第82話 田中ちゃんとのデート①──お台場にて

 その後、山本さんの新居にて引っ越し荷物の搬入を手伝うことになり、そのお礼として晩酌に付き合うと二人して記憶を飛ばして「一体、何が起こったんだ?」と恐怖に震えたり。

 田中ちゃんが新たに覚えた手料理を振る舞いたいと口にした言葉が、何故か大学の同回生の間で「女子高生の手料理が食べられる」というデマと共に広まり、俺の住む部屋にむくつけき野郎どもが押しかけてきたりと。

 愉快な珍事件が発生したが、話を割愛する。

 密度が濃すぎて、逐一に話しているといつまで経っても終わらないからだ。


 とりあえず、それなりに愉快な数日すうじつが過ぎたとだけ捉えていただければ良いだろう。


 現在。

 俺は東京はお台場のとある駅へと到着した。

 目的は田中ちゃんとのデートだ。


「いやー本当にいい天気で良かったね」

「おう、確かに」


 待ち合わせ場所にて対面しての第一声がそれだった。

 普段においてご近所付き合いの相手にかける言葉などであれば適切ではあろうが、これからデートをする相手となると気が利いているとは言い難い。


 田中ちゃん、ガチガチである。


 とはいえ相手は高校一年生の少女だ、浮き足立ってしまうのも当然。もしかしたら彼女にとっては初デートなのかもしれない。なのであれば不安の一片すら与えることは許されず、俺は彼女の緊張をほぐすためにも軽口を叩く。


「長崎でしてもらった観光案内だって、見方を変えればデートみたいなものだったろ。ほれ、そんな硬くならずに深呼吸」

「あーもう、そうだけどさっ。気持ち的に今日はちがうのっ」


 反射的に言い返してくる田中ちゃんの様子を確認しつつ歩き出すと、彼女もまた隣に並ぶ。この調子で話しかけていれば彼女も本領ほんりょうが出てくるだろう。

 ヒョコヒョコと揺れる結った髪が、どことなくご機嫌そうであった。


「ショッピングモールだっけ、行きたいところ」

「うん」

「もっと遊園地とかに行きたいのかなって思ったりしたけど、浦安とか」

「うっ……実は行ったことなかったから、かなり迷ったけど。今回は学業のために上京したんだし、そのために学校も休んだんだし」


 こよみ上、祝日と土日の休日を組み合わせて連休を作りやすい期間ではあったが、有給休暇などのない学生であればどうしても飛石とびいし連休になる。そこを彼女はオープンキャンパスに参加するためとして学校を休んでいたようだった。


「真面目だなぁ。俺なんて『放浪の旅に出るから』なんて理由で休んでたから、担任によく呼びだされてたぞ」

「それは佐藤さん、己をかえりみたほうがいいよ」


 呆れたような声音で言い返された。

 うんうん、彼女もどんどんと普段通りの調子を取り戻してきたようだ。まさか本当に呆れかえっているわけじゃないだろう。俺は分かっている。


「そういうわけで、今日はあくまで、将来の進路の参考。その延長としてやってきたわけです。佐藤さんもそのつもりで行動してください」

「はいはい、了解なこってす」

「『はい』は一回だよっ」

「は〜い」

「伸ばさないっ」


 さすがは田中ちゃんである。これみよがしのアクションとると即座に反応してくる。打てば響く、まさにツッコミのかがみである。

 そのように二人でやいのやいのとしながら歩き続ける。この騒がしい感じもまた長崎での旅行を思い出して、楽しかった。


 目的地へと到着する。

 そこは日本でも大規模な部類に入る、大型複合商業施設であった。ファッションからグルメ、果てはエンターテイメントまでと、およそ娯楽施設として不十分なところが見つからない場所だ。


「でもどうして、ここが将来の参考なんだ?」

「ふふん、それはですね」


 得意げな顔をした田中ちゃんに連れられて、モールのとある 一画へと足を向ける。そこは大面積をもつ調理器具の店だった。その大規模な勢いのようなものに圧されて、つい声をあげてしまう。


「おお」

「ここにきてみたかったからです。ここだけじゃないよ、ここのショッピングモールは『食』に関することが特に充実してるって、お昼のワイドショーでやってた」

「それまた今時の若者らしくない情報収集の仕方を」

「ふふん、地方の高校生にとっちゃ馬鹿にできないもんなんだよ。まっ、私が観てなくてもお婆ちゃんかお母さんが教えてくるんだけどね」

「なるほど」

「あ、だから今日のお昼ごはんはグルメにいくかんね」


 そのまま田中ちゃんに付き従うようにして、様々な用途に使われる器具たちを眺めていく。調理師向けの専門的なモノから家庭用のアイデア便利器具まで。ここまで取りそろえられていると、料理をあまりしない俺が見ていても楽しくなる場所であった。

 電子レンジで米が炊けるドンブリなど、少し欲しくなったくらいだ。炊飯すいはんジャーを持っているのでいらないのだけれど。


「ん? でもここが将来の参考ってことは──田中ちゃん、料理人にでもなるの?」

「それだったら大学進学じゃなくて調理学校とかを考えてるよ」

「それもそうか」


 俺の疑問に苦笑するような顔を返した後、田中ちゃんは持っていた用途のわからない器具を棚に戻して、口を開く。


「誰かさんと一緒に食卓を囲んでさ、色々と考えちゃったんだ。ああいう風に、その……大事だなって思える人と一緒に食べるご飯って、いいなってさ」


 田中ちゃんの言い草に、少々ドキりとする。

 田中ちゃんから、そのような想いを聞くのは初めてな気がした。


「だから料理人っていう道も考えたんだけど、確かに美味しい料理をつくるってのも大事なんだけど──私の興味は食卓とか、毎日の献立こんだてだとか、そういった方向でさ。特別な日に食べる特別な一品じゃなくて、毎日食べる、みんなが健康で幸せになれるような料理。それが学びたい」

「そうなると……栄養学とか、そんな感じ?」

「んー、実はまだまだ考え始めたばかりだから、詳しくはわかんない」


 照れたようにして笑う彼女の顔を見て、思う。


「田中ちゃんも、色々と考えて成長してるんだな」

「それはもちろん、成長期ですから」


 長崎で出会った少女とはまた違う人間が目の前にいるようだった。

 本当に見違えた。


「いや、すごいことだよ」

「えへへーそうかな、もっと褒めていいよ」


 そんな彼女の笑顔はまぶしかった。



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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係がありません


 急にこんな注釈を入れた理由としましては、おそらくお台場には書かれているような調理器具専門店はないのじゃないかと思われるからです。

 筆者の創作ですので、悪しからず。

 お台場には一回こっきりしか行ったことがないのです。

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