エピローグ

第106話 エピローグ①

 翌日のこと。

 大学ではオープンキャンパスが開催されて、キャンパスは高校生たちで溢れかえっている。種々様々しゅしゅさまざまな学生服、しかしそれ故にこそ同じような雰囲気をもつ集団がわらわらとうごめいている。

 普段とは違う光景だ。

 進学というこころざしが立派である彼らであったが、その様子は明らかに浮き足立っている。何かにつけて初々しい。溌剌はつらつ躍動やくどうする者がいたかと思えば、緊張のためかカチコチと動きがぎこちない者もいる。手足を左右同一に踏み出すやからなぞ久々にお目にかかったぐらいだ。

 そうなるとそれをはたから見る身となれば、何かしらふんわりとした感情に抱きそうなものだ。「ふふ、俺にもそんな時代があったな」なんて誰様だれさまか分からない上から目線を発揮したとしてもおかしくはない。

 しかしどうしたことか、俺はというと頭を抱えて羞恥しゅうちもだえていた。


「ふむ、いい写真ではないか」

「頼むから忘れてください」


 訳知り顔で俺の携帯電話の画面をのぞき込んでいる大学の先輩に向かって言う。現在、俺たちは集団から外れた、キャンパスのとあるベンチに腰掛けて座っている。


「まさか盗撮されていたとは……」

「あの中庭は外部から普通に立ち入れるからなぁ、ちと入口は分かりにくいが。周囲の警戒をおこたったのが運の尽きだったな」

「聞いてませんよトラ先輩、どうしてあらかじめ教えてくれなかったんですか。恨みますからね」

「お前もまた無茶を言うなぁ」


 昨日さくじつの俺と高橋の蜜月は野次馬されており、写真はきっちりと決定的瞬間を収めていた。そうして先ほど、このように画像として俺の携帯へと送りつけられたわけだ。

 送り主は山本さんである。

 ということはつまり、残念ながら関係者各位にすでに周知済みだ。


「しかし、いきなり呼び止められたかと思えば、良いものが見れたものだ」

「勘弁してくださいよ」

「そんなに恥じ入る必要はないだろう。良い記念だぞ」


 カラカラと笑う先輩の姿に、これは話の流れが悪いと感じる。だから無理やりに話題を変えることにした。

 俺は彼に対して改めて向き直ると頭を下げる。


「それとトラ先輩にはお世話になりましたから、改めて感謝します」

「よせよせ、俺は好き勝手にしただけだ」


 どうして俺が今、こうして先輩と二人で歓談しているかというと、彼に諸々もろもろの報告と謝礼を伝えるためだった。彼には俺ばかりではなく高橋も迷惑をかけている。


「まあ、俺としても可愛い後輩のためになったというなら気を揉んだ甲斐があった。それで、お前たちはもう大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫です」

「ならば良い」

「ただ昨日の今日なんで、なにかとせわしない雰囲気がしばらく続くと思いますが……落ち着くまではお騒がせするかもしれません」

「なんだ、まだイチャイチャする気かおのれらは、そうなってくると腹が立つ。ぜひ俺のいないところでやってくれ」

「……先輩、まだ彼女できないんすか?」

「よしきた、その喧嘩けんか買わせてもらうぞ」


 俺の軽口に「表へ出ろ」と付き合ってくれる先輩はひょうきん者だ。もちろんここは屋外で、こうして冗談をかましてなごませてくれる度量こそは見習いたいところであり、うん、だから本当に殺気立ってるように感じるのは気のせいだろう。

 そのように楽しくやっていると、ふと前方よりこちらを呼ぶ声がする。

 

「やいトラの字!」


 見ると一人の女性がこちらへと手を振って合図をしていた。

 彼女もまた大学の先輩であり、隣にいる先輩とよくつるんでいる人だ。ちなみに高橋が彼女のことをしたっており、二人で遊んでいるところをよく見かける。


「彼女でいいんじゃないですか、相方あいかたでしょ?」

「ふむ、確かに付き合いは長いが──」


 先輩が神妙な様子で尋ねてくる。


「お前だから言うが、俺は『運命の恋』というものに並々ならぬ関心を抱いていてな。どうだろう? お前の目から見てやつは、俺の『運命の相手』だと思うか」

「年上の先輩から『運命の恋』なんて発言をされたこちらの身にもなってください」


 いい年こいて何を言っているんだろうこの人は、と思わなくもなかったが、まさか口にするわけにもいかない。なので「お似合いだとは思いますよ」とだけ言っておいた。

 するとのんびりと動く気配を見せないこちらに業を煮やしたように、女性の方の先輩がわめき始めている。あまり待たせていると、どんなお怒りが飛んでくるかわかったものではない。


「いい加減に持ち場に戻れだとさ」

「大変ですね」

「まあそれなりに報酬は出る」


 先輩は大学からの依頼により学生アルバイトとしてオープンキャンパスの運営に関わっていた。その途中で俺が呼び止めたわけだから、これ以上拘束して迷惑をかけるわけにもいかない。


「それじゃあ、俺はこれで」

「おう、息災そくさいにな」


 そのように別れようとすると先輩から、ふと何かに気づいたかのように尋ねられた。


「ちなみにお前の色恋いろこいというのは『運命の恋』なのか?」

「何を言わせようとしてるんすか」

「ちょっとしたたわむれだ、嫌なら無理に答えなくともよい」


 先輩の質問の答えにはすぐに辿り着けるものであったが、それを口にするには若干じゃっかんれがある。さりとてかたくなに答えないというのも狭量きょうりょうな気がして、俺はガシガシと頭を掻くと返答した。


「もちろん世界で一番の恋ですよ」

「それはうらやましいものだ」


 先輩は笑って言うと最後に「よかったら後で飯でもどうだ?」と誘ってくれる。しかし俺はそれを丁重に断った。


「なんだ先約でもあったか?」

「ええ、みんな待ってますから」

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