第7話 賢者、決闘を申し込まれる
本日ニコニコ漫画でコミカライズが始まりました。
初の「ざまぁ」回となっております。お気に入り登録よろしくお願いします。
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領地では久しぶりに宴が催されていた。
酒がふるまわれ、男と女が円を描いて踊っている。
みんな楽しそうだ。
宴のど真ん中には、イッカクタイガーの毛皮と角があった。
俺と同い年の子供たちが物珍しそうに眺めている。
勇ましく棒で叩くと、親に怒られていた。
明日、これを街に持っていき、売りさばくからだ。
魔獣の毛皮や角は高く売れる。
貴族の嗜好品になるそうだ。
俺の時代とは少し違うな。
魔獣の毛皮は、耐斬、耐突性に優れている。
角は鋼に近い硬度があって、武器にもなるし、煎じれば肉体強化することも出来る。
それをただ眺めるだけに使うとは……。
随分と時代が変わったものだ。
それにしても……。
俺はイッカクタイガーを見つめる。
戦っている時には感じなかったが、昔と比べると随分と小さい。
おそらく幼体だろう。
そう思うことにしたが、少し気になった。
俺は肉の入ったスープを飲んでいた。
イッカクタイガーの肉だ。
魔獣の肉は基本的に不味い。
だが、殺してすぐに捌くと、いい味を出すようになる。
魔獣肉は、魔獣を狩る冒険者たちの特権だ。
この領地にとっても、貴重なタンパク源になった。
でかさがでかさだ。
50人程度の腹を満たすのは容易だった。
「すげぇなあ、ラセル坊ちゃんは。さすが御館様の息子だ」
領民の1人が、俺の肩をバシバシと叩いた。
農作業で培ったのか。
【村人】の力はなかなか強い。
地味に痛かった。
「魔獣をやっつけたのも凄いけど……。えらいねぇ。人助けなんて。あたしだったら、魔獣を見て、腰抜かしちまうよ」
給仕係の女が、お代わりを差し出す。
湯気が立った木椀を受け取り、腹に入れた。
魔獣の肉は、魔力量のアップにも繋がる。
ここで食べておかなければ、いつありつけるかわからない。
「どうやって、イッカクタイガーを射抜いたんだね?」
横で聞いていた老齢の狩人が尋ねた。
思いっきり難しい顔をしながら、答える。
「ボルンガを助けようと無我夢中で……。実は全然覚えていないんだ」
「偉いねぇ……。仲間を助けようと。必死だった訳だ」
「うん!」
とびっきりのスマイルを向ける。
それだけで、大人たちがほっこりするのがわかった。
ひとまずこれで乗り切ろう。
俺はそう決意した。
◆◇◆◇◆
俺がイッカクタイガーを倒した直後、ルキソルは領地の狩人を連れてやってきた。
子供が2名いないことに気付き、探しにきたのだ。
当然、俺もボルンガもこってりしぼられた。
だが、大人達の興味は、どうしてイッカクタイガーを倒すことが出来たのか、ということだ。
俺は、曖昧に返事することにした。
そうして、ルキソルたちが出した推測はこうだ。
森に入っていったボルンガを追いかけたら、イッカクタイガーに遭遇。
俺はボルンガを助けようと必死に矢を放ち、見事急所を射抜いてしまった――というものだった。
こうして俺はたちまち英雄に祭り上げられた。
今、領民から讃えられているというわけだ。
ちなみにボルンガの姿は、宴の席にはいない。
さすがに人前には出にくいだろう。
宴は月が北の方角に来る段になってようやく終わった。
さすがに眠い。
英気は養えたとはいえ、今日はさすがに魔力を使い過ぎた。
出来れば、明日ぐらいは昼まで寝ていたいところだ。
「ラセル」
屋敷へ向かうあぜ道に立っていたのは、ルキソルだった。
「父上。まだ帰っていなかったのですか?」
「息子を待っていたんだよ。一緒に帰ろう」
「はい!」
俺は子供らしく、ルキソルの横に並んだ。
己を誇るように笑顔を見せる。
すると、ルキソルは頭を撫でてくれた。
なかなかくすぐったい。
そういえば、今までの人生でこうして特定の父親を持つのは、初めてのことかもしれない。
以前の転生では、そのほとんどが戦災孤児だった。
「よくやったな、ラセル」
「ありがとうございます。でも、本当に何も覚えていなくて」
「そうか……」
ルキソルはつと畦道のど真ん中で立ち止まる。
周りは畑で、遮る物も少ない。
空が広く、夜天に星が瞬いていた。
月が青白く、父――ルキソルを包み込んでいる。
表情は硬く、じっと俺を見つめていた。
「ラセル。本当のことを話してほしい」
「本当のこと?」
「お前は、魔法を使えるんじゃないのか?」
――――ッ!!
思わず息を飲んだ。
顔の筋肉が引きつるのがわかる。
まずい。今、顔に出てしまった。
俺は必死に誤魔化す。
だが、無駄だ。
ルキソルは何かを確信したらしい。
それにしても驚いた。
まさかこんなにも早くバレてしまうとは……。
さすがにイッカクタイガーはやりすぎたか。
「本当なんだね?」
「父上、ぼくは……」
「いや、責めているのではないよ。むしろ、父親としては誇らしいぐらいだ」
「え?」
「ラセル……。今、このガルベールでどれだけの【村人】がいるか知っているかい?」
「半分ぐらいですか?」
俺が生きていた当時はそうだった。
今では違うのか?
「すでに3割を切っているそうだよ」
「なっ!!」
馬鹿なッ!!
俺は激しく動揺した。
だが、ルキソルに真相を尋ねると、頷けるものだった。
魔族との戦争が終わり、日常生活の大半を占めていた戦がなくなった。
すると、戦いを担っていた6大職業の人間があぶれ、本来【村人】が行う街や城の管理・維持などを請け負うようになったそうだ。
そうして魔法が使えないことによって、【村人】という職業が淘汰された。
職業が【村人】というだけで、赤子は殺され、鑑定技術の発展によって堕胎を強いられる女が増えているのだという。
その結果が3割という数字だ。
しかし、生き残った【村人】には、死ぬより辛い運命が待っているという。
「父さんは、何故ぼくを産んだの?」
「もちろん悩んだよ。初めての子供だったしね。でも、父さんはこう思うんだ。産まれてきてはいけない命などない、と……。だから、父さんは母さんにラセルを産んでもらうことにしたんだ」
「そう――だったんですか」
「ラセル……。お前の目標はなんだ?」
父の顔は真剣だった。
俺は素直に答えることにした。
「……強く。強くなりたいです!」
「この先、【村人】という職業に翻弄されることがあってもか?」
「ならば、父上……。ぼくがその認識を変えてみせます」
「ふむ……」
「ぼくがこの世で1番強い人間になれば、【村人】が優れた職業であることを証明することができます」
世界で1番強い存在になることが、俺の目標だ。
そこに尾ひれが付くだけに過ぎないし、計画に支障はない。
こうなったのも、俺が魔族を滅ぼしてしまったのが発端だ。
過剰に責任を感じるつもりはないが、多少は罪滅ぼしをしなければならないだろう。
「父さんは反対だ」
「え?」
「お前の心意気は素晴らしい。でも、父親としてはこの領地でつつがなく暮らして欲しい。お前は大事な跡取りだしな」
一体、ルキソルは何がしたいのだろうか。
褒めて煽ったのかと思えば、ここに残れという。
父親としては、気持ちよく送り出すところだろう。
「では、こうしよう。明日は、父さんと決闘をしよう」
「決闘……?」
「ラセルが父さんに勝ったら、家を出ていくことを認めよう。負けたら、家を継ぐこと……。どうだ?」
俺は即答出来なかった。
ルキソルは強い。
最初に会った父親の印象は、いまだに拭えていない。
だが、これはチャンスだ。
大手を振って、スターク家を出ていく好機。
賭けないわけにはいかない。
「わかったよ、父さん。やるよ」
俺は瞳をギラリと光らせる。
父の目に映った子供の顔は、獣のような顔をしていた。
「ふむ。その心意気は良いが……」
ルキソルは口角を上げる。
「父は強いぞ」
剣を握るような仕草をし、腕を掲げた。
俺はその時、やっとルキソルの意図に気付いた。
なるほど。
すべては口実か……。。
ただ父親は、俺と戦ってみたかっただけなのだ、と。
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