第88話 独白③(彼女視点)

 佐藤くんに別れ話を切り出すと、スンナリと承諾を得た。

 そのときの彼の言葉は「君が望むことだったら仕方ない」だった。

 予想通りすぎて肩透かたすかしであり、そしてショックだった。

 帰ってから大泣きした。

 私という女も大概たいがいにどうしようもない。ほんと自分から言い出しておいてと不条理なと、自分でも思う。


 けれども一晩かけて目を真っ赤にらしたことにより、心のどこかが吹っ切れたような感覚もあった。そしてありがたいことに、彼は私を邪険じゃけんにすることなく接してくれる。

 これからの私たちの関係は『幼馴染おさななじみ』だ。これからは彼の傍に寄り添うのは私ではなく、まだ見ぬ誰かを見つけなければならない。

 そして、そうかもしれない人は思ったよりも早く私の前に現れた。


「納得できないっ」


 東京駅のとある喫茶店。周りにお客さんが多くいる中で、彼女は会って間もない私へと、そう声を荒げた。


「えっと、田中……さんはどうしてそんな風に?」

「別に『ちゃん』でも何でもいいですけど、私は怒ってるんです」


 佐藤くんが長崎において得たという知己ちき、田中さん。

 少女らしい、まとまらない言葉で、けれどあふれ出んばかりの純粋な感情をぶつけてくる。彼女は、私が佐藤くんと別れたことについて不満があるようだった。


「うん。いったん、女性同士で話し合ってもいいいかしら?」


 そんな私たちを上手くまとめようとしてくれる人もあった。

 山本さん、こちらも佐藤くんが旅先で仲良くなったという人だ。彼女は会話が紛糾ふんきゅうして収拾がつかなくなると、そんな風に声をかける。 

 そして何の因果か、縁もゆかりも無い女三人が対面して話しあうことになった。


「とりあえずはお姉さんの身の上話をしてもいいかしら?」


 山本さんが唐突にそう提案する。

 さしあたり拒否する理由もないので戸惑いつつも了承したが、そのうちに彼女の話から意識を逸らせなくなった。

 悲痛な話であった。

 とてもではないが生返事なまへんじ相槌あいづちなど打てようもない。彼女はその鈍重どんじゅうな話をさも軽々と語り合えると、田中さんへと話の先を向ける。


「──そういうわけで、お姉さんは遥々はるばる東京まで出稼ぎにやってきたわけなんだけど、田中ちゃんはどう思った?」

「えっあの、そのっ……うぅ」


 田中さんが言葉を詰まらせて困っている。それはそうだ、私だって今の話に感想を求められたところで、適切な返答ができる自信はない。返せるのは、安っぽい同情の言葉だけだ。


「ふふ、ごめんなさい。困っちゃうわよねぇ、こんな話をいきなりされても──さて、どうしてお姉さんがこんなしたくもない話を始めたかと言いますと。腹を割って話すには、まず自分からだと思ったから」


 山本さんは、そこで私の方へと振り向く。


「高橋ちゃん」

「あっ、はい」

「実は私、あなたの境遇きょうぐうに同情しているの。同じ女だし、とんでもない下手を打ったのも一緒。だから私はあなたのしたことについて何にも言わないし、言えない。けれどもっと言い訳をしてほしいと思った」

「言い訳……ですか?」

「ええ。あなただって思うところが何にもない、なんてことはないでしょう? どんなあやまちを犯した人であろうとも、誰にも言い訳ができないなんて悲しいもの」


 山本さんは「気持ちを抱え込んで誰にも話さなかったら、潰れちゃうわよ」と私をさとす。


「取りつくろいの言葉でもいい、あなた自身が間違っていると思うことでもいい。私の話はもうしたから、今度はあなたの話を聞かせて」


 山本さんは「いいでしょう?」と田中さんへと問いかける。彼女も「どうしても我慢できないことがあったら、終わった後に言及げんきゅうします」と話を聞いてくれる姿勢を見せてくれた。


「……わかりました」


 二人の言葉に甘えて、私は語った。


 私が何を思って、何を間違ったのか。

 彼のことをどれだけ想っていて、そして申し訳なく感じているか。

 今は彼のためにできることを探しているということを。


 言葉になりきれない気持ちを含めて、全てを話しきってしまう。


「──以上です」


 思えばここまで赤裸々せきららに気持ちを語ったのはこれが初めてだった。佐藤くんには話せるはずもないし、相談を持ちかけた大学の先輩にだって、ここまでのことは話しきれるはずもなかった。

 同性の、おそらく同じ男性のことを想っている彼女らだからこそ、話せる本心であった。


「高橋さん──」

「はい」


 語り終えると、田中さんが口を開く。

 私は神妙な態度でそれを待ち受ける。

 すると──


未練みれん、タラッタラじゃないですか」

「うっ、それは──」


 はっきりと指摘されてしまい、言葉に詰まる。


「迷走してますよ、それもとんでもない方向に。私、これほどの方向音痴ほうこうおんち、初めてみました」


 田中さんが呆れてものが言えないとでもいう風に、首を振る。私は何とか反論しようとするも、先を制されてしまう。


勝負しょうぶしましょう」

「はい?」

「私、決めました。今回の旅で私は佐藤さんに告白しますから、高橋さんもしてください。その上で私を選んでもらいますっ」


 田中さんは決闘を申し込むような意気込みを見せて宣言してくる。私が驚いて何も言葉を返せないでいると、山本さんが楽しそうに声をおどらせた。


「それじゃあ、それぞれ佐藤くんを一日独占してデートしましょうか」

「いいですね、望むところです」

「いやちょっと、ちょっと待って──」

「ダメです待ちません、観念かんねんしてください。まさか東京に来て早々に、こんな決断するとは思いませんでしたよ。全くもう、本当にもう」

「あら田中ちゃん、良かったの? 勢いで告白して後悔しない?」

「しませんよ。こっちはどうしても距離の問題があるんです。私が上京するまで時間がかかる限りには、先手必勝で佐藤さんを繋ぎとめる必要があります」

「私の話も──」

「はー、恋する乙女おとめは強いわぁ。ちょっとその情熱分けてもらってもいい?」

「あげません。そういうわけなので、私がトップバッターでもいいですか」

「それじゃあ中休なかやすみとして二日目は私が受け持ちましょう。あ、私がしれっと佐藤くんをさらってもいいかしら?」

「私も高橋さんもフラれたのならいいです」

「あら、いけず」

「──うぅ、聞いてほしいのだけれど」


 そのようにして、あれよあれよという間に話は決まっていった。

 私も含めて、佐藤くんとデートをするという話が。


「私、ちょっと高橋さんのこと誤解してました。もっと狡猾こうかつで悪い人のイメージを持ってました、すいません」


 話がまとまると改めて、田中さんが私へと話しかけてくる。私は、もはや発言権が自分にはないということを悟り「ちなみに今はどんなイメージを持たれているのかな?」と尋ねた。


恋愛音痴れんあいおんち

「確かに。佐藤くんの『武家の娘みたい』って言葉が理解できたわぁ」

「ひどい」


 間髪入れずにそんな言葉が返された。



 つぶっていた目を開く。


「佐藤くんが『いい人達』だって言うのも頷けるよ」


 瞑想めいそうの終わりに想起そうきした出来事をおもうと、自然と口元がほころんでいることに気づいた。

 二人とも、想像していたよりも素敵な女性であった。

 彼女らであれば、例えどちらかが佐藤くんと結ばれたとしても異論はない。心からは無理だろうけど、きっと祝福の言葉を届けられるだろう。


 だからこそ──


「私はこれからどうすれば……ううん、どうしたいのだろう?」


 つぶやいてみても答えは出なかった。

 これでは恋愛音痴だと言われても仕方ない。

 いま自分がどのような場所に立っているのか、まるで自覚できていなかった。


「とりあえずは少しは部屋飾りをしてみようかな?」


 相変わらず殺風景な自室を眺めつつ、そんなことしか答えは出なかった。

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