第97話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日⑥

 月日は百代はくたい過客かかくにしてきこう年もまた旅人なり。


 なんのこっちゃ。


 稀代きだいの旅人の有名な紀行文の一節であるが、意味をそのまま受け止めると本当になにを言っているのだろうと首をかしげることになる。乱暴に訳すると『時間は旅人です』と言っているのだ。この感性を真に理解できるものはまれであろうし、ただふんわりと『イイね、エモいね』と言っているだけの人間も多くいることだろう。いとおかし。

 ただ気持ちは理解できる。

 旅に出ると気持ちがたかぶってしまい、思わずポエミーな人生論を語ってしまうものなのである。ゆえに俺も偉大いだいな先人にならい、旅路の果てに思いついたことについて語ってみようかと思う。


 今回の旅路のきっかけは『NTR』そういわゆる『寝取られ』にある。

 最近の流行はやりにのってややトレンディな感じで表現したが、とどのつまり男女間における浮気である。不健全な話ではあるが、実例なんて余りある。

 人間だって動物であるのだから、その獣欲じゅうよくあらがいきれないことだってあろう。これにおいては各々おのおの見解けんかいがあるだろうが、俺個人としては、そこまで悲劇ぶる必要はないと思う。

 目移めうつりされたということは魅力で負けたのだ。恋の鞘当さやあてにり負けることとなにが違うことがあろう。解決方法はただ勝てばいい。自らがパートナーにとって一番の異性であり続ければいい。

 よしんば浮気をされたとしても奪い返す。

 それぐらい豪気ごうぎな男で俺はありたい。

 

 しかし不貞を働いたパートナーに愛想あいそかすこともあるだろう。それについては仕方がない。誰だって自分のことをないがしろにする相手に想いをまっとうすることは難しい。

 そしていとしさあまっての反動なのか、なかには相手の不幸を積極的に願う者だっている。故意的こいてきに『ざまぁ』みろと。

 いつか言及げんきゅうしたような気もするが、俺はあまりこの考え方が好きではない。無意義むいぎとは言わない。その行為によって救われる一部の人間がいることもまた事実であり、そこまでは否定しない。

 しかしむなしいではないか。

 一度でも愛した相手の不幸を望む気持ちが俺には分からない。彼らは、自らは被害者だからと悪いのは相手なのだからと、積極的にののしり合う。どうしようもなくあわれだ。

 そして旅の中、互いを傷つけあいかなしい結末を辿たどった一組ひとくみの男女を俺は知っている。あのような悲痛を繰り返さないためにも、とてもではないが推奨する気にはなれない。


 何もかもが『もう遅い』のだと。

 人生において、取り返しのつかない結果におちいってしまうことはある。残念ながらタイムマシンなんて物が発明されない限りには、人はやり直しなんてできない。だからこそ、間違えを犯さぬようにらさねばならぬ。

 さりとて、あやまちのまったくない人生というのもそれはそれで、ない。

 踏んではいけない地雷原じらいげんの中を無計画に進むのが人の生き方というものだ。誰だって一つや二つ、いや下手をすれば一歩ずつ、爆弾を踏み抜いてやってきた。

 取り戻したいモノなんていくらでもある、どうか叶うのならとすがってしまいたくなるようなあやまちは数えきれない。


 そんな風に、生きる苦しみに雁字搦がんじがらめになることはよくある。

 くそ生きづらい世の中だ。

 そういうときは、高らかに歌えばいい。突き抜けるほどの阿呆あほうせばいい。そうすると不思議と元気が出る。何もかもがどうでも良い気分になってくる。

 俺が旅の果てに得たモノとは、結局はそんなくだらないさとりだった──


「サトさん、準備バッチシっすよ。いつでも行けるっす」

「やっぱり明日の飛行機に乗るよりかは、車で南下した方が少しは早いみたいですからね、そのためにも次のフェリーに乗り遅れるわけにはいけません。急ぎましょう」

「二人とも、よかったの?」


 レンタカーを調達してくれて、そして当然のように東京までの帰路きろを共にしようとする二人に尋ねる。すると『もちろん』と二つ返事があった。


「函館での用事は?」

「大丈夫っす。俺たち、今回は頭数あわせのおかざりだったっすから」

「すでに連絡も入れてます。あとのことは弁護士先生たちが上手くやってくれますから心配はいりませんよ」

「なんか申し訳ないね、個人的な私用につき合わせて」

「いやいや、何言ってるんすかサトさん」

「僕たちは僕たちの使命をもって東京へと行くわけです」


 二人の言い分はこうだ。

 うら若い婦女子を監禁したという『鈴木』という男は、その手口から彼らが関わる事件の共犯者である可能性が高いという。確かに、事件の犯人はその全員が逮捕されてはいないという話だった。よって俺と東京まで同行しらしめに向かうのだと。

 まあ、ただの詭弁きべんだ。


「なんか久々っすね、三人でドライブすんの」

「今回は僕らも運転変わりますよー」

「ああ、よろしく頼む」


 そうして車は走り始める。


「どうせですから、音楽でもかけつつ楽しく行きましょう」

「あ、だったらアレがいいアレが」

「おけっす、アレっすねー」


 まるで恐れるものは何もないかのように、車は進む。

 ノリノリの音楽がかかった車内の気分は上々だ。


「いーまから一緒に──」

「いまからーアイツを──」


 そんな中で男たちの合唱が響き渡る。


『殴りに行こうかー!』



 ──つまりは『寝取られ』とか『ざまぁ』だとか『もう遅い』なんて洒落臭しゃらくさい。そういったモヤモヤは全てかなぐり捨てて、一人の男がすのはただのバカ。


 これはそういった物語である。

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