第78話 伏魔殿のようなコミュニティ形成

 幾日いくにちかが過ぎ、田中ちゃんを出迎えるために俺は東京駅へと向かう。彼女は今日、お姉さんの旦那さん、つまりはお義兄にいさんと一緒に上京することになっていた。


 理由は大学のオープンキャンパスだ。


 俺たちが通う大学は今週末において、一般にむけて構内を開放するのだ。嬉しいことに、ウチへと入学を希望しているという彼女は、実地にて何を学ぶことになるかを見学しにくるのだという。まだ高校一年生だというのに感心なことだ。

 そんなにも進学意識の高い子だったかなと不思議に思うところもあるが、きっと俺が影響を与えたことも少しはあるだろう。未来ある、有望な若者のしるべになったというのは、誇らしいようなむず痒いような気がする。もっと田中ちゃんの前では、知性あるインテリ大学生を装った方がよかったかと後悔しているが、なに、今からでも遅いということはない。理想の『先輩』を彼女へと見せつけるのだと意気込んでいた。


 そうして入場券の切符を購入して、改札をでくぐり抜ける。


「佐藤くん、本当にいいの? 私が一緒でも」

「向こうがそう言ってきてるからなぁ、迷惑じゃなければ頼む」

「迷惑なんて思いはしないけど──いいのかな?」


 高橋だった。

 久しぶりに話をした田中ちゃんとの会話の流れで、向こうから希望されたのだ「噂の彼女さんに会ってみたい」と。それなので高橋に頼み込んで、こうして同行してもらっているのである。


「佐藤くん、私のことなんて説明したの?」

「……いや、普通に話しただけだぞ。『彼女がいる』ってさ」


 去り際にちょっと口を滑らしただけだ、うん。

 田中ちゃんには、高橋と接触する前に色々と補足説明をしておかねばなるまいと決意する。どうしてかは分からないが、妙な焦燥感がずっと続いている。変な汗が止まらない感覚、何だこれ?


「うーん、ちょっとなんて言えばいいか分からないね。『元彼女の高橋です』なんて自己紹介しても相手が面食らうだけだろうし」

「正直に言うしかないんじゃないか?」

「少しだけ、黙って彼女面かのじょづらでもしてみようかな? そうしたら相手の人となりも見えてくる気がする」

「高橋がそうしたいのなら、構わないけど?」

「ごめんなさい。冗談にしても軽率なこと言った。そんなことしたら私の方が潰れちゃう。想像しただけで胃がキュッとなった」

「真面目だなぁ」


 高橋とほがらかに会話しつつ歩んでいく。

 別れた男女といっても、俺たちの場合は円満に解決した話だ。お互いに相手を尊重する関係は変わらないために、ギクシャクした空気にはならない。ただまあそれでも、二人の間に戸惑うような空気が流れてしまうこともあるが、そのうち慣れるだろう。

 高橋にしても、以前より幾分かサッパリしている調子が見受けられる。こういった言い方をするのはどうかとは思うが、別れたことによって彼女の中で一つ『みそぎ』がついたような形なのだろう。

 そう考えると、彼女のためには、俺と別れるという選択は正解だったのかもしれない。


「普段通りにしてればいいさ、とてもいいだから変なことにはならないよ」

「それは佐藤くん、女の子というものを楽観視しすぎているよ。心底いい娘だと思っても仲良くできるかは別ということを学んだ方がいい」

「また複雑怪奇な世界でこって」


 そんな伏魔殿ふくまでんのようなコミュニティを形成しなくていいだろうにと切に思う。

 

「けど、こうしてホームにまで迎えにいくなんて、よっぽど気に入ってるんだね、その子のこと。もしかして好きだったりする?」

「ああ、好きだぞ。それに向こうの家族にはとてもお世話になったから、誠意は示しておきたい」

「何だか『かるい』」


 俺の返答に、何かしらの不満を覚えたような高橋の反応。

 口を尖らせてそのまま、ふつふつと考え事を始めてしまう。

 まあ、放っておくことにする。

 何を考え込んでいるのかは分からんが、どことなく嬉しそうな感情も垣間かいま見えたので、きっと悪いことではないだろう。


 そのように列車が到着するまでの間、高橋と改札内をぶらつきつつ待つ。そうして適当な時間を見計らって、ホームへと登ると、ちょうど新幹線がホームへと入り込んできたところだった。

 事前に搭乗している車両番号は聞いているため、そこで待つ。


「あ、緊張してきた」

「どうして高橋が?」

「そういうものだよ」


 二人で言葉をかけ合っていると、列車が止まり、開いた扉から人の波があふれてきた。一人、また一人と、上京してきたオノボリさんの顔を確認していると、その中に見知った顔を見つけて驚く。


「あれ、佐藤くん?」

「山本さんじゃないですか」


 その人は旅の途中、京都で出会った女性だった。

 彼女もまた、大事な友人の一人である。

 思いもよらぬところで、思いもよらぬ人物に出会うことはまれにだが経験あるかたはいるだろう。彼女もまた近いうちに上京すると聞いていたのであるから、偶然としてありえない出来事でもない。しかし「よりによってこのタイミングで?」という言葉が、どうしてだか心中に湧き上がった。


「佐藤さんっ! 久しぶりっ。会いたかったよ──ってあれ?」


 驚きに身を硬直させていると、続く人の波の中から、一人の少女が弾むようにやってきた。

 彼女は長崎で出会った頃から変わらない、爛漫らんまんな笑顔を見せたかと思うと、こちらの様子を確認して疑問符を浮かべるように尋ねてくる。


「えっと、どっちが彼女の『高橋』さん?」

「ああ、なるほど──あらちょっと、私をさしおいて他の人のお出迎え? あんなに熱い夜を一緒に過ごした仲だって言うのに」


 動物の尾っぽのように揺れる結い髪と、そしてニヤリと悪戯するような笑顔がこちらを見ていた。

 理由は分からないが、変な発汗はっかんが増した気がした。

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