第2話 賢者、畑を耕し強くなる

2022年2月6日からニコニコ漫画でコミカライズが始まります。

是非読んで下さいね。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



 俺が最後に転生してから、ガルベールは300年経っていた。


 国の名前が変わり、経済や流通が変わり、技術が変わっていた。

 特に魔法技術は退化しているようだ。

 普通、時間をかければ技術は研鑽され、進化するはず。

 なのに、何故退化したのか。

 これには、きちんとした理由がある。


 300年間、大規模な戦争が起こらず、太平の世の中が続いていたからだ。


 かつて人間は長い間、魔族と戦争をしていた。

 命を賭けた戦いは、悲劇を生み出すが、一方で飛躍的に技術力が向上する。

 狂気じみた魔法学者や、【職人】といわれる職業魔法の使い手が現れ、今では実現困難な高精度のものを生み出す時代――それが戦争なのだ。


 戦争において、一握りの天才はとても重要だ。

 しかし、太平の世の中では邪魔になる。

 そうして【職人】は淘汰され、技術の伝承もされず、歴史の闇に消えていく。

 それもまた戦争だ。


 俺が魔族を滅ぼしたことによって、技術的な退化が起こったのだろう。


 とはいえ、責任を感じることはない。

 俺は俺で勝手にやらせてもらうだけだ。


 屋敷の書斎に籠もり、歴史の本のページをめくる。


 ああ……。

 そういえば、もっと変わったものがあったな。


 文字だ。

 今でこそ読めるようになったが、最初はさっぱりだった。

 どうもラセルは勉強が苦手だったようだ。

 記憶の項目にも、ほとんど文字の情報がない。


 【学者プロフェッサー】の【翻訳(初級)】を起動する。

 ミミズがのたくった文字が瞬時に読み解けるようになった。

 さらに【速読】を起動し、わずかな間で今のガルベールの状況を頭の中に叩き込んだ。


 パタリと本を閉じる。

 座っていた書斎の椅子から、降りた。


 座学は終わりだ。

 そろそろ身体を動かそう。

 情報収集も重要だが、身体を鍛えることも重要だ。


「ラセルじゃないか」


 書斎を出ると、父ルキソルと遭遇した。

 思わず身体がこわばる。

 肉体的にも、社会的にも、ルキソルは俺の父親だ。

 でも、どうも慣れない。

 向こうは6年付き添った子供だろうが、俺の意識は昨日生まれたばかりなのだ。

 父親といわれても、ピンとこなかった。


 それにルキソルはやたらとガタイがいい。


 元々騎士で、昔かなり活躍していたそうだ。

 そのおかげで、俺は明日食う食事にも困ることなく、生活が出来ている。


 ルキソルは引退した今も、体型を保持し続けていた。

 家の中でも、顎髭を剃り、髪も整え、きちんとしていた。

 いや、清潔感以上に、どこか達人の空気を醸し出している。


「どうした、ラセル? そんな怖い顔をして」


「い、いや、なんでもないよ。む、難しい本を読んでいたからかな」


「勉強熱心なのはいいことだ。だが、昔は嫌いだったのに。まるで人が変わったようだな」


「え?」


「うん?」


「ううん。なんでもない」


 おうぅ。びっくりした……。

 冗談でいったつもりなのだろうが、ルキソルがいうと、実は俺に気づいているのではないかと勘ぐってしまう。


 絶対顔に出ていただろうな。


 今後は気を付けることにしよう。


「ところで聞いたぞ、ラセル。お前、ボルンガをのしたそうじゃないか」


 な――! もう広まっているのか!


「う、うん……」


 俺は少々ばつの悪い顔を浮かべる。

 ルキソルから目をそらした。


 予想外だ。

 まさかもう父の耳にまで届いているなんて。

 この辺りは、王都からも離れている。

 家が十数軒程度しかない小さな領地だ。


 これが田舎か。


 すると、ルキソルは俺の頭を撫でた。

 怒られると思ったのに、父は誉めたのだ。


「そんな顔をしなくてもいい。暴力は誉められたものではないが、父としては鼻が高いぞ。【村人】のお前が、【戦士】の子供と戦って、勝ったのだからな」


「…………」


「これでも心配していたのだ。貴族の子でありながら、【村人】として生まれたお前のことを。一生後ろ指を差されて生きていかなければならないのか――とな。だが、杞憂だったようだ」


「心配なく、父上。ぼくは強くなりますから」


「ははは……。たのもしいヤツめ」


 髪がくしゃくしゃになるまで、父は俺の頭を撫でた。


 ちょっと変な気分だ。

 数々の転生を繰り返してきたが、俺に両親と呼べる人間はいなかった。

 父親――いや、家族というのはこういうものなのだろうか。


「よーし。では、早速出かけるか?」


「出かける? どこへですか?」


 ラセルの記憶を探ったが、どこにもそんな予定はない。


 するとルキソルは、ずっと手にしていた鍬を俺の方に差し出した。


「もちろん、我が家の畑だ」


 ルキソルはめちゃくちゃいい笑顔を、息子に返すのだった。



 ◆◇◆◇◆



 スターク家は男爵位を持つ貴族だ。

 小さな領地を持ってはいるが、家臣はいない。

 10軒ほどの家屋に、50人ほどの領民。

 それがスターク領のすべて。

 いってみれば、スターク家は村の村長のようなポジションだった。


 だから、毎朝農民と一緒に畑に出て、羊の世話をし、時に狩猟にも出かける。

 およそ貴族らしからぬ生活を、ルキソルは続けていた。


 やれやれ……。

 貴族の息子というなら、それなりに楽ができると思っていたが、どうやら当ては外れてしまったらしい。


 しかし、農作業というのは存外悪くない。

 身体を鍛えるのにはちょうどいい。

 筋力強化の一貫だと思えば、苦にはならない。


 そう――軽い気持ちで、俺は農作業を手伝うことにした。


 ザッ……。


 ルキソルに教えられた耕地に行き、早速鍬を突き立ててみた。

 だが、地面に刺さったのは、ごくわずかだ。

 土の質が悪いのか。

 表面が鉄のように硬い。

 何度も鍬を突き刺し、ようやく掘り起こすことが出来た。


 ふー。これはなかなかの重労働だぞ。


「貴族の息子が、畑を手伝ってらぁ」

「へいへい。そんなへっぴり腰で大丈夫か?」

「おいおい。全然耕せてねぇじゃねぇか」

「えっと……。うーんと……。ば、馬鹿野郎!」


 子供たちが集まり、俺の方を指差す。

 わざとらしく、ゲラゲラと笑った。

 昨日のボルンガの取り巻きたちだ。

 本人はいないようだが、昨日の意趣返しというわけだろう。


 よく見れば、小石も混じっていた。

 踏み固められた跡も残っている。

 子供の足跡だ。


 誰がやったかは明白だった。


 なかなかこすいヽヽヽことをするヤツらだ。

 昨日の警告をもう忘れてしまったらしい。


 もう少しビビらせる必要があるな。


 俺は昨日と同じく【筋量強化】を使う。

 魔法で身体能力を底上げした。

 さらに【鍛冶師ブラックスミス】の魔法を起動する。


 【鋭化】


 武器の切れ味をよくする魔法だ。

 それを鍬の先端にかける。

 くたびれた刃物の先が、獣の牙のようにギラリと光った。


 鍬を大上段まで振り上げる。

 貴族の息子の堂に入った姿勢。

 ギャラリーたちが息を飲んだ。


 全力で振り下ろす。


 ドガァァァァァァアアアアンンンンンン!!


 何故か、爆発音みたいな音がスターク領にこだました。

 硬い土が一気に捲り上がる。

 火山の噴煙のように舞い上がった。

 しばらくして、土と小石が一緒に落ちてくる。


「けほ! けほけほ!」


 俺は土埃にむせ返りながら、辺りをうかがった。

 次第に変わり果てた畑の姿が露わになる。

 見えてきたのは、隕石でも落ちてきたようなクレーターだった。


 しまった!


 魔力のコントロールをミスしたらしい。

 【筋量強化】と【鋭化】の内、前者に魔力が傾いてしまった。

 一気に解放してしまい、おかげで魔力がすっからかんだ。


 この身体になって、異なる職業の魔法を同時起動したのは、これが初めてだ。

 同一系統なら問題ないが、2つの違う系統の魔法を使うのは、また別物らしい。

 筋力、そして2系統の同時起動、そしてコントロール。

 意外と、畑仕事は奥が深いぞ……。


 よし!

 もっとトレーニングして、身体に覚え込ませないとな。


 俺はギュッと拳を握る。

 今一度、気合いを入れ直した。


「うん?」


 俺はさっきまで野次を飛ばしていた子供たちを見る。


 顎が外れるぐらい口を開けて固まっていた。

 何を驚くことがあるんだ?

 派手に見えるが、【筋量強化】の魔法を少し鍛えれば、これぐらいは造作もない。

 そこいらの【戦士ウォーリア】でも出来る芸当だぞ。


 さてはからかっているのか、こいつら。


「どうしたの? ぼくは失敗した。笑ったらどうなんだい?」


「「「「「ととととととんでもない!!!!」」」」


 は?


「すげぇ……」

「こんなの初めて見たよ」

「ラセルってこんなに強かったのか?」

「えっと……。つ、強い!」


 こそこそと話し合う。

 全部聞こえてるんだが……。


「なに? まだ何かあるの?」


 俺は鍬の柄を子供らに向ける。

 ちなみに刃はすでにどこかへ吹き飛んでいた。

 後で、ルキソルに怒られるな、これは。


「ひぃぃぃぃいいいいい! 滅相もないです、ラセルさん」


さんヽヽ?」


 すると、ボルンガの子分達は揉み手をしながら近づいてきた。

 顔には気持ち悪い笑みを浮かべている。


「ラセルさん、疲れてないですか? 肩でも揉みましょうか?」

「ラセルさん、喉が乾かないですか? ミルクをもってきますよ。あ、そうだ。牛派ですか? 羊派ですか?」

「えっと……。えっと……。何かしましょうか、ラセルさん」


 ?????


 な、なんだ? こいつら?

 若干気持ち悪いぞ。

 いきなり「さん」付けで呼び始めるし。

 何がしたいのか、さっぱりわからん。


 何か手伝いでもしたいのだろうか。


「じゃあ、畑を整備し直すから、手伝ってくれ」


「「「「了解しました!!」」」」


 声を揃え、どこで覚えてきたのか、軍隊式の敬礼をする。

 そうして、子供たちは農具を取りに、それぞれの家へと走って行った。


 意外と素直なヤツらだな。

 根はいいヤツらなのかもしれない。


 俺は振り返って、穴が空いた畑の整備を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る