第2話 職場にて

「――報告します。侵入したパーティーは第一ゲートに到達。まもなく突破してくると思われます」

「早いな。レベルが上限に達した奴が混じっているか、もしくは全員そうかもしれんな――構成は?」

「はい、騎士1,戦士2、魔術師1、僧侶1、弓兵1の構成です」

「ガチ構成だな。やっかいな」


 ここノルウェン試練所はレベル20~30までの入場制限のあるインスタンスダンジョンだ。いわゆる初心者向けの入門編のダンジョンとも云える。

 適正レベル帯は24,5あたり。これぐらいだと全滅はしないがサクサクと周回をするのも無理といった具合。

 ダンジョンのエリア自体もそれほど広くない。

 三つのゲートと最終部屋まではほぼ一本道。クエストによって途中で枝道を進むことになるが、反復するほどの美味しい報酬ではないので一度クリアすればほとんどがスルーする道だ。

 初心者向けの最初のダンジョンだけに複雑なギミックもない。せいぜいが各門近くにいるキーモンスターを倒して、開錠キーを手に入れる程度。

 巡回も単体で、初見でもない限り大量リンクはしないだろう。

 

 ノルウェン試練所第三門のキーモンスター。それがジョンソン・ボーン・タナガの与えられた役割と担当部署だ。

 バイトを始めてから三年。バイトリーダーになって一年と少し。

 最初のころは初心者フィールドで小剣ショートソード一本だけを手に特定範囲をうろうろして、遭遇した相手と戦闘をこなしサクッとやられて退場。数分後、特定範囲内で再出動リポップする。それの繰り返し。

 戦闘と呼べるほどの戦いはなく単なるやられキャラ。

 やられる為だけにひたすらリポップを繰り返す日々。

 たまに相手の油断とか回復し忘れとかで勝つときもあるが、そんなのは稀だ。

 やる気もやりがいも出ない時給をもらうだけの仕事。ちなみにお試し期間三か月中の仕事なので時給は1500イェンから。

 

 この使用期間中に辞めていく者も多い。

 求人の勧誘文句にもあったが文字通り死ぬほど痛いことが主な辞める原因だ。

 タナガも痛覚が無い体じゃなかったら続けていられたかどうかわからない。

 ともあれ種族的特性にも恵まれ、一年半ほど続けたタナガにバイトリーダーにならないかとの誘いがあった。

 タイミング良くプライベートで受けた種族昇格試験で、スケルトンウォリアーの免許がとれたのでそれもあってバイトリーダーを承諾した。

 他のバイトのスケジュールを組んだり、上とバイトの折衝をしたりと煩わしいことが増えたが、リーダーの役職手当で時給100イェンUPは大きい。

 バイトリーダーになると同時に今の担当エリアに配置換えとなった。


「報告! 第二門も突破! 枝道を行かず一直線に第二門まで来たとのことです!」

「チッ。やっぱり周回組みか。俺たちは瞬殺、ボスの下級竜レッサードラゴンも長くはないだろうな」

「見えました! 侵入したパーティーです!」


 このノルウェン試練所はほぼ一本道ではあるが直線ではない。最終部屋は山の頂上にあり、入口から山頂までは『く』の字になっていて、第三門からでは第一門、第二門の様子を直接視認することはできなかった。


「来るぞ! 迎え撃て!!」


 まずはタナガ以外の三体がパーティーに向かっていく。と、同時に巡回の一体がパーティーの背後に迫りつつある――が。


(まぁ、気づいてない訳ないからな。先に処理されるだ――と。思ったそばからバインドで絡めとられて引き寄せられたか)


 短剣を持った巡回はパーティーのそばまで強制的に引き寄せられると、あとは回復役以外の全員からフルボッコにされて消えていく。

 ちょうどそのタイミングで三体が接敵。

 騎士が敵意ヘイトを集めるスキルを発動。三体の意識が騎士に集中すると即座に戦士の二人がそれぞれ戦斧ハルバート大剣グレートソードを振り回す範囲攻撃。


睡眠スリープ麻痺スタンは使わず火力押しか。何もできずに終わりそうだな)


 目の前で次々と倒されては消えていく同僚を見て、心中でため息をつくタナガ。

 圧倒的な戦力を見せられてはやる気も出ないというものだが、だからといって手を抜く訳にもいかない。査定に響く。

 やられることに問題はないが、やられ方には問題がある。

 馬鹿らしくてやってられない状況であっても、棒立ちでやられるようなことにでもなれば不評を買う。会社からもユーザーからも。


(ま、いつも通りがんばります――かッ!)


 騎士がタナガに敵意スキルを発動した瞬間、タナガは右手の半月刀シミターを振り下ろす。

 盾で受け止める騎士。甲高い金属音が響き渡る――と、戦士の一人が騎士を飛び越えるようにしてタナガの頭上から脳天へと戦斧の一撃を振り下ろす。タナガも騎士同様、円盾で戦斧の一撃を受け止めた。そこへもう一人の戦士の追撃。

 半月刀と円盾。どちらも封じられている。とても引き戻す時間はない。

 大剣の横殴りの一撃がタナガを捉え、真横に体がずれる。

 負傷ダメージは入るが痛みによる鈍化はない。なぜならタナガはスケルトン。

 戦士の大剣でずれた体の位置が良かった。騎士の横。それも盾の内側を取った。

 タナガは頭で考えるよりも先に体の反射で半月刀を突き出す。手ごたえあり。


(まぁ、でも。後ろのやつが回復しちまうだろうがな)


 予測通り騎士の体を薄い緑の光が包む。おそらく回復魔法だろう。

 続けて前衛の斜め後ろから矢が飛んでくる。かわせないが弓ではスケルトン相手にあまり有効打にはならない――はずだった。

 がつん、と衝撃波のようなものがタナガの体を突きにけていく。

 何事かと弓兵を見てみれば、手にするのは薄っすらと金色に輝く弓の武器。


(げっ! ユニーク武器!? レベル30以下なのに拾ったのか! なんて運してやがる)

 

 矢の一撃を喰らった瞬間からなんとなく動きが鈍くなる。鈍化スロー弱体化デバフ付きのユニーク武器なのだろう。

 最後に魔術師からの攻撃。

 指定された一定範囲内に炎の柱を立ち上らせる炎柱フレイムピラー


(それはほとんど効かなねぇよ! 炎耐性があるからな! なぜなら俺はスケルトンってか!)


 どうやら魔術師だけは適正レベルか入場下限制限ぎりぎりのレベルといったところか。それが唯一の救い――にはなりそうもなかった。

 鈍化の効果が痛かった。

 速度が殺されてはよけることも防ぐことも間に合わない。碌な抵抗も出来ずにフルボッコされた。

 六人のパーティーがタナガが守護していた門を潜り抜けていくころには、タナガの体はその場から音もなく消え去っていた。




※ ※ ※



 

「あー、今日も働いたなぁ」


 タナガが転送ルームから休憩室に繋がる扉を開けると、数人の女性バイトがラミアを取り囲んでいる光景が目に入る。


「赤ちゃん、おめでとうございます!」

「産まれたら写真、見せてくださいね」

「会えなくなっちゃうのさみしいです」

「みなさん、ありがとうございます」


 感謝の言葉を口にするラミアは、胸元に花束を抱えていた。おそらく今いる女性たちから贈られたのだろう。

 胸の間に挟まれた花束がなんとなくエロく見えるのは気のせいか。


「ご懐妊おめでとうございます。退職されるとなると寂しくなりますね」


 ラミアと目が合ったタナガは先に声をかける。


「ありがとうございます。タナガさんにはいろいろとお世話になりました」

「いえいえ、私なんて大したことは出来ず仕舞いで」

「またご縁がありましたらどこかでお会い出来たら良いですわね」

「えぇ。そうですね」

「それでは私はこれで失礼いたしますわ。ごきげんよう」

「お疲れ様でした。お気をつけて」


 お互いに会釈を交わすとラミアは休憩室をあとにする。

 取り巻きの女性たちが『外まで送ります』といって連れ立って出ていくと、休憩室に静寂がもどる。

 タナガは椅子に腰かけると、腰骨に吊るしたポーチからタバコを取り出し、一本口に咥えると火を付ける。

 天井を見上げ数日前の休憩室での出来事を思い出す。


『私、子供が出来たの、JB。誰よりも先に貴方に伝えたくって』


 旦那にも伝えず、真っ先にタナガに報告しに来たという。もちろんタナガとの子供ではなく正真正銘、旦那との子だ。

 そもそもタナガに子供は作れない。子種がないから。なぜならタナガはスケルトン。


『子供が産まれたら旦那と別れて晴れて自由の身よ! 待っていてね、JB。来年の春ごろにゆっくりと逢いましょう♪』


 ラミアを含めて女性型のみの種族は子供――子孫を残すことのみが重要であり、子を成せば相手のことなどどうでもいい、という考え方をする種族は多い。身も蓋もない言い方をすれば『種馬』に必要なのは『種』だけなのだ。あとは用済み。


「――来年か」


 心地よい疲労感に包まれながら、ぼうっと天井を見ていると休憩室のドアが開いて声をかけられる。


「――あぁ、ここにいたかタナガくん。ちょっと話があるんだが、今いいかね?」

「アークデーモン部長? お久しぶりです。話ですか? 構いませんが」


 タナガは一度も吸っていないタバコを揉み消すと、姿勢を正して座りなおす。

 アークデーモン部長は手近な椅子を引っ張ってくると、タナガの前に座った。


「タナガくん。ちょっと小耳に挟んだんだがキミ、スケルトンナイトの種族昇格試験受けるんだって?」

「え? えぇ、そうです。よくご存じで」

「ふむ。自信のほどはどうかね?」

「ええと。まぁ、それなりには、といったところでしょうか」

「そうか――」

「はぁ」


 しばらくは沈黙が続き、タナガが居心地の悪さを感じ始めた頃。


「タナガくん。もし試験に合格したら――社員にならんかね?」

「え?」

「今度『断罪の神殿』のインスタンスダンジョンに新しいエリアボスを置くことになってね。何人か当たっているんだが物理攻撃が得意な人が少なくてね。その中でキミならばって声が多くあったのでね。どうだろうか?」

「――俺が……社員に」


 断罪の神殿はレベル35~40のダンジョンでここからユニーク装備がドロップする謂わば最初の本格的なインスタンスダンジョンとなる。

 ノーマル、レア、レジェンドまでのドロップモンスターはバイトでも出来るが、ユニーク、ヒーロー、ゴッドに関しては社員しかなれない役職だ。

 タナガは考え込む。

 最初は割のいいバイトくらいしか思っていなかった。やりがいも面白味もないやられ役。

 無感情のまま漠然と続けてきたのは事実だが、いつの頃からか何か心に残るような気持ちが芽生えていたのも事実。

 はっきり云えることはこの仕事を辞めるという選択肢がまったくないこと。このまま続けていく気持ちがあるなら――。

 タナガは決意をもって顔を上げる。


「やらせてください! アークデーモン部長!」

「おお、すごい気迫だね。よろしい。キミを候補に入れて段取りを進めておくとしよう。だから頼むぞ。スケルトンナイトの種族昇格試験。必ず受かってくれたまえよ?」

「はいッ! 必ず!!」

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