第81話 女子高生の御姿をパシャパシャする

 その後、東京駅からはなれ、それぞれがそれぞれの目的地へと向かう──はずだったが、何故か全員で俺たちの通う大学へとおもむくことになった。


 俺と高橋は元より午後からの講義に参加する予定であったから当然だとしても、残りのメンバーがそれに追従してきたかたちとなる。宿泊先のホテルへと直行するはずだった田中家の二人は「せっかくだからキャンパスを見ていく」と言い、偶然の邂逅かいこうであった山本さんは「仲間はずれも寂しいから」という理由だけでついてきた。

 おそらく学生食堂で昼食を一緒にして解散といった流れにでもなるだろう。


 道中どうちゅう、女性三人が前を歩き、俺はお義兄さんと一緒に後ろに続いている。俺は隣を歩くお義兄さんへと尋ねた。

 

「そういえばお仕事は大丈夫なんですか?」

「ああ、実はね──」


 世間では一応、こよみの関係で連休が見込める時期にはなっているが、大型連休と言えるほどに大きな休みにはならなかったはずだ。今日から週末のオープンキャンパスまでお休みなのかと質問したが、どうやらお義兄さんは、東京へと半分は仕事のために訪れたのだという。


「やっぱり大変なんですね」

「ああいや、理解ある会社だよ。嫁さんの出産予定日前後には休ませてもらう予定だし、今回はどうしてもその前に済ませておかないといけない用がこっちにあってね」

「なるほど」


 田中ちゃんのお姉さんの経過は順調のようで、「楽しみですね」と言うとお義兄さんは「ああ。でも実感がないよ、父親だぜ?」と照れたようなはにかむような笑顔を見せた。無事に生まれた際には何かしらのお祝いを考えておこうと、そんなことを思う。


「そんなときに義妹いもうとが東京に行くって話になったから、タイミングが良かったよ。ほら、最近何かと物騒じゃないか」


 お義兄さんが言っているのは、連日ワイドショーを賑わせている事件についてだろう。

 東京都大学生集団監禁事件。

 被害者は皆、うら若い青少年たちだ。彼らが被ったわざわいというのは、口にするのがはばかられるものである。

 そして世間の話題として騒がれている理由の一つに、犯罪者グループの一部が未だ捕まっていないことがある。そんな状況にある東京へと田中家の可愛い末娘を一人で送り出すわけにはいかなかったのだろう。


「だから、僕が仕事でいない間は佐藤くんたちに義妹の様子を見ていてもらいたいんだ。なにせ、ほら。見ての通り、面白いぐらいのオノボリさんだから」


 そう言ってお義兄さんは前方の三人娘の方へと視線を送る。

 田中ちゃんがヒョコヒョコと色んなものに興味を示している。東京と長崎とでは都市の規模が段違いであるために圧倒されているようだ。それに対して年長の二人がアレコレと言及しながら進んでいた。

 女三人よればかしまししいとは言うが、そこまでではなく案外と穏やかだ。しかし愉快そうであることにはかわりない。

 当初こそ不穏な空気のあった三人であったから不安はあったが、現在では何かしらの着地点を見出せたのであろう、特にわだかまりもないように見える。

 ここまでもって来てくれた山本さんには感謝である。


「あれ、写真に撮っておかなくて大丈夫ですか? きっと強請ねだられますよ。おもに奥さんに」


 彼女らを見ていると悪戯心が湧いてきて、そんな提案をしてみた。


「ああ確かに、忠告ありがとう。土産話だけだったら『どうして盗撮しなかった?』って絶対に言われる。というわけで激写するから佐藤くん、ちょっと盾になってね」

「よしきた」


 そのように男二人で共謀きょうぼうして女子高生の御姿みすがたをパシャパシャする。途中、こちらの挙動に気づいた山本さんが面白がって高橋にも何かしらのアクションを取らせようとしていたので、彼女の写真も数枚ほど手に入った。山本さんのモノはない。


 目的地である大学へと着くと、予想通りに昼食という流れになった。

 それなので大勢を引き連れて、学生食堂へと足を向ける。

 すると一人、知り合いの姿を見つけた。鈴木だった。


「あ、すいません。先に行ってください、注文の仕方とか、こまかくは高橋が分かるはずなんで」

「ん? ああ行ってらっしゃい」


 鈴木がこちらを呼ぶ挙動を見せたので、そちらへと寄る。見たところ、向こうは一人だったのでそちらから来いとも思いはしたが、こちらには高橋がいる。いまだに合わす顔がないのだろうから、仕方ない。


「それで、なにか用か?」

「いや、大勢だったから気になってな」

「それだけかよ」

「どういう集まりなんだ?」


 あまり大したことない疑問のために、わざわざ足を運ばされたのはちとしゃくさわったが、それでも秘密にするようなことでもないので正直に話してやる。そうしていると、ふと思いたって鈴木へとたずねた。


「なあ、女子高生と大人のお姉さんに最適なデートコースってのは、どんなものだと思う?」

「なんだそれは?」

「いや、じつはな──」


 山本さんより押しつけられたデートミッションについて説明する。

 その経緯についても。


「それは高橋ともするのか?」

「どうも、そういうことらしい」

「そうか、なるほどな……」


 鈴木はそう言って黙り込んでしまう。

 いや何か考え込む前に、俺の疑問に答えてもらいたい。


「なんか良いアイデアとかないか?」

「ん、ああ。直接本人たちに行きたいところを聞いた方がいいだろ。向こうだって東京に来たばかりなら、興味ある場所ぐらいあるだろうさ」

「それもそうか」


 鈴木の言う通りだった。

 デートの準備をしておけとは言われたが、デートプランを何もかも一人で組み立てろとは言われてはいない。当たり前だが、デートには相手というものがある。ともに楽しもうとするのであれば、前もって話あっておくのは有用だ。というよりも、その話あいこそが楽しいのだとも言える。


「それなら、行きたい場所を聞き出しにいきますかね。わり、俺もう行くわ。助かったサンキュな」

「こっちこそ呼びよせるみたいになって、すまなかったな」


 去り際に鈴木へと一声かけるも、こちらへと意識は向けられずにそう答えられる。何やら思い悩むようにして黙考している様子が気になりはしたが、何も言わずに席へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る