第1話 賢者、村人に転生を果たす。
2022年2月6日からニコニコ漫画でコミカライズが始まります。
是非読んで下さいね。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
優しい風が通り抜けていった。
草葉の匂いがする。
戦場ではない日常の空気。
喉が詰まるぐらい、大気に魔力が溢れていた。
その情報だけでわかる。
ここはガルベール。
相違ない。
俺は目を覚ました。
まだ微睡む視界に映っていたのは、青い空、海のような平原だった。
「どこだ、ここは?」
反射的に腰に手を伸ばす。
いつも下げていた魔法袋はどこにもない。
それどころ、武器の1本も吊り下がっていなかった。
あるのは、小さく、貧相な身体だけだ。
子供……。
おそらく5、6歳ぐらいか。
認識した途端、急に記憶が雪崩れ込んでくる。
俺の名前はラセル・シン・スターク。
近くにある男爵家の跡取りらしい。
「転生は成功したようだな」
転生魔法にはタイムラグが存在する。
1度赤ん坊に生まれ変わったとしても、記憶と意識を取り戻すのに時間がいる。
今、ようやくラセルの中に、俺の意識が芽生えたようだ。
問題はそこではない。
俺が今、何の『職業』にあるかということだ。
集中し、頭の中に刻まれた己のステータスを観測する。
珍しく手が震えていた。
どうやら、俺は緊張しているらしい。
名前 ラセル・シン・スターク
職業 村人
スキルポイント 10000pt
習得魔法 なし
成功だ。
職業【村人】。
ギフトの10000ptもきっちりと入っている。
本音を言えば、もう少しもらいたいところだ。
が、魔法が使えない【村人】が、スキルポイントを持つこと自体、異常だ。
ある程度、戦力を整えることが出来れば、後は魔獣を倒し、己の力で手に入れればいい。
俺は早速、スキルポイントを消費して、魔法を習得していった。
推測通り、【村人】に習得できる魔法の制限はない。
6大職業すべての魔法を習得することが出来る。
ふふふ……。目移りしそうだ。
自然と口角が上がった。
しばらく俺はその場に蹲り、必要な魔法を習得する。
結局、初級の魔法全般。
いくつかの中級魔法を習得した。
現状、レベルの高い魔法を習得しても、身体がついていかない。
【村人】は元々魔法を習得できるように、設計されていないからだ。
体内に溜めておける魔力量や、その放出量は最低クラスといっていいだろう。
心配はしていない。
身体が出来上がってくれば自ずと上がってくる。
訓練やトレーニングなどで魔力量や放出量をアップすることも可能だ。
転生によって数々の職業をこなしてきた俺の経験が生きるだろう。
「これでいいか……」
残ったスキルポイントは、おいおい使っていくことにしよう。
気が付けば、夕方になっていた。
虫の音があちこちから聞こえる。
久しく感じていなかった平和の歌だ。
「見つけたぞ、ラセル」
草葉を踏み分ける音とともに、騒々しい声が聞こえた。
振り返る。
数人の子供が立っていた。
1人の男児が先頭に現れる。
背の高さでいえば、俺と同じぐらいだろう。
ただ幅の広さは1.5倍ほどある。
鼻の頭に傷のある子供だった。
ぐりぐりとした大きな瞳を夕闇の中で光らせている。
俺の姿を見つけると、「はっ」と笑った。
誰だ、こいつは?
疑問に思った瞬間、記憶が雪崩れ込んでくる。
名前はボルンガ。
ラセルの友達――というよりは、いじめっこというヤツだろう。
ここらへんでガキ大将をしているらしい。
どうやら、【村人】という職業ながら、貴族である俺が気に食わないらしい。
何かと目の仇にし、お決まりの暴力を振るってくる。
その事に対して、
男の意地というより、貴族の自分が領民にいじめられていることに、引け目を感じていたのだろう。
どうやらラセルは、ボルンガにいじめられていて、この草原まで逃げてきたらしい。
今、気付いたが、左頬が少しズキズキしていた。
ボルンガに殴られた痕なのだろう。
そのガキ大将の手には、木刀が握られている。
俺は思わず目を細めた。
「全く……。まだ俺をいじめたりないのか?」
「うん? 俺? なんかお前、雰囲気変わったか?」
おっと危ない。
ついいつもの口調で話してしまった。
一応、子供だ。
大人の口調は控えておくか。
変に勘ぐられて時間をとられるのも面倒だしな。
俺は咳を払った。
「ぼくをいじめ足りないのかい?」
「まだ戦場ごっこは終わってないぞ。お前は降伏もせずに逃げたからな」
戦場ごっこというのは、この辺りで流行っている遊びらしい。
1人1人を領主と見立てて、模擬試合を行う。
ようは喧嘩だ。
「もうすぐ夜になるよ。家に帰った方がよくないかい?」
「逃げんのか?」
「仕切直そうっていってるんだ」
「俺はいやだ」
「頑固だな」
俺は肩を竦める。
どうやら見逃してくれそうにない。
まあ、戦うならそれもいいだろう。
俺自身も、今し方手に入れた力を試してみたいと思っていたところだ。
「わかったよ」
俺はその辺に落ちていた木の棒を拾った。
子供の強引さに根負けするのはシャクだ。
が、折角の実戦の機会を逃す手はない。
精々実験台になってもらおうか。
「いくぞ!」
「いいよ」
腕を振り回し、ボルンガはやる気満々だ。
対して、俺は木の棒をそれとなく構えた。
ギャラリーが騒ぎ立てる。
ほとんどの子供がボルンガの勝利を確信していた。
ボルンガは集中する。
赤い魔力光が全身に行き渡る。
ほう……。
こいつ、【
使っているのは、【筋量強化】の魔法だろう。
【
初期魔法とはいえ、かなり強力だ。
【戦士】のメイン魔法といっていいだろう。
だから子供といえど、油断は出来ない。
弱い魔獣程度なら、十分倒すことができるのだから。
【村人】相手に、なかなかの力の入れようだ。
徹底的に俺をボコボコにしたいらしい。
すると、ボルンガは地を蹴った。
懐に飛び込んでくる。
ふむ……。子供にしては速いな。
俺もかつて【
実戦経験も、ボルンガが足元にも及ばないほど積んでいる。
近接戦闘には自信があった。
だからわかる。
目の動き、腰の捻り、足の配置。
バレバレなのだ。
どこを狙っているのか。
まだ俺の顔を叩き足りないらしいな。
この程度なら魔法を使うほどでもない。
俺はあっさりとボルンガの木刀を見切った。
「あれ?」
ボルンガは驚いている。
必殺の一撃だったのだろう。
だが、魔法の前に、もっと身体の動かし方を学ぶべきだ。
大振り直後の硬直を狙う。
側面に回り込むと、大柄の子供の腰を思いっきり叩いた。
「いでぇ!!」
ボルンガは仰け反る。
とっ、とっ、とっ、と跳ねながら、一旦距離を取った。
【筋量強化】のおかげだろう。
思いっきり叩いたつもりだが、まだ動けている。
俺の方に振り返った。
少し涙目になっている。
「てめぇ、やりやがったな!」
戦意は衰えていない。
「諦めたら?」
「ふざけんな!」
再びボルンガが襲ってくる。
やれやれ……。
まだ叩かれ足りないらしいな。
もしかしてマゾなのか、こいつ。
中途半端ではダメだ。
少々強めに叩いてやろう。
俺は手を掲げる。
精神を集中した。
腹の下に力を溜めるイメージ。
そして、それは全身に行き渡らせるイメージ。
呼吸のように交互に繰り返した。
魔力が充実していく。
瞬間、解き放った。
【筋量強化】
力が漲ってくる。
棒を握り込むと、ミシリと軋みを上げた。
全身の力を万遍なく強化する魔法が、正常に起動する。
出来たぞ!
やはり【村人】でも魔法を使うことが出来たのだ。
先ほどよりもクリアに、ボルンガの動きが捉えられる。
速いといったのは、撤回しよう。
ボルンガ……。お前は、俺よりも
【村人】の俺よりも遙かにな。
ボルンガは馬鹿の1つ覚えみたいに、大上段から振り下ろした。
俺はなんなくかわす。
さらに懐に潜り込んだ。
すかさず、やや肥満体の腹に棒をぶち込む。
バギィン!
何かが潰れたような音がした。
瞬間、ボルンガの巨体が浮き上がる。
衿でも釣り上げられたかのように吹き飛ばされた。
草場の上に倒れ込む。
意識は完全に吹き飛び、白目を剥いていた。
「…………」
沈黙が陽とともに沈んでいく。
見ていた子供たちは、何が起きたのか理解できていなかった。
ただ俺の方を見ている。
口を開けたままだ。
俺は残心を解いた。
握っていた棒をポーンと放り捨てる。
これ以上、戦うのは無意味だ。
「もう行くよ。あと出来れば、もうぼくには関わらないでくれ。もし、今度からんできたら。
悠々と子供たちの前を横切る。
この日から文字通り、ラセル・シン・スタークは生まれ変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます