第5話 逆転の一手
そこから先は早かった。
とにかく時間を惜しんでエントリーシートにSPI(適性検査)に取り組んでいた。
前までの自分とやっていることは全くもって一緒だ。
違うことがあるとするなら、選り好みをしなくなったという点。
前まで、口だけは業界関わらずに受けていたが、かなり条件を限定していたことを自覚した。
まず自分の中で捨てられない“軸”を1つだけ決める。
思い当たるものをまずひたすら紙にかく。
そこから仮に、その会社で‘定年まで働くと仮定’した上で何が必要になるか。
一個ずつ削っていくだけの作業。
俺にとって残ったのは、“誰かのため”を実感できるか否かだった。
この結果は少し驚きだ。
確かにこんな気持ちがないわけではなかったが、自分の中でこんな偽善者みたいなものが1番だとは思わなかった。
金、時間、ネームバリュー、やりがい・・・。
もっと欲しいものはあげたらキリがない。
だが1番以外はひとまず捨てる。全てを得ることができる活動期間はとうにすぎている。
前に進むということは諦めることだ。
俺は先生からそう教わった。
“こんな状況になったのは新型ウイルスのせいだ。”
今でもそう思っている部分はあるが、俺は諦めてからそのメリットにも気づいた。
エントリーシートやSPIや面接などがほとんどオンラインに移行したことによる移動費と時間の削減。
時間を惜しまなくてはいけない今の俺にとってはありがたい誤算だった。
実際には身を結ばなかったが、去年の夏から冬にかけてやってきたことも無駄ではなかった。
他の人よりも経験を積んでいる。
この気持ちが俺の中の自尊心を保たせていた。
企業はどんな人材を求めているのだろうか。
それは色々あるだろうが、少なくとも自分に自信がない奴なんて一緒に働きたくないだろう。
さらに変わったことはエントリーシートを出す前に必ず先生に添削してもらったこと。1日に何社も出している俺の添削なんて面倒だっただろうが、俺は恥を捨てて、迷惑を承知で毎日お願いしていた。
先生はまたですか、と呆れながらも付き合ってくれた。本当に感謝だ。
「文章とはつくづく人を表しますよね。」
意識を変えてから数週間経ったあるとき、先生の言った一言に俺は首をかしげた。
「どういうことでしょうか。」
「あなたの文章から覚悟を感じます。去年見たものと内容としてはそこまで違いはありません。ですが、言葉の端々に情熱と決意を感じます。いい文章だと思います。」
先生からの評価は何よりも嬉しいものだった。
“就活なんて嘘で乗り切れる。”
よくネットにこんなことが書かれているが、俺は正直前までこっちの考えよりの人間だった。
実際活動内容を嘘ついたところで確認する術はないわけだし、多少話を盛っても自分の中で辻褄を合わせれば問題ないと。
間違ってはないと思う。
ただ、嘘つきが正直者に勝ることはないのもまた事実ではないだろうか。
本当ににそうしてきた人間とそうでない人間とでは言葉の重みが違う。
きっとこれまでの人事の人は俺の文章に宿る熱を感じなかったのかもしれない。
最近になって書類選考突破のメールを見るたびにつくづくそう思う。
大人になれば子供の嘘なんて誰でも気づけるだろう。それは長年の経験でなんとなく分かったりするものだ。俺でさえ小学生の甥っ子がついた嘘はなんとなく見抜けてしまう。
きっと面接官も俺たち大学生に似たような感覚を抱いているのだろう。
大人は子供にわざわざ嘘を嘘だと指摘しない。
結局どこかで、自分自身で気づくしかないのだろう。
俺には気づかせてくれる人がいた。
そしてこの人は書類選考に通ったと連絡すれば自分のことのように喜んでくれる。
この学校は決して偏差値の高い大学ではない。一緒に就活を頑張る同胞など数える程しか知らない。
しかしそこには確かな教育資源が眠っていた。
・・・。
俺には運がついていた。
この大学に入ってこの先生に出会ったことだ。
俺は紛れもなく幸せものだった。
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