第93話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日②

『いいから今すぐ帰って来いっ。できるかぎり待つから、はやくっ!』

「はいはい」


 鈴木がそんな風に要求を述べてくるので「お土産は何がいい?」と聞くとブツリと気持ち乱暴に通話を切られてしまった。

 何だってんだ、まったく。

 ツーツーと機械音を鳴らすだけとなった携帯電話を隣の座席へと放り投げると、そのまま椅子いすの背もたれへと身体を投げだす。


「あーもー。これ以上、悩みのタネを増やすなってんだ」


 鈴木の魂胆こんたんは理解している。これでもあいつとは長年に渡り友人をしているのだから、ねらいのようなものは容易に想像できた。

 あいつには高橋をさらって危害を加えるつもりなんて欠片かけらもない。なんの映画に影響されたのか、悪ぶった雰囲気でそれっぽく大根役者ぶりを披露ひろうしてくれたが、本当の目的はべつにある。

 あいつは俺と高橋の仲をとりもとうと必死なのだ。以前、大学の食堂で顔を合わせたときにも言われている「俺は納得しないぞ」と。そのために俺の尻を叩こうとでも思ったのか、こんな阿呆あほうなことをしでかす。


 鈴木の立場になって考えてみる。


 きっと、罪悪感に身をがされている。

 自らの短慮たんりょのせいで俺はともかく高橋には、つらい思いをさせたなんて言葉ではおさまらないほどの災難をくわえている。それを許すことができないのだろう。これが他人の悪行であればそいつを成敗すれば済む話だ、しかし己の愚行となると途端とたんに気持ちのやり場というものが無くなる。どれだけ机の角に頭をぶつけて血みどろになろうとも、ヘドロのような罪の意識はぬぐいようがないのだ。

 それに加えて、俺に対する対抗心や嫉妬心がないまぜとなってしまい。自分でもよくわからない奇天烈きてれつへと走り出している。


「本当に不器用なやつ」


 さりとて、鈴木の策略にのってホイホイと東京へと戻り、高橋とヨリを戻してめでたし、とするわけにもいかない。俺は俺として、きちんと決断してから行動をしなければならない。

 改めて、各人の思惑おもわくというものを整理していく。


 田中ちゃんは、俺のことを好きだと言い。

 高橋は、田中ちゃんの気持ちにこたえろと言う。

 そして鈴木は、どうやら高橋とヨリを戻してほしいようだ。


 二対一にたいいち


 相変わらず田中ちゃん優勢の状況であるが、人には建前と本音というものがある。高橋が本音が俺とい遂げたいという気持ちであることは疑いようがない。あれほどに真剣な告白を受けたのだ、そこを疑うようでは、俺もいよいよ冷血漢だというそしりを否定できなくなる。


 そうなると五分五分ごぶごぶ


 均衡きんこうする天秤てんびんかたむけるにはさらなる要素がいる。そのためにと誰か適当な人はいないかと思い、山本さんの姿が思い浮かぶが、彼女は最初から中立ちゅうりつ気取りだ。新橋で飲んだときも、誰それに肩入れするような発言はせずに、ただ俺がまいっている姿をさかなはやし立てるばかりだった。あてにはならない。


「はあ、やっぱり俺が決めなきゃダメか──」


 そうしてようやっと、至極しごく当然の結論へとたどりつく。

 最初からわかっていることではあった。俺の恋愛沙汰れんあいざたなのだから、他人の思惑なぞ気にしないで、自らの思うままに決断しなければ意味なんてない。

 背もたれへと体重をかけて、空港の天井てんじょうを仰ぎ見る。高い。


「思えば人から好意を告げられたのなんて……初めてかもしれない」


 かつて高橋には俺の方から告白した。そして幼少の頃から、俺が異性の相手を得るならば高橋しかいないと、そう思って生きてきたのだ。そんな俺の態度は明らかだったので、異性からの注目を受けたことなどない。俺は対象外たいしょうがいの男だった。


「よく言われてたな高橋に……案外、本当だったのかも」


 そう思って『俺はモテない』と考えていた。しかし高橋に言わせると「周りが見えていない、壊滅的かいめつてきに」なのだそうだ。何でも俺が気づいていないだけでチャンスなんていくらでもあったという。何を出鱈目でたらめなと笑っていたが、ここにきて笑えなくなってしまった。


「あーくそ。高橋のときだって、こっちからスキスキ言ってただけだから、こんなに悩んでないぞ」


 さらに座席の背もたれへと体重を加えて、ついには海老反えびぞりになる。背面はいめんの方向にて、道ゆく人々が天地逆さまに歩くさまがよく見えた。


「俺はいったいどうしたいんだろう──」


 つぶやいてみても答えが出ない。

 そもそも、その疑問すら己の素直な気持ちとは言えないような気がする。

 だから言い直す。

 俺は何事なにごとにも執着しゅうちゃくというものを示さない人間だ。だってそんなもの、旅人には必要のない荷物だからだ。旅立つ際には身軽になるように。旅人をその地にい付けようとするくさりは全て引きちぎる。例え、それが人の繋がりであろうとも。

 この世で最も薄情はくじょうな人種、それが旅人だ。

 そう俺は──


「俺はそもそも、人を本気で好きだと思ったことはあるのだろうか?」


 すると天地逆さまな人の群れの中から、二人の人物がこちらへと近づいてくるのが見えた。そこで、現在の自らの格好かっこうというものに気がつく。さすがに公共の場でさらすには少々だらしない。

 そのように思っていると、逆さまな二人が俺を見てこんな言葉をかけてきた。


「やっぱり佐藤さんじゃないですか、どうしてこんなところに?」

「ふぅー! やべぇって、こんな偶然なくないっすか?」

「あれ? 伊藤くんに渡辺くん。久しぶり」


 かつて旅の中で、一緒にバカをやった友人達がそこにいた。

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