませんか?」


「木こりに興味があるのかい? いいよ。でも、この斧――結構、重いよ」


「大丈夫です」


 とはいったが、持ってみるとなかなか……。

 鍬よりも重いな。


 試しに振ってみる。


 腕の筋肉をフルに使って、俺は振り抜いた。


 コォン!!


 良い音が響く。


「うまい! うまい! さすがはルキソルさんの息子さんだ」


 木こりは興奮した様子で、手を叩いた。


 なるほどな。

 剣の横薙ぎと似ているな。

 手の力じゃなくて、腰で振る感じだ。

 あとインパクトの瞬間だな。

 強く握りを締めないと、力が分散してしまう。


 コォン!!


 コォン!!


 コォン!!


 俺は確実に木に切れ目を入れる。

 そしてついに、ミリミリと音を立て、1本の木が倒れた。

 ふむ。なかなか楽しいぞ、これ。


「筋がいいよ、ラセルくん。是非、木こりになってほしいなあ」


 筋を褒められるのは嬉しいが、それは出来ない相談だ。

 いつか俺はスターク領を出ていく。

 今以上に強くなるためだ。


「おい! 何をもたもたしておる! 木材商がもう広場まで来ているんだぞ」


 聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。

 崖下を覗き込む。

 先ほどのバサックが立っていた。

 赤ら顔で、何か憤慨している。


「いけない。あと2本を切らないと」


「何かあるんですか?」


「ノルマがあるんだ。といっても、昨日の夜にいわれてね……」


 聞けば、山の木を管理し、木材商との交渉にも当たっているバサックが、数え間違いしていたらしい。

 大慌てで朝から切り出し始めたが、とても間に合わないそうだ。


「おい! 早くしろ! じゃないと、お前が切った木の代金はタダになるぞ」


「ちょ、ちょっと待って下さい」


 木こりは慌てて俺から斧を奪う。

 近くにあった木に刃を入れた。

 だが、焦ってなかなか作業が進まない。


「まったく……。これだから【村人】は使えんのだ」


 吐き捨てる。

 ひどい話だ。

 元々はバサックが悪いというのに……。


「あの……。斧を貸してくれませんか?」


 俺は手を差し出す。

 一瞬、何をいわれたかわからず、木こりは手と俺の顔を交互に見た。

 すぐに斧を貸してくれとわかると、素直に頷く。

 俺のただならぬ気配を察したらしい。


 俺は崖下にいるバサックにも忠告する。


「今から木を切るんで、安全なところに隠れててよ、おじさん」


「ルキソルのせがれか? はっ! 子供に何が出来る。それに【村人】ごときがわしに指図するな。ここで待たせてもらうぞ」


 バサックは崖の下で腰をかけた。

 煙草を取り出し、一服すると、プカリと煙を吐き出す。


 頑固親父は放っておこう。


 今一度斧を握ると、俺は集中した。


 魔法を起動する。

 【戦士ウォーリア】の【筋量強化】を自分にかける。

 さらに【鍛冶師ブラックスミス】の【鋭化】を、斧に付与した。


 集中しろ。

 要は畑仕事の時と同じだ。


 腰を落とし、足の指で大地を掴む。

 姿勢を安定させると、俺は振りかぶった。

 同時詠唱した【筋量強化】と【鋭化】を安定させる。


 出力は……適当でいいか。


 最終調整が終わる。


 そのまま全力で斧を振り抜いた。



 スパッッッッッッッッッンンンンンンン!!



 瞬間、木が一刀された。


「すご――」


 木こりが手を叩こうとした時、称賛は半ばで止まる。


 斬技の風圧が目の前の木だけに留まらない。

 そのまま周囲の木まで、根こそぎ刈り取ったのだ。


 ミリミリ……。ミリミリ……。ミリミリ……。ミリミリ……。


 雷みたいな音を立てて、木が倒れてくる。


 やばっ! また力の加減をミスった。


 俺は木こりと一緒に安全地帯へ脱出する。

 倒木はそのまま斜面を滑っていった。

 崖の下にいたバサックに襲いかかる。

 降ってきた木を見て、目を剥いた。


「なんじゃああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴が上がる。

 そのまま倒木に巻き込まれた。

 慌てて木こりが駆け寄る。

 崖下を見ると、バサックは生きていた。

 崖のすぐ下にいたため、倒木と崖の間に出来た隙間にいて、無事だったのだ。


 なかなか……。悪運だけは強い親父だな。


 当の本人は完全に目を回して気絶していた。

 股の下が若干湿っている。

 年のせいかな?

 尿道の筋肉が弱っているらしい。

 ちゃんと鍛えた方がいいぞ、頑固親父。


「ありがとう、ラセルくん」


 頭を下げたのは、木こりだ。


「驚いたよ。まさか一振りであんなにたくさんの木を切るなんて」


 ああ……。俺も驚いた。


 だいぶ魔力の出力が上がったな。

 一応手加減はしたのだが、自分の成長分まで計算に入れてなかったらしい。

 出力の把握と安定……。

 これさえクリアすれば、いよいよ実戦訓練だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る