第101話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日⑩

 ここで紳士淑女諸君しんししゅくじょしょくんのために、高橋の艶姿あですがたについてキッチリと説明しておく。

 といっても、もちろん服は着ている。だが、その上から荒縄のようなロープによりなまめかしく縛り上げられているのだ。いつかなにかしらの教材きょうざいによりおがんだことのある縛り方だが、正しい名称は知らない。そんなこともあり全身のあらゆる局所が扇状的せんじょうてきに強調されており、セクシーさが際立っている。そして目元はアイマスクにより覆われて、口元は割と本気の猿轡さるぐつわが咬まされている。言っちゃなんだが、特殊な雑誌でしか見たことない姿だった。

 というかなんで荒縄なんてものを持っているんだ?


「ああこれ、鈴木くんにあてがわれた部屋にあったの」

「鈴木ぃっ!」

「いやっ、俺は何も知らんぞっ!」


 俺の視線に気づいた山本さんの返答に、思わず怒号どごうを飛ばしてしまう。それを受けた親友はアタフタと事情を説明し始めた。なんでも、高橋たちを待機させるのに、知人が所属しているサークルの部室を使用させてもらったらしい。だからそこに置いてある資材についてはあずかり知るところではないそうだ。確かに大学のサークル棟なぞ学生の手によって私物化されていることなんてザラだが、これはちょっと我が校の風紀というものが心配になってしまう。

 ちなみにその知人のサークルは何かと問うと、水泳部だという。

 アーメン。


「さーさー、姫を私から奪いたければーどっからでもかかって来ーい」

「あー……山本さん。ひとつ聞きますが、その勝負する相手ってのは俺のことですよね、もちろん」

「他に誰がいるのよ?」

「いや、そうなんでしょうけど。そもそも勝負なんてする意味は?」

「そりゃ、佐藤くん。こんなに魅力的な女の子を二人もそでにして、お姫様を取り戻そうとするんだから、男を見せてちょうだいよ」


 そう言って山本さんは「そうよねー、田中ちゃん」と隣に同意を求めている。これまでひっそりと待機していたものだから目立たなかったが田中ちゃんだ。彼女は高橋のわきをかかえて拘束したまま、黙って立っている。そしてコクンと小さく首を振ると、また何も言わずに静かになった。

 何やら様子がおかしい。

 いぶかしんで覗き込んでみる。

 眠たそうだった、というかなんだかポヤポヤしている。


「まさか飲ませてませんよね?」

「大丈夫ー。佐藤くんの到着があんまりにも遅いものだからオネムになっちゃっただけよ」

「高校生が?」


 大丈夫とは言うが、いったい何に対して危なげがないと主張しているのか。もう何も信用できん。何もかもが無茶苦茶だった。


「といっても、か弱い婦女子が男の子の腕力にかなうはずもない。ここはほら……なんで勝負しようか?」

「それじゃあジャンケンで」

「オッケー、それじゃあ正々堂々に──」


 腕まくりをする山本さんに、できるだけ厄介にならない提案をしたところ、あっさりと同意をえる。どうやらなんだっていいらしい。こうなったら山本さんの悪ふざけにのってしまうのが早い。

 俺は「苦しいだろうが少し待っててくれ」と高橋へと声をかける、すると返事は「ムー」だった。ムームー星人。


「ジャンケンほい」


 特に奇をてらわないかけ声をあげる。

 結果は俺の勝利だった。


「負けたー。けれど安心するなかれ、すぐに第二第三の刺客しかくがお前を狙うことになる」

「さしあたり二番手の刺客だと思われる娘が寝てますけど?」

「あ、本当だ。おーい田中ちゃん……ダメだ。佐藤くん起こしてあげて」

「はいはい」


 グダグダとしてきた場の雰囲気にのる。こうして遊んであげれば、酔っ払いも満足して大人しくなってくれるだろうとの狙いだった。そんな風に気を抜いていたものだから、彼女から目を離して背中を見せたとき、咄嗟とっさに対応が取れなかった。


すきありっ」

「あの、動けないんですけど」


 唐突に背後から抱きすくめられて困惑する。女性からの熱烈なアプローチは嬉しいが、時と場合というものがある。


「油断したね、きみ

「こんな姿を見られたら誤解されちゃいます」

「うへへ。高橋ちゃんは見えてないし、田中ちゃんはあんなだし。チャンスは今しかないと思ったのさ──まあ、ちょっとお姉さんからも一言ひとことだけ激励げきれいをさ」


 背後からひそひそとささやいてくるのでくすぐったくて仕方がなかったが、途中で山本さんの声音こわねが変わった。それなのでつつしんで聞く。


「まあ私もね。こういう話の流れになって君とのことをアレコレ考えもしてみたさ。そんで白状すると悪くないかなぁなんて思ったりもしたよ、そりゃ」


 初耳であったが、それは俺としても同じことだ。

 いくら何でも、ここまで関係のあった異性に対して何も思うところがないという方が失礼だ。けれど俺の気持ちはすでに定まっている。それをどのように伝えたものかと思案していると、山本さんの言葉は続く。


「でもねぇ、君はやっぱり私にとっては恩人おんじんで、諸手もろてを挙げて味方になってあげるべき人なんだよ。そこが、ほんのちょっとだけ違う。だから、私はいつだって君の幸せを祈ってるし、必要とあらば無用なお節介だって焼こう」

「無用なのは勘弁してください」


 俺がおどけてみせるとニシシと山本さんが笑う。

 悪戯いたずら好きの悪童あくどうみたいな笑みだ。出会った当初に見た自罰的じばつてき空笑からわらいではない。彼女は彼女らしく、確かに笑っている。


「だからお姉さんが君に言いたいことは一つだけだ──」


 山本さんは言う。


「シャンとしおし。お姉さんはキチンと君のことを見てるさかい」

「うす」


 彼女は素敵な女性だと、本当にそう思った。

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