転章

第91話 暗躍する影(親友視点)

 認めない認めない。

 こんな結果、認められるはずがない。


 俺はずっとそんな思いにとらわれていた。

 あの日から。

 俺があやまちを犯し、好きな人とそして親しい友人を不幸に追いやった日。俺は親友のふところの深さを知り、自らのうつわの小ささを思い知った。

 

 心底、みじめな気分になった。


 それまでの俺は自惚うぬぼれていた。

 人として男として、結構いいセンいっていると勘違いした愚者ぐしゃだった。そんな俺が好いた女から選ばれなかった理由は、時の運であり、何かの間違いだったと、腹の奥底ではそんな思いがあったのかもしれない。

 愚かだ。

 普段であれば、そんな俺の自評に賛同してくれた人もいただろう。けれど人の本性ほんしょうは極限状態においてこそ判明する。そんな俗言ぞくげんは本当だった。


 俺は力に物を言わせて好いた女を組み伏せた。


 男としても人としても、こんなに最低なことはない。

 こんなの犯罪者と変わらない……いや、彼女が真実をしかるべきところへと訴えていれば、事実としてそうなっていたはずだ。なあなあと彼女の慈悲によって許されているだけ。

 結局は、俺だけが卑猥ひわい堕落だらくした愚物ぐぶつであった。


 挽回ばんかいしなければならない。

 こんな自分は俺じゃない、本当の俺じゃないんだ。

 そう思い込まないと、潰れてしまいそうだった。


 そうだ。

 取り戻そう。

 そうしないと、こんな苦しみとても耐えられるものではない。

 誰からも蔑まれようとも、決して許されない愚行だとしても。

 せめて、自分だけは。

 自分だけは、自分を許せるような。

 そんなみそぎを行なって、本来のおのれを取り戻すのだ。


 そうと決めた俺は、色々と画策かくさくした。

 そうして今夜、それを決行する。


 今、俺の前には好いた女の後ろ姿がある。

 彼女はついさっきまで親友とのデートを楽しんで、その帰りだった。帰り道を待ち伏せしていたのだから、そのはずだ。


「高橋、ちょっといいか?」


 前おきも何もなく、後ろから声をかける。

 振り返った彼女は、驚愕きょうがくし、そして俺に対して警戒する様子を見せる。まさか、幼少の頃より知っている彼女からこんな視線を向けられる日が来るとは思わなかった。それだけでくじけそうになる自分を無理やり叱咤しったして、なんとか言葉を発する。


「おっと逃げないでくれ」


 彼女が俺を避けて、逃げ出してしまう可能性も考慮こうりょしている。そのためにも用意していた。数の力を持って彼女を取り囲み、無理やりにでも話を聞いてもらう。


 彼女はおびえるようにして、自分をどうするつもりかと尋ねてきた。

 よって答える。


「今から君をさらう、どうか聞き入れてほしい」


 俺は俺だけの目的のために、そう口にした。

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