第80話 マジで何が起きたのか分からない
「えっと、田中……さんはどうしてそんな風に?」
「別に『ちゃん』でも何でもいいですけど、私は怒ってるんです」
高橋へと
「私は佐藤さんに、いっぱい、いーっぱいお世話になったんです。そんな大事な、その……友達を、
「そっか、あなたは知ってるんだね」
「うっ……はい。失礼ながら佐藤さんから聞き出しました」
しまった。
ここにきて、原因不明の発汗がこのことの予感だったかと理解する。
少しばかり直情的な田中ちゃんだ、このようにストレートに自らの感情を吐露することは推してはかるべきだった。
俺が内心、オロオロと
「ずっと考えていたんです、なにを伝えようかって。佐藤さんがどれほどに高橋さんのことを大事に思ってたかなんて、短い付き合いだった私にだって分かるほどだった。それをあなたは──えーと、あの……したんだって聞いて。本当に悔しい気持ちになって。なのに佐藤さんってば
「うん、それについては私も、何を言われても仕方ないと思ってる。返す言葉もないよ」
「だったらなんで別れてるんですか。考える限り、最悪の展開じゃないですか」
「あー、ちょっといいかしら?」
徐々にヒートアップしていく気配を見せる田中ちゃんを遮るようにして、山本さんが口を挟んだ。
「お姉さん、話題の内容については気にしないけど、それでも少し声は抑えようか、周りがびっくりしちゃう。あと、ややこしくなる前に自己申告しておくけど、そこら辺の話は私も知ってるから。
「えっうそ」
「嘘じゃないわよ」
山本さんの申告に驚き、変な声を出してしまって苦笑される。
「話した覚えがないんですけど?」
「そんなことだろうとは思ってたけど。君は酔ってたからね、会った初日からベラベラと喋ってたわよ」
「佐藤くん?」
あ、やばいやばい。
高橋が鋭い視線でこちらを見ている。
そりゃ自分のやらかしを全国津々浦々に吹聴されまわっていたのなら誰だって怒る。俺が高橋への言い訳を考えていると、
「高橋さんが言えたことじゃないと思います」
「うっ……はい」
「ちょいちょい、田中ちゃんや。少し落ち着いて」
「無理やり聞き出した私も反省しますから、佐藤さんも反省してください」
「……はい」
田中ちゃんの独壇場だった。
この場においてヒエラルキーの頂点は紛れもなく彼女である。
ただ彼女の場合、精一杯に威嚇しようとも持ち前の雰囲気が邪魔して、どうしても小動物がガルルと唸っているような愛嬌がある。だが、これがコグマの怒りなのだと
頂点捕食者、コグマ田中。
「佐藤さん、変なこと考えてるでしょう」
「めっそうもないです」
「私は怒ってるんだよっ」
田中ちゃんの怒りは中々に治まる気配を見せなかった。さてどうしたものかと、頭を悩ませていると、そこに救いの手が入る。
「うん。いったん、女性同士で話し合ってもいいいかしら?」
山本さんである。
彼女が言うには、何とか場を収拾してみせるから男性陣はどっか行ってろとのことだ。
「いや、そんなわけには──」
「とは言いつつも、佐藤くん。話の論点が何かなんて、ちっとも理解できていないでしょう?」
「はい、さっぱりです。まず今は何の話をしているんです?」
「だったら、悪いようにはしないから任せておきなさい」
そのまま山本さんに促されて、俺とお義兄さんは店外へと放り出されてしまった。
女性陣の話がどれくらいに長引くのかわからないために、どうしたものかと思ってお義兄さんを見やる。
「いやほんと、佐藤くんはすごいね。男としてちょっと尊敬する。まったく羨ましくないけど」
「そんな言わんでくださいよ」
「まあ、状況の理解が得られないままに、下手に動きまわっても仕方ないだろうからさ。あの山本さんって人に任せてみてもいいんじゃないかな? 男は男同士で、ちょいとプラプラしてよう」
「なにかご希望はあります?」
「甘いものでも食べに行こうか」
「了解です」
東京の街というのは「今、SNSで人気沸騰中の──」なんて
そうしてしばらく経ち、戻ってこいとの連絡を受けて、元いた喫茶店へと戻る。するとそこには比較的に和やかな関係性を見せる、三人の女性の姿があった。仲が良いとまでは言わないが、それぞれがそれぞれに対してキチンとした礼節を保っている姿は、良好な関係を構築できたように見えた。
「どんな話をしたんですか?」
「んふふ、それは秘密よ」
山本さんに尋ねてみるも
それなので田中ちゃんと高橋の方へと目を向ける。すると「うっ……秘密です」「うん、秘密」と、それぞれ照れてそっぽ向くような顔と何処となく嬉しそうな笑顔があった。
マジで何が起きたのか分からない。
「ああ、でも一つだけ。佐藤くんにはしてもらうことがある」
「あはい、何です?」
すると山本さんから、お言葉をいただく。
「佐藤くんには、私たちそれぞれとデートしてもらうことになったから、準備しておいてね。ちなみに拒否権はない」
「え、なんで?」
そろそろ俺の理解力は限界だった。
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