第79話 納得できないっ

 駅のホームにて思わぬ邂逅かいこうを経て、嬉しいような驚かしいやら。とにかく、収拾がつかないと感じた俺がいったん腰を据えることを提案すると、改札内の適当な喫茶店にて話しあうことになった。


 まずはそれぞれ自己紹介を済ませる。


「田中です、長崎から進学希望先の見学に来ました。佐藤さんとは三食を一緒にした仲です」

「彼女の付き添いの義兄あにです。佐藤くんは妻と子の命の恩人だからお世話になるのは恐縮だけど──今回はよろしくお願いします」

「いやいやいや。ちょっとぐらい返させてください」


 俺が田中家の皆さんから受けたほどこしは、それはもう貰いすぎと言っても過言ではないのだ。特にこちらのお義兄さんには長崎から大阪を移動するにあたってもお世話になっている。今回のような機会を逃すわけにはいかなかった。


 俺がそのように談笑していると、山本さんから詳細を尋ねられる。確かに彼女には長崎の旅について話してはいない。なので長崎における俺と田中家の交流について軽く説明する。

 ふと田中ちゃんの様子を見る。ジッと高橋と山本さん、二人の女性の方から視線をそらさない。何かを意気込むようにして彼女たちを凝視している。

 はて?

 そんなに人見知りするような娘ではなかったはずだったが、あれだろうか「これが東京の女性かぁ」などとオノボリさん特有の謎の尻込みでも発揮しているのだろうか。

 心配しなくても東京に住んでいる人間の大半は地方出身なので、そんな気後れは無意義だったりするんだが、しかしまあ、そんなことを指摘しても彼女に恥をかかせるだけなので黙っておくことにする。ただ、自分そっちのけで女性陣へと注目されるのは兄貴分としては寂しかった。


「そしてこちらは山本さん、京都でお世話になったバーの店員さん。ちょっと色々あって仲良くなった」

「山本です。佐藤くんとはそうね、恥ずかしい姿を見せ合った仲かな?」

「ええ、そうですね。互いに酔ってゲロかけ合った姿は恥ずかしくて他所よそにはお見せできませんでしたね」

「あ、そうやってすぐネタバラシしたら面白くないじゃない」

「面白さよりも、俺としては安寧秩序あんねいちつじょの方が大事です」


 京都であった山本さんとのゴタゴタについては、そうそう気軽に語れる話ではないために、掛け合いを演じて誤魔化しておく。初対面の人間に聞かせるには彼女のエピソードはちと酷なものがある。

 そんな意図を察したのか、山本さんがそれまでのひょうきんな態度を改めて口を開く。


「でも、佐藤くんに助けられたのは私も一緒ですね。本当に感謝しているから、何かあったら言ってちょうだい。私もそちらのおにいさんと一緒で受けた恩ぐらいは返す気概はあるわよ」

「そのときはお願いします」

「ええ、私にできることなら何でもしてあげちゃうから」

「またそうやって、微細びさいに誤解を生もうとする」


 言葉のニュアンスに色をつけて言ってくる山本さんへと嘆息をつく。快楽主義は結構なことだが、あまりこちらを巻き込まないでもらいたいものだ。


「それで、そちらが噂の彼女さんかしら?」

「佐藤さん、紹介してください」

「え、ああ」


 山本さんと、そしてズイッと身を乗り出してくるように迫ってきた田中ちゃんから催促される。その勢いにおされつつも、俺は高橋を紹介した。


「彼女は高橋、俺の昔からの馴染みで大学の同回生どうかいせい

「高橋です。佐藤くんから旅の話を聞いていたから、皆さんとお会いできてちょっと不思議な気持ちです。でも嬉しいです。それと──」


 ここにいる全員が、俺と高橋が彼氏彼女の間柄であるということを認識している。旅の間に俺がそのように語ったからだ。しかしそれ以後の経過についてはもちろん知るわけはない。なので、早々に俺と高橋の始末しまつについて説明する。


「へ? 別れたって」

「ありゃ〜、そうなったか」


 すると田中ちゃんと山本さんから、それぞれそんな反応を得る。

 目を丸くして驚きを隠さない田中ちゃんと、半ば承知していたような態度を見せる山本さん。彼らはこちらが二の句を継ぐ前に、理由をたずねてきた。


「なんでっ?」

「私も気になるかな」


 問われても、口ごもるしかない。

 それは俺こそが知りたいところだった。俺としては『高橋がそう望んだから』としか理由はない。


「何でだろうなぁ」

「えっとそれは……」


 ぼやくようにして誤魔化す。

 唯一、明確な理由を示せる高橋も言いにくそうに言葉を濁していた。

 まあ人と人との関係なんて、理屈だけで説明できるものでもないので勘弁して欲しいところだった。

 しかし、そんなみょうの感情に納得してくれない人物がいた。

 

「納得できないっ」


 田中ちゃんだった。

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