第108話 エピローグ③

 まるで行楽日和こうらくびよりだと言いたくなるような晴天の空の下。

 俺は大勢がたむろする広場を越えて歩き続けた。 

 そうして目的の場所へと到着する。


「あ、佐藤さんっ」


 真っ先にこちらに気づき、よってくるのは田中ちゃんだ。

 彼女は駆けてくる勢いのままに俺の二の腕へと飛びついてくる。力強くがっしりとホールドされてしまい身動きが取れなくなるが「えへへ」と笑う彼女に抗議することはできそうにない。慣れない振る舞いに照れている姿ははっきりと可愛らしい。


「佐藤くん?」

「あっはい。すまん田中ちゃん、動きづらいから離してくれない?」

「はーい」


 高橋からの呼びかけに咄嗟とっさに反応すると、田中ちゃんは素直に応じる。そして彼女は高橋へと「ふふん」と勝ち誇るような視線を向けていた。


「どうして田中さんはそんなことをするのかな?」

「理由なんてわかりきってるでしょうに、そんなこと聞いてどうします? 嫌味たらしい女は嫌われますよ。これからはいつでも奪い取りに行きますから覚悟してください」

「佐藤くんは私の彼氏です」

「うーんでも、二人ってなんだかんだでまた別れそうじゃないですか。そのうち高橋さんが独りよがりな面倒くさいことを言い出しそう」

「そんなことないです」

「でも選ぶのは佐藤さんですし」

「こればっかりは、いくらあなたでも譲りませんからっ」

「ようやく本気になりましたね。これまではイジイジと地面ばっかり見てるから、やりにくいったらありゃしなかったんですよ」


 高橋からはっきりと非難されようとも、田中ちゃんはむしろイキイキとした様子で反論している。そんな二人の様子に、俺はというと何をどうすればいいのかわからない。


「よう色男、いきなり見せつけてくれるな」

「鈴木か……お前はいいな、ご機嫌みたいで」

「ありがとうよ」


 俺が皮肉を言うと、隣にやってきた鈴木がやけくそ気味に笑った。そして「この方が考え込まなくて済むからありがたい」と本音らしきものをこぼしている。

 昨晩のことだが、なにかと心配していた鈴木と高橋の仲にもひとまずのケリがついていた。あの騒動の後、皆のもとへと戻った俺と高橋の前には、地面に頭をこすりつける鈴木の姿があった。「煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」と。つまりは鈴木による懺悔ざんげだ。それに対して呆気あっけに取られた俺をよそに高橋が「歯を食いしばってちょうだい」と言った。そしてゴスリと鈍い音をたてて痛烈な張り手をかましたのである。それを見た俺はドン引きしたのだが、当人たちは満足そうだった。最後に「これで全てを水に流す」と言った高橋の姿は、なんとまあ男前だなと思ったものだ。


「鈴木くんも良かったじゃない。念願かなってののしってもらえて、嬉しかったでしょう?」

「間違っていないのかもしれませんが、言葉は選んでください」

 

 不本意そうな表情を見せる鈴木に声をかけるのは山本さんだった。彼女は「お姉さんが愚痴くらい聞いてあげましょう、今度ウチの店に飲みにきなさいよ」と鈴木をなぐさめている。


「あ、山本さんは勤め先が決まったんですか?」

「オーナーに紹介してもらって、ちょっとね」


 彼女は東京でのとりあえずの奉公ほうこう先を決定したらしかった。その物言いから京都でのガールズバーのような飲み屋なのかと問うてみると、高級料亭の名前が出てくる。なんでもそこで仲居として働き始めたのだという。オーナーさんのツテというのも謎だ。


「それ……いくらぐらいするんです?」

「これぐらい」

「ぶっ──鈴木、やめとけ。ケツの毛までむしり取られるぞ」

「まず俺は未成年だから、酒は飲めん」

 

 そのように三人で歓談していると、それに加わる人もいる。


「やあ佐藤くん、昨日は大変だったみたいだね」


 田中ちゃんのお義兄にいさんだった。

 彼からは改めて田中ちゃんの東京訪問について、お礼を言われる。


「そっか、もう帰っちゃうんですよね」

「うんそうだね。僕は仕事の関係でちょくちょく上京したりするけど、義妹いもうとはそうじゃないからね。もし良かったら、また長崎に遊びにきてよ。今度はうちのむすめと一緒に歓迎するからさ」

「是非、そうさせてください」


 そのときは高橋と一緒に訪問させてもらおうと、そう思いかけたが──いまだ言い争いをしている二人に視線を向けてしまう。


「大丈夫大丈夫、義妹もあれで楽しんでいるみたいだよ」

「高橋も元気が出ているみたいですから、そう思いたいんですけど──問題は俺がたまれないということです」

「なあにそれ、面白そう。私も行きたいわ」

「山本さんは遠慮してください」


 絶対に収拾がつかなくなるから。

 俺が断固拒否の姿勢を見せるとと「いけずやわ」と非難された。


「なんすかなんすか、長崎なら俺らも近いから遊びに行くっすよ」

「そうですね。その際は僕たちも」


 会話に参加してくるのは伊藤くんと渡辺くんだった。確かに彼らの地元は福岡なので比較的に近い。だが二人は今や、世間が注目する大事件のキーパーソンである。今回だって、これから北海道へと自動車でトンボ返りだ。忙しいなんてものではないだろう。

 だから感謝の気持ちを改めて伝える。


「二人とも本当にありがとう、助かったよ」

「なにを水臭いこと言うんすか、俺たちの仲じゃないっすか」

「そうですそうです。それに佐藤さんにはこれぐらいじゃ返しきれない恩があるんですから」


 二人ともそう言って笑ってくれた。


 なごやかな雰囲気が周囲を包んだ。

 そのようにして過ぎていく日曜の午後。

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