第94話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日③

 伊藤くんと渡辺くん。

 旅の道中にて、福岡から大阪までを一緒にした友人たちである。

 俺は体重をかけていた背もたれから起き上がり、改めて二人に向き直る。


「二人とも、どうしてここに?」

「話せば長くなりますけど、いいですか?」

「いいよ」


 渡辺くんの言葉に頷いて、彼らの事情を聞くと、これが本当に長かった。それなので、色々と要約して語ることになる。


 ●


 まず驚いたのは、彼らがちまたを騒がせている大事件、その渦中かちゅうの人であったことだ。東京都大学生集団監禁事件。これまで度々たびたびに話題に出ているその事件の被害者に、渡辺くんの彼女が含まれていたのである。

 もしかしたらとなかば予想していたことだったが、こうして事実として述べられると言葉に詰まる。彼女がこうむった災難についてはワイドショーでも騒がれているが、詳細を述べることは控える。気持ちのいいものではない。どうにかいたわりの言葉を発すると、意外にもしっかりとした渡辺くんの返事があった。どうやら彼なりに気持ちの整理はついているようだ。


「でもそれがなんで函館にいることにつながるの?」


 俺がそう疑問をていすると、答えられる。それは彼らが事件の『被害者の会』の代表格を務めているからだという。被害者の一人が療養りょうようのため故郷へと帰省中であり、面会のためにこうして遠い北の地まで出張でばってきたのだと。


「え、なんで二人がそんなことまで?」


 二人も関係者であるとはいえ、そこまでの役をになう理由が分からなかった。それなので尋ねてみる。すると伊藤くんが鼻の穴を膨らませて、聞いてくれと言わんばかりに口を開いた。


「それはっすね──」


 そこからの話がすごかった。

 なんと二人は事件解決の立役者たてやくしゃだった。

 俺はそれまで、お天道てんとう様が見ていたからこそ悪党は捕まったのだなんて能天気のうてんきな認識を持っていたが、とんでもないことだ。すべて二人の活躍があってこそだった。

 俺がゆずり渡した軍資金をもとに、彼らは探偵を雇い、弁護士先生を味方につけ、東京の街に隠された凶悪犯罪に敢然かんぜんと立ち向かった。

 二人の話す体験は、まるでスリリング&ヴァイオレンスなスペクタル映画のような実話であったが──割愛かつあいする。時間が足りないなんてものではない。

 ただ一つ言えることは、彼らは本当に頑張ったのだ。

 そんな功績もあり、二人は関係各所からの熱烈な支持を得て、現在では事件の後処理に忙しく動き回っているのだという。


「二人とも凄いな。俺なんか、力になれなくて申し訳ない」

「いやいや、なに言ってるんっすか。サトさんがいなきゃ、な〜んにも始まらなかったっすよ」

「そうです。他ならぬ佐藤さんが旅の道中を一緒にしてくれなければ、僕たちはただ東京観光をして帰っただけでした。本当に感謝しています」

「そう言ってもらえたら、うん。良かったよ」


 改めて二人に「ひとまずはお疲れさま」と声をかける。まだ終わった話ではないだろうが、それでも一言伝えておきたかった。すると二人とも、照れ臭そうに笑って「うす」「はい」と返してくる。

 彼らとまた、こうして笑いあえる日がきたことを本当に嬉しく思った。



「そういう佐藤さんは、どうしてまた北海道に?」

「ああそれは──」


 函館にある食事処しょくじどころにて渡辺くんから尋ねられる。二人の話が興味深すぎて、とっくに場所を変え、じっくりと腰を下ろせる場所へと移動している。現在ではご当地の海産物をふんだんに使用した海鮮丼を三人で頬張ほおばっていた。

 俺がこれまでの経緯について説明すると、伊藤くんが感心したような声を出す。


「はー、そりゃなんというか。面白いことになってるすね」

「こら伊藤、その言いぐさはないだろう」

「ああ、大丈夫大丈夫。俺自身、妙なことになったと思ってるし」


 二人には素直な俺の気持ちを語った。この友人たちに対しては遠慮することは何もないと思えたからだ。


「しっかし疑問なんすけど、サトさんは彼女さんのことラブじゃなかったんすか?」

「そうですね。佐藤さんがそこで悩むなんてなんだか意外です。よっぽどその田中さんって人が魅力的なんですか?」

「田中ちゃんが可愛いのはその通りではあるが……やっぱり変かな?」

「変というか、らしくねっすね」

「何が引っかかってるんです?」


 二人の言う通りだろう。

 俺はかつて高橋に対して変わらぬ愛を説いた男だ。それが今こうして、彼女とは違う女性との間で揺れ動いているというのだから、自分でもに落ちない。


「ここにきて自分の気持ちや生き方というものを見つめ直してみたら、色々とポンコツだなと気づいてさ」


 旅から戻り、気持ちをととのえた高橋からそれでも『別れよう』と告げられたとき、俺はスンナリと了承した。了承できてしまった。

 その時から調子がおかしい。

 あわせて高橋の様子もおかしかったものだから、そこからもつれにもつれてここまで来てしまった。


「そうしてアレコレ考えてたらオーバーヒートした。考えを整理するのに何かいい方法はないだろうか?」

「俺は役に立てそうにねっす」

「そっか」

「けど、ナベならなんかいいアドバイスできるんじゃねぇの?」


 伊藤くんが渡辺くんへと話をふる。


「一つだけ、試してもらいたいと思ったことはありますね」


 すると渡辺くんがそう言った。

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