バイトリーダー、タナガ。

維 黎

第1話 休憩室にて

「ひゅ~、疲れたぁ。日曜日ほどじゃないがやっぱ土曜日も多くて大変だわ」


 男は休憩室に入るなりそうひとつ。

 タナガ――ジョンソン・ボーン・タナガが男の名前だ。

 タナガは休憩室の椅子にドカッと座り腰骨に引っかけていたポーチからタバコの箱を取り出すと、一本口に咥えてすぐさま火を付ける。

 くすぶるタバコの先から紫煙が立ち上る――が、赤く火が灯る様子がない。

 普通なら一息吸い込んで堪能するのだがタナガはそうしない。吸い込む為の肺がないのだ。なぜならタナガはスケルトン。

 ではなんのためにタバコに火を付けたのかといえば、紫煙の香りを楽しむ――こともしない。香る鼻がないのだ。なぜならタナガはスケルトン。

 たとえ意味がなくとも、おとこには雰囲気を漂わせなければならない場所というものがある。休憩室ここがそうだと云わないが。


『名誉よりもお金! プライドよりもお金! やりがいよりもお金! 死ぬほど痛いけど決して死ぬことはありません! 簡単なお仕事です! とにかくお金が欲しい方、一度ご連絡をッ! いろいろな種族を幅広くお待ちしております!』


 タナガが無料アルバイト求人雑誌『魔界ワーク・関西版』に掲載されていたバイトを始めて二年がたった。

 仕事内容は簡単に云えば『異空間世界におけるやられ役』といったところか。

 わかりやすく例を挙げると『御面ダイバー』のジョッカー的な役。

 タナガは魔術の素養も知識もない為、そこがどういう世界なのかさっぱりわからないが、バイト先の職場ということでそれ以上にもそれ以下にも思うところはない。

 時給1800イェン。学歴も資格も必要なし。体力と我慢強さがあれば誰でも出来る仕事でこの時給。はっきり云って美味しい。

 求人文句の通り死ぬほど痛い場面は多々あるが、他の者と違って全く問題がない。痛覚がないのだ。なぜならタナガはスケルトン。


「タナガ先輩、っかれーッス!」

「疲れーッス!」

「応、お疲れ。お前らこれで上がり?」

「はい。この後ちょっと予定入れてるんで」

「こいつ彼女が出来てから夜~深夜時間はバイト入れてないんスよ。お盛んなもんで。うひひひ」

「おい! 余計なこと云うなよ!」

「そういや最近、夜は見かけないな」


 タナガには眼球がないので、視線を向ける代わりに顔をゴブリンの男に向ける。


「えぇ、まぁ、その。いろいろありまして……」

「こいつの彼女、ハーピーなんスよ。で、今繁殖期らしくて毎晩バッコン、バッコンしてるらしくて。なッ!」


 もう一人、グリーンスライムの男が体の一部をミョ~ンと伸ばしてゴブリンの肩を叩く。


「なッ!? お前!」


 ゴブリンは羞恥か怒りか、若干顔を赤く染める。


「あれ? ハーピーって人間ヒュルムの男をさらって繁殖するんじゃねーの?」


 タナガは首を傾げる。その時にパキッという軽い音が首の関節あたりから聞こえてきたが特に気にしない。意外と知られていない、そしてどうでいもいい情報だが、スケルトンの関節ってパキパキ鳴り易いやつが多い。タナガもその一人だ。

 あと気圧差とか温度変化でもよく鳴る。冷たいところから暖かいところに急に移動したりすると思いのほか大きな音が鳴ってびっくりすることもある。エアコンみたいに。


「俺も初めてハーピーと付き合って知ったんですけど、何年か前に魔界法が改定されて、ヒュルム保護の観点から反捕人団体っつーもんが設立されたらしくって。申請して許可が下りないと簡単には攫ったり、誘ったり出来なくなったらしいです」

「そうそう。俺の彼女も嘆いていました。あ、俺の彼女はセイレーンなんスけどね。歌って誘うのもダメらしくて、申請もなかなか下りなくて仕方なく俺と付き合ってあげてるとか云ってまして――って、なんか思い出したら腹たってきたッス」


 グリーンスライムが怒りに身を震わせる。プルンと。


「そんな訳でタナガ先輩。しばらくは俺、夜シフトはちょっと入れないですけどいいでしょうか?」

「俺の立場としてはゴブリンとスライムは少しでも多くいてくれた方が助かるんだが――」


 人気はともかく、ゴブリンとスライムは需要が高い魔材だ。特に初期フィールドやエリアでは結構な数を揃えないといけない。

 各バイトを纏めるバイトリーダーとしてはなんとか出てくれと言いたいところだが――。


「とはいえ、俺個人としては仕事よりも彼女を優先したい気持ちはわかるしな。まぁ、いいさ」


 昔ほど平日が忙しくなることもない。タナガはゴブリンの要望を聞き入れた。


「ありがとうございます。その代わり連続出勤OKですよ。とりあえず10連勤くらいは。ちょっと稼ぎたいんで」

「おお。それは助かる。じゃ、とりあえず一週間、入れといていいか?」

「はい、OKです」


 タナガたちの職場は365日24時間営業だ。

 AM7:00~PM15:00の朝シフト。

 PM15:00~PM23:00の昼シフト。

 PM23:00~AM7:00の夜シフト。


 1時間休憩を入れた8時間勤務の3交代シフト制が基本時給1800イェン。夜シフトのみ時給50イェンUP。

 この他に時給1200イェンに下がるが、勤務時間1時間刻みの申告出勤も可能となっている。


「それじゃ、俺たちはこれで失礼します」

「ッ礼しやーッス!」

「応、ご苦労さん。また頼むわな」


 ゴブリンとグリーンスライムが休憩室から出ていくのを見届けると、タナガはタバコを灰皿でもみ消して、両腕を上げて椅子の背もたれに体重を預けるように伸びをする。

 当然ながらタバコは一回も吸わず。もったいない。


「ん~~ッと。さてメシどうすっかなぁ」


 この後の遅い昼食に思いを馳せながら、指先からつま先までピーンと突っ張るように大きく伸びをする――と、指先になにやらぷよんと柔らかな感触が。


「ちょッ!!」


 驚きと悲鳴が混ざったような声と指先の感触に伸ばしていた両腕を反射的に戻して大勢を整えると、上半身を捻って後ろを振り返る。パキッ。

 果たしてそこには胸を両腕で抱えるようにして防御している女性。あまりに爆乳ほうまん過ぎて腕から零れ落ちそうではあったが。

 下半身がむき出しの蛇、上半身はノースリープのシャツを着たヒュルム型のラミアがタナガを軽く睨むように見下ろしていた。


「――セクハラですよ、タナガさん」

「や。これは不可抗力だ――ですよ。


 軽く睨んでくるラミアにタナガは椅子から立ち上がると肩を竦めてみせる。


「ほんとうに? タナガさんほどのスケルトンが、他者の気配を感じ取れないなんてことあるのかしら?」

「買い被り過ぎです。私なんてその辺の十把一絡げのスケルトンですから」


 タナガはそう云ってラミアに近づくと、肉付きの良い尻と引き締まった腰の境目あたりに細く白い腕を回す。


「!? ちょっとタナガさん! こんなところで――」

「しー」


 タナガは白魚のような人差し指を自らの口元へ立てる。


「大丈夫だ。他に気配を感じないからな。近くに誰もいやしねーよ」

「もう。やっぱり私に気づいていたんじゃない。ったら」


 ラミアは拗ねているとも甘えているともとれる吐息と共に、タナガに体を預けるように身を任せる。

 タナガは小娘には無い妖艶ともいえる肉感ある体が好みだった。抱き心地が実に良い。自分の固い体にはダイレクトに伝わる感覚がたまらない。なぜならタナガはスケルトン。


「――お前、1時間刻みワンタイム勤務だろ? 今晩あたりどうだ?」

「あら? 今週はずっと朝シフトと昼シフトダブルヘッダーじゃないの? 貴方」

「そうだが問題ない。存分にお前を満足させてやれるさ」

「あらあら、まぁまぁ。頼もしいこと。でもダメよ。来週まで待って。そうすれば旦那が出張でいなくなるから」


 ラミアは腰に回されたタナガの腕を掴み、やんわりとほどいて自らの頬まで運ぶと、愛おし気に手のひらを頬にあててその手を離す。


「――わかりました。それでは来週を楽しみに待っていますよ」


 休憩室の外からの気配を感じてタナガはラミアと距離を取ると口調を改める。


「えぇ、タナガさん。それじゃあ、私もそろそろ出勤時間なので失礼しますわ」


 ラミアは軽く頭を下げると休憩室の出入り口とは反対側の扉を開けて出て行った。


「さぁてと。昼飯どうすっかな。この間は骨付きチキンだったし、昨日の夜はつまみで骨せんべいだったしな。鳥、魚ときたから今日は豚にするか――よしッ! 豚骨ラーメンでいくか」


 骨を使った料理は大好きだ。カルシュウム摂取もかかせない。なぜならタナガはスケルトン。

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