第85話 山本さんとのデート②──新橋にて

「いったい何を吹き込んだんですか?」

「んふふ、その様子だとバッチリ決めてきたみたいねぇ」


 俺が山本さんから離れて言うと、彼女がグラスをあおぐ。


「ちなみに誰も上手くいかなかった場合、佐藤くんは私がもらい受けることになっています。あら、どう転ぼうとも幸運じゃない。うらやましいわね」

「別に否定はしませんけど……自分でよく言えますね」


 冗談を混じらせながらしゃべる山本さんに翻弄ほんろうされながらも、なんとか言葉を返す。この人はふざけているのか本気なのか、判断がつきにくい。


「あまりはしゃぎ過ぎても迷惑でしょうから、キチンと言うけれども。佐藤くんは、大事な選択を迫られています。画策かくさくしたのは、私です」

「それは、まあ……ご便宜べんぎはからい、ありがとうございます」

 

 咄嗟とっさに「余計なことしないでください」と言いかけて、なんとか言いとどまった。それでは、様々な人の気持ちをないがしろにすることになる。そして口に出さなくて良かったと思う一方、自然とそんな言葉が思い浮かんだおのれ性根しょうねというものが嫌になった。

 そんな俺を見透かしたように山本さんが言う。


「大きなお世話であることは分かってるわ。それでも、しなくちゃいけないと思ったから。私とのこと、佐藤くんなら知っているでしょう?」


 彼女は一度、うれうようにグラスへと視線を注いで、こちらへと向き直る。


「他ならぬ君には、私たちと同じ道を絶対にたどって欲しくなかった。佐藤くんなら大丈夫だって、私たちみたいな愚かなことはしないって、わかってる。それでも、よく話しあって欲しかった。だってさ、万が一ってあるじゃない? 佐藤くんだって、人間だもの」


 山本さんの事情を知る身であれば、その気持ちは真摯しんしに受け止めるべきものだった。彼女がかつて犯してしまった失敗は、互いを理解しようとせずにいたことが原因だったから。

 そのようにみ取って、彼女の言葉尻ことばじりを拾い上げる。


「仲間内からは人間味が薄いと言われたりしますけどね」

「うん、私も君への第一印象が『ロボが来た』だったからね」

「愛想良く振るまってるつもりなんですけどね、そんなに表情が死んでます?」

「いや? とても愛想よかったよ」


 それは馴染みのあいだからも度々に言われた俺への評価だった。佐藤は『どこかが抜けて変わっている』『人として大事な何かが足りていない』『目が死んでる』などなど。そこまで気にしてはいなかったが、改めて考えると随分な言い草だ。

 そして同様の感想を抱いたという山本さんが、考える素振りを見せて新たな意見を俺に教えてくれる。


「なんていうかロボットが『僕は人類のお友達だよ』って友好的に笑いかけてくる感じ? とても愛嬌があるのだけれど、はっきりと違う生き物だってことを突きつけてくるというか『君とは仲間じゃないけど仲良くしよう』って言ってきてるような、そんな笑顔だった」

「それは新鮮な意見ですね、初めて言われた」

「なんだか悪口を言ってるような気になったのだけど、大丈夫かしら?」

「全然。むしろ、ちょっと気にかけてたことだったんで、率直な意見を聞けてありがたいっす」

「ん、それじゃあ、もう一言だけ──」


 山本さんが、これが最後だからと前置きしてから尋ねてくる。

 それは不思議と、俺の核心かくしんをついた質問だった。


「君は、自分のことをいったい『何者』だと思っているの?」

「俺は──『旅人』ですね」


 葛藤かっとうすることなく答えが出た。

 俺が人とは違うと思うところがあるとすれば、そこだった。


 異邦人。


 俺は旅人であり、他人はすべて、ただそでりあっただけの間柄あいだがら。そんなことを考えている自分がいる。

 分かっていた。

 俺には貫き通したいというものがない。

 言い換えると信念がない。

 ただフラフラと流れゆく浮雲のように漂うことしかできず、誰彼だれかれ構わず、その頭上をすり抜けていくだけ。恵みを与えることもない。そして、なにものを残すことができない旅人が、他人と深く関わろうとすることは間違っている。


「そっか」

「はい」


 騒がしい居酒屋の中で、自分達だけがシンと静まっている気がした。

 時間にして数瞬であろう沈黙を経て、山本さんが静かに言った。


「いつか、君の旅に『道連れ』が見つかるといいね」

「はい」


 もしかしたら。

 俺が本当に探し求めているものはそれではないかと、理由なく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る