第100話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日⑨

「酔ってますか?」

「君が来るまで時間かかったからねー、待ちぼうけしてる間に少しね」


 山本さんはそう言ってクイッと猪口ちょこを傾ける仕草をする。彼女は俺と鈴木が寝転ねころがっている一画いっかくまで近寄ると、頭上からケラケラとした笑いをこぼした。


「いやーまさか北海道くんだりにいるとは、さすがは足運びが軽妙けいみょうだ。ケッサクだったよ。いざ勝負とばかりに電話してスカされた鈴木くんの顔。佐藤くんにも見せたかった」

「まさかあなたもグルだと思いませんでしたよ」

「んふふ、びっくりしたでしょう。これもあなたのことを思ってのことよ」

「やっぱり酔ってる」


 まるで箸が転んでもおかしいとでも言わんばかりにキャッキャと笑う山本さんを見て直感した。そこそこ飲んでるわ、これ。


「山本さんが高橋を連れてったんです?」

「田中ちゃんもいるわよー、私だけじゃ不安だろうし。さっきまで三人で楽しく女子会してたわ」


 なるほど、そういうノリで高橋を説きつけたのだろう、田中ちゃんまでまきこんで。この三人の仲は良好と言ってつかえはない。鈴木という悪漢あっかんに拘束されるではなく仲良しこよしの女子三人で集まる、そういった体裁ていさいで彼女をかどわかしたのだ。


「鈴木とはいつ知り合いに?」

「んー、東京にでてきた日かな。ほら、ここにみんなで昼ごはん食べに来たとき。その後に声をかけられてね。話を聞いてみたら面白そうだったから」


 よく初対面の見知らぬ男のさそいにのったものだと思ったが、そういえば山本さんの引っ越し作業を手伝った際に鈴木という男の人となりについて尋ねられていた。いい奴だとそんな風に答えた気がするが、彼女なりに信用のおける男だと認識した結果だろう。


「それじゃあやっとこさ王子様が姿を見せたことだし、とらわれのお姫様を連れてくるわね」

「王子様とかがらじゃあないっす」

「だったら流浪るろうたみで──しばらく待ってなさい」


 そう言って山本さんは去っていく。それを何とは言わずに見送った後、どうしようもない不安が口からこぼれ出る。


「……高橋は無事だろうか?」

「何を言ってるんだ、お前は」


 そうは言われてもだ。


「高橋の様子はみてなかったのか?」

「知らないな、拘束中はすべて彼女らに任せていた。高橋の安全安心ために協力を頼んだのだから、無事のはずだぞ」

「いや、でもな」


 いぶかしむ鈴木相手に言葉をまらせてしまう。

 山本さんという人物は素敵な女性だが、酒癖さけぐせがよくない。なにせ転居先の隣人宅に一升瓶いっしょうびん片手に突撃し、果てには介抱されてしまうような女性だ。その片棒かたぼうかついだのは俺だが、あきれた行為である。そのような人であるから、酔った山本さんに高橋がどのような目にあわされているかは想像できない。会話ができるほどには理性を保っているようなので滅多めったなことにはならないと思いたい。


「ちゃーっす、って二人とも起きてたんすね」

「色々と、買ってきましたよ」


 考え込んでいると、姿が見えなかった伊藤くんと渡辺くんの二人がやってきた。

 どうやら近くのコンビニにて救護品きゅうごひんなどを購入してくれていたようだ。自らの体を見ると細かいり傷などがある。舗装ほそうされた地面に倒れ伏したなら当たり前だ。白いレジ袋の中から絆創膏ばんそうこうなど諸々もろもろを出してくれるので、それを受け取る。


「ほい、イケメンの兄さんもどうぞっす」

「イケって……ありがとう、君たちは?」

「俺たちゃ、イケメンシネシネ団っすね」

「しね……?」

「ああコイツの言うことは気にしないでください、何も考えてないんで」


 鈴木の方にも冷却剤のような小袋が渡される。それをあごにあてて痛みがしみるかのように顔をしかめていた。大袈裟おおげさな野郎だ。


「それで、どんな風に話が落ち着いたんすか?」


 尋ねてくる伊藤くんに現状を説明する。鈴木との決着はついて、現在は高橋を待っている状態にあること。そして何かしら嫌な予感がするということ。すると、あっけらかんとした返答があった。


「そんなに心配する必要なんてないんじゃねっすか」

「いや、そうなんだろうが。うーん……」


 どうにも第三者には説明しにくい。山本さんという酔いどれがどれほど突飛な人物であるかは言葉では伝えづらい。

 そうすると話を聞いていた渡辺くんから質問を受ける。


「逆に不都合があったとして、何が起きるって言うんです?」

「そっすそっす、ちっとくらい酔ってたところで、人間そこまで破天荒はてんこうなことはできはしませんって」

「むしろ変な人代表の佐藤さんがビビるほどの奇天烈きてれつなら見てみたいくらいです」

「変な人って……まあ、そうだといいんだが──」


 渡辺くんの言葉にうなっていると「お待たせー」と気軽な声音が聞こえてくる。聞こえてきたからには、振り返るしかない。


『は?』


 そしてその場の全員が絶句した。


「やーやーお待たせ、いやーお姫様が抵抗するもんだから時間かかっちゃったよ──じゃじゃん、囚われのお姫様だよ、感動の対面だ」


 山本さんの言葉の最中にも「んーっんーっ」と唸り声が聞こえてくる。その響きはまるで、身体の自由を奪われ、目隠しと猿轡さるぐつわまされて、息も絶え絶えになりながらも必死に助けを求める声に聞こえた。

 というか、そのままである。


「えっと高橋……大丈夫か?」

「んんーっ!!」


 何を言っているのかはわからないが、切羽詰せっぱつまっていることだけは十分に伝わってくる。そこには山本さんの手により、あられもない様相ようそうになった高橋の姿があった。

 

 すごいな、全身を緊縛きんばくされた人間なんて初めてみた。これでは囚われのお姫様というより、獄中ごくちゅう咎人とがにんである。


「さあさ、お姫様をかけて私たちと勝負だあっ」


 ヒックという、可愛らしいしゃっくりが一つだけ闇夜に響いた。

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