第95話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日④

 食事処しょくじどころを出て近くのコンビニへとり、何とはなく三人でコーヒーを飲みつつたむろしていると、ふと疑問に思いたずねる。


「渡辺くんは彼女さんと、どういったふうに話をつけたの?」

「佐藤さんにならって保留しました」


 渡辺くんがわだかまる感情もなく答えてくれる。


「彼女が落ち着くまでは話を進めないようにしてます。けど、彼女の気持ち次第ではありますが『やりなおそう』と、そう言うつもりです」

「そうなのか」

「ええ、これも佐藤さんのおかげですよ。マネしましたから」

「よせやい」


 そうは言ってくれるが、そのマネされた当人が現在は五里霧中ごりむちゅうなのだから申し訳ない気持ちも湧いてくる。ここはふんどしを締め直して、覚悟をもってことに当たらなければならないだろう。

 そのように発起ほっきして、コーヒーを飲み干してから尋ねる。


「それで、相談なんだが。さっき言ってた──俺が試してみた方がいいことってのは?」

「はい。根拠もない思いつきなんですけど、それでもいいなら」

是非ぜひに頼む」

「わかりました」


 俺が頭を下げてお願いすると、渡辺くんも改まって向き直る。わきに待機する伊藤くんも俺たち二人の会話に割り込むことはせず、ただ黙って見ているだけだった。そうなると、真面目な渡辺くんの雰囲気も相まって、辺りが重厚な空気に包まれたようになる。


「これは、僕が彼女との関係を決断するために使った手法なんですが──」

「ああ」


 そして渡辺くんは躊躇ちゅうちょする様子もなくその言葉を口にした。


「下半身でモノを考えましょう」

「は?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。

 それから彼の言葉に隠された真意を探るべく、アレコレと脳内にて問答もんどうすること数秒、ついに結論は出なかったために聞きなおす。


「もう一度、頼む」

「ジョニーとの対話が大事です」


 答えは同じだった。いや、よりワルくなっている。

 思わず伊藤くんへと尋ねてしまう。


「あれか、彼は渡辺くんに変装した伊藤くんかなにか?」

「そんなルパンみたいなことできねっす。つか、俺ならおかしくない発言だと思われてるのが地味にショックすね」


 意味がわからない。

 いや、言葉の意味としては理解できるが、問題なのはその突飛とっぴすぎる発言とはっちゃけ過ぎた理屈である。およそ真面目な渡辺くんが発した言動とは思えずに、脳みそがエラー告知を起こしっぱなしになる。

 これはなにか?

 渡辺くんは彼女との悶着もんちゃくによりおかしくなってまったのだろうか、いわゆる『脳が破壊された』というモノだろうか?

 そのように混乱していると、苦笑した伊藤くんが補足してくる。


「まあ、ナベも紆余曲折うよきょくせつあってのことなんで、一皮も二皮もけたんすよ、決してふざけて言っているわけじゃないっすから、ちゃんと聞いて欲しいっす」


 そうして「あ、皮ってもシモな意味ではないっすよ」なんて付け加えられる。やかましい。しかし、俺としても二人の友人を疑ってかかることはしたくないので、ここは素直に聞き入れることにした。


「わかった。それで、そのこころは?」

「僕がそうだったんですけど、ゴチャゴチャ考えていると色々と余計なことばかりがまりませんか。やれ、各人の思惑だとか。やれ、世間体はどうかとか」

「それは……うん。わかる」


 考えれば考えるほどに、考慮こうりょするべき要素は増えていく。俺もすでに飽和ほうわ状態にあると言っていい。現在では何が問題の核心であるのかさえ明確ではないように感じていた。ここらで一つビシっと、これを達成すれば状況解決といえる明確な目標を定めたかったのは事実である。


「それであるとき、ふと思ったんです。『随分ずいぶん遠いところまで来てしまった』って。笑っちゃいますよ、あれはもう完全に迷走していました」


 渡辺くんはそこで一度、言葉を区切る。


「だから今度は、問題の核心へと近よろうとしました。より本音に近く、より原始的欲求に」

「ああ、それでジョニーに至ったと」

「そういうことです。結局、脊髄せきずい反射的な欲求こそ真理に一番近いとは思いませんか?」

詭弁きべん……とは一概いちがいに言い切れないか。確かに、うん。理解できるよ」


 最初は不安に思えたが、理屈としては理解できなくもない。だがそれが俺に適した方法であるかは、少しばかり疑問視している。


「そうは言っても、具体的にどうすればいいのやら?」

「思うに、佐藤さんは物事の始まりに思いを巡らすのがいいかと思います」

「始まりとは?」

「ええ、目をつぶってください」


 言われるがまま、目をつぶると世界が暗くなる。


「彼女さんがベットの上で不貞を働いてるときを思い起こしましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る