第83話 田中ちゃんとのデート②──お台場にて

 昼食をとった後は、デートらしく付近を歩いてみることにした。海沿いの公園へとおもむき、二人でのんびりと行く。

 人の通りはそこそこ、天気も良く、吹く風も穏やかで気持ちいい。

 海の先には巨大な建造物が見える。

 東京お台場における代名詞、有名なレインボーブリッジであった。

 陽の光を反射する青い海の先に、そびえる白い橋。そしてその先に林立する都心のビル群という構図は、まさにこの場所からしか拝めない絶景だ。


「おー、レインボーロード大きい」

「ん?」


 それだと落下防止の柵がないために重大事故が頻発ひんぱつしてしまうのだが。そう言及するも「やだなー佐藤さん」と誤魔化されてしまう。

 どうやらマジのボケだったようだ。


 思えばお台場という街も、海に臨んだ立地にあり、どこかしら長崎の街と似通った点がなくもないような気がする。もちろんあちらには港町としての長年の味があり、こちらはどちらかというと近未来的でシンプルな風味を感じる。それでも吹き抜けていく潮風は同じような気がした。


「うん、東京もいい所だ。佐藤さんちに男の人たちが、ギュウギュウになったときは、とんでもない所だと思ったけど」

「ああ、あれはウチの馬鹿どもがすまんかった」

「東京の人って、あんなに愉快な人ばっかなのかな?」

「とういうよりも、男子大学生という生き物の頭が愉快なんだな」


 昨日さくじつに起こった珍事件を二人で思い起こしながらに笑いあう。

 どこから聞きつけたのか田中ちゃんの手料理目当てに、大量の馬鹿どもが俺の部屋へと押しかけて大変なことになった。結局、田中ちゃんが大鍋を持ち出して炊き出しを行ったので事なきを得たが、まあ、すぎてしまえばただの笑い話だ。

 しかし、あの馬鹿どもには後日、法外な材料費をぼったくってやるつもりだ。可愛い女子の手料理が無償など、そんな虫のいい話はない。


 そのように他愛ないやりとりをしつつ、ゆったりとした時間を過ごす。すると、田中ちゃんが唐突に態度をあらためて口を開いた。


「高橋さんのことなんですけど」

「どうしたい急に?」


 おどけたようにして返してみても、田中ちゃんは取り合わずに話を進めていく。どうやら前もって、口にすると決め込んでいたようだ。


「悪い人じゃありませんでした。不本意ながら」


 東京駅にて女子三人で話しあったときのことだろう。何を話し合ったのかはわからないが、田中ちゃんと高橋の二人が反目はんもくする結果にはならなかったようだ。


「そうか、良かったよ。田中ちゃんも高橋と上手くやってくれそうで」

「勘違いしないでくださいね。あくまでも根本から悪い人ではなさそうだと理解しただけで、好きだとかそういうことじゃありませんから。不器用で融通ゆうずうが効かない人だと思っただけです」

「ツンデレ」

「なんとでも言ってください」

「ほんとごめんな、心配かけて。それとありがとう。あんな風に自分のために怒ってくれる人がいることは、嬉しいことだ」

「他ならぬ佐藤さんだから首を突っ込んだのであって、他の人だったら傍観を決め込んでますから、もっと感謝してください」

「ますますもって、ありがたい」


 俺がそこまで言うと、田中ちゃんは不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んでくる。


「怒らないの?」

「いやなんでさ」

「私は大事な高橋さんを、会うなりにけなした女だよ」

「ありゃ貶したうちに入らんさ。むしろ助かった」


 俺があまりにも高橋を責めないために、彼女が自罰的じばつてきになっていたことは分かっていた。そんなところへ遠い第三者からのいましめは、ときに気持ちを切り替えるきっかけになることもある。


「そこまで理解してて、どうして放っておくのかなぁ……」

「いや、俺が高橋を否定的に扱うわけがないだろう」

「そんなさも当然みたいに語られても──佐藤さん、そういうところやっぱりズレてるよ。いっそ鬼畜だよ鬼畜」

「まあロクデモナイことは自覚してるよ」


 結局俺は、彼女が大事だと口にするだけで、彼女が辛くて苦しいときにこそそばに寄り添わずに旅に出ていた男だ。そんな男が帰ってくるなり「きみは間違っている」と否定の言葉をかけられるはずがない。

 ただ、彼女が望むままを受け入れるのみだ。


「あーまた、変なこと考え込んでる。佐藤さんが真面目な顔して黙り込んでると変な感じがするから、好きじゃないなぁ」

「おっと、俺は深く傷ついたぞ」


 俺がおどけると田中ちゃんはいつものように笑った。


「佐藤さんは、これからどうするの? やっぱり高橋さんとヨリを戻す?」

「そこなんだよな──」


 田中ちゃんは、的確に俺が抱えている問題の核心をついてくる。

 それは、できることならば高橋ともう一度やり直したいという気持ちはある。しかしそれは、抑えきれない気持ちというわけでもない。俺と距離を置きたいという、高橋の望みを無視してまで突き通す主張ではないのだ。


「まあ、佐藤さんにだって。考えてることはあるだろうし、人には言えない悩みだって色々あるんだろうけれどさ──一つだけお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」

「なんだい」


 田中ちゃんが俺へと振り返る。

 そして言う。

 

「佐藤さんが色々考えてさ……それでもし、誰か他の人と一緒にいることを決めたのだったら、そのときは──私のことを選んでほしいな。だって私、佐藤さんのこと好きだもん」


 そして彼女は笑った。「あーあ言っちゃった」とつぶやいてはと悪戯いたずらを仕掛けた子供のような笑顔を見せる。


 情けないことに。


 俺は田中ちゃんの気持ちを、このときになって初めて知ったのだった。

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