第98話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日⑦

 それからは長い時間をついやした。

 津軽海峡をフェリーで越えて高速道路を法定速度で爆走し、車ではるか南へと。函館はこだてから東京は当たり前だが長かった。


 途中、色々と旅の逸話いつわがあった。

 新しい出会いと発見が目白押めじろおしであった。

 その一つ一つが大事な思い出ではあったが、今において優先される事項とは違う。目指すのは大都会、東京。そこに殴り飛ばすべき奴らがいるのだ。

 たとえお門違かどちがいだと人にそしられることがあろうとも、見当違いで場当ばあたり的な愚行だと呆れた視線を受けようとも、この思いを果たさずにいられるか。

 そんな一心をもって俺たちは進み続けた。

 

 そうしてようやく到着したのは、俺たちが通う大学のキャンパスである。

 人の気配はない。

 大学というその性質上、人の出入りがなくなることは滅多めったにないはずだが時間帯が時間帯である。すでに日の光はかげっており、月が出ている。加えて明日はオープンキャンパスが開催されるという都合つごうで人の制限がなされているのだろうか、往来はひと子一人こひとり通らない。


「ながかった……」


 思わず口をつく。


「やっぱ函館からはハンパなかったすね」

「すでにグロッキーです」


 ここまで行動を共にしてくれた二人の友人たちもフラフラとしていて足元がおぼつかない。これまでロクな休憩もなしでここまで同行してくれたのであるから、感謝ばかりがつのる。


「それでくだんのイケメン野郎はどこにいるんすか?」

「場所は詳しくは聞いてなかったが、そのうちに現れるんじゃないか?」


 伊藤くんのいうイケメン野郎というのは鈴木のことだ。俺たち三人においては、いけ好かない奴というのはイケメンだと決まっている。わざわざ否定する気にもならなかったのでそのままにしている。

 今回のアイツは敵役かたきやくだ。

 それならば相応の扱いというものがあった。


 しかし、そのまましばらく待ってみてもウンともスンとも状況に変化はなく、仕方ないので辺りを散策することになった。三人でキャンパス内をウロチョロする。

 それにしても本当に誰もいない。

 このような大学構内というのも珍しく、それなりに楽しんでもよい状況であったのかもしれない。しかし、三人ともそれどころではなかった。旅の疲労はすでにピークへと達しており、それぞれが「ふはは、ぶっ倒れて寝ちまいてぇ」などと朦朧もうろうとしたうわごとをつぶやいている有様ありさまであった。月下のもとフラフラと不気味な笑いを撒き散らしている野郎三人の姿というのは、はたから見るとさぞかしホラーチックであっただろう。

 俺たちがそのように怪奇譚かいきたんの創出にいそしんでいると、ついに広いキャンパスの敷地に一つの人影があることに気づく。

 鈴木だった。

 ゆらゆら揺れる俺たちとは違い、しっかりと睡眠の足りている歩みを持ってこちらへと近づいてくる。


「行ってくる」


 俺は二人へと断りをいれて、奴の対面に立った。


「ようやく来たな」


 鈴木が言う。


「まさか北海道にいるとは思わなかった。なんであんなところにいたんだ、お前は?」

「……」

「だんまりか、まあいいよ」


 理由を問われたところで明確なそれなんてない。なので言いそびれてしまったのだが、鈴木は勝手に自己完結している。そのままこちらへとってくるので俺の方も歩み寄った。


「お前は怒っているかもな?」


 何を怒ることがあるというのか? 意図がわからない。


「自分でも不思議に思っているんだ、俺はこんな馬鹿なことをしでかすような男だったか? それともいよいよ頭のどこかが破綻はたんしてしまったのか。それでもどうしてもお前にいどみたくなった」


 はて挑むとはなんぞや?

 色々と想像できることはあるはずなのだが──頭が動かない。

 すでに俺の頭脳は正常な動作をとってはいない。小難こむずかしい話は遠慮えんりょしてもらいたかった。片道八百キロメートルを超える強行軍きょうこうぐん過酷かこくさは、そう簡単に説明できるものではないのだ。今はただただ惰眠だみんむさぼりたい。


「あー鈴木──」

「思えばお前には負けっぱなしだ」


 それなので一旦いったん会話の中断を提案する気でいたのだが、鈴木は構わずにペラペラとしゃべり始める。


「高橋はお前を選んだ。それだけだったら、こんなにもみじめな思いをすることはなかったのかもしれない。けれど俺は間違った」

「うんわかった。わかったから、ちょい──」

いさぎく負けを認められなかった俺は女々めめしくも追いすがった、それも最悪の形でだ。俺は自分の性根しょうね愚劣ぐれつ卑怯者ひきょうものであることを知って落胆らくたんした。最低だった。そんな中で、お前の許しを得てしまった俺の気持ちが分かるか?」

「話を聞け」

安堵あんどしたんだ、俺は。なんて浅ましいのだろう。ただただライバルだと思っていた男の器の大きさを見せつけられて、『許す』と言われて、心の底からホッとしたんだ。それに気づいたとき、男としても情けない気持ちでいっぱいになった」

「もしもし。もしもーし?」

「それでも、それでもなっ──俺にだって意地がある」


 こりゃダメだ。

 何がダメだってそりゃ、こうして親友が熱い気持ちをブチまけてくれているが何一つ頭に入ってこないことだ。元々から体調はかんばしくはないのに、魂のこもった御高説ごこうせつを聞いていたらさらに悪化してきた。

 あー頭がクワンクワンしてきた。

 仕方ないので、無理矢理にでもコトを先に進めることにする。

 話はすべてあとだあと。


「鈴木よい」

「だから今一度っ、俺はお前に勝負を──は?」


 俺は自らの演説に熱中するばかりで周りが見えていない鈴木へと近寄り、軽くポカリとするつもりでこぶしを振りかぶった。

 何故か?

 それはというと俺はコイツを殴りにきたのであり、今はまともに会話ができない様子である。それならば先にぶん殴ってしまってから落ち着いて話し合えばいいことで、肉体言語こそ至高しこうのコミュニケーション方法なのだ。と、そこまで考えて冷静になる。いやいや、それにしてもいきなりぶん殴るのは如何いかがなものか? 拳で分かり合えるなんてのはすべてフィクションの中の出来事であり、人と人とは言葉でしか分かり合えない生き物のはずだ。例えその──


 ええい面倒臭いっ!!


 スパンッと、小気味よい打撃音が聞こえたかと思うと「あ」とつぶやいてしまう。それなりに手加減するつもりであった打撃は、何を思ったのか渾身の力をもってしまい、鈴木のあごをクリーンヒットした。

 まさに会心の一撃というやつである。

 鈴木はそのまま仰向けに倒れ込んでしまい、ノビてしまった。

 ノックアウトとはまさにこのことだ。


 うん、まいっか。

 ケセラセラだ。

 なるようになる。

 

 とりあえずは今こそ口にするべき言葉を発することにする。


成敗せいばいっ」


 俺は大見得おおみえをきるような動作をすると言う。

 それは誰しもが、口を大にして言いたい日本語の一つだ。

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