第3話 賢者、馬鈴薯を育てる

2022年2月6日からニコニコ漫画でコミカライズが始まります。

是非読んで下さいね。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「ふぅ……」


 俺は青空を背負いながら、汗を拭った。

 なかなかいい汗だ。

 筋肉も程よく疲労している。

 ゆっくりと長く息を吐くように放出し続けていた魔力も、底を尽きかけていた。


 今日もいいトレーニングが出来たようだ。


 一旦鍬を置き、周りを見渡す。

 ふっくらと耕された畑が広がっていた。


 俺が受け持つ耕地ではない。

 他の領民のものだ。


「ラセルぼっちゃん」


 声をかけられた。

 振り返ると、老婆が頭を下げている。

 この畑の持ち主だ。


「ありがとうございます、ラセルぼっちゃん」


「いいよ、お婆ちゃん。気を遣わないで。去年、おじいちゃんがいなくなって大変なんだろ? ぼくに任せておいてよ」


「すまないねぇ。こんなものでよければ、食べておくれ」


 手に持っていた小麦粉をこねて作った菓子と、領地で獲れた紅茶を差し出した。


 ありがたく受け取る。早速菓子を頬張った。

 美味い。素朴だが、程よい甘味があって、好きな味だ。

 紅茶の渋みともよく合っている。


 トレーニングの後の間食は格別だ。

 300年前では考えもしなかった。

 戦ってばかりだったからな。


 ……いかん。いかん。


 あまり雰囲気に流されるな。

 俺は【村人】という職業を極めたいわけじゃない。

 【村人】という職業で、最強になりたいのだ。


 婆さんの畑を請け負ったのも、トレーニングをしたかったからだ。


 ……うーん。でも、この菓子はうまいなあ。



 ◆◇◆◇◆



 耕地作業も終わり、俺は鍬を担いで屋敷に帰ろうとしていた矢先の事だ。


 他の耕地では、馬鈴薯の収穫が始まっていた。

 その畑の前で、行商人と領民がもめている。

 馬鈴薯の単価のことで、言い争いになっていた。


「年々単価が下がってるじゃないか! これじゃあ暮らしていけない」

「仕方ないだろ。年々小さくなっているんだ。価格を下げざる得ない。というか、買ってもらえるだけでもありがたく思え!」

「なんだと! 言うに事欠いて、この悪徳商人め!」

「うるさい! 無能な【村人】が――!」


 一触即発だ。

 今にも殴りかかりそうな2人を他の領民が抑えている。


 馬鈴薯の大きさが小さくなっているのか。

 俺は喧嘩を横目に、畑の中に入った。

 掘り出した馬鈴薯を見る。


 なるほど。確かに小さいな。

 300年前と比べれば、半分ぐらいの大きさだ。


 俺は【学者プロフェッサー】の魔法を起動した。

 馬鈴薯を【鑑定】する。



 名称   馬鈴薯(小)

 栄養価  D

 魔力量  E

 水分量  D



 ふむ。なるほど。魔力量が低いな。

 俺がいた頃は、野菜の中には最低Cランクの魔力が含まれていた。

 そういえば、全体的に食べ物に含まれる魔力量が少ない気がする。

 おかげで、自前で魔力回復薬を作り、補わなければならないほどだ。


 原因は土に含まれる魔力量が減少しているからだろう。


 俺は土を【鑑定】する。



 名称    土

 栄養価   C

 魔力量   D

 水分量   C

 空気量   B



 良い具合の土だが、やはり魔力量が低すぎる。

 少ないならいいが、大量に作る分には全然足りない。


 領民に聞くと、この畑は昨季まで休耕していたそうだ。

 休耕すれば、土の中の魔力量も回復するはず。

 なのに、少ないのは、他に原因があるのだろう。

 ともかく魔力量を復活させることが肝心だな。


「魔力量ですか?」


 事情を聞いた領民が驚く。


「土の中にある魔力量が上がれば、馬鈴薯の大きさも元に戻ると思うよ」


「はん! そんな簡単にできるものか」


 行商人は笑った。

 俺はその行商人に詰め寄る。


「馬鈴薯が大きくなれば、高く買ってくれるんだよね、行商人のおじさん」


「もちろんだ。まあ、それが出来れば話だけどね」


 行商人は意地悪い笑みを浮かべる。


「じゃあ、明日また来てよ」


「あ、明日?」


「明日までに馬鈴薯を大きくしておくから」


「はははははは……。――あ。失敬。それは難しいでしょ、坊ちゃん。一晩で馬鈴薯を大きくするなんて」


「やってみなくちゃわからないでしょ」


 俺は天使のように微笑む。

 行商人は営業スマイルを浮かべようとするも、口の端がヒクヒクと動いていた。

 やがて明日、また来るといって帰っていった。


「坊ちゃん、大丈夫なんですか? もし出来なかったら、取引をやめるとか言ってましたよ」


「大丈夫だよ。それより山に生えてる魔草を取ってきて」


「魔草ですか?」


「魔草には、魔力がたくさん含まれているんだ。それを土に混ぜ込めば、土の魔力が回復すると思うよ」


「そ、そんなんで。大きな馬鈴薯が?!」


「とにかくやってみてよ」


 行商人とは約束してしまった。

 それに領民たちにも意地がある。

 きっと受け入れるはずだ。


「よし! ラセル坊ちゃんに恥を欠かせないためにも、頑張るぞ!」

「坊ちゃんにはこの前、種まきを手伝ってもらったしな」

「うちは収穫を手伝ってもらったよ」


 んん? なんか思っていた反応と違うんだが……。


 俺は単にトレーニングがしたかっただけで。


 …………ま。いっか。



 ◆◇◆◇◆



 夜――。

 領地が寝静まった頃。

 俺の姿は、例の馬鈴薯の畑にあった。


 土の状態を確認する。

 領民達はいわれた通り魔草を取ってきて、土に混ぜ込んでいた。

 【鑑定】の魔法を起動する。



 名称    土

 栄養価   C

 魔力量   B

 水分量   C

 空気量   B



 随分と改善されていた。

 これなら問題はないだろう。


 しかし、さすがに明日までに大きくするのは難しい。

 だから、俺はこうしてやって来たのだ。


 自前で作った魔力回復薬を飲み込む。

 日中に失った魔力を回復させた。

 すかさず【聖職者クレリック】の魔法を起動する。


 【身体活性】!


 促進系魔法の一種。

 回復の促進から、強化系魔法などの効果を上げる。

 要は、肉体に流れる魔力の流れを最適化させる魔法だ。


 俺は畑に向かって放つ。

 地中にある馬鈴薯に、【身体活性】を付加した。

 これで、土の中にある魔力を、馬鈴薯がスムーズに吸収してくれるはず。


 明日が楽しみだ。



 ◆◇◆◇◆



 行商人が戻ってきた。

 畑の前に馬車を止める。

 荷台から降りると、早速口を開いた。


「さあ、見せてもらいましょうか?」


 待っていた俺に向かって、ニヤリと笑う。

 馬鈴薯が一晩で大きくなる。

 そんなお伽噺みたいなこと、微塵も信じていない様子だ。


 領民たちは固唾を呑んで見守る。

 俺は畑に入り、馬鈴薯を掘り返した。

 思いっきり茎を引っ張り、引っこ抜く。


 ごろ……。


 現れたのは、俺の顔ぐらいある馬鈴薯だった。


「な、なんだ! その作物はあああああああああああ!!」


 行商人はひっくり返る。

 領民達も化け物みたいな馬鈴薯に驚いていた。


 俺は作物に付いた土を払いながら、言った。


「馬鈴薯ですが、何か?」


「そ、そんなデカい馬鈴薯なんてあるはずが……」


「間違いなく馬鈴薯ですよ。昨日、この畑で確認しましたよね」


「そんな1日で……。いや、それよりも、そんなに大きい馬鈴薯――。売り物になるかどうか」


「どうしてですか? 昨日行商人さん、言いましたよね」



 馬鈴薯が大きくなれば、高く買ってくれるんだよね、行商人のおじさん。


 もちろんだ。まあ、それが出来れば話だけどね。



「今さら買わないなんていわないよね」


 ニパァ!(満面の笑み)


「こ、このガキぃ……。はめやがったな」


 行商人のこめかみに青筋が浮かぶ。

 腕をまくり、畑の中に足を踏み入れようとした。

 だが、その1歩手前で肩を叩かれる。


「はめたのはあんただろ?」


 といったのは、昨日行商人ともめていた畑の主だ。


「な、何をいって……」


「聞けば、他の領地の馬鈴薯も小さくなってるって話じゃないか?」


「ど、どうしてそれを……」


「気になって他の商人に尋ねたんだよ。だから、個体が小さくなっても、需要はあるから、値段自体は変わらないっていってたぞ」


「そ、それは――」


「あんた、騙したんだな!」

「こっちは【村人】だと思って舐めやがって!」

「憲兵に突き出してやれ!」


「ち、違う! 私は適正に――」


「だったら、耳を揃えて払ってよね、おじさん」


 むふふふ……。


 俺は努めて天使のように笑う。

 行商人はぐっと言葉を飲み込んだ。

 こういう時、子供というのは便利だな。


 だが、残念ながら行商人の相手は、俺じゃない。


 あっという間に領民たちに囲まれる。

 視線の集中砲火を食らった。


「わ、わかった! 買う! 買うから許してくれ!!」


「もちろん、言い値だよな」


「く、くそ! もってけ、どろぼー!!!!」


 泥棒はどっちだよ。


 まったく……。

 いつの時代も、小悪党はいるものだな。


 俺は持ち上げた馬鈴薯を確認する。

 思っていたよりも大きくなったな。

 人間じゃなく、野菜に使ったのは初めてだったが、上手くいったらしい。

 人間を対象にした魔法を、野菜に使ったから、促進の効果が大きく出たのだろう。


 今後に生きるかどうかは知らないが、頭の片隅には入れておこう。

 これも何か強くなるためのヒントになるかもしれない。


 すると、1人の領民が進み出た。


「ありがとうございます、ラセル坊ちゃん。でも、すげぇなあ、坊ちゃんは。【村人】なのに、色々な知識を知っていて。俺たちも見習わないと」


 ありがとう!

 ありがとうございます、ラセル坊ちゃん。

 あんた、最高だ!

 さすが坊ちゃん!!


 行商人に罵詈雑言を向けていた領民たちは、俺に対しては称賛の嵐だった。

 すると、かつぎ上げられる。

 何を思ったか、胴上げはじめた。


 うぉ! これ! 結構怖い!!


 てか、俺……。

 なんか【村人】に馴染みすぎているような気がしないか?

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