みんなで恋だ愛だと騒いだ日
第92話 みんなで恋だ愛だと騒いだ日①
そして俺は今、北海道は
何が「そして」なのかはわからないが、事実なので仕方ない。というか自分でも、なんでここに立っているのかが不思議であった。
空港内の適当な座席を見つけ腰を下ろして一息つく。着のみ着のままにやってきたので荷物などはない。身軽でいいが、そのぶん
気持ちが落ち着いてきたところで、俺はこれまでの
「いやまあ、そうは言っても。原因は分かりきってるけどなぁ」
プツンときてしまったのだ。
この感覚には覚えがある。
それはいつの日だったか。高橋から「別れよう」と言われ、鈴木には「殴ってくれ」と
「問題は俺がいったい何にプッツンきちまったのかなんだが──」
そこが、いまいち
俺は何を思い悩んで、ここにいるのか、それを考える。せっかくなので今日の高橋とのデートでも見た、ロダンの『考える人』のポーズをとってみた。
現在、俺はどういうわけか、二人の女性からのアプローチを受けていた。田中ちゃんと高橋。二人から直接、好意を伝えられたのだ。伝えられたからには
「応えなきゃ、そうは言いつつ、逃げてきて、北の国から『考える人』──なんて
俺が誰を選ぶのかが、問われていた。
結論は出ている。
田中ちゃんだ。
理由は単純で、彼女からは『私を選んで欲しい』と言われ、高橋からは『彼女の気持ちに応えてほしい』と言われている。両方の希望にそっただけで、考える必要がない。
「そのはずなんだけどなぁ──」
何かとんでもない間違いを犯しているような不安が
そういう
「まあせっかく来たんだから、海鮮丼ぐらいは食って帰るか──ってやべ! 田中ちゃんのオープンキャンパス忘れてたっ……まいっか
そのようにブツブツと独り言をしながらに、精神の安定をはかっていると、携帯電話が鳴っていることに気づく。着信画面を見ると、鈴木からであった。
「はい、もしもし?」
『佐藤か?』
「ああ、そうだな」
古くからの親友の声はかたく、緊迫した気配を
これは何かあったのかと
『俺はな、佐藤。お前とは対等な関係で、男として負けてない──いや
「どうした急に?」
突然に語り始めた友人の頭が心配になる。
『いいから聞け』
「はあ」
聞けと言うからには大人しく静聴することにする。
特にすることもないので、まあいいか。
『だが、違ったんだ。俺は男として以前に人として、お前とは格が違うことを思い知らされた、俺は負けたんだ。それも
「それで?」
『それはいい、負けたのはいい。けれど、負けたままでいるわけにはいかない』
「うんうん、そうだな」
『だからもう一度、お前に挑戦する。人としての
「へー」
しばらくそのようなやりとりを交わして、いよいよ相手の精神状態というものを疑ってみることにした。鈴木という男は真面目な奴だが、それが過ぎると
『そのために手段は問わない。どうせこれ以上に落ちぶれることはないんだ、それならば
そうして鈴木は、やっと本題に入るぞと言わんばかりに、大仰に俺へとその要求を突きつけてきた。
『俺は今、高橋をさらって拘束している。俺が彼女に何をするかは……わかるだろう? お前が彼女を大切にしているならば、今すぐキャンパスまで来──』
「北海道にいるから今すぐは無理」
俺が鈴木の声に
『どこだって?』
「北海道」
『なんで?』
「海鮮丼かな」
『……マジかよ』
絶句する気配を感じる。口を大きく開いてパクパクしている様子を想像すると滑稽で、笑いすら覚えた。
仕方ないから、良い情報を教えてやる。
「といっても函館だから近いぞ」
『そんなわけあるかっ』
鈴木が吠えた。
そのままオロオロと
『えっうそだろおい、ちょ、えっ──どうする?』
「知らねえよ」
さてさて、いったい何の茶番が始まったのやら。
愉快な様子を見せる親友の声を聞きながら、そんなことを思った。
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